学位論文要旨



No 125113
著者(漢字) 福井,類
著者(英字)
著者(カナ) フクイ,ルイ
標題(和) 生活環境中で物品搬送・収納を行うロボットシステムにおける柔軟な戦略と機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 125113
報告番号 甲25113
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第239号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 淺間,一
 東京大学 特任教授 松本,潔
 東京大学 准教授 森,武俊
内容要旨 要旨を表示する

本論文では近年の先進国における生活空間中でのモノ・情報溢れを改善するために,家庭内物流支援ロボットシステムを提案した。その実現に必須であった生活環境特有の課題解決のため,問題を総括的に取り扱うスキームとしての解決策:戦略的コンプライアンス,そしてロボット自身に実装される機構的な解決策:Geometric object closure(GOC)と受動機械的コンプライアンスを整理し,実際のシステムとして実装することで技術的要点及び有効性を示した。

各章の概要を以下に示す。

第1章 緒論

都市部における住宅事情,消費者を取り巻く物品情報の変化などに注目し,生活空間中にモノや情報が溢れる原因を狭小な居住空間,必要以上にモノを購入,モノを捨てられない,核家族化による資源共有の低下の4つであると分析した。これらを解決するためには,物品の入出力フローの適正化及びバッファ(収納空間)の増設が必要であると考え,将来的に実現を狙う集合住宅の姿を示しつつ,本研究の目標を生活環境中で物品の搬送・収納を行うロボットシステムの実現と定めた。

さらに生活環境中でロボットがロバストな動作を実現するためには,生活環境の変化,物品の多様性,人の作業のバラツキへの対策が必須であるとした。

続いてモノを取り扱うシステムとしてロボットマニピュレーションの研究を,物体の拘束の概念から整理し,クロージャが確実性を検討する上で重要な概念であることを示した。

一方,自動車発展の歴史を分析しロボットに必要なスキームを戦略的コンプライアンスとして整理し,規格化,補助・強化,誘導の3つの基本機能を導出した。更にそのスキームが機構的なコンプライアンスと融合することにより,実用上の性能を発揮することを述べた。

以上より本研究の目的を,『生活環境中においてロバストに物品搬送・収納動作を行うロボットシステムを実現するために必要な,戦略的・機構的な方法論・設計論についてクロージャ及びコンプライアンスをキーワードとして整理し,それらを家庭内物流支援ロボットシステムの実現を例として具現化し,有効性の検証を行うこと。』とした。

第2章 生活環境中で動作する物品搬送・収納ロボットシステム

まずクロージャについて,拘束及び受動・能動により分類を行った。そして完全拘束ではない形態受動拘束であるObject closure(ケージング)に注目し,さらに機械設計の現場における幾何的な考察に対する重要性からGOCを提案した。このクロージャは集合論で定義されているObject closureと比較して,汎用性は低下するものの,作図による条件判定が容易であるという利点を持つ。このGOCの設計手順を示す中で,従来機械の組立で活用されてきた手法とクロージャとが密接に関係することを述べた。

続いて戦略的コンプライアンスについて検討を行った。生活環境の変化を受容するためには,ロボットにとって"見えやすい"計測用特徴の整備,複数台の計測システムによるタスクの分割,そしてロボットが自身のタスクに専念出来る環境を整備することが必要であると述べた。続いて物品の多様性を受容するために,ロボットの作業対象単位を各物品ではなく"1つのコンテナ"とし,さらにそのコンテナ及び搭載物がロボットにとって物理的・情報的に扱い易い構造・仕組みを有することとした。また人の作業のバラツキに関しては,人の作業を機械的・情報的に誘導する仕組みを用意することとした。

最後に機械的コンプライアンスに関する整理と本研究のポリシーについて検討した。従来研究におけるコンプライアンス性能の実現をアクチュエータの有無と実装形態によって分類し,本研究では産業界での実績も多い,受動的な機構により実現されるコンプライアンスに注目し,"受動機械的コンプライアンス"と呼ぶこととした。

