学位論文要旨



No 125096
著者(漢字) 岩下,貴司
著者(英字)
著者(カナ) イワシタ,アツシ
標題(和) 2次元分布情報の検出及び処理を一体化した集積化センサの研究
標題(洋)
報告番号 125096
報告番号 甲25096
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第222号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 システム情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石川,正俊
 東京大学 教授 嵯峨山,茂樹
 東京大学 教授 南谷,崇
 東京大学 准教授 篠田,裕之
 東京大学 講師 小室,孝
内容要旨 要旨を表示する

現在,我々の生活のあらゆる場面に電子計算機が浸透している.しかしながら,測定器やパーソナルコンピュータのように,明らかにセンサや計算機であることを認識できるものは,氷山の一角に過ぎない.実際には多くの製品にも,大量のセンサと計算機が搭載されているにも関わらず,センシングや情報処理の詳細は隠蔽され,その背後にある通信ネットワークの存在も通常は意識されることがない.システムのカプセル化,機能の抽象化によって,電子計算機は静かに深く普及している.このような高度情報化社会,ユビキタス社会の基盤となるのが,電子システムの小型・低価格化を可能とした集積回路技術である.

当初はリレーや真空管であった電子計算機の構成要素は,やがてトランジスタに置き換えられ,小型・低価格化が進んだ.また,リソグラフィにより多数の素子とそれらを接続する配線を単一のデバイス上に実装する集積回路技術が実用化され,高機能なデジタル計算機が実現可能となった.近年では低消費電力と高速性を兼ね備えたCMOSが主流となり,線幅の微細化により単一のデバイスに集積可能な素子数は数十億個を超えている.このような電子システムの抽象化・小型化・低価格化・高機能化は今後も進行すると考えられる.

近年,情報処理能力の向上により,分布型のセンサから取得した情報を計算機で処理し,特徴量を抽出して機器の自動制御を行う事例が増加している.具体的には,顔認識による拠点監視やパターン認識による製品検査,車線認識による自動走行や移動体検出による衝突回避などが実現されている.一般的に,センサアレイから取得した情報は単一のセンサと比較して膨大となるため,グローバルな通信回線を介した分布情報の転送は非効率的である.よって,センサアレイと計算機を直結し,抽出した特徴量のみを転送するようなモジュールの構築が合理的であると言える.

このような演算機能を有する分布型センサは,単一のセンサでは実現できない多彩な機能を実現できる.これまでは研究レベル,または特注の生産システムや高級車など,限られた場面でしか利用されてこなかったが,今後は既存のシステムが辿った道筋と同様,小型・低価格化やカプセル化が進み,バッテリ容量や実装面積,価格などが制限される用途や,リアルタイム性の要求される用途へと応用が拡大していくと考えられる.具体的には,組み立てロボットや製品検査システムなどの生産ラインでの大量使用,携帯機器の入力インターフェイスやペットロボットなど民生品での新規分野開拓,監視や車載用途における既存品の置き換えなどが期待される.

機器の自動制御に必要なセンサの時空間分解能は,用途によって大きく異なる.本論文では,幅広い分野への応用を目指し,集積回路技術によるセンシングと情報処理の密結合を用いた,時空間分解能の変化にロバストな分布型センサシステムの提案及び実証を行う.具体的には,一般的な方式,すなわちセンシングと情報処理が疎結合した方式の弱点を述べ,これを解決するために,センサ・情報処理の密結合方式とミックスド・シグナルでの超並列演算を提案した.

このアーキテクチャの実証例として,まず,触覚センサ上の圧力分布の検出とAD変換を同時に実行する回路を提案し,チップを試作して測定をおこなった.さらに,試作結果を参考にして,検出方式をΔΣ変調に拡張し,値分解能と消費電力のトレードオフが可能なセンサアレイを提案した.

また,視覚センサと幾何統計量の演算を一体化した画像モーメントセンサを提案し,チップを試作して測定をおこなった.さらに,試作結果を参考にして,分解能の向上とモーメント演算の単一のチップ実行を実現した高機能版画像モーメントセンサを試作し,測定を行なった.最後に,モーメントを利用して効率的に対象の自動抽出を実行するアルゴリズムを提案した.

以上により,N x Nのセンサアレイにおいて,触覚センサでは$O(N3)の演算をO(N)で,視覚センサでは$O(k2N2)$の演算をO(k2logN)で実行可能であることを実証した.この結果,センシングと情報処理の融合によって,時間分解能・空間分解能・値分解能・消費電力の可変性を確保した,柔軟な分布型スマートセンサが実現可能であることを示した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「2次元分布情報の検出及び処理を一体化した集積化センサの研究」と題し、7章より構成されている.近年、電子システムは小型化・低価格化・高機能化を繰り返し、より複雑で高機能なシステムの実現を可能にしてきた.このことに連動する形で、2次元分布情報の検出と情報処理機能を一体化した集積化センサの研究開発も盛んになってきたが、その汎用性と集積度の更なる改良が求められている.そこで本論文では、触覚センサや視覚センサを具体的な対象として、圧力分布の検出とAD変換を同時に実行する手法やモーメント特徴等の大域的な演算に対する並列化手法等の導入により、2次元分布情報の検出と処理を一体化した集積化センサシステムにおいて、従来実現されていなかった機能が実現できることをいくつかの実証例によって示したものである.

