学位論文要旨



No 125066
著者(漢字) ,常賢
著者(英字)
著者(カナ) ジョン,サンヒョン
標題(和) ロボット支援による骨折整復に関する研究
標題(洋) Study on the robot assisted fracture reduction
報告番号 125066
報告番号 甲25066
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第484号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 人間環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐久間,一郎
 東京大学 教授 佐々木,健
 東京大学 教授 鳥居,徹
 東京大学 講師 大西,五三男
 東京大学 准教授 中島,義和
内容要旨 要旨を表示する

股関節の骨折は骨粗鬆症を持っている高齢者に起こりやすく,社会の高齢化に伴いその発生率は増加する見込みである.手術による治療がほとんどであり,手術は大きく骨折整復と骨片の固定に分けられる.一般的な股関節骨折での遠位骨片は,周りの筋肉の影響により体方向に引っ張られ外旋される.骨折整復のためは,遠位骨片を牽引,内旋させて骨折前の位置に戻す.骨片の牽引には約300N,内旋には約30Nmがかかるのが臨床研究で解っている.

従来の骨折整復では,骨片を動かすのに術者に負担が大きく,精確な位置合わせも難しい.整復力,牽引距離などの安全に関わる臨床データを管理する方法もなく,術者への高頻度な被曝も問題になる.そこで,本研究では,ロボット支援により術者の負担を軽減し,ロボットとナビゲーションとの統合により,より精確な骨折整復を目指す.特に,骨折整復時に注意すべき臨床的な安全の問題をロボットシステムにより解決する方法を提案,骨折整復に関する安全性を高める.

従来の骨折整復は,足首を持ち,骨片を合わせる介達式方式で行われる.この方式は非侵襲であるが,骨片を精確に動かすのは混乱である.半面,骨片に入れた固定ピンを持ち,骨片を動かす直達式方式は,多少侵襲はあるものの精確な骨折整復が出来る.さらに,直達式方式を支援するロボットシステムでの整復によりより精確な整復が期待できる.しかし,安全面では,精確性を上げられる方式ほどハザードの数も多くなる.介達式では,骨片間の距離,整復力,被曝量がハザードになる.直達式では,これらの問題に加えてピンにかかる力,感染のハザードに関する対策が必要である.以上が骨折整復における臨床面でのハザードである.ロボットシステムを使用する際にはシステム自体が持っているシステムハザードに関する対策をする必要がある.これは,ガイドラインを活用することで安全性を確保できる.ここでは,ロットシステムを用い,臨床面でのハザードを管理する方法を以下のように提案する.

1.骨片間の距離:股関節には坐骨神経が通り,遠位骨片の過度な牽引により傷つけられる可能背がある.医師の意見によると近位と遠位骨片との距離を25mm以内にするのが望ましく最大30mmを越えると危険になる.骨折整復システムではナビゲーションシステムで近位と遠位骨片の位置を追跡するので,骨片間の距離を計測できる.その距離が安全範囲を超えたら,ロボットを停止させる.

2.整復力:過度な整復力は骨周辺組織を損傷させる恐れがある.臨床データでは牽引力が300N程度で回旋トルクが30Nmである.整復力の安全範囲は患者さんの個人差と環境により変化する.本研究では安全範囲を調節できる二つのモジュールを用意する.メカニカルフェイルセイフ,ソフトウェアリミッタである.メカニカルフェイルセイフは牽引力と回旋トルクに制限をかける.ソフトウェアリミッタはロボットの動作で整復力が大きくなり設定値に近づけるとロボットの動作を減速する.これらの機能に加えて整復力のシミュレーションを活用する.整復力シミュレーションは,筋骨格モデルから各筋肉が出す力を推定し整復力を計算する.ナビゲーションから生成された幾つかの整復パスから整復力が一番小さくなるパスを選ぶことと実時間で計測された整復力とシミュレーション結果を比較することで異常な整復力がかかっていないかを検知する.

