学位論文要旨



No 125110
著者(漢字) 中西,雄飛
著者(英字)
著者(カナ) ナカニシ,ユウト
標題(和) 超多自由度冗長筋骨格ヒューマノイドの全身協調運動実現システムの構成法
標題(洋)
報告番号 125110
報告番号 甲25110
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第236号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 稲葉,雅幸
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 下山,勲
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 國吉,康夫
内容要旨 要旨を表示する

人と共存するためのロボットとしてヒューマノイドが研究されて久しいが,ヒューマノイドがより一層人間社会に溶け込んでいくためには,人間が用いる道具や生活する部屋等の環境を自然に利用できることが重要であり,そのためには極力人間に近い自然な動作が実現できる必要がある.ここで超多自由度冗長筋骨格ヒューマノイドは,従来のヒューマノイドに比べて人体構造により近い発展性の高い身体構造を活かすことで,より人間らしい多様かつ柔軟な動作を実現できる.一方で,その身体の複雑性ゆえに動作時に故障が多発するだけでなく,修理や実験開始の作業コストが非常に高いため,実世界上で全身運動を持続的に実現することが困難であった.

第1 章「序論」では,こうした研究背景を述べるとともに,このようなロボットが抱える根源的問題が身体の複雑性に伴う持続的な身体運動実現の困難さに起因することを示し,本研究の目的が全身運動を安全/安定/容易に実現するためのシステム構築であることを明確化していく.

第2 章「全身協調運動を実現する超多自由度冗長筋骨格ヒューマノイドのシステム構成」では,同様に複雑な身体構造を有しつつも,実世界上で巧みに機能するモデルケースである人体のシステム構成を,生理学,神経解剖学,脳運動制御学的な観点から俯瞰し整理するとともに,今まで研究開発してきた従来ヒューマノイドでの問題点を照らし合わせることで,このような複雑な身体を有するヒューマノイドが全身協調運動するために必要となるロボットシステムの構成法について考察した.本研究は,ここでの考察を踏まえて,超多自由度冗長筋骨格ヒューマノイドの全身運動実現のためのロボットシステムを機能レベル毎に以下の

1. 全身運動可能な超多自由度冗長筋骨格身体の設計

2. 自己疲労診断機能に基づく複雑身体の恒常性維持システムの構築

3. 身体運動情報に基づく自己受容身体感覚の修正獲得システムの構築

4. 持続的学習による実世界身体動作パラメタ決定に基づく全身協調運動の実現

4 つに分割し,以降の各章において各課題を整理し解決への道筋を示すことで,提案システム構成の妥当性を検証し論じていく.

第3 章「全身運動可能な超多自由度冗長筋骨格身体の設計論」では,本研究で扱うロボットの基本的な設計方針,設計手法について論じた.超多自由度かつ冗長筋駆動骨格構造を実現するための複雑で壊れやすい構造であったとしても,1) 可能な限り大出力の駆動系を搭載,2) 強固な骨格構造の実現,3) 全駆動系へ筋疲労検知用の外面温度センサの搭載,4) メンテナンス性の向上,といった安全,安定運用を意識した設計要点を実現した開発を行うことで,本研究で構築する全身運動可能なヒューマノイドシステムの根幹を成す,故障の少ない,かつ故障時の修理のしやすい身体構造が設計可能となる.このような複雑性の維持と安全安定性の追求は,互いにトレードオフな設計要求であり実現が非常に困難であったが,本章では新たに「体内構成要素摘出パスを考慮した充填型骨格設計法」を提案することで問題を解決した.この設計手法は,多くの筋を搭載し,全身を支える十分な強度が必要で,高負荷がかかり修理頻度の高い,脚部設計には非常に適しており,後述する小次郎の脚部には提案手法を適用し開発を行った.

