学位論文要旨



No 125067
著者(漢字) 桑原,譲二
著者(英字)
著者(カナ) クワバラ,ジョウジ
標題(和) 流体関連振動する自由振動円柱周りの時空間速度情報処理手法および振動発生機構についての研究
標題(洋)
報告番号 125067
報告番号 甲25067
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第485号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 人間環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡本,孝司
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 准教授 鈴木,克幸
 東京大学 准教授 大宮司,啓文
 東京大学 准教授 染矢,聡
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

流れによって誘起される振動が,時として機械装置の運転異常や騒音の原因となることはよく知られている.このような現象は流体励起振動と呼ばれ,渦放出を伴う振動は流体力学的興味深さからもこれまで多くの研究が為されてきている.円柱構造物の振動方向について,円柱構造物を2自由度で弾性的に支持した実験は,プラント内配管など実機での円柱構造物の支持条件としてより現実に近い形であるために非常に重要であるものの,いまだ実験例としては少ないままである.また,流れの中に置かれた円柱構造物のような曲面境界周りの圧力分布計測についての取り組みについては,単一気泡などの曲面境界に対するPIV解析データを利用した圧力分布計測の例はあるものの,それも曲面への境界条件の取り扱いは不十分であり,運動する円柱構造物の境界を考慮した圧力分布計測の取り組みは現在の所ほとんど無いと言える.

そこで,本研究では,円柱構造物の振動特性およびその周囲の流動特性をより詳細にかつ同期同時性を保ったまま測定するために,通常のPIVで取得される100万画素の空間解像度を保ったまま,1kHz以上という高時間解像度で速度分布を取得できるよう時間空間的に高密度なPIV手法(DynamicPIV)を利用し,これを2自由度で弾性支持された片持ち梁円柱構造物(カンチレバー)の流体関連振動現象の実験に適用した.さらにその時間空間的に高密度な情報を,円柱構造物まわりの圧力分布計測に利用する.その際に,運動する円柱構造物の壁面における境界条件を,数値流体解析の分野で頻繁に利用されている極座標系で条件設定を行うことで,円柱構造物のような曲面境界周りの圧力分布計測について,より簡素に解析が可能となる新たな圧力場計測手法を考案した.

2.流体関連振動する自由振動円柱の特性について

本実験は,測定部となる直線流路(長さ2000mm高さ50mm幅50mm)を含むマグネットポンプにより駆動された回流水槽を使用した.下部タンクに貯水された水(水温20度)はポンプにて上部タンクに揚水され,整流板を通過して直線流路に流れ込む.この装置にて最大で5m/sの流速を出す能力を有する.流路中心での平均流速の値に関わらず,流路中心位置からおよそ±12mmの範囲では概ね一様流が作用し,それより壁面に近い側,壁面からおよそ12~13mmまでの範囲では勾配流となっている.乱れの強さは,流路中心近傍が最も低く,流路中心位置からおよそ±10mmの範囲では1%以下,それより壁面に近づくにつれて乱れの強度は上がり,最も壁面に近いところで約7%程度である.2自由度で弾性支持された片持ち梁円柱構造物(カンチレバー)の流体関連振動現象を観察するため,円柱モデルは上部タンクから30D程度(Dは流路の幅:50mm)下流に片側を直線流路壁面に固定した形で取り付けられている.円柱モデルは外側の樹脂と円盤と一体化した固定ピンとで構成されている.円柱モデルの外側は「MEXFLON」樹脂で構成されており,この樹脂に固定ピンを差し込む形で樹脂部分と固定ピン部分を一体化している.円柱モデルは固定ピンの素材や,径の異なる樹脂を用いることで円柱モデルの減衰率や外径を変えることができようになっている.本実験では,減衰率と閉塞率の異なる3タイプ(「基本体系」「低減衰体系」「細体系」)の円柱モデルを用意した.この3種の円柱モデルにより,換算流速でVr=1.0~10.0,レイノルズ数でRe=600~28000の範囲を実験することが可能であり,それぞれ減衰率や閉塞率による現象の違いを確かめることができる.

本実験では,円柱構造物の振動と周囲流動の様子について流速を変化させて調査した.その際,3種の円柱モデルについて,その振動応答特性や周囲流動状況を調べた.その結果,上記のような支持体系を取った円柱構造物の流体関連振動現象について次のことを確認した.

