学位論文要旨



No 125141
著者(漢字) 平尾,篤利
著者(英字)
著者(カナ) ヒラオ,アツトシ
標題(和) 走行ワイヤ工具による金属材料の3次元観察装置
標題(洋)
報告番号 125141
報告番号 甲25141
学位授与日 2009.04.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7092号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 毛利,尚武
 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 横井,秀俊
 東京大学 教授 鈴木,宏正
 東京大学 准教授 金,範
内容要旨 要旨を表示する

[目的]

本研究では,材料の3次元構造図および3次元材料分布図を構築できる加工・観察システムを開発することを目的としている.

[背景]

放電加工分野において,表面改質放電加工を工具や金型へ適用することで,寿命などを大幅に向上させることが研究されている.最近では,ジョット機のタービンブレードへ表面改質放電加工が展開されている.これらの新しい複合機能材料や表面改質された材料内部の組織分布や内部構造を観察することは,新規材料の開発や材料の特性評価において必要不可欠である.

試料の内部観察に関しては,生体に対する3次元内部観察や臨床検査として広く用いられている.一般的に,生体試料の観察および臨床検査の大きな特徴は,観察試料を生きたまま観察する必要がある点である.このため,内部の観察方法には非破壊法が広く用いられている.観察装置も多岐に渡り,様々な用途によって使い分けられている.

一方,これらの非破壊法による観察装置と対比させるものに,試料表面を露出させた後に観察する装置がある.表面を露出させる方法は,非破壊法に対して破壊法と呼ばれている.破壊法は,非破壊法と比べて試料を破壊するため,生きている生物や経時的変化を観察することが出来ないという欠点があり,観察対象物を限定してしまう.しかし,表面を露出させることで,非破壊法では得ることが出来ない情報を得ることが可能であり,非破壊法に比べて,観察装置を選定すれば,高い分解能での観察が容易に行える.表面を観察する装置は,光学顕微鏡,電子顕微鏡,走査型プローブ顕微鏡などに分類される.他に構造や組織観察に,X線顕微鏡,超音波顕微鏡などが用いられている.

表面を露出させることは,表面分析への応用も容易になる.表面分析は,電子,イオン,電磁波などを観察試料に照射し,表面の情報を検出し,解析する.電子線をプローブとする事で,走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope),透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)による表面観察以外にも,表面分析が可能になった.X線マイクロアナリシス(EPMA:Electron Probe Micro-Analysis)など,他にも多くの表面分析法がある.

一般に,破壊法は観察試料によって異なった手段を用いる.これは,それぞれ観察試料の大きさや硬さ,さらに要求する分解能が観察試料によって異なるためである.破壊法による試料作製および表面露出方法は,手作業によるところが大きく,加工量の調整など課題が多い.また,試料作製には,試料の支持に工夫を要し,さらに,前処理が必要である.特に,脆性複合材料などの試料においては,その切断に多大な時間と労力を要する問題や,加工に使用する工具の摩耗やチッピングといった問題を生じる.観察試料によっては,樹脂埋めを必要とするため,観察装置以外にも多くの装置を準備する必要がある.

[関連研究]

放電加工の微細加工で広く用いられる,タングステン細線電極工具の断面を観察するにあたり,微細電極を樹脂埋めした後,上面を研磨する手法を用いている.断面観察において,この樹脂埋め後に研磨する方法は,広く用いられているが,加工した際の断面の特定が困難であった.また,これまで硬度が高い生体試料や比較的硬度の低い金属において,微少量ずつ切削し,表面の情報を逐次取得し,連続断面画像からの3次元構造の構築が実現している.しかし,タングステンなどの硬度が高い材料を連続的に実施するまでには至っていない.

[研究の手段]

本研究では,硬さに依存することなく加工できる放電加工法や,優れた仕上げ面を得ることができる砥粒加工法を複合した加工法を選択的に用いることのできる加工機械の開発を行った.開発した加工機は,走行ワイヤを工具とし,一台の装置で観察試料の作製から仕上げ加工,さらに表面のスライス加工が可能な複合加工機能を備える.また,ワイヤ放電加工法を用いることで,これまで手作業によるところが大きかった加工量の調整などの課題を解決し,樹脂埋めすることなく工具電極の断面情報を取得した.さらに,一台の装置で全ての加工工程および試料観察が実施できる装置へ発展させた.具体的には,試験素材から,数mm程度の任意形状の試料を切り出して,数十μm以下の面粗さに仕上げた.その後,作製した試料に対して表面観察および表面分析を実施し,得られる観察記録から材料構造および材料成分の3次元化を行った.

