学位論文要旨



No 125111
著者(漢字) 鍋嶌,厚太
著者(英字)
著者(カナ) ナベシマ,コウタ
標題(和) 身体表象適応と機能性学習に基づく臨機応変な道具使用の計算論
標題(洋)
報告番号 125111
報告番号 甲25111
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第237号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國吉,康夫
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 稲葉,雅幸
 東京大学 准教授 森,武俊
内容要旨 要旨を表示する

初めて見る物体を口や手で持ち、それを道具として目標物を知覚・操作する。このような道具使用は、近年の生態学において確認された多くの動物種の行う道具使用に共通し、また、人間が日常的に用いる多くの伝統的な道具の使用においても共通している。このことから、動物の"原始的な"道具使用は、より高度な道具使用の基盤と言える。しかし原始的な道具使用でさえも、その計算原理は未知であり、そのため初見の物体を道具として使うロボットもこれまで実現されてこなかった。以下の各章では、この問題の定式化と分析、要素機能からなる計算モデルの構築、実験による検証について記述し、学術的考察を加えている。

第1章「序論」:

研究の背景と目的、立場、方法論について述べている。近年では、多くの動物種における原始的な道具使用が報告されている。本論文ではその背後に共通の情報処理(計算原理)の存在を仮定し、それを明らかにすることを目的としている。計算原理を解明することで、従来不可能であった新たなロボット機能が実現するのみならず、より高度な道具使用能力のモデル化への基礎を築き、さらに、動物の認知モデルとしての知見を提供できると考えられる。

第2章「臨機応変な道具使用の計算モデル」:

原始的な道具を議論の対象として、生態学、脳科学、認知科学における知見を工学的に考察し、機能構成を導き、かつ実装における仕様を与えた。道具使用において, 主体はある目的に対し使えそうな物体を選び(道具の選択)、選択された道具を適切に操作する(道具の操作)。その場にある初見の物体から道具を選択するためには、初めて見る物体が道具となるかを認識し、またどこを持ち、どこを使うか(接触条件)を認識する必要がある(機能性認識)。 道具の操作のためには、主体が身体について知るように、どのような運動が道具に可能かを即座に知る必要がある(可能運動推定)。機能性認識のためには、道具の機能性がいつ発揮されたかを検出し、物体のどのような特徴が機能性の原因となり、その物体を道具しているかを、試行や他者による例示から学習し、知識として持つ必要がある(機能性検出と道具特徴学習)。可能運動推定のためには、すでに持つ身体の運動能力を流用することで効率化を図るのが妥当である。そのため、道具を身体の情報表現に合わせて表現する必要がある(身体表象適応)。以上の考察から、原始的な道具使用における機能構成は、身体表象適応、可能運動推定、機能性検出と道具特徴学習、機能性認識からなるとした。また実装における仕様を与えた。集合論の記法により道具使用を定式化することで、各機能の記述を厳密な形で与え、計算モデルを位置づけた。原始的な道具使用において、道具特徴には接触の空間的近傍に注目した学習が、身体表象適応には身体運動に随伴する感覚情報に注目した同定が適しているとした。

第3章「身体表象適応の実現」:

道具を身体として扱うことで、すでに持つ身体の運動能力を流用できる。原始的な道具使用では特に、道具の運動学を知り、かつ道具表面の接触を知覚すること(触覚延長)が必要となる。物理的な条件から、触覚延長には道具の運動学と慣性パラメータ、形状の情報が必要となる。初見の道具の場合、これらをその場で同定する必要がある。視覚から道具の運動学を同定するとき、複数の物体が映る中から、道具の視覚的な運動のみを得る必要がある。身体運動に随伴して運動する物体を身体と見なすことで、既定の外観を持たない新奇な道具に適用可能なハンドアイ較正を実現した。これに加え、慣性パラメータの同定法および、それらを用いて手応えから道具表面の接触を推定する触覚延長法を示した。自動的な同定終了判定法の実現により、自律的に同定プロセスから道具使用プロセスへと移行できた。身体表象適応は、可能運動推定にも用いられる。

第4章「機能性学習とその適用法の実現」:

動物や人間は通常、他者の道具使用の観察によって、道具概念を獲得する(機能性学習)。観察によって得た道具概念を新奇物体に適用し、例示と同様に使いこなす機能のモデルを提示した。例示を認識するため、新奇な物体の視覚的な3次元的追跡と接触推定法を実現した。原始的な道具の特徴表現として、道具の接触部位をノードとするグラフ表現(TGRAF)を実装した。ノード情報として, 把持すべき面、目標物に触れるべき面の区別、およびグラフ座標系における位置・姿勢の情報を持たせた。道具使用の例示・試行において、接触が検出されるときにTGRAFは抽出される(機能性検出と道具特徴学習)。得られたTGRAFを初見の物体に当てはめることで、それが道具となるかを判断でき、さらに道具のどこを持ち・どこを使うか(接触条件)を認識できる(機能性認識)。なお、例示がない場合はTGRAF上の網羅的探索である試行錯誤が行われる。認識された接触条件が可能かを判断するため、面の逆運動学を解く方法を実現した(可能運動推定)。この方法は面の形状を近似し、身体の到達範囲の知識を利用することで高速に解の存在を判定し、逆運動学の解を出力する。面の逆運動学の解法のために、到達範囲を適応的に学習する方法も示した。これらの方法により、目標物の表面や道具の把持面が与えられたとき、接触運動が可能か素早く推定し、その実行が可能となった。

第5章「臨機応変な道具使用の実現」:

第3章と第4章の実装を統合し、新奇で複雑な形状の物体を道具として選び、状況に応じて使い、目標物の運動を操作するタスクをロボットに行わせた。シミュレータ上のロボットは様々な形状の道具を操り、暗所にある目標物の位置を触覚延長により推定し、取り寄せられた。実ロボットは複雑な形状の物体において、把持すべき面・目標物に触るべき面を自律的に認識し、可能な接触運動を判断・実行し、実際に目標物を取り寄せられた。実験において、物体や障害物の違いに対しても臨機応変に道具使用が達成されたことで、計算モデルの有効性が示された。

第6章「考察」:

本論文が導いた計算モデルの、認知モデルとしての位置づけ、および工学的な位置づけと課題を考察した。認知モデルとして、道具使用以外にアフォーダンスと鏡像認知に関する新たな知見が得られた。新奇な物体に行動の可能性を認識するという点で、アフォーダンスとの関係が説明された。身体運動に随伴する視覚像を検出するという点で、鏡像認知との関係が説明された。また、第3章から第4章で新規に構築した各要素機能の工学的意義などを論じた。人間が日常的に用いる多くの伝統的な道具の使用モデルへの発展のために、接触の時間的近傍における種々の機能性の検出と構造化、TGRAFで表現される情報の豊富化と構造化が必要となることが考察された。

第7章「結論」:

本論文を総括した上で、新奇な物体を道具として臨機応変に使用するために必要な計算原理が明らかとなり、その結果として、道具と身体の関係が明らかになったと結論づけている。たとえば義手や義足など、長く身体に固定された原始的な道具は、本論文の計算モデルにおいて、身体と区別する必然性が無い。これはむしろ生来の肉体が道具として扱われた結果、身体となった可能性を示唆しており、"最小限の身体は何か"という問題提起となっている。

以上、本論文を要すると、新奇な剛体の使い方を認識し、道具として把持し、状況に応じて対象物に接触し操作する機能の計算論を与え、シミュレーションおよび実ロボットでの実験により検証している。これにより、従来不可能であった新たなロボット機能が実現されたのみならず、より高度な道具使用能力のモデル化への基礎が築かれた。さらに、提案した計算モデルは動物の認知モデルとしての知見も提供し、学際的な貢献も行われた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「身体表象適応と機能性学習に基づく臨機応変な道具使用の計算論」と題し、臨機応変な道具使用の計算原理を解明するために、計算モデルを構築し、その妥当性をロボットにより実証した研究をまとめたものであり、7章からなる。近年発見された各種の動物の道具使用では共通して、初見の剛体を手や口で持ち、その道具を接触させて目標物を操作している。これは、人間が日常用いる伝統的道具の多くにも共通する。このことより、動物の"原始的な"道具使用は、より高度な道具使用の基盤と言える。しかし原始的な道具使用でさえも、その計算原理は未知であり、初見の物体を道具として使うロボットもこれまで実現されていない。以下の各章では、この問題の定式化と分析、要素機能の計算モデル構築、実験による検証について記述し、学術的考察を加えている。