第1章は「序論」であり、センサ、計算機、並びにネットワーク等の進歩について述べた上で、センサアレイと情報処理機能の融合により、リアルタイムに多様な特徴量を抽出できる集積化センサについて、その将来の方向性について論じ、本論文の目的と構成を述べている.

第2章は、「機器制御に適したスマートセンサアーキテクチャの提案」と題し、集積化センサの一般的なアーキテクチャ並びに実装方法を示すとともに、従来から用いられてきた、センシングと情報処理を分離し、集中・直列に実行するアーキテクチャには根本的な限界があることを示し、さらにその解決策として、センシングと情報処理機能を融合し、分散・並列に実行することで、小型・安価・省電力でありながら機器制御に必要な分解能を確保しうる一般的なアーキテクチャを示している.

第3章は、「フレーム間オーバーサンプリングを用いた触覚センサチップの開発」と題し、圧力分布の検出とAD変換を行う回路の提案を行っている.等電位法に基づくセンサシステムの概要と圧力検出の基本原理を示し、シミュレーションによって、オペアンプを用いた既存の回路における問題点を明らかにし、デジタル化を基本とした集積回路化に適した回路を提案し、その原理を示している.また、フレーム単位のオーバーサンプリングの導入により、精度や安定性が向上するとともに、AD変換が同時に実現できることを示している.さらに、提案した回路をLSIとして実装し、実験により圧力分布の検出とAD変換が可能であることを確認している.

第4章は「ΔΣ変調に基づく触覚センサシステムの提案」と題し、前章で提案された触覚センサシステムの問題点を解決し、分解能を向上させるために、ΔΣ変調を用いた回路を提案している.まず、検出回路を行列表現により一般化し、誤差の原因を特定し、次に、差動入力段の精度を向上させる手法として、ΔΣAD変換器とPDMによる基準信号を用いる方式を提案し、さらに、電流出力段の分解能を向上させる手法として、オーバーサンプリングによる実効分解能の向上と、デジタル信号処理により検出器間の特性を整合させる方式を提案している.ΔΣ変調の導入により、検出器間の電圧及び電流精度を改善することで、誤差除去演算なしでも十分な精度を確保できると考えられる.よって、全体の演算オーダーは選択配線の走査によって決まる.すなわち、N×(N-1)のセンサアレイに対して、O(N)となる.このことは、従来の方式と比較して、アレイ規模の変化にロバストなアーキテクチャであることを示している.

第5章は「画像モーメントの抽出に特化したビジョンチップの提案」と題し、画像モーメントの抽出に特化したビジョンチップを提案している.まず、画像モーメントの基本的な性質を述べ、これを簡単なデジタル回路で計算するアーキテクチャを示している.次に、動作周波数の向上と消費電力の低減を図るため画素均一性を保ちつつパイプライン動作を実現する方法及び高開口率・高分解能・確実な動作を保証するために演算器を4つの画素で共有する構成方法を提案し、提案した画像モーメントセンサをLSIで実装し、測定実験により1kHzでの撮像と8MHzでのモーメント演算が可能であることを確認している.

第6章は「高機能画像モーメントセンサの開発」と題し、1チップでモーメント演算を完結させるアーキテクチャを提案した.ダイナミック回路による演算器の実装による画素面積を縮小する方法や領域マスク・座標重みの乗算・画素アレイ外総和を一体化し、6並列かつ連続的にモーメント演算を実行するアーキテクチャを提案している.また、提案したアーキテクチャを実装して測定実験を行い、1kHzでの撮像と8MHzでのモーメント演算が可能であることを確認した.さらに、モーメント特徴を用いて効率的に対象の自動抽出を行うアルゴリズムを提案し、N×Nのセンサアレイにおいて、撮像及びk=(p+q)次のモーメントを取得するための演算のオーダーがO(k2logN)であることを示し、従来の方式と比較して、アレイ規模及びモーメントの次数の変化にロバストなアーキテクチャであることを示している.

第7章は「結論」であり、以上の成果がまとめられている.

以上要するに、本論文は、2次元分布情報に対する検出機能と処理機能を一体化した集積化センサとして、触覚センサ並びに視覚センサを例にいくつかのアーキテクチャを示し、実際に回路設計と実装を行い、その有効性を実証したものである.これにより、2次元分布情報に対してデジタル情報としての高精度分布情報の取得やモーメント特徴等の幾何統計量を高速に抽出する手法並びにアーキテクチャを提供するものであり、関連する応用分野の発展に貢献するとともに、計測工学の進歩に対して寄与することが大であると認められる.よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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