学位論文要旨



No 125068
著者(漢字) 小林,雄志
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ユウジ
標題(和) スクワット運動における左右非対称性に関する研究
標題(洋)
報告番号 125068
報告番号 甲25068
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第486号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 人間環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石井,直方
 東京大学 教授 安部,孝
 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 教授 杉浦,清了
 東京大学 教授 岡本,孝司
 東京大学 准教授 福崎,千穂
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

スクワット運動は、下肢の両側性レジスタンス運動を代表する種目の一つである。スクワット運動において大きな左右非対称性が生じた場合、傷害発症の危険性の増大や運動パフォーマンスへの影響が懸念される。したがって、それらの予防や改善のための方策を検討する必要があり、そのためには、左右非対称性が生じる要因やその程度、あるいは発生する機構などを踏まえておく必要がある。しかしながら、このような左右非対称性の特性に関しては、十分な研究が行われているとは言えない。また、実際のトレーニングにおいても、左右非対称性の程度、すなわち、床反力や各関節に発生するトルクなどの力学的な変数の左右非対称性を観察する事はできないため、トレーニング実施者自身や指導員の経験に頼って予防・改善を図っているのが現状である。

そこで本研究では、スクワット運動における左右非対称性の特性について検討し、新たな知見を得るとともに、傷害発症の予防や左右非対称性改善のための新規方策を提案する事を目的とした。具体的には、三次元逆ダイナミクスによる動作解析によって力学的変量を算出し、左右非対称性の要因や機構についての検討を行うために3つの実験を行った。

2. 跳躍競技者のスクワット運動における左右非対称性

左右非対称な競技がスクワット運動における左右非対称性に及ぼす影響について検討を行うために、走り幅跳びの競技選手によるスクワット運動(負荷条件:50、70、90%3RM)において、各測定項目(床反力、力積、関節角度、角速度、トルク、角力積、パワー、仕事量)を算出し、各負荷条件において各測定項目の踏切脚(TL)の値と非踏切脚(NTL)の値を比較した。その結果、比較的軽い負荷の場合(50、70%3RM)ではどの測定項目についてもTL-NTL間に差は認められなかったが、比較的重い負荷の場合(90%3RM)にのみ、股関節におけるピーク角度、ピークトルク、角力積(挙上局面)、ピークパワー(挙上局面)、仕事量(挙上局面)、足関節におけるピークトルクについてTL-NTL間に有意な差が認められた(p<0.05)。

3. 身体機能とスクワット運動の左右非対称性との関係

各種テストによって測定された身体機能の左右非対称性とスクワット運動における左右非対称性との関係を、左右非対称性指数(Bilateral Asymmetry Index:BAI)を用いて相関分析を行った。まず、ウエイトトレーニング経験を有する男子学生によるスクワット運動(負荷条件:50、70、90%1RM)において、各測定項目(床反力、力積、関節角度、角速度、トルク、角力積、パワー、仕事量)のBAIおよびBAIの絶対値(|BAI|)を算出した。各負荷条件による各測定項目の|BAI|の比較の結果、左右方向のピーク床反力、下降局面および挙上局面における力積の|BAI|が、50%1RMに比べ90%1RMにおいて有意に高い値を示した(p<0.05)。バーベル静止立位とスクワット運動の関係については、90%1RMの負荷条件において、バーベル静止立位における床反力のBAIとスクワット運動における下降局面の股関節角力積のBAIとの間に有意な正の相関関係が認められた(p<0.05)。両脚及び片脚のみにおける垂直跳び時の床反力とスクワット運動との関係について、両脚での垂直跳びにおけるピーク床反力のBAIに関しては、50、70、90%1RMのすべての負荷条件において、スクワット運動時の股関節および膝関節におけるピークトルクのBAIとの間に、有意な正の相関関係が認められ(p<0.05)、片脚での垂直跳びにおけるピーク床反力のBAIに関しては、90%1RMの負荷条件によるスクワット運動時のピーク関節トルクのみ有意な正の相関関係が認められた(p<0.05)。膝関節筋力について、伸展のみ、屈曲のみの筋力におけるBAIとスクワット運動における膝関節トルクのBAIとの間に有意な相関関係は認められなかったが、伸展/屈曲筋力におけるBAIとの間には有意な負の相関関係が認められた(p<0.05)。股関節筋力については、伸展、屈曲、伸展/屈曲比の各項目におけるBAIとスクワット運動における股関節トルクのBAIとの間に有意な相関関係は認められなかった。

4. スクワット運動の左右非対称性と反復回数との関係

反復回数の違いがスクワット運動における左右非対称性に及ぼす影響について検討を行うため、ウエイトトレーニング経験を有する男子学生が70%1RMの負荷条件によるスクワット運動を連続的に10回行ったときの各測定項目(床反力、力積、関節角度、角速度、トルク、角力積、パワー、仕事量)の|BAI|を算出し、序盤(1~3回目の平均)と終盤(8~10回目の平均)との比較を行った。その結果、ピーク足関節角度、下降および挙上局面における左右方向の力積、下降局面における股関節角力積について、|BAI|が終盤において有意な増加を示した(p<0.05)。

