学位論文要旨



No 125072
著者(漢字) 野口,満美
著者(英字)
著者(カナ) ノグチ,マスミ
標題(和) 楕円柱状構造物に作用する変動風圧力に関する研究
標題(洋)
報告番号 125072
報告番号 甲25072
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第490号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 社会文化環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神田,順
 東京大学 教授 高田,毅士
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 准教授 清家,剛
 東京大学 准教授 黄,光偉
内容要旨 要旨を表示する

近年、構造物の大型化に伴い、我が国でも超高層建物が数多く建設されている。このような柱状構造物では、上空の速い風の流れの影響を強く受けるため、地震荷重よりも風荷重が設計上支配的な外力となることが多い。特に、円形断面を有する柱状構造物は鋭い角部をもたないため、流れの剥離点の位置が固定されにくく、建物まわりの風の流れのパターンが大きく変化することが数多く報告されている。

しかし、煙突のようにアスペクト比の大きな円形断面を有する柱状構造物に関する研究は多いが、超高層建物を対象とした円形断面を有する柱状構造物に関する研究は少なく、特に、楕円形断面を有する柱状構造物(以下、楕円柱状構造物)に関しては、明らかにされていない点も多い。また、我が国の基規準や指針にも、楕円柱状構造物を対象とした風圧係数の規定はない。

そのため、一般に、楕円柱状構造物を設計する際には、その都度、建物ごとに風洞実験を行って、その結果から設計用風荷重を算定しているのが現状である。しかし、個別に風洞実験を行うことは、多くの時間と経費がかかるため、設計時の大きな負担となっている。したがって、簡便で合理的な風荷重算定法の確立が求められている。

そこで、本研究では、都市での気流を模擬した乱流境界層中における数種類の断面形状を有する三次元楕円柱を対象とした一連の風洞実験結果に基づき、楕円柱状構造物に作用する風力および風圧力の特性を定量的に把握することにより、楕円柱状構造物の設計用風荷重を提案する。新しい風荷重算定法のためのデータベースを構築することを目的とする。

本研究では、断面形状や風向および風速の違いによる影響に着目し、まず、系統的な楕円柱に作用する風力の測定や、楕円柱表面に作用する外圧力の測定により、楕円柱まわりの全体的な風力特性および局所的な風圧特性を明らかにする。次に、実験結果に基づき、断面形状や風向をパラメータとした楕円柱表面の風圧分布のモデル化を行う。また、風圧係数モデルの四階積分値と風力係数とを比較検討し、モデルの妥当性を確認する。これらにより、簡便かつ合理的な楕円柱状構造物の設計用風荷重の提案を目指す。

第1章では、本研究の背景と目的について考察し、三次元楕円柱に関する既往の文献について概観している。

第2章では、まず、風力実験の概要について述べる。

本実験は、東京大学工学部所有の風環境シミュレーター(室内回流式エッフェル型)にて行った。本風洞の測定部断面は、幅1.8m× 高さ1.8m、境界層長さは、12.5mである。

実験模型は、三次元楕円柱の剛模型とし、模型の基本形状は、高さH=0.4mかつ断面積A=0.01m2で一定とする。楕円柱の場合、見つけ幅の長さは風向によって変化してしまうので、ここでは断面積Aから求まる√Aを代表長さとすると、アスペクト比H/√A=4.0である。これは、代表的な楕円柱状構造物である「品川インターシティーA棟」のアスペクト比H/√A=約3.2に近く、超高層建物を想定するうえで妥当な値といえる。

模型の軸長比B/Dは、実建築物の軸長比を範囲に含むようB/D=1.0,1.5,2.0,2.5,3.0の5種類とする。模型の側面形状は、曲面が滑らかな仕上げのもの(以下、滑面)と、それに粗度要素として、長さ400mmのひのき材の角棒2種類(幅1mm× 高さ1mm(以下、粗面1mm)、または、幅1mm× 高さ2mm(以下、粗面2mm))を、それぞれ周方向は等間隔となるよう曲面に対して鉛直に並べて貼り付けたもの、すなわち、滑面および2種類の粗面の計3種類とする。したがって、全模型形状は5×3=15種類である。ここで、表面を粗くするのは、高レイノルズ数領域を模擬する手法として、表面粗さをもうけて流れの層流から乱流への遷移を促進させるためである。風力実験には、これら計5×3=15形状の剛模型を用いる。また、風向角θd4は、風が短軸方向に平行な向きから吹いているときをθd=0° 、風が短軸方向に直角な向きから吹いているときをθd=90° と定義する。

