学位論文要旨



No 125144
著者(漢字) 十河,孝浩
著者(英字)
著者(カナ) ソゴウ,タカヒロ
標題(和) 抗体 : インターロイキン2キメラ受容体を用いた遺伝子導入T細胞の増殖制御
標題(洋)
報告番号 125144
報告番号 甲25144
学位授与日 2009.04.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7095号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 教授 後藤,由季子
 東京大学 教授 鈴木,勉
 東京大学 准教授 上田,宏
内容要旨 要旨を表示する

【研究概要】

T細胞は、免疫系全体の活性制御機能をもつヘルパーT細胞や、標的となるがん細胞などを直接攻撃する機能を持つ細胞傷害性T細胞などから構成されており、免疫応答における中心的役割を担う重要な免疫細胞である。特に、細胞傷害性T細胞の持つ抗腫瘍活性を利用した免疫治療法がさかんに研究されており、近年では活性化T細胞を投与することで腫瘍に対する免疫応答を強化する治療法が注目されている。これはがん患者自身のT細胞を腫瘍抗原特異的に、または治療遺伝子を導入してex vivoで活性化させて増幅し、それを患者の体内に再投与することで標的腫瘍細胞を攻撃させるという治療法である。この治療において、投与したT細胞を体内で大量に増殖させることが、治療効果に大きく影響する重要なポイントとなる。T細胞の増殖には、インターロイキン2(IL-2)と呼ばれるサイトカインが、その受容体であるIL-2受容体(IL-2R)と結合することによって伝達される増殖シグナルが必要であるため、治療時にT細胞と同時にIL-2を大量に投与することによってT細胞を増殖させ、治療効果を上げようという治療法が試みられてきた。しかし、IL-2はT細胞以外にもNK細胞、B細胞、好中球といった免疫担当細胞の過剰な活性化をも誘導してしまうため、血液漏出、心肺不全といった炎症性の重篤な副作用を引き起こしてしまう例も報告されている[1,2]。このような問題点を解決して治療効果を改善するためには、治療に必要なT細胞をin vitroおよびin vivoにおいて、大量に選択的に増殖させることのできる増殖制御法の開発が必要である。

IL-2は、活性化T細胞表面に発現したIL-2Rα鎖、β鎖、γ鎖という3種類からなる複合体と結合することで増殖シグナルを伝達している。この3種類のIL-2Rの中で、α鎖はIL-2との結合のみに関与しており、増殖シグナルの伝達に直接関与しているのはβ鎖とγ鎖であると考えられている。実際にこの2種類の受容体の細胞内ドメインと、c-kit、あるいはGM-CSFRの細胞外ドメインとのキメラ受容体を導入してヘテロダイマーを形成させた結果、T細胞を増殖させることができたという報告がある[3]。我々は、このIL-2Rβ鎖とγ鎖のヘテロダイマー形成によってT細胞を増殖させることができるという現象を利用して、遺伝子導入T細胞の増殖制御を行う手法の開発を目指した。本論文では遺伝子導入T細胞の選択的増幅法の開発と、応用へ向けての機能解析を行った結果をまとめた。

IL-2Rβ、γ鎖のダイマー形成の誘導法としては、当研究室において開発された、抗原‐抗体反応を利用して遺伝子導入細胞の増殖を制御する、antigen-mediated genetically modified cell amplification (AMEGA)と呼ばれるシステムを応用した[4]。これは、抗原分子依存的に抗体-受容体キメラのダイマー化を誘導して増殖シグナルを伝達させることにより、そのキメラ受容体遺伝子が導入された細胞の増殖を制御することができるという手法である。このシステムをIL-2Rβ、γ鎖に応用するため本研究では、IL-2Rβ、γ鎖のIL-2結合ドメインを、別の抗原であるニワトリ卵白リゾチーム(HEL)、あるいはフルオレセイン(FL)を認識する抗体可変領域に置換することで、抗原-抗体反応によってIL-2シグナルを模倣できるキメラIL-2Rを作製した(Fig.1)。このキメラIL-2Rを、IL-3依存性マウスpro-B細胞株Ba/F3、およびIL-2依存性マウスT細胞株CTLL-2に導入して、抗原分子の用量依存的に遺伝子導入細胞を選択的に増幅できる系の構築に成功した。サイトカイン非依存的に遺伝子導入T細胞を増殖させることができるため、必要なT細胞を選択する手法として応用が期待できる。また治療への応用を考えた場合に、抗原-抗体反応を利用しているため生体に存在しない低分子をリガンドとして用いて細胞の増殖を制御することができると考えられ、炎症などの副作用を抑えることが期待される。実際に、FLのような小分子のハプテン抗原を使用してT細胞の増殖制御に成功していることから、その他の様々な小分子抗原を用いても応用が可能と考えられる。