第3章 家庭内物流支援ロボットシステムを構成するサブシステムの実現と基本性能評価

前章で整理した3つの技術要素(GOC,戦略的・受動機械的コンプライアンス)を活用した家庭内物流支援ロボットシステム(図1,図2)を実現した。

本システムは次の6つのサブシステムより構成される。

(1)インテリジェントコンテナ(iコンテナ),(図3)

本システムにおいて人がロボットに望む支援,そしてロボットが人に与えられる支援の間を埋める"接点"の役割を担う存在である。搭載する物品の使用頻度,保管期間によって3種類のバリエーション(クラスS,A,E)があり,筐体の構造や素材が異なる。共通構造としてはコンテナ運搬ロボットの連結ピンが円滑に挿入可能なテーパガイド穴,自動収納庫が容易にフォークテーブルを挿入可能なフラットスタンドバーなどのロボットに扱い易い工夫が施された筐体を有する。一方,電装品としてはクラスSでは積載物認識用のRFIDリーダが内蔵されている,またクラスSとAでは上面四隅に実装されたLEDがロボットによる位置計測を補助する。

(2)天井移動型コンテナ運搬ロボット,(図4,5)

永久磁石誘導型天井吸着法により人や障害物と干渉することなく天井面を自由に移動することが可能である。またコンテナを把持するマニピュレーション機構では,動力源が断絶された場合でも把持の維持が可能な偏芯連結ピン機構及びコンテナの水平・傾斜誤差を吸収可能なコンプライアンス機構が実装されている。天井面からコンテナへのアクセス機構として採用された柔軟なタケノコ型伸縮機構には,人との接触力を低減する効果がある。

(3)家庭用コンテナ自動収納庫,(図6)

基本構造として市販の棚を利用でき,拡張フレームを実装することで自動収納庫が実現される。垂直・水平駆動を分離した自由度配置により生活空間への侵食を低減し,水平運搬機構ではGOCを活用したロバストなコンテナのハンドリングが実現されている。またコンテナ運搬ロボットと連接するためのガイド構造を有し,円滑にコンテナの受渡し作業を行える。

(4)コンテナ位置認識システム,(図7)

コンテナ運搬ロボットがコンテナを操作する際に必要となる、コンテナ位置情報を取得するシステムである。コンテナ位置計測を2つのフェーズに分類し,最初の大域的位置計測は環境中に散在させた固定カメラで処理を行い,続く局所的計測ではコンテナ運搬ロボットに無線LANカメラを搭載し,ロボットとの精確な相対位置を計測するところが特徴的である。周期点滅LEDマーカを用いることにより,照明変化等にロバストに計測可能である。なお大域的計測では誤差100[mm]以下,局所的計測では誤差10[mm]以下の高精度な計測を実現している。

(5)iコンテナ用多機能ドック(iDock),(図8)

個別の部屋においてシステムへの窓口の役割を担う要素である。自動突出型折りたたみテーブルによって人・ロボットに対してコンテナを一時保管する場所を提供し,稼動式RFIDアンテナによりコンテナ内の物品の姿勢に因らずロバストな内容物の認識が可能となっている。また自動収納庫同様にコンテナの受渡しを容易にする構造を有している。これにより人・ロボットそしてシステム間におけるコンテナ流通量の不整合を解消し、また逐次的な情報の更新及びコンテナ運搬ロボットによる効率的な運搬作業が可能となる。

(6)家庭内物流情報管理システム

稼動しているサブシステム,収納物品情報を統合的に管理する情報処理システムである。ユーザに物品の検索,登録などのインターフェイスも提供する。

以上のサブシステムの基本性能を確認する試験を実施し,仕様を満たす十分な性能を有していることを確認した。

第4章 家庭内物流支援ロボットシステムの統合

本システムの稼動に必要な動作モード及びタスクについて整理し,複数のサブシステムの統合が必要なコンテナ把持・運搬タスク,受渡しタスクについてシステム統合を行った。

コンテナ把持・運搬タスクではコンテナ位置認識システムにより計測されたコンテナの詳細位置情報に誤差がある場合でも,その誤差をコンテナ運搬ロボットのマニピュレーション機構に実装されたコンプライアンス要素により滑らかに吸収可能なことが確認された。これにより受動機械的コンプライアンスを活用することによって,複雑なフィードバック制御が無くても物体のハンドリングを実現可能なシステムを構成可能なことを示した。

