学位論文要旨



No 125104
著者(漢字) 小池,崇文
著者(英字) Koike,Takafumi
著者(カナ) コイケ,タカフミ
標題(和) 4次元光線再生方式ディスプレイに関する理論的検討とその応用
標題(洋)
報告番号 125104
報告番号 甲25104
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第230号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 電子情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 佐藤,洋一
 東京大学 准教授 苗村,健
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 池内,克史
 東京大学 准教授 杉本,雅則
 東京大学 講師 山崎,俊彦
内容要旨 要旨を表示する

近年,映像メディア技術の発達により,高性能な映像ディスプレイが登場しつつある.高解像度化に始まった,ディスプレイの進化は,広色域,広ダイナミックレンジ,高フレームレートを実現しつつあり,コンテンツがこうしたディスプレイの進化に追いつかないほどである.この事実は,ディスプレイを支える技術の大部分がデジタル化されることによってもたらされた結果であり,今後もこうした状況がしばらく続くと考えられる.一方,映像ディスプレイを,光線を再生する装置であると考えた時に,任意の光線を記述するためには, 3 次元の位置と 2 次元の方向を表す 5 次元のパラメータが必要である.つまり 5 次元の光線情報が再生出来れば,実空間における光の正確な再現が可能となり,究極のディスプレイが実現すると言える.光線情報のうち,特に,4 次元光線情報を再生するディスプレイは,例えば,立体ディスプレイの原理としてもよく知られている写真技術のインテグラルフォトグラフィ (Integral Photography: IP) を原理に用いたものがある.近年では,この,究極のディスプレイを目指して,光線情報を再生するディスプレイである光線再生方式ディスプレイ (light field display) の研究がすすめられており,近い将来には,あたかも,そこに実物体が存在するかのような,リアリティあふれる立体映像の実現が期待される.

本論文では,究極の5次元光線再生方式ディスプレイの実現を未来の目標とするために,4次元光線再生方式ディスプレイに着目する.本論文の目的は,光線再生方式ディスプレイの定量化にある.本論文の目標は,4次元光線再生方式ディスプレイを記述する理論を提案し,その解析を行うことよって,定量化を行うことである.本論文のもう一つの目標は,解析に基づき,より優れた光線再生方式ディスプレイをデザインし,実装まで結び付けることである.さらに応用として,既存のディスプレイを超えた表現能力を持つ,新しいディスプレイの提案も挙げる.目標を達成するために,光学,コンピュータグラフィクス,信号処理の3分野の横断的技術として,光線再生方式ディスプレイ技術を捉える.

本論文の主たる成果の一つは, 光線再生方式ディスプレイの理論的検討である.コンピュータグラフィクスの一技術である自由視点映像合成技術と信号処理の融合である光線情報の理論に,光学における点像分布関数の考え方を導入し,光線再生方式ディスプレイを記述する理論を提案する.実空間では,光を単純な(幅を持たない)光線と考えるだけでは不十分であり,光を広がりのあるものとして扱うために,点像分布関数を導入する.これにより,自由視点映像合成で行われてきた様々な技術が光線再生方式ディスプレイの研究に適用可能となり,光線再生方式ディスプレイの解析が可能となる.提案理論に基づく解析は,光線空間,その周波数空間,および光線密度空間などの様々なパラメータ空間において行い,実際の光線再生方式ディスプレイにおける種々の物理量との関係を明らかにする.従来,光線再生方式ディスプレイは,非常に多くの原理が存在し,異なる方式間の比較は困難であった.提案理論と解析により,種々の光線再生方式ディスプレイの定量化と比較を可能とするための試みである.

本論文のもう一つの重要な成果は,提案理論に基づいた,光線再生方式ディスプレイの設計,実装,及び応用技術である.離散的な画素構造を持つデジタルディスプレイとレンズアレイ系を組み合わせた場合には,複数のサンプリングが行われているため,必ず,何らかのモアレが発生する.光線再生方式ディスプレイのモアレは,光線空間で解析を行うことが可能であり,モアレを削減し光線数を向上させたIPディスプレイを実装した.続いて,4次元光線再生方式ディスプレイの応用として,IPを用いたBRDF (Bi-directional Reflectance Distribution Function) 表示ディスプレイの提案と実装を行った.BRDF表示は,立体表示と同じく4次元光線情報を必要とするが,奥行き表示は行わずに,質感の再生に特化した設計が可能である.つまり,現実には存在しえないが,現実感あふれる映像表示が可能なディスプレイが実現でき,現実感を含む臨場感を超えた,超臨場感ディスプレイの一つであるとも考えられる.