1.比較的低い換算流速(Vr=1.5~2.5)の範囲にて,流れに対してIn-Line方向の励振域を見つけ,換算減衰率が低いほど円柱振動の応答振幅が大きくなる。また,Vr=2.0~3.0の範囲でIn-Line方向にロックインする現象が発生する

2.より高い換算流速の範囲(Vr=3.0~5.0)の範囲にて,流れに対してCross-Flow方向の応答振幅が急激に大きくなり,これもIn-Line方向の応答振幅と同様に換算減衰率が低いほど円柱振動の応答振幅が大きくなる.また,「基本体系」や「低減衰体系」で計測が可能な換算流速の範囲内でVr=3.5以上の範囲でIn-Line方向にロックインする現象が発生する

3.円柱構造物の背後に形成される渦のパターンについて,換算流速に応じて異なるパターンを示し,換算流速の低い側から「双子渦」「2S」「2P」などの渦パターンが形成される

4.円柱構造物の流れに対してIn-Line方向とCross-Flow方向の励起振動数は,ストローハル数St=0.4と0.2で囲まれる換算流速の範囲(Vr=2.5~5.0)で,換算流速の上昇に対して異なる変化の様子を示す.すなわち,振動数が換算流速の上昇に応じてIn-Line方向の上昇するブランチと,Cross-Flow方向の振動数が減少あるいは一定値になるブランチが存在する事である.また,この2種類のブランチは円柱モデルの減衰率や閉塞率に関わらず同じ換算流速の範囲の範囲に存在する

5.今回の実験で用いたような片持ち梁円柱構造物の場合,エッジの先端部分から発生している流体の変動周波数成分は,円柱構造物の中腹部分のそれとは異なっていた.すなわち,円柱構造物のエッジ部分は,それ以外のバルクな領域のストローハル数とは異なり,局所的なストローハル数を持っていることが示唆され,円柱構造物の中腹部分とは異なる周波数で流体力が負荷している可能性を示している.

3.振動円柱周りの圧力分布計測手法の開発

PIV解析を行う際に区切られた格子空間に対して,平行でないような境界(円柱構造物の壁面など)がある場合,そのPIV解析で得られた速度データをそのままボアソン方程式に入れて圧力分布を計算することは,境界面と格子軸との関係を考慮して補完を行う必要があったり,また,PIVにおける相関窓(Interrogation Window)が曲面境界の一部に被るとPIV解析をする上での大きな誤差要因になるなど,様々な困難が伴う.そこで,本研究では,運動する円柱構造物の壁面における境界条件を,数値流体解析の分野で頻繁に利用されている極座標系で条件設定を行うことで,円柱構造物のような曲面境界周りの圧力分布計測についてより簡素に解析が可能となる新たな圧力場計測手法を提案する.具体的には,本手法は以下の手順に沿って行われる.

(1)PIVによる粒子画像と同時に写っている円柱構造物の断面像の中心位置を計測する

(2)(1)の粒子画像から異なる半径の二つの円で囲まれた領域を,短冊状に変形展開する.ここで,二つの円は(1)で計測された中心位置を共通の中心とし,半径は円柱断面像の外径を半径とする円(赤線で示す円),および,それより大きな半径を持つ円である(黄線で示す円)

(3)(2)で生成された画像に対してPIV解析を行う

(4)(3)で生成されたPIVデータから圧力場の計算を行う

この手法を,振動する円柱構造物周りの流れ場に適用し,流れに対してIn-Line方向とCross-Flow方向に振動する円柱構造物の周囲圧力分布を計測した.特筆するべき事は,前項で述べたDynamicPIVで得られた粒子画像をもとに円柱構造物の位置計測を行うことで,常にその位置を変え続ける曲面境界近傍の速度場と圧力場を計測できることにある.本手法による測定の結果,円柱構造物の周囲速度場や圧力分布を求めることに成功し,円柱構造物の振動に伴って円柱周囲の圧力分布が変動している様子や,壁面近傍から伸びる境界層が渦の放出に伴って周期的に変動する様子などを確認した.