第4 章「高出力駆動を備えた超多自由度冗長筋骨格ヒューマノイド小次郎の身体実装」では,本研究において開発したヒューマノイド小次郎の全身各部での詳細な設計コンセプトと設計デザインについて詳説した.提案した設計論に基づき実際に設計開発を行った具体例を挙げることで,前章の設計論の理解をより深めることが狙いである.

第5 章「自己疲労診断機能に基づく複雑身体の恒常性維持システムの構築」では,複雑な身体構造を持つロボットシステムであっても疲労状態を自己診断することで故障を未然に防ぎ,安定した恒常的身体状態を維持することが可能なシステム構築を行った.自己診断による筋疲労情報を元に冗長駆動筋間で適切に負荷を分散することで,故障防止だけでなく,冗長筋駆動ヒューマノイドの身体運動能力の向上を実現した.

しかし,このような自律診断機能を構築する上では,身体が複雑化するほど実世界でのロボット運動時の挙動の検証が不可欠であり,このような検証時にロボットが損傷することが非常に多いだけでなく,多くの場合,完全に故障を防止可能な自己診断自律機能の構築自体が困難である.そこで,システムが複雑であるほど,ロボット身体状態の診断に人間の柔軟で臨機応変な判断能力を利用し,人間が未然にシステムを停止することで故障を防いでいくことが非常に有効となる.このような立場から本章では,超多自由度冗長筋骨格ヒューマノイドの持つ膨大な身体情報から,実験者が適切かつ容易にロボットの身体情報,及び自己診断系の内部状態を理解/アクセスできるような身体情報提示管理機能を実装することで,ロボット恒常性維持システムに人間の判断能力を取り入れた.また,このような身体情報提示管理機能には,故障箇所の特定を容易にして人間の修理コストを大幅に改善する効果もあり,人体のように自身の自己治癒能力を持たない現在のロボットシステムにおいて,身体の恒常性を維持する上では非常に重要な役割を果たしている.

第6 章「身体運動情報に基づく自己受容身体感覚の修正獲得システムの構築」では,超多自由度冗長筋骨格ヒューマノイドの膨大な駆動筋に付随する自己受容感覚センサのキャリブレーションを運動時に得られるセンサ情報変化からオンラインで行うアルゴリズムを提案し,小次郎のシステムにおいて実装し有効性を検証した.本研究で扱うヒューマノイドでは,運動時に高負荷がかかると,腱ワイヤの塑性伸張による筋長の変化や,筋張力センサの計測要素の塑性変形によるセンサ特性変化が生じる.従来では,こうした筋長や筋張力といった自己受容感覚の「ずれ」を補正するために,高負荷な全身運動を行った後は,必ず全身100 以上の膨大な駆動筋のセンサキャリブレーションを実験者が手動で行う必要があり,非常に煩雑であった.

しかし,ロボット動作時に得られるセンサデータは,ロボット身体制約を受けて一定の文脈に沿って変動するため,こうした身体運動時のセンサ情報変化量自体に着目すれば,ずれた自己受容身体感覚を修正可能だと考えた.具体的には,関節運動によって得られる駆動筋の相対筋長変位データを,自身の幾何身体モデルに基づき生成された関節-筋長写像空間にパターンマッチさせることで関節姿勢を推定し,自身の身体骨格質量モデルと重力下姿勢保持時の張力データに基づき筋張力を推定するアルゴリズムを提案し,関節位置及び関節力感覚といった自己受容感覚センサのキャリブレーション作業を不要化することに成功した.ここで,関節-筋長における非線形性や筋の冗長性は,制御の問題を複雑化する一方で,このような関節姿勢及び力感覚の修正時においては,身体状態推定に必要な情報をリッチにすることに貢献するため,身体の複雑さが逆に有利に働く場合があるという興味深い知見が得られた.

