学位論文要旨



No 125080
著者(漢字) 二島,渉
著者(英字)
著者(カナ) ニシマ,ワタル
標題(和) 二面角遷移に基づくタンパク質立体構造変化の解析手法
標題(洋) DTA: Dihedral transition analysis for characterization of the effects of large main-chain dihedral changes in proteins
報告番号 125080
報告番号 甲25080
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第498号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 情報生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 広川,貴次
 東京大学 教授 伊藤,隆司
 東京大学 教授 高木,利久
 東京大学 准教授 木下,賢吾
 東京大学 准教授 北尾,彰朗
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

タンパク質の立体構造変化は、しばしばその機能と密接に関係しており重要である。これらの変化はドメイン運動のような大域的な動きからループの移動のような局所的な動きまでさまざまなものがある。本研究では、2つタンパク質の立体構造における主鎖の二面角の差に注目するというこれまでとは違った視点で構造変化を特徴づける解析手法(DTA)を開発した。また、高解像度なものにしぼった広範囲で非冗長な459 個のタンパク質の組に対してDTA を適用し、タンパク質において主鎖の二面角変化が与えるタンパク質の立体構造変化を解析した。

2.手法

構造変化を起こすタンパク質の二つの立体構造を比べた場合の二面角の差Δφ, Δψ が構造のある部分に局所的に集中して大きな値をとる現象がある(二面角遷移)。DTA はこれらの二面角遷移の性質を利用している。

■DTA の一連の流れは次の4ステップからなる。

Step1: 2つの構造の差から、主鎖の二面角φ, ψ, ω について二面角遷移が起こっているかを判定する。

Step2: ポリペプチド鎖を、二面角遷移が起こった断片(Transition Fragment[TF])と起こってない断片(Stable Fragment[SF])に分ける。

Step3: SF のクラスタリングを行い、お互いのRMSD が小さいSF を統合しStable Region(SR)と呼ばれる領域にまとめる。

Step4: TF,SF,SR は、それらの断片の長さ、二乗平均平方根変位(RMSD)、Non Locality Score(NLS)と呼ばれる周囲の断片に与える影響を数値化したもので特徴づける。

※Step1 での二面角遷移の判定には、次のような基準で行う(図1 参照)。

(1)|Δφ(i)|≧120° (2)|Δψ(i)|≧120° (3)| Δφ(i)+Δψ(i)|≧120° (4)|Δω(i)|≧90°

3.結果

【二面角変化の性質】

459 個の高解像度で非冗長、有意に構造変化をしている同じアミノ酸配列のタンパク質の組を用い、側鎖を挟んだ組(φ(i),ψ(i))とペプチド平面を挟んだ組(ψ(i),φ(i+1))とω(i)の二面角に対して二面角の差の分布を調べた(図1)。その結果、大きく二面角が変化する領域にクラスタがあることを確認した。また、Δφ(i), Δψ(i), |Δφ(i)+Δψ(i)|の分布からも遷移が確認でき120°で極小値をとることがわかった。これらの二面角変化の性質は、DTA の二面角遷移の判定基準で妥当であることを示している。

【S-flip, p-flip の統計】

特別な角度における二面角遷移で興味深いものにs-flip, p-flip がある(図1 参照)。これらは最少単位の構造変化であり、このp-flip, s-flip がどのぐらいの割合で起こっているかという重要な統計データを示した。

【TF, SF, SR の統計】

前述の459 組のデータセットを用いDTA を行った結果、82%のタンパク質で二面角遷移が起こっていることがわかった。SR が1つであるタンパク質の割合は54%で、ほとんどのタンパク質が局所的な構造変化であると考えられる。TF, SF の数はそれぞれ523 と1287であった。また、TF、SR の長さ、RMSD などの分布の統計データも示した。