4.結言

本研究では,円柱構造物の振動特性およびその周囲の流動特性をより詳細にかつ同期同時性を保ったまま測定するために,DynamicPIVの手法を用いて,これを2自由度で弾性支持された片持ち梁円柱構造物(カンチレバー)の流体関連振動現象の実験に適用した.実験には,異なる減衰率をもつ3種の円柱モデルを用意し,円柱構造物の振動応答特性や周囲流動状況を調べた,その際,円柱構造物の異方的な振動現象を発見し,当現象が減衰率や閉塞率によらず発生することなどを見出した.流体関連振動においては,円柱構造物を2自由度で弾性的に支持した実験は,実機での円柱構造物の支持条件としてより現実に近い形であるために,現象の理解について重要な知見を得られたものと考えられる.

また,振動する円柱構造物の周囲圧力分布を計測する手法については,数値流体力学と実験流体力学との融合が求められる中,数値流体力学で利用されている手法を実験流体力学の解析手法に持ち込む新たな試みとなった.今後は,数値流体力学の分野で培われているより高精度なポアソン方程式の解法の適用や,圧力分布データを元にした速度分布データへの補正など,更なる手法の拡大を進めるとともに,計算された圧力分布データの検証などを行い同手法の信頼性向上が進むことが期待される.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、流体中に置かれた円柱構造物が流体関連振動を起こしている状況を高時間・高空間解像度で計測するシステムの開発と新しい画像処理手法を提案し、その結果として異方性のある振動現象を発見するとともに、その振動発生機構について論じたものである。本論文は4章で構成されている。

第1章では、本研究の動機と目的について述べている。流体中に置かれた円柱構造物が流体関連振動を起こして破損した高速増殖炉「もんじゅ」の事例などを引き、円柱構造物の流体関連振動に関する研究の現状をまとめている。2自由度を持つ円柱構造物の振動現象に関する基礎的な知見が、必ずしも十分ではないことを指摘している。また、流体関連振動を計測する場合には、構造物に掛かる圧力計測が重要であるが、その圧力計測に関する研究をまとめている。これらの現状を踏まえ、円柱構造物の信頼性向上に役立つような流体関連振動の知見を得るため、高速度カメラと高速度レーザを用いた高速度PIVシステムを開発するとともに、構造物と流動の同時計測を行い評価を進めるとともに、圧力分布を解析するための画像処理手法開発を本研究で目的とする事を明確化している。

第2章は流体関連振動する自由振動円柱の特性について、実験的に評価した結果を述べている。10kHzのサンプリング間隔で、円柱の振動挙動と円柱周りの速度分布を定量化した。その結果、換算流速がある領域において、流れに対して並行方向と鉛直方向とで振動周波数に違いがある、振動の異方性を発見した。その結果として、ストローハル数が0.2~0.4の間で、振動周波数が2種類存在することを明らかにするとともに、過去の研究と比較して、このような振動の異方性が片持ち梁的な支持の円柱構造に特有である可能性を指摘した。さらに、この異方性の生ずるメカニズムとして、円柱先端部から放出される渦構造の特性を明らかにするとともに、この渦構造が異方性の原因である可能性を指摘している。

第3章では、振動する円柱構造物周りの圧力分布をPIVによって計測された速度情報から求める手法について述べている。一般的なPIVでは、速度分布は矩形の格子点上で定義されるが、本手法では振動する円柱構造物を中心とする極座標系で速度分布を求めることを提案している。具体的には、振動する円柱構造物の中心を画像処理によって求め、その点を原点とする極座標を元に粒子画像を変形させる。この粒子画像から速度ベクトルを算出することで、極座標で定義された速度分布を得る。さらに、極座標系アソン方程式を解くことで、円柱周りの圧力分布を求められることを示している。標準画像によって手法の精度評価を行い、十分な精度で速度情報が求められることを示している。

第4章は結論であり、本論文で得られた成果をまとめている。

なお、本論文第2、3章は、岡本孝司及び染矢聡との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験、解析、評価を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上のように、本論文は、流体関連振動を行う円柱構造物に対し、高時間・高空間分解能で振動と流体速度を同時計測する手法、及び圧力分布を求める手法を提案するとともに、実験により流体関連振動を評価し、振動の異方性を発見するとともにそのメカニズムについて議論を行った研究であり、人間環境学、特に可視化環境学の発展に寄与することが少なくない。よって、本論文は博士(環境学)の学位請求論文として合格と認められる。

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