[ワイヤ拘束ガイドの効果]

本研究で用いた加工機は,走行ワイヤに市販のワイヤ放電加工機に広く利用されているφ0.2mmの黄銅ワイヤを使用した.走行ワイヤを工具電極に用いた加工機は,常にワイヤが走行しているため工具電極の消耗を考慮する必要が無い.しかし,切り出した試料の表面に筋状の凹凸が形成される問題が発生した.これは,走行ワイヤの振動による影響と考えられた.そこで,この問題を解決するため,ワイヤ拘束ガイドを用いた加工方法を提案し,本加工機に稼動式のワイヤ拘束ガイドを備えた.ワイヤ拘束ガイドを用いた放電加工を実施することで,表面に形成された筋状の凹凸を平面にし,加工精度を向上させることが出来た.また,ワイヤ拘束ガイドを用いることで,放電加工法と砥粒加工法とを組み合わせた複合加工が可能となった.絶縁性セラミックスに対して,放電加工法と砥粒加工法を連続的に実施することで,加工後に形成された導電性の被膜を除去し,さらに表面を鏡面にまで仕上げた.

[超音波振動付与による加工速度向上]

放電加工法や砥粒加工法は,加工速度に課題を残していた.そこで,超音波振動を工具電極や被加工物に付与することで,加工速度の向上を図った.従来,市販されている超音波加工機は,ノード位置に設けられたフランジを固定する方法が採られている.しかし,本加工機へ超音波振動を適用するには,工具電極の消耗や負荷圧力の影響により共振状態を維持することが困難であった.そこで,先端が尖ったボルト数本で振動体を固定する局所支持法を用いることで,振動体を大きく拘束することなく強固に支持した.実際,放電加工法において超音波振動を適用することで,有効放電数の増大に効果があり,加工速度が約3~4倍向上した.また,この時の超音波振動は,1μm程度の振幅付与でも数倍の加工速度を得ることが確認された.さらに,砥粒加工法においても超音波振動を付与することで加工速度の増大が確認され,表面粗さに至っては,通常の砥粒加工(ラッピング)と同程度の粗さが得られることが分かった.

[3次元構造の構築]

そこで,これまで開発した加工機を用い,加工-観察システムを構築した.まず,ワイヤ拘束ガイドを用いた放電加工法による切り込み量を検討した結果,10μmの分解能で表面加工が可能であった.そこで,表面加工した後,CCDカメラによって加工表面を観察し,2次元の画像情報として保存した.これまで,樹脂埋めを必要としていた微細軸に対して,樹脂埋めすることなく放電スライス加工を実施し,加工-観察を繰り返し実行した.取得した2次元の画像情報を画像解析ソフトによって二値化し,連続した断面画像から微細軸の3次元構造を構築した.断面を順次スライス加工することで,3次元の形状構造を把握し,さらに,3次元の内部構造を確認することができた.微細軸の構造を3次元化することで,瞬時成形した際に発生したと考えられる溶融部の空隙を見い出すことが可能となった.

[3次元材料分布図の構築]

次に,材料内部の組織分布の3次元化を実施した.観察試料には,銅-タングステンを用いた.銅-タングステンは,放電加工において低消耗の工具電極として広く用いられており,表面を露出させると,数μm程度のタングステン粒子が確認される.数μm程度を観察するためには,電子顕微鏡などの高倍率の観察装置を用いる必要があり,本研究では表面観察および表面分析が可能なSEMを用いた.表面分析は,SEM筐体に組み込まれているエネルギー分散型X線分光(EDS:energy-dispersive X-ray spectroscopy)を用い,材料の同定を行った.一回のEDS分析には,約20min程度の時間を必要としたため,材料同定した後の材料分析には,反射電子から得られる組成像を用いることとした.また,銅-タングステンの境界を明瞭に観察するには,約5000倍以上の倍率で観察することが望ましかった.しかし,高倍率の観察には,繰り返し位置精度の問題を生じた.そこで,SEMから出力される凹凸信号を検出し,試料表面に形成した圧痕の位置を特定することに成功した.他にも画像処理による位置補正を実施し,得られた反射電子像の連続断面画像から3次元材料分布図を構築し,銅-タングステンの材料分布を把握することが出来た.

