学位論文要旨



No 125142
著者(漢字) 矢本,成恒
著者(英字)
著者(カナ) ヤモト,シゲツネ
標題(和) 日本の放送コンテンツ流通システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 125142
報告番号 甲25142
学位授与日 2009.04.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7093号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松島,克守
 東京大学 教授 坂田,一郎
 東京大学 准教授 白山,晋
 東京大学 准教授 増田,宏
 東京大学 准教授 松尾,豊
内容要旨 要旨を表示する

通信と放送の融合という言葉が登場してからすでに数年が経つ。テレビ局やインターネット事業者などを含め、放送業界・通信業界を取り巻く環境は近年著しく変化し、多メディア化・多チャンネル化が進展している。たとえば、地上波テレビ放送のデジタル化やワンセグ放送の出現、BSチャンネル数の増加、スカパーに代表されるCS(Communication Satellite)放送やケーブルテレビ(CATV)の視聴者増大、光ファイバー回線を用いた地上波放送や多チャンネル放送などがあげられる。このような放送デジタル化やIPネットワーク配信などの技術革新と、著作権法改正など法環境の整備によって、今後より多くの映像コンテンツが、多くのメディアやチャンネルに流通していくと予想される。

従来、映像コンテンツの多くは、映画・テレビ放送などのメディアのうち、主にどのメディアで流通させるかを想定して制作される。この想定されたメディア流通は一次流通と呼ばれるが、それ以外の多くのメディアに対しコンテンツを流通させることを、マルチユースと呼ばれている。多メディア化・多チャンネル化した環境で安定して映像コンテンツを供給するためには、多くの映像コンテンツが必要である。そこで映像コンテンツのマルチユースが重要となる。

現在、映像コンテンツ流通では、映画は様々なメディアでマルチユースが実現されており、映画配給、地上波テレビ、BSおよびCSの衛星放送、CATV放送、DVD販売、ネット配信などで視聴されている。その一方、地上放送番組は、未だマルチユースが活発ではない。放送コンテンツの制作費は、年間約2兆円であり、映画やビデオ制作などを含む映像コンテンツ全体の総制作費の8割以上を占めているため、今後一層のマルチユースの促進が期待されている。

放送コンテンツのマルチユースを促進するためには、まず放送・通信業界の流通構造を把握する必要がある。しかし現状では、売上や放送時間から映像コンテンツの種類ごとの流通量が推計され、個別の流通取引については幾つかの個別事例が紹介されているにとどまっている。つまり、業界全体として取引関係に基づいた流通構造が把握されているとは言い難い状況にある。また、コンテンツ取引の参考となる放送コンテンツの評価の指標も必要だが、これまでは、放送コンテンツ取引にふさわしい評価指標がなく、相対取引の交渉状況に応じて取引価格が決まっている。

そこで本研究では、このような状況を踏まえ、以下を研究目的とした。

1.現在の放送コンテンツ流通構造の把握

2.放送コンテンツ流通の取引の参考となるコンテンツ評価指標の作成

1については、取引関係がコンテンツ流通の実態となることから、企業間の取引先データをネットワーク分析し、現在の放送コンテンツ流通構造を解析・把握した。2については、番組魅力度というコンテンツ評価指標を考案し、検証を行った。現状のコンテンツ評価方法の一つとして、番組視聴率が利用されているが、視聴率は視聴者の在宅時間帯によって変動してしまう。しかし、番組魅力度は時間に依存しない指標である。本研究では分析データとして、映像機器の視聴ログ(CATVのセットトップボックスの視聴記録)から算出された視聴率を利用した。誤差の少ないデータであるため、今後の多メディア・多チャンネル化時代の細分化された個人の視聴動向の把握に適している。

ネットワーク分析の結果、流通システムの構造および取引関係のグループが確認された。映画やアニメなど製作委員会方式でマルチユースを実施している制作会社のグループ、既存系列間での放送コンテンツ取引を形成しているテレビ局系列グループ、衛星放送やCATVなどマルチユースを実施しているテレビ局グループなど、既存の取引グループや新たに出現しつつあるマルチユースグループが確認された。また、放送コンテンツのマルチユース提供が盛んな制作会社やテレビ局がネットワーク図から特定された。このように、ネットワーク分析は、日本の放送コンテンツ流通構造を捉える上で、多くの知見を見出すことができる手法であることを示した。

また、放送コンテンツ取引のためのコンテンツ評価指標として、視聴率から時間依存部分を除いた番組魅力度を算出する方法を考案した。分析および検証は、CATVのアニメ専門チャンネルを中心に実施している。これは、今回の分析データがCATVの視聴記録であり、同一ジャンルで作品数が多く、比較検討がしやすいためである。その結果、この指標は視聴率による評価に比べ、人間が行った評価に近い指標であることが確認された。さらに、この番組魅力度と視聴率の2つの軸で放送コンテンツをランク付けする評価方法は、テレビ局の実務関係者のコンテンツ評価に近いものであることが確認された。番組魅力度を用いた評価方法によって、放送コンテンツは、放送結果である視聴率から時間による変動の要素を除いてランク付けできる。これは今後の放送コンテンツ取引に利用可能な評価方法である。