【TF のランキングにより抽出される典型的な動き: hinge, flap, path-preserving】

TF のNLS やRMSD の値をランキングすることで、典型的な動きを明らかにした。

・hinge の動き

TF のNLS の大きい順にトップ10を調べたところ、すべての動きがhinge であった。8つ場合は、大きな別の分子に結合するときに起こっていた。残りの2つはアロステリーに関係していた。

・flap の動き

局所的で(NLS≦1.0A) RMSD が大きい順にトップ10を調べたところ、8つの動きが特定の断片が局所的に上下するflap の動きであった。6つの場合が、小分子に結合している場合に起こっていた。

・path-preserving の動き

局所的で(NLS≦1.0A) RMSD が小さい順にトップ10を調べたところ、すべての動きは、主鎖がほとんど動かないpath-preserving の動きであった。3つの場合がリガンド結合に関係していた。

4.考察

【hinge, flap, path-preserving の動きと機能との関係】

DTA により、hinge, flap, path-preserving の動きを抽出することに成功した。ランキングした結果からhinge, flap, path-preserving で、機能と関連がある動きが数多く認められた。Path-preserving は、これまでの手法では検出できなかった動きであり、DTA では頻繁に検出されている動きである。これらのことから、DTA は、今までの手法では検出できなかった機能的な動きまでも検出するのに有効な手法であると考えられる。

DTA は、二面角遷移に基づく解析手法なので、立体構造間の動きに二面角が大きく変化する領域がないと構造変化を特徴づけすることができない。例えば、次のような例がある。

・ドメイン運動の回転軸がヒンジの二面角の軸にほぼ一致する場合、小さな二面角変化で全体に運動が伝わるため、二面角遷移が起こらずそのヒンジが検知できない。

・ヒンジで連続的に少しずつ二面角が変わることで大域的な構造が変わる場合、そのドメイン運動は検知できない。

このことからもわかるようにDTA は、今までに新しい視点からタンパク質の構造変化を解析する手法である。より効果的に運動を解析するには、これまでのようなドメイン運動を検出する手法と併用するのが望ましい。

5.まとめ

我々は、二面角の遷移に基づきタンパク質の組の構造変化を特徴づける手法を開発した。459 組のタンパク質の立体構造をもとに、これまで解析されたことのない二面角遷移やDTA で割り当てた断片(TF,SF,SR)の統計データを示した。さらにTF の二乗平均平方根変位(RMSD)、Non Locality Score(NLS)と呼ばれる周囲の断片に与える影響を数値化したものを使用し、ランキングすることでhinge, flap, path-preserving が典型的な動きであると確認した。これらのランキングされた動きを検証した結果、DTA は機能と関連した動きを抽出するのに有効な手法で、これまでの手法では検出できなかった動きまでも検出することができると結論付けられた。DTA は、いくつかの検知できない動きも存在するが、新しい視点から機能に関連した動きを特定し、それらの動きを特徴づけるのに効果的な手法である。

6.補追

459 組のタンパク質のDTA の結果は、データベースにまとめインターネット上で公開している。URL: http://dynamics.iam.u-tokyo.ac.jp/DTA/

【図1】 二面角の変化と二面角遷移の判定基準。(A): 側鎖を挟んだ組 (φ(i),ψ(i))の分布,(B): ペプチド平面を挟んだ組(φ(i+1),ψ(i))の分布, (C): ω(i)の分布 実線は、二面角遷移のしきい値、波線は、(A)s-flip, (B)p-flip のしきい値

【図2】 二面角遷移によって特徴づけられた動きTF は黄色で示してある部分。(A): "path-preserving", (B): "Flap", (C):"Hinge"

審査要旨 要旨を表示する

タンパク質の動きはその機能と密接に関係があり、その理解は重要である。本研究では、主鎖二面角φ、ψ、ωが大きく変化する現象、二面角遷移に注目しながら、こつのタンパク質立体構造が与えられた場合のそれらの構造の二面角差からタンパク質の動きを特徴づける手法を開発している。また、その手法を広範囲で非冗長なタンパク質ペアのデータセットに適用することで、そのデータセットで共通するタンパク質の動きの特性・分布を解析し、3つの二面角遷移による典型的な動きなどを明らかにしている。以下、詳細を述べる。

