学位論文要旨



No 125099
著者(漢字) ,孝一
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,コウイチ
標題(和) 人とのコミュニケーションを目的としたテレイグジスタンス・マスタスレーブシステムの研究
標題(洋)
報告番号 125099
報告番号 甲25099
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第225号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 システム情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 舘,
 東京大学 教授 満渕,邦彦
 東京大学 教授 石川,正俊
 東京大学 准教授 篠田,裕之
 東京大学 講師 川上,直樹
内容要旨 要旨を表示する

本論文では、テレイグジスタンス・マスタスレーブシステムを利用した人とのコミュニケーションを検証し実用化するためのプラットフォームを構築することを目標とし、頭部および腕部の2部位に対して必要なコミュニケーション要素を満たすシステムを提案し、その統合システムを実現した。

第1章では、まずテレイグジスタンス・マスタスレーブシステムと臨場感について概説した。そのうえで、人とのコミュニケーションを人や物体との接触を伴う相互作用がある場合とない場合に分け、それぞれが必要とする要素について体系的に論じた。人や物体との接触を伴う相互作用がない場合では、(1)動作の範囲(2)追従性(3)各部位の相対関係の保持の3点を必要な要素として論じ、人や物体との接触を伴う相互作用がある場合では、(1)力の共有(2)関節の柔軟性の2点を必要な要素として論じた。その着眼点のもと、テレイグジスタンス・マスタスレーブシステムにおいてスレーブの機能を再検討し、頭部では動作の範囲や追従性が、腕部では関節の柔軟性がそれぞれ重要な要素であることを示し、続く各論への橋渡しとした。

第2章では、各部位の設計論に先立って、スレーブロボットが持つべき寸法範囲を検証した。操縦者とロボットの寸法が全体的に相似系で異なる場合はスケーリングによって対処可能であることが知られているが、寸法が非相似系で異なる場合はスケーリングにより対処が出来ず、その影響も明らかになっていない。そこで、スレーブロボットを上半身に限定して(1)上腕寸法(2)前腕寸法(3)肩寸法(4)首寸法(5)視点寸法の5つの寸法部位に分け、操縦者の各寸法部位に対してロボットの各寸法部位を変化させた場合の影響をポインティングタスク性能によって調べた。その結果、どの寸法部位に対しても操縦者の寸法から1.0~1.2倍ほどの寸法範囲でタスク性能が低下しないことを確認した。また、(1)上腕寸法においては1.0倍よりも1.2倍においてタスク性能が向上しており、操縦者の各部位の寸法よりも1.2倍程度大きい寸法部位を持つロボットのタスク性能が向上する可能性が示唆された。よって、テレイグジスタンス・マスタスレーブシステムにおいてはスレーブロボットの各部位の寸法が非相似系で異なる場合に各部位それぞれ1.2倍までの寸法比を持って設計できる可能性が示唆された。

第3章では、テレイグジスタンス・マスタスレーブシステムを構成する身体の各部位のなかで頭部に着目し、1章で掲げたコミュニケーション要素を実現するために必要な設計要求を掲げた。頭部においては特に運動領域と追従性が重要であるとの観点から、従来の頭部回転3自由度を持つロボットヘッドの運動領域は人間の頭部がとりえる運動領域に対して狭く、正しい視覚情報の提示が行えない点を問題として捉えた。議論を本質的な部分に絞り込むため、本論文ではロボット全体の移動を排除した着座状態での頭部の運動領域に限定し議論を進めた。着座状態での人間がとりえる運動領域をカバーするため、3自由度の頭部を3自由度の腰部に相当するリンク機構の先端に取り付けることにより頭部全体の運動を可能とする機構に着目し、ハードウェア側で自由度を6自由度に拡張した頭部・腰部一体型ロボットヘッドTORSOを用いて実証実験を行うこととした。実験に先立ち、TORSOの基本性能として追従性能の評価を行ったところ、TORSOの機構的な遅れは最大でも3 [ms]程度であり、頭部搭載カメラの撮像周期に対して十分に高速であることを確認した。また、自然な立体視の提供による高解像度な遠隔映像再現のため、TORSOの設計パラメータに準拠した最適設計HMDと、それを組み合わせたテレイグジスタンス視覚システムである"TORSO-HMDシステム"を実現した。さらに構築したTORSO-HMDシステムを定量評価し、ターゲッティングタスクにおいて従来の3自由度ロボットヘッドに対して高速かつ安定してタスクを遂行できることが確認された。また、試作した実機を用いた数千人規模の体験者による定性評価においてもシステムの有効性を確認出来た。以上により、頭部のテレイグジスタンス・マスタスレーブシステムにおいて頭部の6自由度運動に伴う運動視差等の運動の再現が重要であることを明らかにし、それを実現するロボットヘッドの自由度が3自由度では不十分であることを示した。加えて、TORSOが持つ自由度を検証し、首上下並進1自由度を除いた5自由度で十分なタスク性能を示すことを確認した。これらの知見は、次世代視覚システム構築に対する新しい指針となった。

