学位論文要旨



No 125073
著者(漢字) 森先,一貴
著者(英字) Morisaki,kazuki
著者(カナ) モリサキ,カズキ
標題(和) 古本州島における後期旧石器時代前半期/後半期移行期の構造変動研究 : 国府系石器群・角錐状石器の広域展開と地域間変異の解明を通じて
標題(洋)
報告番号 125073
報告番号 甲25073
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第491号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 社会文化環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,宏之
 東京大学 教授 辻,誠一郎
 東京大学 教授 鬼頭,秀一
 東京大学 准教授 清水,亮
 東京大学 准教授 清家,剛
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

わが国の後期旧石器時代(およそ3.3万年前から1.3万年前:炭素年代)は、2.5万年前ごろを境に大きく前半期と後半期に区分されている(佐藤1992)。この時期は亜間氷期(酸素同位体ステージ3=OIS3)から亜氷期(OIS2:最終氷期最寒冷期)への気候変動期でもあり、ほぼ同時期に火山活動も活発化したこともあって、自然環境の大幅な変化が生じる時期にもあたることが指摘されている(辻1991)。本論文は、この後期旧石器時代前半期/後半期移行期における人間集団の石器製作技術構造の変化から、古本州島(佐藤2005)における地域環境適応戦略の変化の実態を、構造変動論の立場から読み解くことを目的とする。

2.論文の構成

本論文は、序言と6つの章および結論からなる。次の構成で執筆した。

序言/第1章研究の目的と背景/第II章研究の方法的枠組み/第III章編年研究/

第IV章国府系石器群の伝播形成過程/第V章角錐状石器の広域展開と地域間変異/

第VI章地域環境適応戦略の転換過程とその背景/結語-結論と今後の課題-

3.論文の内容

第1章では、本論文の目的を述べ、本論文の研究テーマに関連する既往研究の整理と、問題点の抽出をおこなった。本論文は、新しい研究パラダイムである構造変動論(安斎2003)に立脚している。構造変動論では、文字どおり構造(人と自然の関係性)とその変動を見極めることが目標とされる。構造変動論からすると、後期旧石器時代前半期から後半期への移行期研究では、従来のように石器がどう変化したかではなく、それらを残した人々の生活がどう変わったかを解明する必要がある。

構造変動論から対象時期の石器群を分析した数少ない例に、佐藤宏之の研究(佐藤1992)がある。これによると、前半期においては、二極構造とよばれる石器製作技術構造が、石材その他の資源の特徴を共有する源域単位を超えて汎列島的に確認されるという。他方、後半期とはこの二極構造が各源で同時に変化し、概ね石材その他の資源の特徴を共有する源域単位毎に、異なった技術構造へと変換していくとされる。本論はこの仮説の検証作業に相当する。その際に、佐藤仮説以後の新資料、および佐藤が本格的にはおこなわなかった後期旧石器時代後半期前葉の石器群の分析を加えていることに意義がある。

第II章では本論文の方法的枠組みを提示した。分析の対象となりうる資料は、古本州島全域に残された石器群だけである。そこで、研究の方法として、石器製作の技術的特徴を分析して技術の構造性を抽出することと、その行動戦略上の特性を把握することで、適応戦略の基本的特徴を把握することとした。さらに技術の構築過程に影響を与える社会間情報伝播にも注意しながら、技術構造の通時間的・地域的な変化・変異を整理することを基本的方法とする。最終的には、技術構造の変化と変異を、石材をはじめとする環境資源の構造と対比し、人間集団の適応戦略を読み解くことを目指す。

第III章~ 第V章では具体的な分析をおこなった。第III章は本論の基礎であり、かつ中核をなす編年研究である。南関東地方の武蔵野台地立川ローム層の層位番号でいう、VII層並行期からIV層中部並行期石器群の抽出および編年をおこない、石器製作の技術構造とその変化の過程を整理した。その結果、技術構造の顕著な変化が前半期末葉のVI層並行期と後半期前葉のV層上部並行期に起こっていることがわかり、さらにV層上部並行期にはそれまでになく明瞭な地域差が急速に形成されること、それと全く同時に地域を越えた特定石器(角錐状石器)・石器群(国府系石器群)の伝播拡散が起こっていることが確認できた。