第7 章「持続的学習による実世界身体動作パラメタ決定に基づく全身協調運動の実現」では,実世界上で自己身体を持続的に動かし制御及び自己身体モデルのパラメタ修正を行うことで,最終的な全身協調運動が実現できることを,小次郎で実験を行い検証した.本研究で扱う複雑な身体を有するヒューマノイドでは,動作中に筋と骨格間の干渉/摩擦や,筋の伸び,骨格のガタが生じることが多く,これらはコンピュータシミュレーション上で表現することが困難な事象であり,運動制御指令を生成するロボット身体幾何モデルと実身体間に大きな誤差が生じる.そのため従来のロボット幾何モデルに基づく制御の枠組みでは,全身動作を安定して実現することが困難であった.さらに,身体状態は運動負荷によって経時的に変化していくため,より精緻なモデルを用いて誤差を吸収することも困難である.

そこで,身体モデルと実身体にずれがある状態であっても,実機動作中のセンサデータを指標として自身の身体パラメタや運動制御指令に修正を加えることで,最終的な全身協調運動が十分に実現可能であることを示すことが本章の狙いとなる.歩行,立位保持,クランク回し,テーブル拭き動作等の様々な全身運動動作を実現する上で,指標とする外界センサの種類が6 軸計や体幹ジャイロ加速度計,視覚情報のように変更するだけで,提案する枠組みが共通して有効であることを実際に実験を行うことで示した.

第8 章「結論」では,これまで各章で述べた内容をまとめて本研究を総括し,今後の超多自由度冗長筋骨格ヒューマノイド研究の発展の方向性について述べた.本研究は,今までコンセプトの提案及び検証に留まっていた超多自由度冗長筋骨格ヒューマノイド研究を,実際に実世界で運動可能なレベルまで引き上げるための課題を整理し,その実現へ向けた基本的なロボットシステムの構成法を提案したものであり,実際に実世界上での超多自由度冗長筋骨格ヒューマノイドが全身協調運動を実現可能であることを示した.この成果により,このようなヒューマノイド設計方式がロボット構造設計解の一つとして十分魅力的で将来性のあるものであることを示せたといえ,今後の超多自由度冗長筋骨格ヒューマノイド研究のさらなる発展を目指す上での礎となると考える.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「超多自由度冗長筋骨格ヒューマノイドの全身協調運動実現システムの構成法」と題し,脊椎や肩甲骨など自由度の多い身体構造に対して多数の冗長な筋駆動系を有する筋骨格ヒューマノイドにおいて,継続的な行動実現を可能とするための身体構造の設計,身体状態の情報獲得と診断,全身の安定な運動実現法の提案を行い,実システムを構築し行動実現を通してシステムを評価することでその構成法を明らかにしようとする研究をまとめたものであり,8章からなる.

第1章「序論」では,超多自由度冗長筋骨格ヒューマノイドは,発展性の高い身体構造で柔軟な運動実現が可能な一方で,その身体の複雑性ゆえに動作時の故障や修理の容易性などを考慮した持続可能なシステム構成法が重要であることを指摘し,研究の背景と目的,論文の全体構成について述べている.

第2章「全身協調運動を実現する超多自由度冗長筋骨格ヒューマノイドのシステム構成」では,ロボットの身体の複雑性によってセンサ特性やアクチュエータ特性が逐次変化するため,変動する自己身体に柔軟に対応可能なシステムと持続的学習行動を安定維持する環境の構築が重要であることを指摘し,人間における生理学,神経解剖学,脳計算論的な観点から俯瞰し問題点を照らし合わせつつ論じている.そして,本件研究でのシステム構成法においては,1)全身運動可能な超多自由度冗長筋骨格身体の設計,2)自己疲労診断機能に基づく複雑身体の恒常性維持システムの構築,3)身体運動情報に基づく自己受容身体感覚の修正獲得システムの構築,4)持続的学習による実世界身体動作パラメタ決定に基づく全身協調運動の実現,の4つに焦点をあてることを導き,以降の各章において,この4つを具体的に論じることを述べている.

第3章「全身運動可能な超多自由度冗長筋骨格身体の設計論」では,超多自由度かつ冗長筋駆動骨格構造を有する筋骨格ヒューマノイドの基本的設計方針,設計手法について論じている.複雑で壊れやすい身体構造であっても,1)大出力の駆動系搭載,2)強固な骨格構造実現,3)メンテナンス性向上,の設計要件を満たしつつ安定した身体運動を実現するために,温度制御に基づく小型高出力な駆動系の実現,及び,新たに体内構成要素摘出パスを考慮した充填型骨格設計法を提案することで問題を解決する方法を示している.これは更なる自由度関節,筋数を増加した場合にも有効な発展性の高い設計手法であることを述べている.

第4章「高出力駆動を備えた超多自由度冗長筋骨格ヒューマノイド小次郎の身体実装」では,開発したヒューマノイド小次郎の全身各部での設計コンセプトと設計デザインの詳細を示し,提案した設計論に基づく実際の設計開発具体例を挙げることで,前章の設計論の具体的な展開を示している.

第5章「自己疲労診断機能に基づく複雑身体の恒常性維持システムの構築」では,複雑な身体構造を持つロボットシステムであっても疲労状態を自己診断することで故障を未然に防ぎ,安定した恒常的身体状態を維持することが可能なシステム構築について述べている.実時間筋疲労診断に基づくモータ焼損防止機構により各筋損傷を防ぎ,ロボット全身体情報提示機構により膨大な全センサ情報の統合的な判断を人間に委任することで,よりロバストな運動実現環境が実現可能であり,多入力多出力からなる複雑なシステム全般に応用が利くシステム構成であることを示している.

第6章「身体運動情報に基づく自己受容身体感覚の修正獲得システムの構築」では,超多自由度冗長筋骨格ヒューマノイドの膨大な駆動筋に付随する自己受容感覚センサから得られる運動時のセンサ相対量を,関連する不変な身体情報(筋配置,骨格質量等)に基づき真値を状態推定することで,身体状態変化(筋の伸び等)にロバストな感覚系を実現できるシステムを提案し,実際に小次郎上で実装したシステムが機能することを検証している.これにより膨大な数のセンサキャリブレーションが不要となり持続的な運動継続が可能となる.また,状態推定を行う上では全身分布した駆動筋の冗長性や関節筋間の非線形性といった筋配置の複雑さが逆に有効に働くため,筋骨格系においては筋配置の複雑性を意識した設計が重要であることを指摘している.

第7章「持続的学習による実世界身体動作パラメタ決定に基づく全身協調運動の実現」では,前章までに述べた方法論をもとに構成したロボットの運動システムの構成法と実験について述べている.運動システムは,運動生成,運動制御,適応学習の3つの機能を中核とし,自己身体モデルとその動作パラメタの修正を持続的学習に基づいて行い,関節運動による全身運動,筋群運動による関節運動,筋内駆動調節系による筋運動といった階層性を備えた構成として提案している.階層性を利用することで運動の制御空間と適応の学習空間の縮小が可能となり,実身体に基づいた動作パラメタの持続的学習が可能となり,その学習されたパラメタに基づいた全身協調運動の実現が可能となることを小次郎での実験により検証している.

第8章「結論」において,各章で述べた内容をまとめることで本研究を総括し,今後の超多自由度冗長筋骨格ヒューマノイド研究の発展の方向性について述べている.

以上,これを要するに本論文は,人のようにしなやかさと力強さを兼ね備えた筋骨格型のヒューマノイドのシステム構成法の研究において,複雑さと運動性能を高めた身体においても故障を避けて持続的な運動実現を可能とするための課題を整理し,その身体設計法,診断システム,感覚運動対応情報獲得法,運動実現方式を提案し,試作した等身大の筋骨格ヒューマノイドにおいてその有効性を検証したものであり,知能機械情報学上貢献するところ少なくない.よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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