【キメラIL-2Rの構造と、用いた細胞】

導入するキメラIL-2Rは、IL-2Rのβ鎖またはγ鎖の膜貫通ドメインおよび細胞内ドメインを、EpoRの細胞外D2ドメインおよび抗体可変領域と連結して作製した(Fig.1,2A)。HELをリガンドとする系では抗HEL抗体HyHEL-10の可変領域VH、VLを用いて、VHをβ鎖のN末端に、VLをγ鎖のN末端に結合させたHβLγと、その反対にVLをβ鎖のN末端に、VHをγ鎖のN末端に結合させたHγLβという2種類のベクターを作製した。またFLをリガンドとする系では、抗FL抗体の一本鎖可変領域(ScFv)をキメラ受容体のN末端に連結した、SβSγを作製した。SβSγは2分子のFLと結合することでダイマー化が誘導されるため、使用するリガンドとしては、表面をFLで修飾したBSA(BSA-FL)、またはFLを13merのDNAリンカーで連結したFLダイマー(Fig.2B)の2種類を用意した。

これらのキメラ受容体の機能解析のため、Ba/F3、CTLL-2細胞を用いて実験を行った。Ba/F3は10%FBS含有RPMI1640培地に1 ng/ml IL-3を添加して培養し、CTLL-2は10%FBS含有RPMI1640培地に、1 mM sodium pyruvate、50 μM monothioglycerol、20 nM bathocuproine disulfonateと、2 ng/ml IL-2を添加して培養した [5]。遺伝子導入後に選択培養を行う場合は、サイトカインの代わりに1~2 μg/mlのHEL、または5 μg/mlのBSA-FLを加えて培養を行った。

【結果と考察】

作製したHβLγ、HγLβ、SβSγのキメラIL-2R遺伝子をそれぞれBa/F3、およびCTLL-2に導入し、リガンドであるHELまたはBSA-FLを添加して選択した。EGFP蛍光を指標として、選択後の細胞のフローサイトメトリーによる解析を行った結果、いずれの細胞においてもEGFP陽性率がほぼ100%となり、キメラIL-2Rが導入された細胞が選択的に増幅されたことが示唆された(Fig.3, 4)。選択された細胞を、対応するそれぞれのキメラIL-2Rの名前を取って、Ba/F3細胞の場合はBa/HβLγ、Ba/HγLβ、Ba/SβSγ、CTLL-2細胞の場合はCT/HβLγ、CT/HγLβ、CT/SβSγと呼ぶ。また、選択されたそれぞれの細胞におけるキメラIL-2Rの発現がWestern blottingにより確認できたことから、遺伝子導入細胞はキメラIL-2R依存的に増殖したと考えられる(Fig.5)。

次に、それぞれの遺伝子導入細胞におけるリガンド濃度依存的な細胞増殖を確認した。

Ba/HβLγ、Ba/HγLβ、CT/HβLγ、CT/HγLβに対しては、HELを0~10 μg/ml(Fig.6)、Ba/SβSγ、CT/SβSγ対しては、13 merのFLダイマーを0~5 μMの濃度で加えて培養した(Fig.7)。HβLγ、SβSγキメラでは、特にCTLL-2において非常に強い濃度依存性の増殖促進効果を示したのに対し、HγLβキメラでは特にBa/F3ではリガンド非依存的な細胞増殖が見られた(Fig.6B)。HβLγキメラとHγLβキメラを比較した場合に、発現量の差に目立った相関は見られないことから(Fig.5A)、それぞれのコンフォメーションの違いが、リガンド非依存的なレセプターの活性化状態の差に関与していると考えられる(Fig.1)。

