学位論文要旨



No 125112
著者(漢字) 野田,堅太郎
著者(英字)
著者(カナ) ノダ,ケンタロウ
標題(和) 直立ピエゾ抵抗カンチレバーを用いた皮膚状触覚センサに関する研究
標題(洋)
報告番号 125112
報告番号 甲25112
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第238号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 下山,勲
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 稲葉,雅幸
 東京大学 教授 國吉,康夫
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

本論文では,ロボットハンドを用いて物体を識別するために,なぞりによって物体表面のざらつきおよび摩擦を計測するための皮膚状触覚センサの実現を目的とする.提案する皮膚状触覚センサは,硬さが異なる2層の弾性体からなり,弾性率が高い表面部材に指紋状の凸構造を形成した(Fig.1).このセンサを用いて物体表面をなぞった場合,物体との間に生じる摩擦によってセンサ表面がせん断変形し,また指紋型構造が物体表面の微小な凹凸と接触することでセンサ内部にせん断方向の振動が生じる.提案する皮膚状触覚センサでは,センサ内部の柔軟な弾性体層に直立カンチレバーを配置することでなぞり時に生じるせん断変形を,また液体フィルタ構造を配置することでせん断変形の時間変化である振動をそれぞれ計測する.このように,なぞりによって生じる摩擦と物体表面の凹凸との間に生じる振動を分割して計測することが可能なセンサ構造を用いることで,物体表面の微小なざらつきを計測し,物体の識別を可能とする.本論文では,物体識別に必要な3つの機能を実現する手法に関して論じ,その有用性を検証する.

2.直立ピエゾ抵抗カンチレバーを弾性体に埋め込んだ触覚センサ

提案する構造とせん断力に対するシリコーンゴム中のカンチレバーの変形に関する模式図をFig.2に示す.図に示すとおり,薄いカンチレバーはシリコーンゴムの変形に従って変形する.このため,X軸方向のせん断力が加わった場合,せん断力に比例したひずみがヒンジ部表面に生じ,抵抗値変化率が上昇する.一方,Fig.2(B)に示すとおり,Y軸方向のせん断力が加わった場合には,一方のヒンジが伸び,他方が縮むため,ヒンジ部の合計長さは初期とほぼ変わらず,抵抗値に変化が生じない.こうした特徴から,カンチレバー構造をシリコーンゴム中に埋め込んだ構造は,センサ表面に加えられたせん断力のうち,カンチレバーに直交する一軸方向の成分を抽出することが可能となる.また,シリコーンゴムの弾性率を変化させることでせん断力に対するカンチレバーの変形量を変化させ,センサの感度を制御することができる.

製作したセンサ構造をFig.3に示す.Fig.1に示すとおり,カンチレバーの先端部にNiの薄膜層を形成しており,磁場を加えることで複数のカンチレバー素子を直立形状にくみ上げることを可能とした.本節では,直立状のピエゾ抵抗カンチレバーをシリコーンゴム中に埋め込んだ場合のせん断力に対する応答特性を検証するため,厚さ2mm,表面積30×30mm2のシリコーンゴムPDMS中に埋め込んでセンサを作成した(Fig.3(A)).

製作したカンチレバーに対してFig.2にて定義したX,Yの直交軸方向から-10から10Nまでのせん断力を加えた場合のせん断力と抵抗値変化率の関係をFig.4に示す.図の結果が示すとおり,製作したセンサは,X軸方向からせん断力が加わった場合,Y軸方向からの場合と比較して約15倍高い感度を示した.この結果は提案した構造を用いてせん断力の一軸成分を抽出可能であることを示しており,せん断力の加重方向を算出する上で非常に有効である.