3.被曝量:整形手術では骨の位置を知るため,術中に放射線装置を使用するのが一般的である.国際基準では,術者への1年間の500mSvを超えてはいけなく,整形医師の被曝量に関する既存の研究ではそれを満たしているのが報告されている.しかし,被曝に関する明確な危険性が明かされていないため,出来る限り被曝量を減らすのを勧める.ナビゲーションシステムでは骨位置のレジストレーションのため,放射線装置を使用するものの一旦,レジストレーションが終わると追加の放射線放出なく骨片の位置を確認でき,術中の被曝量を減らせる.

4.ピンにかかる力:骨片を精確に動かせるため挿入したピンにかかる力により骨片の2次骨折の可能性がある.骨折患者さんに対する有限要素解析ではピンが挿入された場所により,引き抜き力が20-25kgの加重或いは40-120kgの引き抜き力で要素の破断が発見された.この数値は健常者に比べ小さく,骨密度により変化される値である.整復ロボットでは整復力を計測するため,一つの力センサがインストールされているが,二つのピン別々にかかる力を計算するのは出来ず,有限要素解析する必要がある.しかし,有限要素解析を実時間で行うのは出来ず,本研究では,有限要素解析結果と力センサの計測値から実時間でピンにかかる力を推定する方法を提案する.これは,ピン,骨片と力センサとの接触関係を線形解析が可能な一つの剛体と見なし,モデルの特性マトリックスを計算,計測された整復力をかけることでピンにかかる力を推定する方法である.

5.感染:骨に固定ピンを入れることにより感染の可能生が発生する.固定ピンは既に医療用として使用されているチタン製のピンを使用するので滅菌可能である.ロボットシステムでもピンに近い部位は滅菌可能な素材で製作し,ロボット本体は滅菌済みのドレープカバーを使用して感染を防ぐ.

骨折整復支援システムは骨折整復ロボットとナビゲーションシステムに構成されている.骨折整復ロボットは並進3自由度と回転3自由度の6自由度を有する.制御ソフトウェアは1msの周期を持つリアルタイムプロセスで処理する.一周期ことに計測或いは計算されたハザードに関するパラメータが安全範囲であるかを確認する.設定範囲を超えた場合は他の命令に優先してロボットを停止または減速させる.骨折整復ロボットの動作モードとしては,手術を準備するのに必要なジョグモード,手動で安全に整復を行うための回転中心を拘束した手動動作モード,ナビゲーションによる自動整復モードを用意した.直達式整復では,骨とロボットの手先は専用のジグで繋がっているので,骨の長軸とロボットの牽引軸が一致しない.骨片の姿勢だけを変えるため,骨折断面の中心を仮想中心と見なし,ロボットを制御する拘束パワーアシストを実装し,有効性を検証した.ナビゲーションシステムは術前にCTからの3次元モデルを用いて整復ゴールを計算する.術中にはC-armで撮った画像と3次元モデルをレジストレーションすることにより,実空間での骨片間の位置関係を認知する.骨片の現在位置からゴールまでの整復パスは術者の意見を反映して作成され,整復ロボットに指令を送り整復を行う.システムは骨折モデルを使った模擬骨折整復実験で評価した(n=8回).整復結果は骨変形を評価する機能軸に関するパラメータにより評価し,骨折整復支援システムによる模擬骨折整復実験では十分な有用性を示した.今後は,安全性に関する定量的な評価を行う予定である.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章から構成され,第1章では本論文で扱う骨折整復という手術手技について述べ,求められる工学的支援の内容,ロボット工学技術を応用する意義ならびに,従来研究を紹介し,ロボット技術を骨折整復に応用する場合の課題を論じている.第2章では本研究の目的を,骨挿入ピンを直接骨片に挿入し,このピンを保持するリングを牽引・回旋することで骨折整復を行う骨折整復ロボットシステム(直達式骨折整復支援ロボットシステム)の実現に関して,危険源の分析に基づく安全性を考慮した骨折整復ロボットシステムの設計,その動作制御法方法の提案と実装,手術ナビゲーションシステムの統合を行うこととしている.

