学位論文要旨



No 125132
著者(漢字) 菅又,龍一
著者(英字)
著者(カナ) スガマタ,リュウイチ
標題(和) 魚類の抗原提示細胞
標題(洋)
報告番号 125132
報告番号 甲25132
学位授与日 2009.04.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3469号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,譲
 東京大学 教授 金子,豊二
 東京大学 教授 尾崎,博
 東京大学 准教授 良永,知義
 日本大学 教授 中西,照幸
内容要旨 要旨を表示する

増養殖の現場では魚病対策として、しばしばワクチン投与が行われているが、その有効性を高めるためには、魚類の免疫系に関する深い理解が必須であり、様々な研究が精力的に行われている。そうした中で、免疫応答の出発点として、病原生物を取り込み、その抗原情報をT細胞に提示する抗原提示細胞を魚類で初めて明らかにしたのが本研究である。

哺乳動物では、単球や樹状細胞といった抗原提示細胞が、生体内に侵入した病原生物を細胞内に取り込み、消化したペプチド断片を結合させたMHCクラスII分子を細胞表面に提示し、ヘルパーT細胞(Th細胞)にその情報を伝える。Th細胞がその抗原を異物として認識すると、B細胞を活性化して抗原特異的な抗体を産生するようになり、獲得免疫応答が誘導される。抗原提示細胞は抗原を提示するMHCクラスII分子と、T細胞の活性を制御する共刺激分子によって特徴付けられる。近年の研究の進展により、魚類のT細胞やB細胞に関する知見が急速に増加してきたが、初期免疫応答の理解のためには、残る抗原提示細胞の解明が急務となっていた。そこで本研究では、魚類獲得免疫機構の基盤を明らかにするために、ゲノムデータベースの利用が可能で、また各白血球集団を精製するのに十分な体サイズをもつトラフグを材料に用い、共刺激分子B7ファミリーを指標に、魚類で初めて抗原提示細胞の存在を明らかにし、その機能の解明を目指した。

第一章 トラフグ抗原提示細胞マーカー遺伝子の構造と発現解析

ヒトやマウスの抗原提示細胞は、MHCクラスIIや、共刺激分子であるB7やCD40を細胞膜上に共発現している。特に高い抗原提示能をもつ樹状細胞では、さらにこの他にDEC-205、CD83、CD11などの特異的な細胞表面マーカーをもつことが知られている。そこでトラフグゲノムデータベースから、これらの遺伝子のアミノ酸配列と高い相同性を示す配列を検索し、その配列に基づくプライマーを用いて、魚類の主要な二次リンパ器官である頭腎を材料にRACE法によるcDNAクローニングを行った。その結果、トラフグのMHCクラスIIα、B7-H1/DC、B7-H3、B7-H4、CD40、DEC-205、CD83、CD11のcDNAを単離し、一次構造を決定した。B7ファミリー、DEC-205やCD11遺伝子の同定は魚類では初めてのことであり、進化の過程において魚類の段階ですでに哺乳類と同様の抗原提示細胞の機能に関わる細胞表面分子がほぼ存在していることが明らかとなった。B7としては3種類認められたが、これらのうちB7-H1/DCはシンテニー解析や系統樹解析から、哺乳類のB7-H1とB7-DCの両方と類似した分子であると考えられた。RT-PCR法により、これらの遺伝子は、トラフグの胸腺、頭腎、体腎、脾臓などのリンパ器官や、皮膚や腸などの粘膜組織における発現が認められたことから、魚類ではこれらの組織に抗原提示細胞が分布することが示唆された。

第二章 トラフグ共刺激分子B7ファミリーの発現細胞の同定と機能解析

ヒトやマウスでは共刺激分子であるB7が抗原提示細胞の指標として利用されている。そこで、魚類抗原提示細胞マーカーの候補としてB7ファミリー分子を発現する細胞を特定すると共に、この分子のT細胞に対する刺激能を検討した。

トラフグのB7ファミリー分子を発現する細胞を同定するために、トラフグB7・H1/DC、B7-H3、B7-H4とヒトIgG1のFc領域とを連結させたFc融合組換え体(B7-H1/DC-Ig,B7-H3-Ig,B7-H4-Ig)を、昆虫細胞を用いて作製した。この組換え体を免疫抗原としたラット抗トラフグB7-lg血清を用いて、これらのB7分子を細胞膜上に発現する白血球をFACS解析で探索したところ、3種類のB7タンパク質はトラフグのB細胞やT細胞では発現せず、に単球をLipopolysaccharide(LPS)で刺激した際に、その膜上に発現が誘導されることが明らかになった。さらにMagnetic beads cell sorting (MACS)法により単離した各B7+単球における遺伝子の発現様態をRT-PCR法で調べたところ、B7ファミリー分子だけでなく抗原提示に必要なMHCクラスIIα 遺伝子を発現していたことから、魚類のB7+単球が共刺激と抗原提示を行う抗原提示細胞であることが推察された。またこのB7+単球はCD8α、DEC-205、CD83などの樹状細胞マーカーを発現しており、この細胞集団の中に樹状細胞が内在する可能性も示された。