一方,カンチレバーを埋め込むシリコーンゴムの弾性率を変化させた場合の影響を検証した結果がFig.5である.この実験では,カンチレバーを混合比が異なる3種類のPDMS(主剤:硬化剤=10:1,30:1,50:1)に埋め込み,各センサのせん断力に対する感度を計測した(Fig.5(A)).Fig.5(B)は,PDMSの弾性率とセンサのせん断力に対する感度の関係を表している.この結果が示すとおり,弾性率とセンサの感度は比例関係にある.この関係と計測したいせん断力の範囲を元に使用する弾性体が決定される.

3.液体フィルタを用いた触覚センサ

次にせん断力の時間変化を計測するための触覚センサとして,第2節で使用した直立ピエゾ抵抗カンチレバーを粘性流体中に埋め込み,これをシリコーンゴムで覆った構造を提案する(Fig.6).図に示すとおり,センサ表面にせん断力が加わった場合,周囲のシリコーンゴムに従って粘性流体が変形する.このとき生まれた流れによってカンチレバーが変化し,この変形が抵抗値変化として計測される.その後,せん断力が一定に保たれるとカンチレバーのバネ特性により,カンチレバーとその抵抗値が初期状態に戻る.この特徴から,提案する構造ではカンチレバーの抵抗値変化から,せん断力の時間変化を検視することが可能である.製作した液体フィルタを持つセンサ構造をFig.7に示す.このセンサでは粘性流体としてインクにて青く色をつけたPDMSの主剤を封止した.

製作したセンサにせん断力を加えた場合の抵抗値変化率の時間変化の様子をFig.8に,加えたせん断力と抵抗値変化率との関係をFig.9にそれぞれ示す.Fig.8が示すとおり,せん断力を加えた後,約2sec程度の時間内でセンサの抵抗値が初期値に戻り,再度のせん断力変化に対してのみセンサが応答を示すことがわかる.このときのセンサの応答時間や初期値に戻るまでの復元時間は封止する粘性流体によって制御が可能である.またFig.9の結果より提案した構造がせん断力の2次関数として近似できることが分かる.ただし,1.0-4.0Nまでのせん断力においてセンサ出力は線形近似が可能であり,本論文ではこの範囲においてセンサを評価した.

前述の通り,提案するセンサ構造はせん断力の時間変化を計測することが可能である.そこで,センサの性能を評価する上でFig.8に示すような初期のせん断力がセンサ感度に与える影響を検証する必要がある.FIg.10(A)では,センサに予め0-0.6Nのせん断力を加えた状態から1.0-4.0Nまでのせん断力を計測した結果をまとめた.このときの初期せん断力とセンサ感度の関係を計測した結果をFig.10(B)に示す.Fig.10(B)の結果より,初期せん断力によるセンサへの影響は軽微であり,感度の変化は最大でも10%以内に収まった.これらの結果から,提案したセンサ構造は把持対象の重量に関係なく,すべりのような微小なせん断力の変化を計測することが可能であることが確認された.

4.なぞり動作に対するセンサ表面の凹凸構造の効果

物体表面の凹凸を計測する際に,センサ表面の構造がおよぼす影響を検証するため,Fig.11に示すように,剛性が異なる2種類の混合比のPDMSを積層し,剛性が高い表面部分に凹凸構造を持つ弾性体構造を作成し,内部の柔らかい層に直立ピエゾ抵抗カンチレバーを埋め込んだ触覚センサを作成した.センサ表面の構造が出力に与える効果を確認するため,Fig.12では,表面がフラットな場合のセンサと表面に幅0.3mm,ギャップ0.15mmの凹凸構造を持つセンサを用いて物体表面を計測した場合のセンサ出力を比較した.計測対象には,Fig.12(A)のように幅0.1mm,ギャップ0.3mmの凸形状の周期構造を用いており,なぞり速度10mm/sec,接触力0.2Nの条件の元でなぞりを行った.このときのセンサの抵抗値変化率をFig.12(B)に,Fig.12(C)にFig.12(B)の結果をフーリエ解析することによって抵抗値変化の周期を検出した結果を示す. Fig.12(C)の結果より,0.4mm周期におけるパワーがフラットなセンサの場合と比較して約50倍高くなる.これらの結果が示すように,センサ表面に凹凸形状が存在することによって,物体表面の微小な段差との接触によって生じるせん断力が大幅に増加することが確認できる.

