学位論文要旨



No 125115
著者(漢字) 上田,真史
著者(英字)
著者(カナ) ウエダ,マサフミ
標題(和) マルチ入力デバイスと仮想画面共有を用いたリアルタイムCSCW基盤の研究
標題(洋)
報告番号 125115
報告番号 甲25115
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第241号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 創造情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石川,正俊
 東京大学 教授 竹内,郁雄
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 平木,敬
 東京大学 准教授 田中,久美子
内容要旨 要旨を表示する

Computer Supported Cooperative Work (CSCW) のうち、複数のユーザが同時に作業を行うものに、Single Display Groupware と リアルタイムグループウエアがある。また、これらに関連して、多人数で広い領域を使い共同作業を行うために、ディスプレイを連結しマルチディスプレイとして利用するスタイルがある。いずれも広く研究や提案が行われ、効果についても評価されているものであるが、特にマルチディスプレイについて、高価なハードウエアを用いたり、LinuxやOpenGLをベースとしたりで、コンピュータに詳しくないユーザにとっては利用しにくいものとなっている。

本研究では、一般のPCユーザが容易に構築し利用できるようなリアルタイムCSCW基盤「天窓」を設計、実装した。誰であっても普段使っているPCを用いて構築できるような基盤とすることで、Single Display Groupware やリアルタイムグループウエアの敷居を下げ、普及を促すことが目的である。

天窓は純粋なソフトウエアのみによるシステムとすることを基本とし、ビューワからネットワークを通じて自由に閲覧できる仮想画面を中心として設計を行った。仮想画面のビューワにマルチ入力デバイス機構を統合することで、リアルタイムの同時作業をサポートした。天窓はWindows上で動作し、マウスクリックのみで起動、設定ができる。

仮想画面はWindowsの仮想ディスプレイデバイスとして設計、実装したので、アプリケーションプログラムは既存のものも含め、特殊なAPI等を使用せずとも仮想画面上で動作する。マルチ入力デバイスはWindow Message経由でアプリケーションプログラムに通知することとし、アプリケーションプログラムがマルチ入力デバイスに対応するのに必要な処理を最低限にした。またマルチ入力デバイスに対応しないアプリケーションプログラムには影響を与えない。アプリケーションプログラムは仮想画面の上で動作させるだけで遠隔共有が可能であり、マルチ入力デバイスに対応すれば、ネットワークに関する処理は全て天窓が肩代りするので、ネットワークを意識することなくリアルタイムグループウエアとして動作できるようにした。

実装においては、既存のPC等の資産を活用することを前提とし、性能の低いPCや帯域幅の狭いネットワーク上で動作することを考慮した。処理性能の低いハードウエア上でも動作が著しく遅くならないよう処理を工夫し、特にユーザが遅延を認識しやすいマウスカーソルの応答速度が低下しないような構造にした。実際に天窓の性能を計測し、ミドルレンジのPC/ネットワーク環境においても充分な性能を発揮できることを確認した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「マルチ入力デバイスと仮想画面共有を用いたリアルタイムCSCW 基盤の研究」と題し,CSCW(Computer Supported Cooperative Work)において複数人が同時に作業する環境の新しい構成法について論じている.

本論文は10 章からなる.

第1 章「研究の背景と方針」では 複数人が同時に共同作業する環境として Single Display Groupware(SDG),Real-time Groupware(RTG) および Mixed Presence Groupware (MPG) があることを述べ,これらのグループウエアの問題として,従来は作業スタイルに着目して開発されていて,完成後にスタイルの変更をする場合は最も大きなMPG として実装されていなければならないことを指摘した.この問題に対して,本論文ではグループウエアに高度に仮想化された環境を提供することで,グループウエア実装を小規模にとどめながら様々なスタイルに適合できる仮想化環境を与えるプラットフォームが実現可能であることを明らかにするという目的を設定した.