第1章「序論」では、研究の背景と目的、立場、方法論について述べている。臨機応変な道具使用において、計算原理の存在を仮定し、それを明らかにすることを本研究の目的としている。

第2章「臨機応変な道具使用の計算モデル」では、原始的な道具を議論の対象として、生理学的知見を工学的に考察し、機能構成を導き、かつ実装における仕様を与えた。機能構成は、身体表象適応、可能運動推定、機能性検出と道具特徴学習、機能性認識からなる。集合論の記法により道具使用を定式化することで、各機能の記述を厳密な形で与えている。また、道具特徴には接触の空間的近傍に注目した学習が、身体表象適応には身体運動に随伴する感覚情報に注目した同定が適しているとした。

第3章「身体表象適応の実現」では、道具を操作するときに、すでに持つ身体の運動能力を流用するため、把持した道具の運動学と慣性パラメータの同定法および、それらを用いて手応えから道具表面の接触を推定する方法(触覚延長)を示した。運動学の同定では、身体運動に随伴する感覚情報を利用し、既定の外観を持たない新奇な道具に適用可能なハンドアイ較正を実現した。自動的な同定終了判定法の実現により、自律的に同定プロセスから道具使用プロセスへと移行できた。身体表象適応は、可能運動推定に用いられた。

第4章「機能性学習とその適用法の実現」では、動物や人間における通常の道具概念獲得法である、他者の道具使用を観察して得た(機能性学習)道具概念を新奇物体に適用し例示と同様に使いこなす機能のモデルを提示した。例示を認識するため、新奇な物体の視覚的な3次元的追跡と接触推定法を実現した。原始的な道具の特徴表現として、道具の接触部位をノードとするグラフ表現(TGRAF)を実装した。道具使用の例示・試行において、接触が検出されるときにTGRAFは抽出され(機能性検出と道具特徴学習)、得られたTGRAFを初見の物体に当てはめることで、それが道具となるかを判断でき、道具のどこを持ち・どこを使うか(接触条件)を認識できる(機能性認識)。なお、例示がない場合はTGRAF上の網羅的探索である試行錯誤が行われる。獲得された接触条件が可能かを判断するため、面の逆運動学を解く方法を実現した(可能運動推定)。この方法は身体の到達範囲を利用するため、到達範囲を適応的に学習する方法も示した。この方法により、目標物の表面や道具の把持面が決まったとき、接触運動が可能か素早く推定し、その実行が可能となる。

第5章「臨機応変な道具使用の実現」では、第3章と第4章の実装を統合し、新奇で複雑な形状の物体を道具として選び、状況に応じて使い、目標物の運動を操作するタスクをロボットに行わせた。シミュレータ上のロボットは様々な形状の道具を操り、暗所にある目標物の位置を触覚延長により推定し、取り寄せられた。実ロボットは複雑な形状の物体において、把持すべき面・目標物に触るべき面を自律的に認識し、可能な接触運動を判断・実行し、実際に目標物を取り寄せられた。実験において、物体や障害物の違いに対しても臨機応変に道具使用が達成されたことで、計算モデルの有効性が示された。

第6章「考察」では、本論文が導いた計算モデルの、認知モデルとしての位置づけ、および工学的な位置づけと課題を考察している。認知モデルとして、道具使用以外にアフォーダンスと鏡像認知に関する新たな知見を含むこと、また、3章から4章で新規に構築した各要素機能の工学的意義、などを論じている。

第7章「結論」では、以上を総括した上で、新奇な物体を道具として臨機応変に使用するために必要な計算原理が明らかとなり、その結果として、道具と身体の関係が明らかになったと結論づけている。

以上、これを要するに、本論文は、新奇な剛体の使い方を認識し、道具として把持し、状況に応じて対象物に接触し操作する機能の計算論を与え、シミュレーションおよび実ロボットでの実験により検証している。これにより、従来不可能であった新たなロボット機能が構築されたのみならず、より高度な道具使用能力のモデル化への基礎が築かれた。さらに、提案した計算モデルは動物の認知モデルとしての知見も提供し、学際的な貢献も見られる。

以上の理由から、本論文は知能機械情報学上貢献するところ少なくない。よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク