学位論文要旨



No 125143
著者(漢字) 原岡,和生
著者(英字)
著者(カナ) ハラオカ,カズオ
標題(和) 電子メール・ログ分析による公式組織と非公式組織の乖離に関する研究
標題(洋)
報告番号 125143
報告番号 甲25143
学位授与日 2009.04.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7094号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松島,克守
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 教授 坂田,一郎
 東京大学 准教授 松尾,豊
内容要旨 要旨を表示する

本文:

本論文は、企業組織が昨今の厳しい環境の中にあって、効率的な経営を行い、健全な運営が可能になることを最終的な目標とおいた上で、現代における企業組織の運営における課題のひとつである、公式組織と非公式組織の乖離の実態解明を行うためになされた研究の報告である。

本論文では現代企業の課題のひとつを、経営者の意思と実際の組織の乖離にあると仮定した。なぜ乖離が生じているのか。そして、乖離が生じているという現実をどのように実態把握するのか。そして、どのように改善するのか。企業組織の活動それ自体は、人の動きであるため、企業実態の可視化を含む理解の方法も重要である。その乖離を知ること、言い換えれば、企業組織の実態把握を工学知とするためには、客観的であり、定量的であり、かつ再現性がある手法が望まれると考えられる。そして、本研究の分析手法が、今回対象としたケーススタディの範囲で、乖離の実態把握に有効であることを示す。

本研究で提案する組織実態の把握手法は、公式組織と非公式組織の乖離のみに限らず組織のさまざまな現象の発見へ応用することが可能となる。よって、本論文では、ただ実態把握を行うのみならず、分析の結果をどのように組織運営に生かすのかについて、今回得られた手法と用いた指標に基づいた議論を行い、企業組織の効率的運営の一助となる知見を示すことができたと考えている。

本論文では、第1章で時代背景や、それに基づく課題、我々の研究動機、研究の前提などを述べた後、第2章で、組織研究の流れを俯瞰するとともに、先行研究事例を紹介し本論文の位置づけを明確にする。乖離の把握を含め企業組織の実態把握は旧来からの組織論のテーマではあるが、客観性・定量性・再現性を求めた手法という意味で、本論文は特徴を持つ。加えて昨今は、ネットワーク分析手法を用いた研究の萌芽があり、その中で、(1)ケーススタディとして、実際の企業組織の電子メール・ログを用いるという点、(2)組織論的な意味での組織構造、つまり経営者の意思としての公式組織の部課構造を考慮した解析を定量的に行うという点、加えて(3)組織実態と経営者の意思の乖離という視点での分析を行い、企業診断的な考察を加えたという点、以上が従来研究に比べた本論文の特徴である。

第3章は、経営者の意思を表すと思われる「組織の設計図」つまり「組織図」の現状について実態調査を行う。その結果、公開組織図を用いた組織図にも表現方法を含め、課題が沢山残っていることを示す。

第4章では電子メール・ログ用いて組織実態の現状を把握する手法を提案する。さらに、提案手法を用いて公式組織と非公式組織の乖離を把握する手法を提案する。組織の実態把握は、旧来はアンケートを中心とする主観の要素の混入がさけられず、また再現性も難しかったが、本研究で行うネットワーク分析の手法では、主観の要素は極力排除され、客観に基づく組織構造の実態が浮かび上がる。

第5章では実際の企業の電子メール・ログをもちいてケースステディを行った。その結果、組織図とは乖離がある実態のクラスタ構造の発見、スモールワールド性を示しつつもピークが存在する次数分布、公式組織としての部課構造が与えるコミュニケーションの乖離、また、経営者意図とは乖離した電子メールの使用方法などの組織の現象を、電子メール・ログ分析をもとにした定量的な結果により示す。