第3章では従来の手術支援ロボットの安全性に関する議論をふまえつつ,本骨折整復ロボットシステムに存在する危険源を分析・整理している.直達式骨折整復支援ロボットシステムでは,直接骨にピンを挿入し骨片を操作することから正確な骨折整復が可能である反面,筋肉などの軟部組織に対する過剰な牽引・回旋トルクの付加による損傷を与える可能性や,過大な力を挿入ピンを介して骨に加えることによる骨組織損傷の可能性を指摘した.これらの議論から一般的な手術支援ロボットの安全性要件に加え,直達式骨折整復支援ロボットシステムにおいては牽引力・回旋トルクを許容範囲に抑制すること,骨折した近位骨片と遠位骨片の距離を過大にしないこと,整復操作中に挿入ピンに加わる力を推定し許容範囲に抑えることが重要であることを示している.また骨折した骨片の整復軌跡を術前計画する際に,筋弛緩された状態での受動的な筋肉特性を用いた筋骨格モデルにより,あらかじめ整復時に必要となる牽引・回旋トルクを見積もる手法を提案し,この解析を整復中の過剰な牽引力検知に応用することを提案している.

第4章では直達式骨折整復ロボットの要求仕様を論じ,実現したロボットシステムの構造・機構設計,ロボットシステムと骨挿入ピンを保持するリングを接続する治具の構造を説明している.また過剰な牽引力・回旋トルクをロボットシステムが骨に加えることを防止するために設置する機械式のフェイル・セーフ機構の構造を示し,その基本特性の評価を行っている.骨折挿入ピンに加わる軸力・トルクを測定するために力センサを骨挿入ピン付近に設置することは,滅菌性の確保の観点からは臨床的には現実的ではない.骨挿入ピンを保持するリングに加わる力・トルクをロボットアームに設置した力センサによって計測することは可能であるが,この計測値から骨挿入ピンに加わる力を計算する問題は,ピン等の構造部材の変形を考慮しなければならない不静定問題となる.あらかじめピンが骨片に対して強固に固定されているという仮定の下で有限要素法にて挿入ピンとリングの変形解析を行うことで,骨挿入ピンに加わる軸力に関しては推定が可能であること実験により示した.また,本ロボットシステムの動作速度を牽引力・牽引トルクの値に依存して制御する手法の実装と基本性能の評価結果を示し,ロボットが発生する力によって安全側に速度制御がなされることを示した.また手術ナビゲーションシステムとの統合方法を示している。

また,直達式骨折整復ロボットの動作制御方法として,先行研究によりその有効性が示されている直感的に術者がロボットシステムを動作させるパワーアシスト制御に関して,直達整復にて求められる骨片と骨片の間隔や移動方向や回転方向を解剖学的に適切な方向に制限する機能を付加する拘束パワーアシスト手法を提案し,その基本特性を実験により求めている.

第5章では骨折させた模擬骨の周囲に筋肉を模擬したゴム帯を設置した反力発生可能な骨折ファントムを用いた模擬骨折整復実験結果を述べている.パワーアシストによる骨折整復実験では模擬実験において骨に加わる力を制限の有無による動作結果を比較し,提案する骨折力制限方法は整復力を自然な形で一定以下に抑制できることを示している.骨からの反力がある状態での拘束パワーアシスト制御の評価では,回転拘束を加えた場合に回転中心の変位が4mm以下であったことを示している.また手術ナビゲーションシステムとの統合を行い骨折の自動整復を試み,骨の機能軸(Mechanical Axis)に対する偏角ならびに整復後の骨の機能軸長で評価した値で,標準的な値に対して3度,3mm以下の精度で整復が可能であったとしている.

第6章では本論文の結論と今後の課題を述べている.

本論文の成果は安全な骨折整復支援ロボットシステムの実現手法を提案しており,骨折整復治療の正確性・安全性の向上に寄与する成果である.したがって,博士(科学)の学位を授与できると認める.

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