学位論文要旨



No 125074
著者(漢字) 金,容徹
著者(英字)
著者(カナ) キム,ヨンチョル
標題(和) 変断面角柱の空気力低減メカニズムに関する研究
標題(洋)
報告番号 125074
報告番号 甲25074
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第492号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 社会文化環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神田,順
 東京大学 教授 高田,毅士
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 准教授 清家,剛
 東京大学 准教授 佐久間,哲哉
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、「変断面角柱の空気力低減メカニズムに関する研究」と題し、超高層建築物の空気力制振方法の一種である流体力学制振方法に関する研究である。ここで、「変断面角柱」とは高さ方向で断面形状を変化させた、いわば、テーパー付超高層建築物及びセットバック超高層建築物を称しており、隅角部形状を変化させた超高層建築物とは異なる。これまでの流体力学的制振方法に基づく研究報告のほとんどは隅切り・隅欠き・隅丸による超高層建築物であり、2次元及び3次元角柱に対して風洞実験または数値解析による幅広い研究がなされている。しかし、変断面角柱に関する研究は少なく、行われた研究も空気力低減効果に関する報告に過ぎず、例えば、テーパーを与えることにより隅切りと同じ効果があるなど、具体的な空気力低減メカニズムを議論する研究報告はない。隅切り・隅欠き・隅丸角柱は剥離せん断層の起点である隅角部形状を変化させることにより剥離流を直接にコントロールする方法である。しかし、本研究で対象としている変断面角柱の隅角部形状は矩形断面角柱のように鋭い隅角部を有しているため、隅切り・隅欠き・隅丸角柱における空気力低減メカニズムとは異なることが予測される。そこで、本研究では実際変断面超高層建築物のテーパー率を考慮し、テーパー率の異なるテーパー付角柱とセットバック角柱に関する風洞実験より、空気力低減メカニズムを解明することを目的とする。また、変断面角柱の場合、矩形断面角柱より高い固有周波数や軽量などが予測されるので、応答評価を行うことによりこれらの諸特性が応答特性に与える影響について明らかにする。研究方法として風力・風圧実験を用いており、角柱の幾何学的形状より2次元角柱に対する風洞実験は大きな意味を持たないため、本研究では3次元角柱に対して2種類の境界層乱流を用いて風洞実験を行った。本論文は全7章からなり、各章の簡単な内容を以下で紹介する。

第1章では流体力学制振方法に基づく既往研究を隅切り・隅欠き・隅丸角柱に関する研究と変断面角柱に関する研究と分け、これまでの研究傾向を把握するとともに研究成果について検討する。その上、本研究の位置づけ及び目的について述べる。

第2章では各方向の応答を求める際必要である基本的な方法について詳説する。風方向の場合準定常仮定より直接に接近流の諸特性を用いて風方向応答を理論的に求めることが出来る。これを不規則振動論及び確率統計論を適用し最大応答を予測する手法について偏心がなく1次モードが卓越する超高層建築物を対象にし説明する。風直角方向及び捩れ方向の場合は静止角柱に対する風力実験から得られる風直角方向の転倒モーメントパワースペクトル及び捩りモーメントパワースペクトルを用いてスペクトルモーダル法による評価手法について説明する。

第3章では自然風に関する諸物理量の特性について既往研究結果を求めるとともに新たなコヒーレンスの提案を試みる。自然風における平均風速及び乱れの強さの鉛直分布に関する荷重指針の内容を簡単に紹介し、風洞実験から得られたデータとの対応について検討する。また、変動風速パワースペクトル及びコヒーレンスに関する既往文献をまとめ、変動風速パワースペクトルを大きく3タイプに分けてそれぞれの特性について説明する。通常コヒーレンスは指数関数で表されるが、その際0周波数付近の値および減衰係数を実測データに基づき既往の提案式の限界を指摘するとともに、無次元距離項と無次元周波数項を導入した新たなコヒーレンスに対して風洞実験から得られた2点風速データ及び実測データとの対応について説明する。

風力実験結果を第4章で示した。異なる境界層乱流における各模型の風力特性について平均・変動風力係数の風向角による変化傾向及び各方向のパワースペクトルについて考察を行うなど、各模型に作用する全体風力特性について説明する。また、境界層2における正方形断面角柱、セットバック角柱そしてテーパー率10%のテーパー付角柱周りの気流測定から得られた風速分布より断面変化より見られる周辺気流の高さごとの変化について検討する。さらに、風向角が小さい時、各模型の変動揚力パワースペクトルを直接比較しピーク値の大小またはストローハル数付近におけるスペクトル幅について検討する。

第5章では風力実験により得られた風力特性より詳しく検討するため行った風圧実験結果を示す。風上面及び背面における平均風圧係数の変化傾向や各面におけるパワースペクトル形状など各高さにおける変断面角柱の特徴について検討する。特に断面変化により風上面低層部のパワースペクトルにおけるピークの現れ方及び側面パワースペクトルにおける広帯域化などに注目する。また、風上面及び背面における鉛直方向の相関特性を第3章で提案した変動風速コヒーレンスとの対応について検討するとともに側面における変断面角柱の相関特性が正方形断面角柱との明らかな差があることを各模型の風上面低層部におけるパワースペクトル形状の相違いと関連付けて説明し変断面角柱における空気力低減メカニズムについて説明する。