実験気流は、地表面粗度区分IV相当の乱流境界層(べき指数α=0.29)で、実験風速を低風速域から高風速域まで段階的に変化させた6種類とする。基準風速UHは、模型頂部高さHの位置に設置したピトー管および熱線風速計により測定しており、この高さでの風速UHはUH=2.6m/sec,3.8m/sec,5.0m/sec,6.2m/sec,7.4m/sec,8.6m/sec、この高さでの乱れの強さI(UH)はおおよそI(UH)=19%である。したがって、実験時のレイノルズ数Reは、代表風速UHと代表長さ√Aを用いると、おおよそRe=2×104~6×104である。

風力実験では、五分力検出器を用いて、風力模型に作用する風力の測定を行うものとする。各測定時のデータのサンプリング周波数は1000Hzとし、データ数は120000個とした。なお、このとき風向角θdは、0°から90°まで15° 間隔で変化させている。

得られた時刻歴データは、実風換算1秒間相当のデータ個数で移動平均を行ったうえで、基準風速UHから求まる実風換算10分間相当Tの平均速度圧qUHを用いて基準化し、風力係数Cf, Cmとして表した。また、各係数の基本統計量は、14個のアンサンブル平均として求めた。

次に、風力実験より得られた風力(X軸方向およびY軸方向の風力Fx,Fy、転倒モーメントMx,Myおよび振りモーメントMz)の時刻歴データに基づき、平均風力係数C(f mean)、RMS変動風力係数Cf (rms)、平均モーメント係数C(m mean)、RMS変動モーメント係数C(m rms)を求め、全体的な空気力特性を把握する。

第3章では、まず、風圧実験の概要について述べる。風圧実験は、風力実験と同様に東京大学工学部所有の風環境シミュレーター(室内回流式エッフェル型)にて行った。

実験模型には、風力実験と同様の形状の剛模型の外周側面上に、内径1.3mmの風圧測定孔を、周方向15° 間隔で24点、軸方向4cm間隔で10段となる位置に、24×10=計240点設けた風圧模型を用いる。ここで、風圧測定孔の位置は、短軸端部からの角度θpおよび床面からの高さ乃で表すものとする。

また、実験気流は、風力実験と同様の乱流境界層(べき指数α=0.29)を用いた。風圧実験では、微風圧測定装置を用いて、各風圧模型一体につき60点ずつ作用する風圧の同時測定を行うものとする。測定条件は、風力実験と同様とし、得られた時刻歴データは、実風換算1秒間相当のデータ個数で移動平均を行ったうえで、基準風速UHから求まる実風換算10分間相当Tの平均速度圧q(UH)を用いて基準化し、風圧係数Cpとして表した。また、各係数の基本統計量は、14個のアンサンブル平均として求めた。

次に、風圧実験より得られた風圧Pの時刻歴データに基づき、詳細な平均風圧係数C(pmean)、RMS変動風圧係数G(p rms)、正側および負側の最大ピーク風圧係数C(p max),C(p min)を求め、局所的な風圧の分布特性を明らかにする。

第4章では、これらの実験結果に基づき、設計時に必要となる正側および負側の平均風圧係数C(p mean plus),C(p mean minus)および最大風圧係数C(p max),C(o min)のモデル化を行う。この際、周波数領域を考慮したより詳細なモデル化を行うために、C(p mean)とC(p rms)だけでなく、正側および負側の最大ピークファクターg(p max),g(p min)や変動風圧のパワースペクトルSp(f)も考慮する。変動風圧のパワースペクトルSp(f)については、風速変動に起因する成分Sp1(f)と剥離渦に起因する成分Sp2(fとの和で表されると考え、各成分への寄与率を用いて合成することで、Sp(f)のモデル化)を行う。また、負側の最大ピークファクターg(p min)については、歪度C(p skewness)および尖度C(p kurtosis)との関係を考慮し、g(p min)をC(p skewness)およびC(p kurtosis)を用いて表すことで、非正規性を反映させたモデル化を行う。以上より、形状変化および風速変化による風圧分布の違いを示し、これらの統計的性質を反映させ、形状をパラメータとした楕円柱に作用する風圧力モデルの提案を行う。