一方のコンテナ受渡しタスクにおいては,家庭用コンテナ自動収納庫に適用されたGOCにより受渡し作業対象のコンテナの位置・姿勢がケージング状態に拘束され,コンテナ運搬ロボットのコンプライアンス要素が効果的に作用可能であり,受渡し作業がロバストに実現可能なことを確認した。これによりGOC状態に物体を拘束し,さらに受動機械的コンプライアンスを位置決め誤差の吸収及びケージングにおける移動許容範囲の不整合を受容する機構として活用することにより,複数のロボットが複雑な協調動作を行わなくても物体の受渡し動作を実現可能なことを示した。

第5章 結論

本研究で実現されたシステム及び得られた知見についてまとめ,さらに本システムの実用化にあたって取り組むべき将来課題及び将来展望について述べた。

図1:家庭内物流支援ロボットシステムの概要

図2:システムで用いられている主要技術のまとめ

図3:インテリジェントコンテナ(iコンテナ)

図4:天井移動型コンテナ運搬ロボット(天井懸架移動部)

図5:天井移動型コンテナ運搬ロボット(コンテナ操作部)

図6:家庭用コンテナ自動収納庫

図7:コンテナ位置認識システム

図8:iコンテナ用多機能ドック

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「生活環境中で物品搬送・収納を行うロボットシステムにおける柔軟な戦略と機構に関する研究」と題し,生活環境中で物品の搬送及び収納を行い,人を支援するロボットシステムの実現に必要な戦略とその戦略に適合する機構の設計論について述べた論文である。従来ロボットが活躍してきた工場環境とは異なり,生活環境において動作するロボット特有の解決困難な課題に取り組み,その取り組みのベースとなる解決指針を戦略としてまとめ,さらにその戦略に基づきモノとの接触が必要な物品搬送・収納ロボットシステムに柔軟な機構を導入することでロボット動作のロバスト性を向上させることを狙い,実際にシステムとしてそれらの戦略・機構を反映させることで,戦略及び機構設計論の妥当性について検証している。本論文は5章からなる。

第1章「緒論」ではまず,都市部における住宅事情,消費者を取り巻く物品情報の変化などに注目し,生活空間中にモノや情報が溢れる原因の分析をしている。そして抽出された原因を解決するためには(A)物品の入出力フローを適正化する,(B)バッファ(収納空間)を増設することが必要であると述べ,研究の目標を生活環境中で物品の搬送・収納を行うロボットシステムの実現と定めている。

さらに生活環境中でロボットがロバストな動作を実現する上で,阻害要因となる(1) 生活環境の変化,(2)物品の多様性,(3)人の作業のバラツキに対する対策が必須であるとし,モノを取り扱うシステムとしてロボットマニピュレーションの研究を物体の拘束の概念から整理し,Closureの概念が重要であると指摘している。

一方,自動車の発展の歴史を分析し,ロボットに必要なスキームを"戦略的コンプライアンス"の概念で整理し,"規格化,補助・強化,誘導"という3つの基本機能を導出し,更にそれらのスキームが機械的なコンプライアンスと融合することにより,実際の性能を実現可能であることを述べている。

第2章「生活環境中で動作する物品搬送・収納ロボットシステム」ではまずクロージャについて,拘束及び受動・能動により分類を行い,そして完全拘束ではない形態受動拘束であるObject closure(Caging)に注目し,さらに機械設計の現場における幾何的な考察の重要性からGOC(Geometric Object Closure)を提案している。

続いて戦略的コンプライアンスについて検討を行い,生活環境の変化への対応のためにはロボットがタスク(計測,動作,他のロボットとの協調)に専念出来る環境を整備することが必要であり,物品の多様性を受容するためにロボットの作業対象単位を"1つのコンテナ"とし,さらにそのコンテナ及び搭載物がロボットにとって物理的・情報的に扱い易い構造・仕組みを有することが有効であり,人の作業のバラツキに関しては人の作業を機械的・情報的に誘導する仕組みを用意することが必要であると述べている。