第4章では、テレイグジスタンス・マスタスレーブシステムを構成する各部位のなかから腕部に着目し、1章で掲げたコミュニケーション要素を実現するために必要な設計要求を論じた。コミュニケーション要素において対人接触における本質的安全性を実現することが重要であるとの観点から、柔軟性の要素が必要であることを示した。従来のロボットアームにて柔軟性を実現するためには、より強固な機構や大量のセンサ、複雑な制御が必要となり、危険性やコスト、実現可能性の面で有利とは言えない。そこで柔軟性を実現するためにはアクチュエータレベルで解決する必要があると考え、柔軟アクチュエータの利用を提案した。柔軟アクチュエータを用いたロボットアームとして、空圧アクチュエータにより構築された空圧アームを採用し、その空圧アームの有効性を検証するために空圧アームマスタスレーブシステムを構築した。構築した空圧アームマスタスレーブシステムは、従来のDCモータによるロボットアームに対しても遜色の無い動作性能を実現でき、力センサ等の外部接触情報を用いることなく柔軟な回避動作を行えることを確認した。さらにタスク評価としてバイラテラルシステムを実装し握手動作を行ったところ、従来のアームと同様に力の共有が可能であることが示された。以上の結果から、柔軟アクチュエータによるロボットアームがテレイグジスタンス・マスタスレーブシステムに利用可能であるといえる。

第5章では、3章および4章で提案・構築を行った頭部および腕部のシステムを統合した頭部・腕部統合システムの提案を行った。3章で提案したTORSO-HMDシステムに対し4章で提案した空圧アームシステムを組み合わせ、その適切な配置を検討した。実際に両システムを並べて1つのシステムとして実装したところ、主観評価にはなるが人間らしい動きを表現可能なスレーブロボットを構築出来た。さらに、操縦者は遠隔環境やロボット自身の腕などの情報を自然に得ることができ、テレイグジスタンス・マスタスレーブシステムとして新しい頭部・腕部統合システムを実現できたと評価できる。

最後に第6章にて各章で得られた結果をまとめた。

本論文では、テレイグジスタンスマスタスレーブにおける人とのコミュニケーションの検証・実用にむけて、頭部の自由度は本当に3自由度でよいのか?、柔軟アクチュエータはテレイグジスタンスシステムに適用可能であるか?という2つの疑問の究明を行った。その結果、頭部の自由度は5自由度あれば十分であること、柔軟アクチュエータとして空圧アクチュエータを利用したロボットアームが適用可能であることを実証システムの構築をもって明らかにした。この一連の活動において、単にシステムを実現するにとどまらず、人間が遠隔環境にて自身を表現し見出す要素は何であるかという、人間そのものの解明にも役立つ知見を得たと考えられる。これまでにテレイグジスタンスやマスタスレーブに関する多くの研究が行われているが、多くは情報の伝達手段としてのインタフェース実現の位置づけとして議論が閉じているか、人間の感覚に基づきその心理物理的現象の解明に特化したものであった。本論文は人とのコミュニケーションといった抽象的な概念をインタフェース実現のレベルにまで落として検証・開発を行っており、人間が人間として遠隔環境に存在することをシステムとして実現したことに意義があるといえる。今後、本研究の成果がテレイグジスタンスやインタフェースの研究分野にて人間を解明するための一助となれば幸いである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「人とのコミュニケーションを目的としたテレイグジスタンス・マスタスレーブシステムの研究」と題し、6章からなる。これまでに、遠隔のロボットを臨場感を有して制御するテレイグジスタンスのマスタスレーブシステムに関する研究が行われてきているが、コミュニケーションを目的としたテレイグジスタンスのマスタスレーブシステムを設計する際の設計指針はいまだ得られていない。本論文は、テレイグジスタンス・マスタスレーブシステムを利用した人とのコミュニケーションを実用化するためのプラットフォームを構築することを目標とし、そのために必要な頭部および腕部の各部位が満たすべき条件を明らかにして、実際の統合システムを構築したものであり、テレイグジスタンス・マスタスレーブシステムの設計論への道を拓いている。

第1章「序論」は緒言で、まずテレイグジスタンス・マスタスレーブシステムと臨場感について概説し、人とのコミュニケーションを人や物体との接触を伴う相互作用がある場合とない場合に分け、それぞれが必要とする要素について体系的に論じている。すなわち、相互作用がない場合では、(1)動作の範囲(2)追従性(3)各部位の相対関係の保持の3 点を必要な要素とし、相互作用がある場合では、(1)力の共有(2)関節の柔軟性の2 点を必要な要素として、その着眼点のもと、テレイグジスタンス・マスタスレーブシステムにおけるスレーブの機能を再検討し、頭部では動作の範囲や追従性が、腕部では関節の柔軟性がそれぞれ重要な要素であることを示している。それらの知見からテレイグジスタンス・マスタスレーブシステムをコミュニケーションに利用する際に有効な設計法を導いて行くという、本研究の目的と立場と意義とを明らかにしている。