第6章では、分析結果の使用法、より効果的な実態把握のための工夫を議論する。ここでは、ケーススタディの結果を踏まえつつも、組織運営上のさまざまな課題に対する応用を考察する。具体的には、提案手法のより効果的な応用のために時間に依存するも情報をどのように扱えばよいかについて、人的対象範囲を広げた場合はどうか、そしてメール内容に踏み込んだ場合はどうか、などについて考察を行う。また、提案手法の実際の応用例として、組織設計を行う場合の使い方、新人教育の一環として用いる方法などについて議論をおこなう。

そして、第7章でまとめと今後の展開について述べる。

以上

審査要旨 要旨を表示する

企業経営において、その組織状態の把握を行い、経営者の意思との乖離を是正していくことは、重要な経営事項の一つである。しかし、経営に関しては経験的な手法による部分が多く、工学的な手法は開発途上という状態である。本研究は、企業組織の効率的経営の一助と資することを前提とした上で、「企業組織の実態の把握を、客観的・定量的・再現性の有る形で行い、経営者の意思との乖離をしめすこと」、及び「上記手法をもって、実際の組織運営にどのように応用できるかを提示すること」を目的としてなされている。

第1章では、企業を取り巻く環境、および問題点の指摘を行っている。その結果、公式組織と非公式組織の乖離の実態把握が必要な点、そして、それらを工学的な手法で行うことの重要性を明らかにしている。その中で、電子メール・ログを用いた企業組織の実態把握の必要性を論じている。

第2章では、企業組織における組織研究の先行研究事例を紹介し、本研究の位置づけについて述べている。乖離の把握を含め企業組織の実態把握は旧来からの組織論のテーマではあるが、客観性・定量性・再現性を求めた手法という意味で従来の組織研究と比較して本研究は特徴を持つ。また、ネットワーク分析を用いた従来手法との比較を行い、特に本研究が公式組織と非公式組織の乖離に着目している点、さらに実際の組織運営への知見を得る点において、新規性の高いものであることを論じている。

第3章は、経営者の意思を表すと思われる「組織の設計図」つまり「組織図」の現状について実態調査を行っている。その結果、企業組織の実態を表すという点で公開組織図を用いた組織図には多くの課題が存在していること論じている。特に、組織設計の方法は、経験に求められており、効率的な設計手法を構築することや共通のフォーマットを定義することが困難であることを示している。

第4章では電子メール・ログもちいた企業組織の実態把握をする手法、そしてそれを用いて公式組織と非公式組織の乖離を把握する手法を提案している。組織の実態把握は、旧来はアンケートを中心とする主観の要素の混入がさけられず、また再現性も難しかったが、電子メール・ログのネットワーク分析を用いた提案手法により、主観の要素は極力排除され、客観に基づく組織構造の実態を把握できることを述べている。特に、ネットワーク分析によって得られるクラスタ図、デンドログラム図、ならびに中心性、次数分布、そしてスモールワールド性といったネットワーク指標など用いた、組織構造の実態把握について論じている。

第5章では実際の企業の電子メール・ログをもちいてケースステディについて述べている。その結果、電子メール・ログのネットワーク分析をもとにした定量的な結果から得られた組織の現象として、組織図とは乖離がある実態のクラスタ構造の発見、スモールワールド性を示しつつもピークが存在する次数分布、公式組織としての部課構造が与えるコミュニケーションの乖離、また、経営者意図とは乖離した電子メールの使用方法などを示している。さらに、得られた結果に対する理由について詳細に論じている。

第6章では、第4章、第5章をふまえて提案手法の限界、応用、展望に関するさらなる知見について述べている。まず、提案手法を用いて企業組織のどのような乖離が発見されたかを論じ、それらが経営に与える影響を考察するとともに、その改善方法などについての考察を行っている。加えて、乖離に限らずに、本研究での提案手法およびその結果をどのように実際に組織経営に応用することができるのかについて述べ、特に工学的な経営手法に関する考察を深めながら提案手法の今後の発展性に関して論じている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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