最後に機械的コンプライアンスの検討として従来研究におけるコンプライアンス性能の実現をアクチュエータの有無と実装形態によって分類し,その中でも産業界での実績が多い,受動的な機構により実現される"受動機械的コンプライアンス"を活用する指針を示している。

第3章「家庭内物流支援ロボットシステムを構成するサブシステムの実現と基本性能評価」では,前章で整理した3つの技術要素(GOC,戦略的コンプライアンス,受動機械的コンプライアンス)を活用した家庭内物流支援ロボットシステムを実現している。具体的には,次の6つのサブシステムを実現している。

(1)インテリジェントコンテナ(iコンテナ): 本システムにおいて人がロボットに望む物品搬送・収納支援,そしてロボットが人間に与えられる支援の間を埋める"接点"の役割を担う存在である。

(2)天井移動型コンテナ運搬ロボット: 永久磁石誘導型天井吸着法により天井面を自由に動作可能であり,人や障害物と干渉することなく移動することが可能である。またコンテナを把持するマニピュレーション機構では,動力源が断絶された場合でもコンテナ把持を維持可能な偏芯連結ピン機構及びコンテナの水平及び傾斜誤差を吸収可能なコンプライアンス機構が実装されている。

(3)家庭用コンテナ自動収納庫: 基本構造として市販の棚を利用でき,拡張フレームを実装することで自動収納庫が実現される。垂直・水平駆動を分離した自由度配置により生活空間への侵食を可能な限り低減し,水平運搬機構で実現されるコンテナのハンドリングにおいてはGOCを活用した拘束により,ロバストなコンテナのハンドリングが実現されている。

(4)コンテナ位置認識システム: コンテナ位置計測を2つのフェーズに分類し,最初のコンテナの発見及び大域的位置計測では環境中に散在させた固定カメラでデータ取得を行い,続く2つ目のフェーズである局所的計測ではコンテナ運搬ロボットに無線LANカメラを搭載し,ロボットとの精確な相対位置を計測しているところが特徴的である。

(5)iコンテナ用多機能ドック(iDock): 個別の部屋におけるシステムへの窓口の役割を担う要素である。

(6)家庭内物流情報管理システム: 稼動しているサブシステム,そして管理している物品情報を統合的に管理する情報処理システムである。ユーザに物品の検索,登録などのインタフェースも提供する。

以上のサブシステムについて基本性能確認試験を実施し,十分な性能を有していることを確認している。

第4章「家庭内物流支援ロボットシステムの統合」では,システムで必要となる動作モード及びタスクについて整理し,タスクのうち複数のサブシステムの統合が必要なコンテナ把持・運搬タスクそして受渡しタスクについてシステム統合を行っている。コンテナ把持・運搬タスクにおいては受動機械的コンプライアンスを活用することによって,複雑なフィードバック制御が無くても物体のハンドリングを実現可能なシステムが構成可能なことを確認している。一方のコンテナ受渡しタスクにおいては,GOC状態に物体を拘束しさらに受動機械的コンプライアンスを位置決め誤差受容及びロボットの相互干渉緩和機構として活用することにより,複数のロボットが複雑な協調動作を実装しなくても物体の受渡し動作を実現可能なことを確認している。

第5章「結論」では,本研究で実現されたシステム及び得られた知見についてまとめ,さらにシステムの実用化にあたって取り組むべき将来課題について整理している。

以上,これを要するに本論文は,生活環境中で物品を搬送・収納するロボットシステムにおいて,産業用ロボットと異なる家庭用ロボット特有の解決困難な課題に関して取り組み,まず戦略としての解決方策の提示,またその戦略と適合する柔軟な機構の設計論を整理し,その戦略及び設計論に基づき実際にシステムを構築しそれらの妥当性を明示した論文であり,この分野に少なくない貢献を果たしている.すなわち,本研究は情報理工学に関する研究的意義と共に,情報理工学における創造的実践に関し価値が認められる.よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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