5. 結論

本研究の成果として、主に以下の4つの知見を新たに得た。

1.走り幅跳びの競技者に関して、重い負荷(90%3RM)によるスクワット運動では、股関節における角度、トルク、角力積、パワー、仕事量と、足関節におけるトルクについて左右非対称性が認められる。

2.両脚での垂直跳びにおける床反力の左右非対称性と、スクワット運動時の膝関節および股関節におけるトルクの左右非対称性との間には高い相関関係が認められる。

3.膝関節筋力について、伸展のみ、屈曲のみの筋力における左右非対称性とスクワット運動における膝関節トルクの左右非対称性との間に相関関係は認められないが、伸展/屈曲筋力比の左右非対称性との間には高い相関関係が認められる。

4.70%1RMによるスクワット運動を10回行った場合、足関節角度、左右方向の力積、股関節角力積について、序盤に比べ終盤において左右非対称性の増加が認められる。

これらは、スクワット運動における左右非対称性の予防、改善法につながる極めて重要な知見であり、具体的には、

1.垂直跳びを用いた事前スクリーニング法

2.等速性筋力測定を用いた事前スクリーニング法および改善法

という2つの新規方策を提案することができた。

審査要旨 要旨を表示する

ヒトの身体を含め、生物の体には多かれ少なかれ左右非対称性が存在する。強度の高い、両側性の身体運動を行う際には、運動中に生じた多少の非対称性が急性外傷や慢性障害につながる危険性がある。代表的な両側性運動であるスクワット運動は、スポーツにおけるトレーニングから、高齢者の健康づくりに至る広い分野で最重要視されているエクササイズであるが、膝関節や腰部に力の左右非対称性が生じると、障害を起こす危険性が大きな運動であるといえる。本論文は、スクワット運動における微小な左右非対称性に関して、三次元動作解析と逆ダイナミクス法を用いて詳細に解析を行い、その結果と応用の可能性について論じたものである。

本論文は5章からなり、第1章は序論、第2章は跳躍競技者のスクワット運動における左右非対称性、第3章は身体機能とスクワット運動の左右非対称性との関係、第4章はスクワット運動の左右非対称性と反復回数の関係について述べられ、第5章は総論となっている。

第2章では、走り幅跳びという、瞬間的な脚筋力発揮において左右非対称性の強い競技を専門とする競技選手を対象とし、踏切脚と対側脚の間の左右対称性に及ぼす運動負荷強度の影響について調べている。その結果、負荷強度が高い場合に、股関節におけるピークトルク、角力積、ピークパワー、仕事量、足関節におけるピークトルクなどに非対称性が認められたことが述べられている。

第3章では、どのような身体機能的特徴が、スクワット運動において上述のような左右非対称を生じる要因となるかを命題として、バーベル静止立位時の床反力、垂直跳び時の床反力、膝伸展・屈曲および股関節屈曲・伸展の等速性最大筋力のそれぞれについて左右非対称性を調べ、スクワット運動における左右非対称性との相関を分析している。その結果、両脚での垂直跳び時のピーク床反力の左右非対称性と、スクワット運動における各要素の左右非対称性の間に有意な相関を見出した。また、筋力については、(伸展/屈曲筋力)比の左右非対称性とスクワットにおける左右非対称性の間にのみ有意な相関が見られるという興味深い結果が述べられている。

第4章では、運動の継続による疲労の影響を調べるため、10回の動作反復の前半部と後半部で、左右非対称性に違いが生じるかどうかを詳細に検討している。その結果、股関節角力積、ピーク足関節角度において、それらの左右非対称性が後半部で有意な上昇を示したことが述べられている。

第1章の序論および第5章の総論でも述べられている通り、本論文が扱っているテーマは、運動現場における障害予防という見地からきわめて重要と考えられる。反面、ヒトを被験対象とするため個人差が大きく、微小な差を検出することが難しいこと、膨大なデータ量を扱う必要があること、などの理由から、これに関する先行研究がきわめて少ないのが現状といえる。したがって、本論文が提示しているデータは、データベースとして学術研究上有用なものとなるのみならず、現場への応用という観点でも意義のあるものと考えられる。特に、1)よくトレーニングされたアスリートでも、負荷の大きさがある一定レベルを超えると、股関節のトルク(回転力)などに左右非対称性が出現すること、2)こうした左右非対称性は、膝伸展筋力と膝屈曲筋力のバランスの左右差と相関が高いこと、3)自重負荷のみでのジャンプを行わせ、左右それぞれの脚の床反力を測定することによって、スクワット運動時に出現する左右非対称性を予知可能なこと、などの知見は全く新規のものであり、今後のさらなる研究を刺激するばかりでなく、運動指導の現場でもきわめて有用なものと評価される。

なお、本論文の第2章~第4章は、久保潤二郎、松尾彰文(以上国立スポーツ科学センター)、松林武生(東京大学大学院総合文化研究科)、小林寛道(東京大学生涯スポーツ健康科学研究センター)との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(科学)の学位を授与できるものと認める。

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