米国・英国等とは異なり、日本の放送コンテンツ・メディア業界にはこれまで放送コンテンツの流通を促進させるための法規制がなかった。しかし、今後、官庁や業界など、関係者全体が放送コンテンツ流通を促進するために、本研究で述べたネットワーク分析による業界構造やマルチユース実態の把握の方法、および放送コンテンツ評価手法が有効であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

テレビ局やインターネット事業者などを含め、放送業界・通信業界を取り巻く環境は近年著しく変化している。放送デジタル化やIPネットワーク配信などの技術革新と、著作権法の改正など法環境の整備によって、今後より多くの映像コンテンツが、多くのメディアやチャンネルに流通していくと予想される。多メディア化・多チャンネル化した環境で安定して映像コンテンツを供給するためには、大量の映像コンテンツのマルチユースが重要となるが、現状では地上テレビ番組では未だマルチユースが活発でなく、またマルチユースにおけるコンテンツ取引に適した評価指標が少ない。本論文ではこのような状況を踏まえ、現在の放送コンテンツ流通構造の把握と、放送コンテンツ流通の取引の参考となるコンテンツ評価指標の作成を目的とし、ネットワーク可視化を用いた流通構造把握の手法と、コンテンツ評価指標として番組魅力度を提案している。

第1章では、本論文が対象とする放送コンテンツ流通の現状について、背景と課題を詳細に論じている。特に近年放送コンテンツのマルチユースが重視される理由として、技術革新と法制度の整備という二つの視点から分析している。さらに収集したデータの分析から、マルチユースが現状では活発に行われていないという課題について詳細に論じている。この課題に対して、本論文の手法により業界全体の構造を把握することと、取引の参考となる評価指標を作成することの重要性を論じている。

第2章では、企業間の取引情報をネットワーク可視化することにより、放送コンテンツ流通業界の全体像を把握するための方法論について論じている。本論文では制作会社、広告代理店、テレビ局などの仕入れ先、販売先の情報を個別に分析することで、マルチユース取引のグループの特定や取引の集中度合を把握している。具体的には、制作会社は既存の大手テレビ局との取引が多いことや、制作委員会方式といったマルチユース提供事例があること、テレビ局間の取引は系列取引の割合が高い状況であることなどを確認することができ、詳細な業界構造を把握するための手法として有効であることを論じている。

第3章では、現在の視聴率調査方法の課題を踏まえ、放送コンテンツ評価指標を提案し、その有効性評価を行っている。放送コンテンツ取引のためのコンテンツ評価指標として、視聴率から時間依存部分を除いた番組魅力度を算出する方法を考案した。実験の結果、この指標は視聴率による評価に比べ、人間が行った評価に近い指標であることが確認された。さらに、この番組魅力度と視聴率の2つの軸で放送コンテンツをランク付けすることにより、テレビ局の番組取引関係者のコンテンツ評価に、より近いものになることが確認された。番組魅力度を用いた評価方法によって、全ての放送コンテンツは、放送結果である視聴率から時間による変動の要素を除いてランク付けできるため、今後の放送コンテンツ取引に利用可能な評価方法であると論じている。

第4章では、考察を述べている。特に、流通構造のネットワーク可視化手法によって、マルチユースの状況把握ができることや、放送コンテンツ評価指標が有効であること確認し、この手法で得られた知見を流通業界全体で利用するための方法について考察している。

第5章では、企業の取引先データを用いたネットワーク可視化による放送コンテンツ流通構造の把握手法は、これまで見出せなかった数々の知見を得られる手法であることを確認したこと、および放送コンテンツ流通を促進させるための番組評価指標として提案した番組魅力度は、視聴率よりも視聴者の人気を反映している指標であることを結論として述べている。さらに今後の展望を短期と中長期に分けて述べ、短期的展望では地上テレビキー局への取引集中状況の分析や大手広告代理店への取引集中状況の分析にネットワーク可視化手法が応用できること、番組魅力度に年間の視聴率変動の要素を加えて発展できること、中長期展望では、ネットワーク可視化手法により流通業界構造を時系列で比較できること、番組評価指標では競合番組や占拠率の要素を加えて応用できることを述べている。

本論文は、放送コンテンツ流通に関する多く課題に対し、ネットワーク可視化手法を用いることで業界全体の構造を捉えることができ、また提案した番組魅力度は新規性の高い評価指標であり個別の取引に有効であることから、放送コンテンツ流通業界の発展に貢献すると考えられる。

よって、本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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