第1章、第2章では、本研究に関連した先行研究を述べている。第1章ではこれまでに行われてきたタンパク質の動きの研究についてまとめている。大域的、局所的な運動やその機能との関係について触れており、特に局所的な動きにも機能との関連で重要なものがあること、また、その場合の動きは検出しにくいという問題提起を行っている。第2章では、動きの解析手法に関する先行研究を述べている。これまでになされてきた動きの解析手法の概観、また、動きの解析を自動的に行うツールについての特徴の詳細をまとめている。

第3章では、二面角遷移による解析手法、Dihedral Transition Analysis(DTA)について述べている。DTAでは、二面角が大きく変わる現象、二面角遷移に注目している。タンパク質のアミノ酸配列上を二面角が大きく変わっているフラグメント(TF)と二面角がほとんど変化していないフラグメント(SF)に分け、また、複数のSFは、相対的に構造変化が少ない領域(SR)にまとめる。TFは、それ自身の変位、Root Mean Square Deviation(RMSD)と二面角遷移が周辺のフラグメントに与える影響、Non Lo cality Score(NLS)によってその動きを特徴づける。この章では、二面角遷移の定義 、フラグメント化の方法やNLSの定義について触れながらDTAの4つのステップを解説している。また、章の最後では、統計解析するためのデータセット作成の手順をまとめている。

第4章では、二面角変化の基礎的な現象について述べている。統計的な解析から、二面角の変化はまれに大きな値をとり、隣会う二面角変化Δ φとΔ ψが協動的に動いていることを明らかにしている。第3章で述べているように二面角遷移は、化学的な性質と統計的性質から定義しているが、各Δ φ とΔ ψ、また、Δ φ+Δ ψ の分布を出し、二面角遷移の定義の妥当性を検証している。この定義された二面角遷移を使い、アミノ酸あるいは二次構造ごとに遷移が含まれる割合や、二面角遷移が配列上を連続して起こりやすいといった性質を統計的に明らかにしている。

第5章では、データセットのタンパク質ペアに対してDTAを行った結果について述べている。そのなかで、第3章で定義された領域SRの数が1つのタンパク質は、全体の約半分(54%)であり、ローカルな動きが多いことを明らかにしている。このことは、NLSの値が小さいTFの数が多かったことからも支持されている。

また、TFのRMSDとNLSを使用することでトップ10をランキングして、二面角遷移が引き起こす典型的な動きであるhinge、flap、path-preserving運動を抽出している。Path-preserving運動は、DTAによる注意深い解析から見つかった動きである。また、ランキング中のhinge、flapの動きに起きている状況は、ドメインスワッピング、異なる結合状態など従来考えられていたものとは異なることがわかった。

第6章では、DTAの特徴を考察し要約している。ランキングトップ10を再度考察することで「DTAは、従来の手法とは別の観点で機能と関わる可能性のある動きを検出することができる」と結論づけている。最後に、従来の手法との関係を考察し、DTAが従来の手法とは違った新しい視点でタンパク質の動きを解析していることを再認識している。

本論文は、従来から精力的に行われてきたタンパク質の動きの解析手法に、二面角遷移という新たな視点を導入した。二面角変化の性質を詳細に調べた上で、構造変化を調べる手法の構築に成功している。これらの客観的な判定手法は、今後の二面角に注目した構造変化解析の標準になり得るものである。また、459組のデータセットから網羅的にDTAを使用し得られた知見も非常に重要なものがあり、タンパク質の動きの理解にも新たな視点から学術的に貢献している。

なお、本論文で論じられた成果は、英国イーストアングリア大学のGuoying Qi博士、Steven Hayward博士、東京大学の北尾彰朗准教授との共同研究であるが、論文提出者が研究全体を主体的に行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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