第5章では、設計用風荷重への応用として、第4章でモデル化した変動風圧のパワースペクトルSp(f)について、変動風圧のコヒーレンスC(12)を用いて四階積分を行い、一般化風力のパワースペクトルS(Fs)(f)を算出する。また、変動風圧のコヒーレンスC(12)に対して指数近似を行い、その近似式に含まれる減衰定数左から限界無次元周波数を求めることで、受圧面積の違いによる規模効果について検討し、適切な平均化時間について考察する。

第6章では、各章で得られた結論を総括的にまとめ、さらに、今後の展望を述べる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「楕円柱構造物に作用する変動風圧力に関する研究」と題し、楕円形断面を有する超高層建築物を対象に、その変動風圧力の評価を境界層風洞実験において変動風力および多点の変動風圧測定を実施し、その結果をとりまとめて、設計用風荷重算定に供することを目的として整理し、変動風圧力としての特徴を論じたものであり、全6章よりなる。

第1章では、本研究の背景と目的について考察し、3次元楕円柱の耐風性に関する既往の文献について概観している。

第2章では、境界層風洞における風力実験の概要について述べ、実験模型の楕円形状として軸長比5種類について、表面粗さ3種類を設定し、縮尺率460分の1として、実験風速範囲を26mlsから8.6m/sまでとして、各測定における評価法の検討を行っている。軸長比が大きくなると、風向角が60。から75。のときに大きな捻りモーメントが発生することと、同様な風向角で長軸方向の変動風力係数の増大が認められる。風速による変化はレイノルズ数の影響として検討する必要があるが、ここでは、8.6mlsの滑面の場合がもっとも厳しい条件を生ずることを確認している。

第3章では、風力実験と同様の形状、風速条件に対して、各模型ごとに設けた内径1.3mmの測定孔240箇所の風圧測定の概要について述べている。実験は60点の同時測定を行い、実時間換算で1秒相当のデータを10分間平均値として14個のアンサンブル平均により求めている。風力実験と対応して、風向角60。において、軸長比の大きな断面では、周方向角1000位置において平均風圧係数の-2程度の急激な低下、変動風圧係数の0.8-1.0程度の増大が認められる。

第4章では、平均風圧係数、変動風圧係数、最大および最小風圧係数を整理し、設計用にモデル化を行っている。平均風圧係数に関しては、軸長比に応じて、周方向角100。近傍で大きな負圧となる特性を反映して設定している。変動風圧係数に関しても同様であり、このことは、最小ピーク風圧の評価に大きくかかわる。ピークファクターの評価にあたっては、正圧部においては、軸長比によらず、ほぼ4程度の値となったが、負圧部に関しては、正規分布モデルに基づくピークファクターの値を大きく上回る場合が認められ、統計値として求められる歪度および尖度と強い相関があることを確認の上、回帰式を提案している。建設地の風向特性を考慮する場合と考慮しない場合に応じて、設計用の風圧係数モデルを楕円形状の特徴を反映する形で提案している。

第5章では、第4章で提案したモデルに基づき、代表的なパワースペクトル密度とコ・コヒーレンスを用いて風荷重算定例を示し、変動風圧のコ・コヒーレンスによる規模効果について定量的に検討し、適切な平均化時間について論じている。その際、パワースペクト密度の高周波数領域での低減による、ピーク風圧係数への影響についても論じている。また、一般化風力の評価にあたっては、風上面と風下面のコヒーレンスが影響するので、その評価についても検討し、軸長比の違いの特徴についてまとめている。

第6章では、各章で得られた知見を総括的にまとめ結論としており、さらに個々の課題について今後の展望を述べている。

以上、本論文は楕円形状の平面を有する超高層建築に作用する変動風圧力について、楕円形状の軸長比、表面粗さ、風速をパラメータとして、乱流境界層風洞における風力をよび風圧実験に基づき、いままで明らかにされていなかった、楕円柱状構造物に生ずる変動風圧特性を形状ごとに明らかにし、またスペクトル特性の考察に基づき、最大および最小ピーク風圧係数の特定の風向角や周方向角における特徴を整理して、全体を設計用風圧係数のモデル化の提案の形でとりまとめたものである。この成果は、耐風特性のより合理的で精緻な評価を設計に反映することを可能にしており、社会文化環境学の発展に寄与するものであり、博士(環境学)の学位を授与できるものと認める。

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