さらに、それぞれのキメラIL-2Rを介したシグナル伝達活性化を分子レベルで確認するために、IL-2シグナル下流の主なシグナル伝達分子である、STAT3、STAT5、ERK、Aktのリン酸化を確認した(Fig.8, 9)。細胞をそれぞれのリガンドで刺激した場合に、天然のIL-2シグナルと比較して多少の差異は見られたものの、全ての分子のリン酸化が観察された。以上の結果から、作製したキメラIL-2Rを細胞に導入することで、遺伝子導入細胞のみをリガンド依存的に増殖させることができることが示された。T細胞の増殖を誘導することのできる有効なツールを開発することに成功した。

[1] Rosenberg, S.A., et al. (1985) The New England Journal of Medicine 313, 1485-1492[2] Kragel, A.H., et al. (1990) Human Pathology 21, 493-502.[3] Nelson, B.H., et al. (1994) Nature 369, 333-336.[4] Kawahara, M., et al. (2003) Nucleic Acids Research 31, e32.[5] Brielmeier, M., et al. (1998) Nucleic Acids Research 26, 2082-2085.

Fig. 1. IL-2RとキメラIL-2Rの模式図

Fig. 2 (A) キメラIL-2R発現ベクターの構造(B) FLダイマー(13 mer)の模式図

Fig. 3 HEL応答性キメラ導入細胞のEGFP陽性率の選択前後における変化(培養日数と、EGFP陽性細胞率を示す。)

Fig. 4 FL応答性キメラ導入細胞のEGFP陽性率の選択前後における変化(培養日数と、EGFP陽性細胞率を示す。)

Fig. 5 (A) HEL応答性キメラの発現確認(B) FL応答性キメラの発現確認

Fig. 6 Ba/HbLg (A)、 Ba/HgLb (B)、 CT/HbLg (C)、CT/HgLb (D)のHEL濃度依存的な増殖曲線

Fig. 7 Ba/SbSg (A)、 CT/SbSg (B) のFLダイマー濃度依存的な増殖曲線

Fig. 8 Ba/F3、 Ba/HbLg、 Ba/HgLb (A)、 およびCTLL-2、CT/HbLg、 CT/HgLb (B) のシグナル伝達分子のリン酸化の解析

Fig. 9 CTLL-2、およびCT/SbSgのシグナル伝達分子のリン酸化の解析

審査要旨 要旨を表示する

T細胞は、細胞性免疫応答における中心的役割を担う重要な免疫細胞である。特に、細胞傷害性T細胞の持つ抗腫瘍活性を利用した免疫治療法がさかんに研究されており、近年では活性化T細胞を投与することで腫瘍に対する免疫応答を強化する治療法が注目されている。この治療において、投与したT細胞を体内で大量に増殖させることが治療効果に大きく影響するため、T細胞の増殖を制御することは非常に重要な課題であるといえる。T細胞増幅の方法としては、T細胞の活性化、増殖に必須のサイトカインであるインターロイキン(IL)-2により伝達されるシグナルの利用が考えられる。本論文は、通常IL-2と結合して増殖シグナルを伝達するIL-2受容体(IL-2R)のIL-2結合ドメインを、抗原を認識する抗体可変領域VH, VLあるいはScFvに置換することで、抗原-抗体反応によってIL-2シグナルを模倣できるキメラIL-2Rを作製し、遺伝子導入T細胞の選択的な増殖制御法を確立することを目指したものである。本論文は以下の5章から構成されている。