源域間での石器型式差の顕在化と、地域独自の技術構造の成立が、より地域的適応の進行した源域社会の成立を反映していると考えれば、この結果は佐藤宏之(1992)が提出していた前半期から後半期への移行仮説(後半期における地域社会の成立過程)と一致する。国府系石器群・角錐状石器の広域展開が社会間交流を反映するとみるならば、それは地域社会化の過程と軌を一にしているので、同時期に地域社会間の同盟関係の強化が起こるという佐藤仮説も妥当といえる。しがたって、後半期までを含めたここまでの編年的検討によって、佐藤の仮説は検証されたといえる。本論ではさらに地域性が顕在化する時期と、源域性の形成過程をより詳しく指摘し得た。

第III章の検討を通じて、V層上部並行期の技術構造の変化に各源域内部での技術伝統では説明できない要素(国府系石器群・角錐状石器)が加わっていることがわかったため、第IV章・第V章では、この広域的な伝播拡散現象の実態を詳しく分析した。

第四章では国府系石器群の広域展開を取り扱った。瀬戸内地方に特有の分布を見せる国府石器群と明らかな系統関係を有すると考えられる国府系石器群の形成過程を論ずる。特に、石器製作の動作連鎖(ルロワ=グーラン1973)を比較して、国府系石器群の荷担者に瀬戸内からの人の移動があるのかどうかを考察した。その結果、一部に瀬戸内からの人の広域移動が認められ、それは瀬戸内と類似する環境に向けて起こっていることがわかった。つまり、特定の人間集団が関与する情報伝播が、環境条件の違いに制約を受けつつおこったため、技術的影響の偏差が生じたと考えられる。この偏差は、多様な源域性形成に深く関与している。また、同じように瀬戸内からの人の移動があっても、情報の受容内容は一様ではなく、さらに細かな地域差があり、これは各地域独自の環境条件と深く相関する現象と考えられる。

第V章では角錐状石器の広域展開を取り扱った。現在、角錐状石器という分類概念の含意する内容は多岐にわたっている。そこで角錐状石器の再分類作業を通じて三つの細別(角錐状尖頭器・複刃厚形削器・厚形石錐)おこない、その通時的・空間的展開を分析した。その結果、角錐状石器は国府系石器群と異なって古本州島西南部に満遍なく広がるが、比較的形態の整った角錐状尖頭器が発達する源域と、角錐状尖頭器でも形態の不整形なものや複刃厚形削器を中心とする地域があることが分かった。これらの源域内でも細かな地域差がある。

地域性の単位は国府系石器群に見られたそれと強い相関を持っていたので、V層上部からIV層下部にかけ、各源で進められていた生態適応の源域的単位は共通したものであったと考えられる。

第VI章では、第III章~第V章の結果をうけ、気候環境変化や環境の地域差、伝播情報内容の差を考慮して、技術構造の変化の背景を考察した。そこから、対象時期の人間集団の適応戦略の変化の歴史を読み解くことを目指した。

VI層並行期の技術構造の変化は、佐藤宏之のいうとおり古本州島全域におけると極構造の解体として理解できるが、地域石材に適応するような細かな地域差を、まだ本格的には示していない。この時期には、古本州島東北部と西南部という程度の、大局的な自然環境の差異に対応した適応行動差が顕在化したと考えられる。

V層上部並行期には、特に古本州島西南部で急速な技術構造の変化・源域化がおこっている。これはAr降灰による生態系の構造変動が、古本州島西南部でより急激であったため(辻1991)と考えられる。古本州島西南部を中心に生じた技術構造の顕著な地域差は、同時期に減少する大型獣から中小型獣へと狩猟対象の重心が移ったことで、入間集団の遊動域が縮小して起こった可能性が高い。そして技術構造の地域差の形成過程は、居住形態の変化に伴う生業エリアと地域石材条件との関係(石材分布構造)の違いにより、ほぼ説明可能である。このとき、国府系石器群や角錐状石器に示される技術情報の伝播の多様性が、一部の地域ではその後の技術構造の変化の方向性を左右したと考えられる。

例えば、付図のように、後半期前葉の居住形態の変化によって生業エリアと石材産地との分離が顕著となった関東地方では、石材の節約的利用が重要視された結果、石材浪費的な角錐状石器や、特異な製作技術を要する国府型ナイフ形石器といった刺突具を発達させず、石材の節約利用に適した切出形石器等の刺突具を中心とする技術構造が形成されることになった。他方、同じ居住形態の変化があっても、生業エリアと石材産地との分離が起こらなかった九州地方東南部では、製作が容易だが石材浪費的な角錐状石器を十分に活用しうる条件下にあったため、これを中心的刺突具とした技術構造が構築されたと考えられる。このモデルによって、他地域の技術構造の変化も、適応論的に説明することができる。