続いて、B7の標的細胞がT細胞であることを確かめるために、トラフグ末梢血白血球(PBLs)から単離したT細胞にB7-Igを作用させた後、FITC標識抗ヒトIgGを用いたフローサイトメトリー(FACS解析)により、B7とT細胞の結合を調べた。3種類のB7-Igはphytohaemagglutinin(PHA)で活性化したT細胞上に結合することが明らかとなり、T細胞膜上にB7受容体が発現することが示唆された。次にB7の・T細胞の活性化に対する制御能を明らかにするために、B7-Ig存在下でPHA刺激したT細胞を培養し、T細胞の増殖活性をBrdU(5'-bromo-2-deoxyuridine)取り込み法で、また同時にT細胞におけるサイトカインの発現をリアルタイムPCR法で解析した。その結果、B7-H1/DCはT細胞の増殖を抑制するとともに、IL-10と2つのIFN-yの発現を促進した。逆にB7-H3とB7-H4はT細胞の増殖を促進するとともに、IL-2の発現を促進し、IL-10の発現を抑制するなど、B7分子内でT細胞に対する機能の多様性が示された。このようにB7は魚類においてもT細胞の増殖やサイトカイン産生能を制御する共刺激分子であることが示され、抗原提示細胞の指標として有効であることがわかった。

第三章 CD8αを発現するトラフグ抗原提示細胞の機能解析

魚類では、最も強い抗原提示力をもつ樹状細胞(DC:Dendritic Cells)がまだ見つかっていない。哺乳類では一部の樹状細胞が、細胞傷害性T細胞のマーカーとして知られるCD8αを発現することが知られているが、これまでの研究でトラフグにもCD8αを発現する単球が存在することがわかっている。そこでこのCD8α+単球の抗原提示細胞としての機能を検討することとした。

まずLPS刺激したトラフグの単球から、ラット抗トラフグCD8α血清を用いたMACS法によって、CD8α+細胞とCD8α-細胞とを分離した。これら2つの細胞集団はともにMHCクラスIIαとB7やCD40遺伝子を発現していたが、CD8α+細胞ではさらにCD83やDEC-205といった樹状細胞マーカーの発現も認められた。次にCD8α+細胞の細胞膜をPKH26 red 蛍光で染色し、共焦点レーザー顕微鏡でその形態を観察したところ、樹枝上の細胞形態を示すことがわかったことからCD8α+DC様細胞と名付けた。CD8α+DC様細胞とCD8α-単球の蛍光ビーズに対する貪食能をFACS解析したところ、どちらの細胞も、哺乳類の抗原提示細胞である単球や樹状細胞と同様に、貪食能をもつことがわかった。これらの細胞の抗原提示能を明らかにするために、同種異系T細胞との混合白血球反応により、T細胞増殖を誘導するかどうかBrdU取り込み法で調べた。その結果、トラフグCD8α+DC様細胞とCD8α-単球はともに、MHCクラスII不適合で起こる模擬的な抗原提示によって、同種異系T細胞増殖を誘導したことから、これらの細胞がT細胞に対して抗原提示と共刺激をおこなうトラフグの抗原提示細胞であると結論した。さらにCD8α+DC様細胞は、CD8α-単球よりも強くT細胞増殖を促進したこと、樹状細胞マーカー遺伝子を発現していることを考えあわせると、哺乳類における知見と同様に、この細胞が単球よりも強い抗原提示能を引き起こすことのできる樹状細胞サブセットの一つであることが推察された。

以上、全ゲノムが解読されたトラフグを用いることで、抗原提示細胞マーカー遺伝子を網羅的に検索した本研究において、共刺激分子であるB7ファミリー分子に着目することにより、魚類で初めて抗原提示細胞の存在を明確にし、その機能の一端を明らかにすることができた。今回明らかにした抗原提示細胞は、形態的には単球であり、MHCクラスIIを持つ点で、哺乳類のそれと合致する。B7ファミリー分子としては、B7-H1/DC、B7-H3、B7-H4の3分子が認められたが、後2者がT細胞の活性化を促進するのに対し、前者は抑制的に働き、これらの分子が免疫応答の制御に密接に関わっていることが明らかとなった。さらにB7+抗原提示細胞の中でも、CD8α+細胞は樹状細胞マーカーを特異的に発現していたことやその形態から、魚類における樹状細胞の一つであると推察された。本研究により、獲得免疫系の基点となる抗原提示細胞に関する理解が深まったことは、免疫増強や、ワクチンの有効性の向上という増養殖産業からの要求解決に資するものであり、今後、応用的側面からの研究を加速していくことが重要である。

審査要旨 要旨を表示する

増養殖現場で大きな問題となっている魚病に対処するためにワクチンが多用されるが,その効力を高めるためには,魚類の免疫系に関する深い理解が必須である.そうした中で,最初に病原生物を取り込み,その抗原情報をT細胞に提示する抗原提示細胞という,いわば免疫応答の出発点を魚類で初めて明らかにしたのが本研究である.