第6章では第4章で得られた変動風力パワースペクトルを用いて第3章で説明したスペクトルモーダル法により風方向及び風直角方向の変位応答及び加速度応答解析を行い、断面変化による変位応答及び加速度応答特性を構造特性と関連付けて検討する。また、代表風速との関係及び固有周波数の変化による応答の変化傾向など、変断面角柱における応答特性を明らかにする。

第7章では前章の内容をまとめ空気力低減メカニズムを総括し、今後の課題や展望を述べる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「変断面角柱の空気力低減メカニズムに関する研究」と題し、セットバックやテーパーによる断面変化をする角柱の風洞実験により、空気力が低減される現象を定量的に評価し、そのメカニズムについて考察したものである。実際の超高層建築では、セットバックやテーパー付きの断面を有するものは少なくないが、単体としての風力評価はされていても、低減効果についての定量的な検討も少なく、また気流による渦生成のメカニズムを考察した例は見られないことから、変動風力および多点の風圧計測と結果の整理によって新しい知見としてとりまとめられており、全7章からなる。

第1章では、従来空気力低減の試みとして隅角部の形状を変化させるものと、高さ方向の断面変化によるものに関しての既往の論文の成果を整理し、本論の位置づけを明らかにしている。

第2章では、超高層建築物の風応答の現状を概括的に整理し、理論的な評価法の中で風方向応答と風直角方向応答における風力のスペクトル特性について評価すべき視点を整理している。

第3章では、風荷重算定にあたり、強風のスペクトル特性の評価が基本となることから、変動風速のパワースペクトル密度とコ・コヒーレンスの既往の評価式を整理した上で、低周波数領域の評価が通常の指数関数式では不適切であるとして、実測データの検討も加え、新しい式を提案している。

第4章では、自然風を模した2種類の乱流境界層中における正方形断面および3種類の変断面角柱に対する風力実験結果を示し、風向角に対する傾向を整理し、気流による差異の特徴を論じている。特に変動揚力については、風直角方向振動における不安定性とも関連することから、パワースペクトル密度に認められる無次元周波数0.1程度のストローハル成分やさらに低次の周波数成分について検討し、剥離流を含む、側方の気流計測を通して、剥離渦の生成についての考察を行っている。断面変化の大きなセットバックはテーパー付の場合に、正方形断面に比べて平均抗力係数で最大10%程度、変動揚力係数として、30%から40%の大幅な空気力の低減が確認されている。

第5章では、風力実験で得られた変断面角柱における特徴を、局所的な風圧の特性を比較することにより、さらに空気力低減のメカニズムについて考察している。風上面中央近傍の変動風圧のパワースペクトル密度は、変動風速の特性が保存されているが、風上面の低層隅角部に近づくと、正方形断面では、顕著なストローハル成分が認められるのに対して、変断面角柱では、その傾向が弱い。このことは、正方形断面における風上面の下降流の存在を示唆するものであるとしている。側面における変動風圧のパワースペクトル密度においては、変動揚力において認められたと同様にストローハル成分が顕著であるが、セットバックやテーパー付断面の場合に正方形断面に比べて、そのスペクトルのピーク値は小さく、また幅は広くなることが確認されている。また、コ・コヒーレンスの特性からも、風上面においては、概ね変動風速の性質が保存されるのに対して、側面にあっては、ストローハル成分においてピークが認められ、その傾向は、正方形断面では、高さ方向の全範囲にわたるのに対して、セットバック断面の下層部では消滅している。正方形断面では、側面、背面において風圧分布は一様に近く、風上面における下降流が2次元的な剥離渦を生成し、大きな変動揚力を生じているのに対し、セットバックやテーパー付断面の場合は、下降流の生成が抑制され、上層部と下層部で異なる渦が生成され下流に流されるに従って相関をもつ渦になると推定されるとしている。

第6章では、風力実験の結果を用いて、第3章で示したスペクトルモーダル法により、風方向および風直角方向の変位および加速度応答評価を行って、空気力低減効果が応答としてはどの程度となるか確認している。その結果、変位応答においては、変断面角柱とすることで、風方向、風直角方向とも最大で30-40%程度の応答の低減が期待できるものの、加速度応答においては、10-15%程度の低減となっている。

第7章は結論であり、各章で得られた成果をまとめて論じ、さらに今後の課題を考察している。

以上、本論文は、正方形断面を有する超高層建築の変断面効果について、変動風力および変動風圧の性状を検討することにより、空気力低減のメカニズムを考察したものであり、耐風特性のより精緻な評価を設計に反映することを可能にしており、社会文化環境学の発展に寄与するものであり、博士(環境学)の学位を授与できるものと認める。

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