[将来展望および意義]

本装置を用いることで,金属材料の3次元構造や3次元材料分布を観察することが出来た.そこで,新規材料の開発や材料の特性を評価するために,本装置を適用することは有効であり意義があると考える.

さらに将来,SEMなどにおけるin-situで加工-観察が実現すれば,大幅な時間短縮が可能となり,より高解像度な観察や材料同定によって,新たな発展が期待できる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「走行ワイヤ工具による金属材料の3次元観察装置」と題し,走行ワイヤを工具に用いた複合加工機の開発を行った.また,開発した加工機を金属材料のスライシング表面加工に適用し,材料構造および材料分布の3次元化を実現したものである.

本論文は,全6章から構成されている.

第1章「緒言」では,本研究の背景と目的,および本論文の構成について述べている.放電加工および砥粒加工の原理,さらに,本研究で開発する3次元観察装置の試料内部観察装置について概説し,本研究で適用する3次元観察装置の位置づけについて述べている.また,試料内部観察装置に関して,非破壊法を用いた内部観察装置などの先行研究を踏まえて現状を整理し,それぞれの課題を述べている.破壊法を用いた試料観察について示し,走行ワイヤを工具に用いた金属材料の3次元観察装置の有用性を述べている.

第2章「ワイヤを工具とした複合加工機の開発と加工特性」では,市販のワイヤ放電加工機で広く用いられている黄銅ワイヤを使用した,複合加工機の開発を行っている.走行ワイヤを用いることにより,工具電極の消耗を無視できることを示している.また,開発した加工機は,ワイヤプーリー間の中央部にワイヤ拘束ガイドを備えており,ワイヤの振動を抑制していることを示している.走行ワイヤを工具に用いた加工機の問題点を示し,ワイヤ拘束ガイドを用いた加工方法の有効性を検証し,ワイヤ放電加工およびワイヤ拘束ガイドを用いた放電研削加工との複合加工法を実現した.

さらに,開発した加工機を用いて,複雑形状をした試料を切り出し,ワイヤ拘束ガイドを適用することにより連続した加工法によって精度を向上させた.

第3章「放電スライシング表面加工による3次元化装置の構築」では,2章において開発された,ワイヤ複合加工機によって観察試料をスライシング表面加工し,連続したスライシング画像を用いた3次元化装置の構築について述べている.通常,断面観察の表面露出には,樹脂埋め・バフ研磨の行程を経るが,本研究では,直接把持された試料に対して,ワイヤ拘束ガイドを用いて放電スライシング表面加工を実施し,表面を露出させている.露出させた各表面の画像をビデオ観察装置によって取得し,この加工-観察工程を繰り返し実施することにより,試料の連続断面画像を得ている.連続した2次元断面画像から,3次元構造図を構築している.

第4章「複合加工機による砥粒加工法」では,走行ワイヤを工具に用いたワイヤ複合砥粒加工へ適用した経緯について述べている.砥粒加工による複合加工法の表面粗さの向上について検討している.また,放電加工と砥粒加工とを組み合わせた複合加工法について述べ,加工特性について評価している.放電加工では達し得ない精細な表面粗さを達成している.材料分布観察に用いられる試料表面の露出条件を示している.さらに,金属材料に対して複合加工法を適用し,一貫した加工が可能であることを示している.

第5章「スライシング表面加工による3次元材料分布図の構築」では,スライシング画像を用いたミクロな3次元材料分布の構築について述べている.金属材料に対して砥粒加工を用いたスライシング表面加工を実施し,ミクロな材料分布を計測した結果について述べている.また,高倍率の観察においては走査型電子顕微鏡を用いるため,試料着脱の繰り返し位置精度について考察し,位置補正の必要性について述べている.取得した2次元の材料分布画像から3次元の材料分布図を構築し,銅-タングステンおよび鋳鉄に対して試料内部の材料分布を明らかにした.

さらに,砥粒加工において,加工速度向上が課題であることに述べており,超音波振動を付与した加工を実施し,その効果を検証している.

第6章「結言」では,本研究で得られた成果についての総括を行い,さらに今後の展望について述べている.

このように,本論文でなされた研究は,開発した走行ワイヤを工具に用いた複合加工機の有効性を示すと共に,金属試料に対する内部構造およびミクロな材料分布の3次元表示を実現できる加工-観察装置を構築し,評価を行っている.この加工-観察装置は,試料内部の3次元観察において新たな可能性を示すものであり,加工技術や材料開発技術の発展に大きく貢献するものといえる.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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