この結果を元にセンサ表面の形状となぞり時のセンサ出力の関係を検証するため,センサ表面の凸構造間のギャップFG=0.45mm一定として,FW=0.025,0.05,0.1,0.3,0.6mmとした場合のセンサ出力の変化を比較した結果をFig.13に,凸構造の幅FW=0.3mm一定として,FG=0.15,0.45,1.0,3.0mmとした場合のセンサ出力の変化を比較した結果をFig.14にそれぞれ示す.この実験において計測対象には,Fig.13(A)と同じ構造を用いており,Fig.13およびFig.14ではFig.13(C)のように周期0.4mmで入力された応答のパワーとセンサ表面の構造とを比較した.Fig.13,14の結果より,センサ表面の凸構造アスペクト比2の時および,指紋型構造の幅FWに対してFGが3倍程度の幅で配置されたときに感度最大になることが確認された.

この結果を元に本論文では, FW=0.3mm,FG=0.15mmの指紋型構造を持つ皮膚状触覚センサを作成し,その有効性を検証した.このセンサは,柔軟な内部構造に直立カンチレバーおよび液体フィルタ構造を集積することで,弾性体に生じるせん断変形およびその時間変化を計測することが可能な構造である.この触覚センサにて物体をなぞり,各要素の抵抗値変化を計測することで,摩擦・物体の凹凸周期を計測することができる.

このセンサの有効性を検証するため,Fig.16では表面形状が異なる2種類の木片およびアルミ板をなぞり,その際の液体フィルタ構造の抵抗値変化のパワースペクトルを比較した結果を示す.Fig.15が示すように,木片のように目が粗い物体の表面には,5Hz以下の周期にて凸構造が存在しており,金属のように滑らかな部材と比較するとその表面状態の違いは明らかである.また同じ木片であっても,加工方法によって表面形状が異なり,なぞり時のパワースペクトルを計測することで,触れている材料の違いを識別が可能であるといえる.またFig.17では,摩擦係数が異なる物体をなぞった際の,直立カンチレバーの抵抗値変化をフーリエ解析し,そのパワースペクトルのDC成分と摩擦係数の関係を比較した結果を示す.パワースペクトルにおけるDC成分は,カンチレバーの抵抗値変化の総和を示すため,この値を比較することでセンサ表面に生じたせん断変形,すなわち摩擦を計測することができる.このため,Fig.16の結果が示すように,物体をなぞった際の直立カンチレバーの抵抗値変化をフーリエ解析したパワースペクトルのDC成分と摩擦係数との間には比例関係が存在する.このため,直立カンチレバーの抵抗値変化を元に物体表面の摩擦係数を検出することができる.これらの結果より,提案する皮膚状触覚センサが物体のざらつきおよび摩擦を計測することが可能であることが確認でき,物体の材質を認識する上で有効であることを示した.

5.結論

本研究では,ロボットハンドを用いて物体を識別するため,物体表面のざらつきおよび摩擦の計測が必要であると考え,これらの機能を満たす触覚センサ構造を提案し,実現した.このセンサは硬さが異なる2層の弾性体を積層して作成しており,その表面に指紋状の凸構造を形成した.物体表面をなぞった際に生じる,摩擦および振動を,センサ内部の柔らかな弾性体層中に配置した直立カンチレバーおよび液体フィルタ構造を用いて計測することで,物体表面の摩擦係数・ざらつきが計測可能となる.提案した皮膚状触覚センサは,物体表面をなぞることで,幅0.1mm,高さ1μmの凸構造を検出することが可能であり,物体表面をなぞった際のセンサ出力のフーリエ解析結果を元物体表面のざらつき・摩擦を計測できることを示した.この計測手法を用いることで提案する皮膚状触覚センサが物体を識別することが可能と考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「直立ピエゾ抵抗カンチレバーを用いた皮膚状触覚センサに関する研究」と題し,6章から構成される.本論文では,物体表面の凹凸周期をもとに物体が識別できる皮膚状触覚センサを実現している.提案する皮膚状触覚センサは,硬さが異なる弾性体を積層しており,弾性率の高い表面部に指紋状の凸構造が形成されている.この構造により物体表面をなぞった場合,物体表面の凹凸と指紋型構造がひっかかることでせん断変形が生じる.この変形を計測するために、皮膚状触覚センサには,その時間変化を計測する機能が備わっている.