第2章は、「操縦者とスレーブロボットとの間の寸法不一致の影響に関する考察」と題し、各部位の設計論に先立って、スレーブロボットが持つべき寸法範囲を検証している。既に、操縦者とロボットの寸法は異なるが全体として相似形である場合は、スケーリングによって対処可能であることが知られている。しかし、寸法が相似では無い場合はスケーリングにより対処が出来ず、その影響も明らかになっていない。そこで、スレーブロボットの上半身に限定して、上腕寸法、前腕寸法、肩寸法、首寸法、視点寸法の5 つの部位の寸法に対して、対応する操縦者の各部位の寸法に比べその寸法を変化させた場合の影響をポインティングタスクの性能によって調べ、その結果、どの部位に対しても操縦者の寸法から1.0~1.2 倍ほどの寸法範囲でタスク性能が低下しないことを確認している。また、上腕寸法においては1.0 倍よりも1.2 倍においてタスク性能が向上しており、他の部位は同じで上腕の寸法のみが操縦者の寸法よりも1.2 倍程度大きい上腕を持つロボットを設計することの優位性が示唆されたとしている。

第3章は「頭部システムの設計・実装・検証」と題し、テレイグジスタンス・マスタスレーブシステムを構成する身体の各部位のなかで頭部に着目し、第1 章で掲げたコミュニケーション要素を実現するために必要な設計要求として、頭部においては特に運動領域と追従性が重要であるとの観点から、従来の頭部回転3 自由度を持つロボットヘッドの運動領域は人間の頭部がとりえる運動領域に対して狭く、正しい視覚情報の提示が行えない点を問題として捉えている。なお、議論を本質的な部分に絞り込むため、本論文ではロボット全体の移動を排除した着座状態での頭部の運動領域に限定し議論を進めている。着座状態での人間がとりえる運動領域をカバーするため、3 自由度の頭部を3 自由度の腰部に相当するリンク機構の先端に取り付けることにより頭部全体の運動を可能とする機構に着目し、ハードウェア側で自由度を6 自由度に拡張した頭部・腰部一体型ロボットヘッドTORSO を用い、自然な立体視の提供による高解像度な遠隔3 次元映像再現のためのTORSO の設計パラメータに準拠した最適設計HMD(頭部搭載型ディスプレイ)を構築し、それらを組み合わせたテレイグジスタンス視覚システムである"TORSO-HMD システム"を実現し、それを用いて実証実験を行っている。結果、ターゲッティングタスクにおいて従来の3 自由度ロボットヘッドと比べて高速かつ安定してタスクを遂行できることを確認している。さらに、TORSO が持つ自由度を詳細に検証し、着座の作業の場合には、6 自由度までは必要なく、首の上下の並進1 自由度を除いた5 自由度で十分なタスク性能を示すことを明らかにしている。

第4章は「腕部システムの設計・実装・検証」と題し、テレイグジスタンス・マスタスレーブシステムを構成する各部位のなかから腕部に着目し、コミュニケーション要素において対人接触における本質的安全性を実現することが重要であるとの観点から、柔軟性の要素が緊要であるとしている。電気式や油圧式のアクチュエータを用いて柔軟性を実現するためには、大量のセンサや複雑な制御が必要となり、危険性やコスト、実現可能性の面で有利とは言えないことから、空圧アクチュエータにより構築された空圧アームが本質的安全性の観点から有望であると主張している。提案の空圧アームの有効性を検証するために空圧アームによるマスタスレーブシステムを構築し、従来のDC モータによるロボットアームに比べて遜色の無い動作性能を実現しながら、力センサ等の外部接触情報を用いることなく柔軟な回避動作を行えることを示している。さらに、バイラテラルシステムを実装し握手動作を行い、従来の電気式アームと同様に力の共有が可能であることを実証している。

第5章は「頭部・腕部の統合システム実装」と題し、第3 章で提案したTORSO-HMD システムに対し第4 章で提案した空圧アームシステムを実装しテレイグジスタンス・マスタスレーブシステムを構築している。人間らしい動きを表現可能なシステムが完成し、操縦者はロボットのアームを自身の腕のように感じるなど高い臨場感を得ることができ、テレイグジスタンス・マスタスレーブシステムのための空圧による新しい頭部・腕部統合システムが実現されたとしている。

第6章「結論」は結語で、本論文の結論をまとめ、今後を展望している。

以上これを要するに、本論文では、テレイグジスタンス・マスタスレーブシステムを用いた人とのコミュニケーションの実用化にむけて、頭部の自由度、腕部の寸法、柔軟性などの設計条件の解明を図り、それに基づき実証システムを構築し実証実験を行って、テレイグジスタンス・マスタスレーブシステム設計論への道を拓いたものであって、システム情報学、特にロボット学及びバーチャルリアティ学に貢献するところが大である。

よって、本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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