学位論文要旨



No 125114
著者(漢字) 村﨑,大輔
著者(英字)
著者(カナ) ムラサキ,ダイスケ
標題(和) IT防災システムにおける情報収集・伝達・提示手法の研究
標題(洋)
報告番号 125114
報告番号 甲25114
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第240号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 創造情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石川,正俊
 東京大学 教授 竹内,郁雄
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 稲葉,雅幸
 東京大学 教授 目黒,公郎
 東京大学 准教授 稲葉,真理
内容要旨 要旨を表示する

(本文)本論文では日本の自治体を対象に、防災活動の質を情報技術(IT)の導入によって向上させる取り組みであるIT防災の実現と推進について論じる。本論文は8章から構成される。

第1章ではIT防災の意義について説明し、IT防災が目指す将来像を述べた。その上で、本論文では日本の自治体への導入を目指したIT防災システムのフィージビリティスタディを行うことを目標とした。

第2章では、まず地理情報システム(GIS)が扱う地理情報に空間情報・トポロジー・時間のモデルがあること、GISが空間データベースの側面を持つこと、座標系や投影法があること、ソフトウェアの主要な設計モデルについて説明した。続いて、自治体向けのIT防災に求められるGISを既存手法で実現する際の問題点を指摘し、筆者は見通しの良いコンパクトなGISを提案した。具体的なアプローチとして、自治体向けのシステムでは特定領域しか扱わない特性を生かしてトレードオフを導入することを提案し、GISロジックの一部をバックエンドとして分離する設計を示した。

第3章では、災害情報の可視化システムに必要な要素を指摘した。まず、地図にアイコンを描画することで情報を提示する手法について述べた。これには適切な描画スタイルを状況に応じて動的に求めることが重要である。筆者らは描画スタイルのガイドラインを提案した。災害情報の深刻度を基にした色彩の指定法、折れ線や領域の描画スタイル、そしてアイコンのデザインで構成される。アイコンについては、表示すべき情報を取捨選択して適切な文法要素を組み合わせれば、一貫性があり、わかりやすくなることを例示した。また、地図画像と共にテキスト情報としての提示も重要であることを述べた。

第4章ではIT防災システムにおけるグラフィカルユーザインタフェース(GUI)のガイドラインを定め提案した。まず、システム全体の画面設計についてイメージを示した。常時表示される情報をアイコンのみにし、詳細な情報はユーザからの要求に応じて表示する指針を提案した。GUIのモードは通常モードと形状指定モードの2種類に削減できることと、コンテキストに応じて適切な付加処理を行うことが必要であることを述べた。また、オブジェクト先行方式による操作やメニュー項目の簡素化を提案した。次に、個々の自治体の状況に合わせてGUIをカスタマイズ可能にすることが重要であることを述べ、その方法を示した。

第5章では、実用的なIT防災システムに必要な、分散した異種システムと連携するための情報伝達技術について、標準化作業が進められていることを述べた。標準に準拠したシステムと連携する重要性を指摘し、通信処理を実装する手法を述べた。

第6章では筆者らが提案した手法を検証するために実装したプロトタイプシステムについて述べた。まずは第7章で述べる実証実験で用いたプロトタイプシステムがある。これは三つのサブシステムで構成され、第2章で提案したGISバックエンドや3章と4章で述べたガイドラインの基で構築したものである。他には、キーワードから描画スタイルを自動的に決定して主題図を生成するシステム、地理情報をテキスト文書化して一覧表示するシステムなどがある。

第7章ではIT防災の効果を実証実験を通して確認した。一つ目の実験は2005年11月20日に愛知県豊橋市飽海地区で実施した情報共有実験である。IT防災システムを介して現場から報告された災害情報を本部の大画面で共有し、直に対応指示が行えることの有効性を確認することができた。二つ目の実験は2006年3月22日に実施した新潟県見附市での予備実証実験である。本論文で提案したカスタマイズ機能の有効性について確認できた。最後の実験は2006年10月27日に実施した新潟県見附市での実証実験である。防災訓練で自治体の職員にプロトタイプシステムを用いた災害対応を行ってもらった。筆者らが重視した容易に習熟できるインタフェースについては、評価者への短時間のトレーニングを通して有効性を確認することができた。参加者へアンケートを行った結果、プロトタイプシステムは概ね高い評価を得た。

第8章では論文の内容を総括し、今後の課題を整理した。社会情報学の観点から見たIT防災の考察のみならず、ソフトウェア開発に求められるプロジェクト管理、情報工学の研究成果を社会基盤の情報システムに積極的に応用していく意義、適切な構造を持ったデータを整備する重要性、マルチエージェントシステムの応用可能性を明らかにすることができたと考える。

審査要旨 要旨を表示する

学際的な領域である防災の研究の中で, 情報技術 (IT) を利用するIT 防災は近年特に必要性が増しており,実践的な研究が求められている.本論文は日本の自治体に導入すべきIT 防災システムのフィージビリティスタディについて論じている.