哺乳動物では,単球や樹状細胞といった抗原提示細胞が,生体内に侵入した病原生物を細胞内に取り込み,消化したペプチド断片を結合させたMHCクラスII分子を細胞表面に提示し,ヘルパーT細胞(Th細胞)にその情報を伝える.Th細胞がそれを異物として認識すると,B細胞に特異的な抗体を産生させるようになり,獲得免疫応答が誘導される.抗原提示細胞はこのMHCクラスII分子と,T細胞の活性を制御する共刺激分子によって特徴付けられる.この抗原提示細胞の解明は魚類免疫学の大きな課題であったが,本論文は,ゲノムデータベースの利用が可能なトラフグを材料に共刺激分子B7ファミリーを指標に検討することで,抗原提示細胞の存在を魚類で初めて明らかにし,さらにその機能の一端を明らかにしたものである.

第1章では抗原提示細胞マーカー遺伝子の構造と,発現解析を記している.

ヒトやマウスの抗原提示細胞は,MHCクラスIIや,共刺激分子であるB7やCD40を細胞膜上に共発現している.トラフグゲノムデータベースから検索し,B7-H1/DC,B7-H3,B7-H4,CD40や,より強力な抗原提示能を持つ樹状細胞のマーカーであるDEC-205,CD83,CD11の一次構造を決定している.RT-PCR法により,胸腺,頭腎,体腎,脾臓などのリンパ器官や,皮膚や腸などの粘膜組織に抗原提示細胞が分布するものと推定している.

第2章ではB7ファミリー発現細胞の同定と,機能解析を記している.

B7ファミリー分子を発現する細胞を同定するために,まずトラフグの3種類のB7とヒトIgG1のFc領域とを連結させたFc融合組換え体(B7-H1/DC-Ig,B7-H3-Ig,B7-H4-Ig)を,昆虫細胞により作製し,ラット抗トラフグB7-Ig血清も得ている.EACS解析により,B7タンパク質がLipopolysaccharide(LPS)で刺激した単球の細胞膜上に誘導されることを明らかにし,さらにMagnetic beads cell sorting(MACS)法により各B7+単球を単離し,これらの細胞が抗原提示に必要なMHCクラスIIα遺伝子や,CD80c,DEC-205,CD83などの樹状細胞マーカーを発現していることを示している.続いて,末梢血白血球から単離したT細胞にB7-lgを作用させてFACS解析を行うことにより,3種類のB7-Igはphytohaemagglutinin(PHA)で活性化したT細胞上に結合することが明らかにしている.次にB7-IgによるPHA刺激T細胞の増殖活性やサイトカイン産生能を解析することにより,B7-H1/DCはT細胞の増殖を抑制するとともに,IL-10と2つのIFN-yの発現を促進すること,逆にB7-H3とB7-H4はT細胞の増殖を促進するとともに,IL-2の発現を促進し,IL-10の発現を抑制することを見出し,B7分子内でのT細胞に対する機能の多様性を観察している.このようにB7は魚類においても丁細胞の増殖やサイトカイン産生能を制御する共刺激分子であることが示され,ここに魚類で初めてとなる抗原提示細胞の特定に至っている.

第3章では,CD8αを発現する抗原提示細胞の機能を論じている.

哺乳類では一部の樹状細胞(DC)が,CD8αを発現することから,CD8α+単球について,最も強い抗原提示力をもつ樹状細胞の候補としての機能を検討している.単球をLPS刺激した後,ラット抗トラフグCD8α 血清を用いて,CD8α+細胞とCD8ct-細胞とを分離し,両集団はともにMHCクラスIIαとB7やCD40遺伝子を発現しているが,CD8α+細胞ではさらにCD83やDEC-205といった樹状細胞マーカーを発現していることを示している.そして同種異系T細胞との混合白血球反応により,CD8α+DC様細胞とCD8α-単球はともに,MHCクラスII不適合で起こる模擬的な抗原提示によって,同種異系T細胞増殖を誘導したことから,これらの細胞がT細胞に対して抗原提示と共刺激をおこなうトラフグの抗原提示細胞であると結論している.さらにCD8CL'DC様細胞は,CD8α-単球よりも強くT細胞増殖を促進したことから,哺乳類における知見と同様に,この細胞が単球よりも強い抗原提示能を引き起こすことのできる樹状細胞サブセットの一つであるものと推定している.

以上,本研究により,抗原提示細胞という免疫応答の出発点となる重要な細胞が魚類で初めて発見され,その主要な機能もほぼ解明された.さらにはCD8α+単球という謎の存在についての樹状細胞としての可能性も示している.従来のT細胞やB細胞に関する研究の蓄積に,獲得免疫系の起点に関する理解を深めた本研究が加わることにより,魚類免疫系の全体像が大きく広がった.このことは免疫増強や,ワクチンの有効性の向上という増養殖産業からの要求解決に資するものであり,今後は応用的側面からの研究への貢献が大いに期待されるところである.よって,審査委員一同,博士(農学)の学位を授与するに値するものと認めた.

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