第1章は序論であり、本研究の目的と概要を述べ、本論文の構成を示している。

第2章では、本研究の背景について概観している。

第3章では、抗原であるニワトリ卵白リゾチーム(HEL)を認識して結合する抗体のVHあるいはVLとIL-2Rのβ鎖あるいはγ鎖の細胞内ドメインを融合したキメラIL-2R遺伝子を作製し、IL-3依存性マウスpro-B細胞株であるBa/F3細胞、およびIL-2依存性マウスT細胞株であるCTLL-2細胞に導入し、キメラ受容体の細胞増殖シグナル伝達機能に関する評価と解析を行った結果を報告している。すなわち、作製した2種類のキメラIL-2Rである、VH-β鎖細胞内ドメイン/VL-γ鎖細胞内ドメイン(HβLγ)の組み合わせからなるキメラ受容体、およびVH-γ鎖細胞内ドメイン/VL-β鎖細胞内ドメイン(HγLβ)の組み合わせからなるキメラ受容体の遺伝子をそれぞれBa/F3細胞、CTLL-2細胞へ導入し、発現させた結果、いずれのキメラ受容体発現細胞においてもHEL依存的に細胞増殖シグナルが伝達され、キメラ受容体発現細胞を選択的に増殖させることに成功したことを報告している。さらに、シグナル伝達分子のリン酸化による活性化状態をウエスタンブロッティング解析し、キメラIL-2Rを介してIL-2シグナルと同様の細胞増殖シグナルが伝達されていることも確認できたと述べている。特にHβLγキメラ受容体については、CTLL-2細胞に導入した場合に、細胞のリガンド非依存的なバックグラウンド増殖が全く見られず、HEL濃度依存的に細胞増殖を厳密に制御することができるという優れた特徴を持つことを見出している。

第4章では、Ba/F3細胞、CTLL-2細胞を用いて、抗原であるフルオレセイン(FL)を認識して結合する抗体のScFvとIL-2Rのβ鎖あるいはγ鎖の細胞内ドメインを融合したキメラIL-2Rについて、細胞増殖シグナル伝達機能に関する評価と解析を行った結果を報告している。すなわち、作製したScFv-β鎖細胞内ドメイン/ScFv-γ鎖細胞内ドメイン(SβSγ)の組み合わせからなるキメラ受容体に、抗原であるFL修飾BSA(BSA-FL)依存的な細胞増殖促進シグナルを伝達させることにより、キメラ受容体発現細胞の選択的増殖と増幅に成功したことを報告している。このSβSγキメラ受容体を用いることにより、Ba/F3細胞、CTLL-2細胞ともに、BSA-FL濃度依存的に細胞増殖を厳密に制御することが可能であることを明らかにしている。また、FL-dimerを用いた解析により、SβSγキメラ受容体のシグナル伝達に最適なFL分子間距離は40~45 A程度の非常に狭い範囲に限られることを明らかにしている。以上の結果から、本研究において作製したキメラIL-2Rを用いることで、抗原分子依存的に他のT細胞の増殖も制御できる可能性が示唆されたと結論づけている。

第5章では、より汎用性の高いマウス初代培養T細胞を用いて、キメラIL-2Rの機能評価を行っている。その結果、SβSγキメラ受容体が高発現していると予想されるT細胞において、リガンドであるBSA-FLを加えることによって細胞のアポトーシスが抑制され、細胞の生存率が上昇することを見出している。その他のHβLγキメラ、HγLβキメラに関しては機能を確認することができなかったが、キメラ受容体遺伝子を高発現した細胞のみを分取した場合には、これらのキメラIL-2Rも機能している結果が得られる可能性があると考察している。

以上、本研究では抗原依存的に遺伝子導入T細胞の増殖を制御することに成功し、必要なT細胞を選択する新しい手法として利用できる可能性を示している。遺伝子治療においては、抗原-抗体反応を利用することで生体に存在しない低分子抗原をキメラ受容体のリガンドとして用いることができるため、サイトカインの投与に起因する炎症や、不必要な細胞の増殖などの副作用を抑えた治療への応用展開が期待される。また、本キメラ受容体のシグナル伝達機能の解析で得られた知見は、IL-2R研究の発展にも大きく寄与するものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

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