本論文は「IT 防災システムにおける情報収集・伝達・提示手法の研究」と題し,8 章から構成される.

第1 章「IT 防災」では,災害対応における情報の重要性を過去の教訓をもとに示し,本論文の目的を自治体への導入を目指したIT 防災システムのフィージビリティスタディと位置づけた.具体的には,低コストのアーキテクチャ,使いやすいユーザインタフェース (UI) に立脚し,自治体の多様な事情に応じてカスタム化可能なプロトタイプシステムを実現する目標を設定した.

第2 章「地理情報システムのデザイン」では,自治体向けIT 防災に求められる地理情報システム (GIS) の実現における問題点を解決するためにコンパクトなGIS を提案した.これは自治体向けのIT 防災システムでは日本国内の特定領域しか扱わない特性を利用し,地理情報のデータモデルを扱いやすい座標系にカプセル化するものである.実現には,GIS のロジックの一部をバックエンドとして分離するデザインと,PostgreSQL を用いた構築手法を示した.また,カプセル化の効果をビューアプログラムの実装を行った学生の実績によって説明した.

第3 章「地理情報の提示手法」では,災害情報可視化システムに必要な技術要素を論じた.これをもとに,災害情報の提示に適した描画スタイルのガイドラインを提案した.ガイドラインは色彩の指定法や描画スタイルやアイコンのデザインで構成される.たとえば,適切な文法要素を組み合わせてアイコン図形を構成すれば,一貫性があり,わかりやすくなることを例示した.また,構造化された災害報告から自動的に災害情報をテキスト化し,リスト化する処理手法について述べた.

第4 章「ユーザインタフェース」では,IT 防災システムを利用する自治体職員に適したGUI の要求条件をまとめ,その実現方法を示した.主なものは画面の有効利用の原則であり,つまみ型スクロールや必要な情報を必要なときにのみ表示するためのアイコン操作の設計を示した.また,GUI の入力モードを通常モードと形状指定モードの2 種類に削減できることを述べた.さらに,マウス入力やペン入力によってモードを移行するための望ましい状態遷移についての指針を示した.また,オブジェクト先行方式による操作やメニュー項目の簡素化を提案した.これらのユーザインタフェースを,自治体の状況に合わせるためのカスタム化の方法と例を示した.

第5 章「情報伝達」では,IT 防災システムにおいて分散した異種システムと連携するための情報伝達技術について述べ,既存のイベント通知駆動のシステムを,近年標準化が進んでいるプロトコルに対応させるモジュールの実現手法を示した.

第6 章「プロトタイプシステムの作成」では,本論文で提案した手法を検証するために実装した3 種類のプロトタイプシステムについて述べている.さらに,キーワードから描画スタイルを自動的に決定して主題図を生成するシステム,データベース上に蓄積された地理情報をルールベースで集計してテキスト化し,これを時系列に一覧表示するシステム,位相暗示型地理情報からデータベースシステムの上で位相情報を復元するモジュールの開発について述べ,評価結果を示した.

第7 章「実証実験」では,上記のプロトタイプシステムの効果を3 回の実証実験(2005 年11 月の豊橋市における情報共有実験,2006 年3 月の新潟県見附市での予備実証実験,2006 年10 月の見附市での実証実験)で確認したことについて述べている.これらの実験では,(1) IT 防災システムを介して現場から報告された災害情報を本部の大画面で共有し,本部要員から現場要員へ対応指示が行えることの有効性,(2) カスタム化機能により,地震用に開発したシステムを容易に水害用に改編できること,(3) 自治体職員が容易に習熟できるインタフェースの有効性などを確認することができた.総じて,災害情報可視化に基づく情報共有が防災に効果的であることを実証した.

第8 章「まとめ」は論文の内容を総括し,今後の課題を整理している.

以上のように,本論文は自治体に導入可能なIT 防災システムのフィージビリティスタディを行い, 安全安心社会の実現に向けた技術を提示したものとして,この分野に少なくない貢献を果している.すなわち,本研究は情報理工学に関する研究的意義と共に,情報理工学における創造的実践に関し価値が認められる.よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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