4.結論

後期旧石器時代前半期から後半期への移行は、VI層並行期からV層上部並行期を中心に、比較的長い時間をかけて階層的に進行した。特にV層上部並行期において、急速な資源環境の変化を背景とする小地域への適応が進行した。この共通した方向性をとりながらも、それによって顕在化する地域環境差(主に石材分布構造)が、後期旧石器時代後半期前葉における人間集団の技術構造の地域固有化をもたらした。このことを説明するモデルを提出し、結論とした。

安斎正人2003『旧石器社会の構造変動』同成社。佐藤宏之1992『日本旧石器文化の構造と進化』柏書房。佐藤宏之2005「日本列島の自然史と人間」『日本の地誌1日本総論1(自然編)』、80-94頁、朝倉書店。辻誠一郎1991「自然と人間-AT前後の生態系をめぐる諸問題-」『石器文化研究3』、255-230頁。ルロワ=グーラン,A(荒木亨訳)1973『身ぶりと言葉』新潮社。

付図居住形態・石材分布構造の変化を主要因とする技術構造差の形成モデル

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、氷期の日本列島に現れた最初の現生人類文化に相当する後期旧石器時代を大きく二分する時期(後期旧石器時代前半期/後半期移行期)の古本州島(現在の九州・四国・本州からなる)に展開した人類集団の文化動態を、石器群構造分析を主要な方法として詳細に明らかにした完成度の高いきわめて独創的な研究である。

本論文は、6章と序言・結語から構成されており、第I・II章では、研究の目的と問題の所在について、既往研究の整理を通して述べられている。従来当該時期は、汎列島的に等質な文化構造をもつ前半期から、地域性(地域社会)が顕在化する後半期への移行過程にあたると理論的に予想されてきたが、その実態はほとんど解明されてこなかった。そこで、その実態解明に焦点を絞り、新たな視点に基づく研究法を提案・採用する。1

第III章~ 第V章では、具体的な分析が展開される。まず第III章では、研究の前提となる諸石器群を時空間軸に確定づける編年研究が述べられる。移行期の具体像の解明には、従来の編年研究のレベルを超えた分解能の高い編年が要求されるが、それを古本州島全域に存在する当該期の400遺跡以上の出土資料を徹底的に検討して、精緻な編年体系を構築することに成功した。この編年体系によって、移行期における地域石器群の成立過程を、初めてつぶさに辿ることが可能となった。特に、古本州島のほぼ全域において、ほとんど同時(V層上部段階)に構造変動が起こり、主体となる石器は各地で異なるものの、一斉に地域化が開始されることを明らかにしたことは、これまでの研究では不明であっただけに、きわめて重要な研究成果と言えよう。

第IV・V章では、編年研究によって解明された地域化の進行と並行して、西南日本を中心に、広域分布を見せる特異な石器群(国府系石器群[第IV章]、角錐状石器[第V章】)が出現する現象に注目する。この一見逆方向(広域化)のプロセスを示す石器群の存在を、新しい分析視点に基づいて、地域集団化した各集団間の社会関係を担保するための情報交換網の構築を象徴する装置であると解釈したことは、先史考古学的研究として秀逸である。

第VI章では、上記の考古学的関係態を生み出した背景とその理由について、自然環境や生態系の変動に関する他分野の研究と対比することにより、検討がなされる。移行期は、OIS3(相対的に温暖)-2(最終氷期最寒冷期)の移行段階と一致し、寒冷植生の拡大や,大型動物の絶滅期ともほぼ並行する。この環境変動に人類文化も連動して、主要な狩猟対象が広域移動をする大型獣からより狭い棲息空間を有する中・小型獣に移行したことに伴い、石器群の主体を占める狩猟具が小型化し、地域生態系への適応の強化等が惹起したと説明している点は、説得力ある議論となっている。

従来の研究では、石器を文化要素として捉える方法がもっぱら採用されてきたが、むしろ石器は生活の道具であるとして、生活や社会の構造変動を探り、その意味を問うという本論文の一貫した視座は、研究理論や方法の多様性を拡大させ、より具体的に先史時代の動態を描く地平を切り開いたという意味でも評価できよう。ただし、植物質食糧の利用を推定している部分(第VI章)で、それが石器群構造に与えた影響に関する分析が手薄であること、環境変動に関する検討がいささか表面的な印象を与えること等、不満を感じさせる部分もなくはないが、本論文の意義を損なうほどのものではない。むしろ、論文提出者の将来の課題とすべきであろう。

したがって、本委員会は、博士(環境学)の学位を授与するにふさわしいと認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/32662