第2 章「関連研究」では関連研究をとりあげ,グループウエアの様々な形態について説明している.近年は仮想ディスプレイによるマルチディスプレイや,ディスプレイと入力デバイスを転送することによるリモートコントロールや,この技術を用いてコラボレーションを行う分野がある.また,既存のグループウエアツールキットはグループウエアの特定のスタイルに合わせて作成するためのものであり,グループウエア完成後に作業スタイルを変更するには最初から最大限の実装が必要であることを述べた.

第3 章「プラットフォームの目的と設計」では本研究で開発したグループウエア用プラットフォーム「天窓」の目的と,そのための仕様,またこの仕様を実現するために利用した技術について述べている.天窓は,グループウエアプラットフォームとして,いちど最小限のグループウエアソフトを書けば,あとはプラットフォームの設定変更のみで様々な作業スタイルに適合できる.これを実現する上で重要なのはグループウエアアプリケーションからネットワークを隠蔽し,入力デバイスを仮想化することである.天窓は要素技術として,ディスプレイと複数の入力デバイスのリモート転送,また,大きさの自由な仮想ディスプレイを仮想デバイスとして定義する方法をもつ.この章の最後では,天窓と関連システムを複数の視点から比較して優位性を示した.

第4 章「仮想ディスプレイ機能の実装」では,天窓の仮想ディスプレイとディスプレイ転送の機能の実装について述べている.仮想ディスプレイデバイスの内部構造について説明し,この構造を用いて効率のよいディスプレイ転送を行うために,いくつかの描画命令とビットマップをハイブリッド転送する方法を採った.ネットワークやPC の速度による遅延の拡大を防止するために,フローコントロールと画像の圧縮も実装した.

第5 章「マルチ入力デバイス機能の実装」では,天窓の入力デバイスの転送とアプリケーションへの入力イベントの通知について述べている.入力がどのデバイスから行われたかを区別できるようにするために,入力デバイスにID 番号を振り,アプリケーションにはこのID 番号とともに入力イベントを伝える一般的な方法を採った.本研究のプラットフォームでは入力デバイスの情報が必ずネットワーク上を往復することから,マウスカーソルに遅延が起きないよう,同じネットワーク回線を流れるディスプレイデータを細分化して,カーソル移動の優先度を高めた.

第6 章「アプリケーションプログラムの開発」では天窓を用いて実際にアプリケーションプログラムを実装すると,アプリケーションからネットワークが隠蔽され,また入力デバイスが仮想化されるため,アプリケーションはSDG と同程度の最低限の実装でよいことを確かめた.プログラムの規模についての検証を行い,試作したC#言語向けライブラリを用いると,簡単な共有黒板プログラムがC#でわずか110 行程度で完成することを例示した.

第7 章「運用例」では天窓の性能について述べている.ディスプレイ転送の速度や遅延について調べ,オフィス用途などの画面変化の多くないアプリケーションに対しては充分な性能を持つことを確かめた.また,マウスカーソルの遅延を調べ,画面転送中でも遅延時間が充分に短く抑えられていることと,マウス100 個程度までなら実用に堪えうることを示した.

第8 章「システムの性能」では天窓の利用方法について,写真やスクリーンショットを交えながら述べ,マルチディスプレイから遠隔協調までの様々なスタイルをサポートできることを示した.

第9 章「システムの拡張」では天窓の機能の拡張可能性について述べている.様々なPC やデバイスからの参加を可能とするRFB Proxy,CSCW の分野においては新しいデバイスであるマルチタッチデバイスへの対応,ユーザごとに異なった情報が表示できるスーパーインポーズ機能,コラボレーションに応用ができる複数の仮想ディスプレイをマージする機能を挙げ,天窓が広い分野に使える可能性があることを示した.

第10 章「結論」では,天窓の実装を通して本研究の目的が達成されたことを述べている.

以上のように,本論文はこれまで作業スタイルごとに開発を行っていたCSCW 環境が,マルチ入力デバイスと仮想画面共有を仮想環境として統合した上で,作業内容をベースにして簡単にかつ高い可用性を備えて開発できることを実証的に明らかにしたものとして,この分野に少なくない貢献を果している.すなわち,本研究は情報理工学に関する研究的意義と共に,情報理工学における創造的実践に関し価値が認められる.よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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