第1章「序論」では,研究の背景と目的,論文の構成について述べている.

第2章「皮膚状触覚センサの設計および製作」では, ヒトの皮膚構造の特徴に関して論じている.ヒトの指は剛性が異なる3層の積層構造であり,最も剛性が高い表面部に指紋が存在する.そこで,親指の指紋を型取り,その3次元形状を計測することで皮膚状触覚センサのモデルを作成している.また,ヒトの指先の弾性率を計測し,これをもとに皮膚状触覚センサに使用する弾性体の剛性を決定している.

第3章「直立カンチレバーを用いたせん断力センサ」では, 皮膚状構造を形成する弾性体のせん断変形を計測する構造として,直立形状のピエゾ抵抗カンチレバーを弾性体中に埋め込んだものを提案し,せん断力に対する応答特性を計測している.直立カンチレバーはヒンジ部にピエゾ抵抗層をもち,弾性体のせん断方向への変形に習うことによって,弾性体に加えられたせん断力を計測できる.表面に磁性体層をもつカンチレバーに磁場を与えることによって、磁性体が磁束に向くことを利用して直立形状を作成している.

第4章「液体フィルタ構造によるせん断力変化の計測」では,摩擦の影響を受けることなくなぞり時に生じる微小な凹凸との接触を計測することが可能な構造として,粘性をもつ流体中に直立カンチレバーを配置した構造を提案している.せん断力の時間変化によって液中に流れが生じた際にカンチレバーが変形するため,カンチレバーの抵抗値変化を計測することで,せん断力の時間変化を計測することができる.この構造では,カンチレバーの剛性と流体の粘性の関係によって計測できる周波数の下限が決まる.本論文では,動粘度が37mm2/sのシリコーンオイルを用いることで,摩擦の影響を受けずに物体表面の凹凸構造を計測する構造を実現している.

第5章「なぞり動作に対する皮膚状構造の影響」では,皮膚状触覚センサ表面の指紋型構造がなぞりに対する出力に与える影響を検証し,表面構造の有効性に関して論じている.第2章の設計をもとに,高い弾性率を持った表面部材と柔らかな内部層を組み合わせた皮膚状構造を作成し,内部層に直立カンチレバーを配置している.このセンサを用いて物体表面をなぞり,その抵抗値変化のパワースペクトルを算出したところ,センサ表面に指紋型構造を有する場合に,表面が平坦な場合に比べて50倍程度の大きな信号が現れることを確認している.この皮膚状構造中に微小液槽を配置し,その内部に直立カンチレバーを埋め込んだ構造を用いることで,凹凸の高さの最小値1μm,ピッチ100μmの段差を計測することが可能である.なぞりに対する抵抗値変化のパワースペクトルを算出することで,木や金属の表面に存在するざらつきの違いを識別することが可能となることを示している.こうした結果より,本論文が提案する皮膚状触覚センサ構造が物体の識別を行う上で有効であることが示されている.

第6章「結論」では,本研究によって得られた成果とその結論を述べ,考察を加えている.

以上要するに,本論文では物体表面をなぞることで,そのざらつきを計測することが可能な皮膚状触覚センサを提案し,その有効性を実験により検証している.このような触覚センサはロボットハンドなどによって物体操作を行う上で非常に重要なセンサであり,今後ロボットが実環境で動作する際に必須のデバイスである.この点から本論文は,知能機械情報学の発展に貢献したものである.

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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