本論文で提案する理論とその解析手法は,実世界での光線を情報理論として扱うものであり,光線再生方式ディスプレイ,ひいては立体ディスプレイ全般の基盤理論として,今後,発展することが期待できる.また,本論文の理論的検討は,仮想世界を含むデジタル情報を,実世界にリアリティを持った視覚情報として提示する問題に対し,コンピュータグラフィクス,光学,および信号処理という三つの学問分野の境界を越えたアプローチを試みるものであり,光を自由自在に制御できた場合に何ができるかの予想に結びつくことが期待される.このアプローチは,関連分野の研究が相互に刺激され,関連づけられ,統合され,ディスプレイの新たな研究分野と産業の確立への道筋を示すものになることが期待される.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「4次元光線再生方式ディスプレイに関する理論的検討とその応用」と題し,従来の立体ディスプレイに不足していた理論的枠組みを構築するための新しい試みとして,光線空間に点像分布関数の考え方を導入し,4次元光線再生方式ディスプレイというパラダイムの中で実践的な手法を実装するとともに,光学・コンピュータグラフィックス・立体ディスプレイの各分野を横断する理論を体系的に論じたものであって,全体で7章からなる.

第1章は「序論」であり,従来の立体ディスプレイ分野において理論基盤が整備されていないという問題点を指摘するとともに,本研究の対象領域を明確化することにより,本論文の背景と目的を明らかにしている.

第2章は「研究の背景」と題し,本論文の主題である4次元光線再生方式ディスプレイについて,(1)光線情報処理,(2)光学,(3)立体ディスプレイという3つの観点から関連研究を概観し,本論文の位置付けを明らかにしている.

第3章は「点像分布関数を導入した光線空間理論」と題し,光線情報の次元の観点から立体ディスプレイを分類し,光線空間に光線情報と点像分布関数の畳み込み積分を導入することで,コンピュータグラフィクスにおける自由視点画像合成技術と立体ディスプレイ技術を包括的に論じることを試みている.これは,本論文で目指す,4次元光線再生方式ディスプレイのための理論的基盤となるものである.

第4章は「光線空間理論を用いたIPディスプレイの解析」と題し,第3章で導入した光線空間理論に基づいて,代表的な4次元光線再生方式ディスプレイあるintegral photography (IP) 方式ディスプレイに対する解析を行っている.具体的には,光線空間,その周波数空間,光線密度空間での解析を行い,モアレの解析,IPディスプレイの設計指針の提案,新しい映像表現の可能性の提案,光線再生方式ディスプレイの定量化を試みている.

第5章は「モアレ削減と光線数増加を行ったIPディスプレイの検討と実装」と題し,第4章で得られたモアレ解析結果を基にモアレを削減し,光線数を増やしたIPディスプレイ方式を提案し,液晶パネルとマイクロレンズアレイで構成されたIPディスプレイの設計と実装を行っている.具体的に二種類のIPディスプレイ方式を提案し,色モアレが原理的に発生しないIPディスプレイを実装し,主観評価を行っている.第4章での議論の結果の,その有効性を確かめている.

第6章は「IPディスプレイを用いた新しい光線再生方式ディスプレイの検討と実装」と題し,同じく第4章で得られた新しい映像表現の可能性について検討している.具体的には,IPディスプレイを用いてBRDF (Bi-directional Reflectance Distribution Function)で記述される物体表示に特化したディスプレイの設計と実装を世界で初めて行っている.立体ディスプレイにおける光の方向制御を立体感ではなく質感に適用することで,今までにない新しいディスプレイの可能性を提案している.

第7章は「結論」であり,本論文の主たる成果をまとめるとともに今後の課題と展望について述べている.

以上を要するに,本論文は,4次元光線再生方式ディスプレイを実現するために,光線空間理論に点像分布関数の考え方を導入することで理論基盤を構築し,その解析に基づいて,実際の4次元光線再生方式ディスプレイ(特に質感の表現を新たに可能にするBRDFディスプレイ)を設計し,実装するとともに,コンピュータグラフィックス・光学・立体ディスプレイの各分野を横断する理論を体系的に論じたものであって,今後の電子情報学の進展に寄与するところが少なくない.

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/28033