学位論文要旨



No 125150
著者(漢字) 有住,俊彦
著者(英字)
著者(カナ) アリズミ,トシヒコ
標題(和) 総胆管結石に対する内視鏡的乳頭バルーン拡張術(EPBD)後の結石再発因子に関する検討 : 殊に有石胆嚢放置例について
標題(洋)
報告番号 125150
報告番号 甲25150
学位授与日 2009.04.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3355号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國土,典宏
 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 准教授 川邊,隆夫
 東京大学 准教授 北山,丈二
 東京大学 講師 椎名,秀一郎
内容要旨 要旨を表示する

第一章:研究の背景

内視鏡的乳頭括約筋切開術(Endoscopic sphincterotomy; EST)は総胆管結石に対する世界的な標準治療法として確立されている。内視鏡的乳頭バルーン拡張術(Endoscopic Papillary Balloon Dilation; EPBD)は十二指腸乳頭括約筋をバルーンカテーテルで拡張し胆管にアプローチする手技である。EPBDは術後の出血や穿孔の危険が少なく、乳頭機能の温存が期待できる手技として報告された。しかし高頻度に術後急性膵炎を引き起こすとされ、1990年代前半までほとんど行われなかった。しかし腹腔鏡下胆嚢摘出術の流行と関連して、若年者の総胆管結石の内視鏡的治療の重要性が高まり、乳頭括約筋機能を温存しうるEPBDが再評価されるようになった。現在では、有効性および安全性はESTと大差ないとされているが、長期予後については十分に検討されていない。特に胆嚢・総胆管結石合併症例において、EPBDにて総胆管結石を切石後の有石胆嚢に対する治療方針は定かではない。当科のTsujinoらはEPBDの長期予後を検討し、EPBD後に有石胆嚢を放置した場合(有石胆嚢放置群)の結石再発率が他の群と比較して有意に高率であることを報告した。しかしながらEPBD後に胆嚢結石を放置した場合、どのような因子が結石再発に関与するかは全くの不明である。

本研究では総胆管結石症に対するEPBDの早期成績と同時に、長期成績および結石再発の危険因子を検討する事でEPBD後の胆嚢結石の治療方針について明らかにすることを目的とした。

第二章EPBDによる総胆管結石治療の早期成績

1)対象

1994年5月から2006年7月にかけて、東京大学医学部附属病院消化器内科において総胆管結石症と診断した患者351例に対してEPBDによる内視鏡的治療を施行した。このうち221例(男性136例、女性85例)で胆嚢結石が認められ、これらをEPBDの早期成績の検討の対象とした。

2)EPBDによる切石の方法

使用するスコープは通常のERCPと同様、後方斜視型のスコープを用いた。胆管造影にて透視画面上、胆管結石の確認後、ガイドワイヤーに被せて乳頭拡張用バルーンカテーテルを挿入した。生理食塩水で半分に希釈した造影剤を用いてバルーンをゆっくりと加圧すると透視画面でバルーンの中央部付近にノッチが観察できるので、このノッチが消失するまでさらに加圧した。ノッチが消失した時点で加圧をやめ15秒間保持してから拡張を終了した。

結石径が1 cm以上の場合には機械式結石破砕具を用いて胆管内で細かく砕いてから(Endoscopic mechanical lithotripsy (EML))、バスケットあるいはバルーンで切石した。完全切石は、結石除去用バルーンカテーテルを用いた造影か、管腔内超音波にて確認した。

2、結果

1)EPBDによる総胆管結石切石の成績

有石胆嚢・胆管結石221例中216例(97.7%)で完全切石できた。有胆嚢結石例で完全切石までに要したセッション数は平均1.6回。133例(60.2%)は1セッションで完全切石出来た。砕石術を施行したのは46例(20.4%)であった。

2)EPBDによる総胆管結石除去の早期偶発症

全体で31例(14.0%)にEPBD後早期偶発症を認めた。急性性膵炎が18例(8.1%)、胆管炎が10例(4.5%)、胆嚢炎が3例(1.4%)であった。

第三章:EPBDによる総胆管結石治療の長期成績

1)対象

胆嚢結石合併総胆管結石に対して、EPBDにて総胆管結石を完全切石できた216例に対して経過観察を行った。本検討の対象のうち、144例(66.7%)は本人の希望もしくは合併疾患、高齢等の理由により、有石胆嚢を放置して経過観察する方針となった。胆嚢結石については総胆管結石に初回治療時の入院中に施行した腹部超音波の所見からData(胆嚢結石の最大径および最小径、結石数)を採取した。胆嚢管径について一連の結石除去治療期間の任意のERCP時に、胆嚢管が明瞭に描出されているX線filmを検索し、X線filmから胆嚢管径が最小となる部位を直接計測した。平均胆嚢管径は3.3mmであった。

2)後期偶発症の定義

EPBD施行30日以降に発生した胆道偶発症を後期偶発症と定義した。

3)後期偶発症にかかわる因子の検討

後期偶発症(総胆管結石の再発)と年齢、性別、傍乳頭憩室の有無、総胆管結石径、総胆管結石数、総胆管径、結石破砕術の有無、胆嚢結石の最大径、胆嚢結石の最小径、胆嚢管径、胆摘の有無、の因子の関係について解析し後期偶発症にかかわる因子を検討した。

2、結果

1)EPBDによる胆嚢結石合併総胆管結石例の後期偶発症

EPBDにより完全切石を得た胆嚢結石を合併する総胆管結石216例のうち、30日以上経過観察されたのは209例(有石胆嚢群140例、計画胆摘群69例)であった。胆道偶発症は35例(16.7%)に認められた。内訳は総胆管結石再発が31例(14.8%)、胆嚢炎が5例であった(重複あり)。胆嚢炎は胆摘群では発症し得ない為、胆嚢炎の頻度は5/140であり、3.6%であった。後期偶発症全体の累積発生率は1年で9.7%、3年で19.9%、5年で24.6%であった。

総胆管結石の累積再発率は1年で6.9%、3年で13.5%、5年で17.3%であった。 有石胆嚢放置群での累積再発率は1年で11.1%、3年で23.8%、5年で29.5%であった。

2)結石再発にかかわる因子の検討

再発の危険因子について単変量解析を行ったところ、総胆管径10mm以上、砕石術有り、胆嚢結石数6個以上、胆嚢結石最小径5mm以下、胆嚢管径3.5mm以上、有石胆嚢放置が有意な危険因子となった。上記6つの危険因子に関し多変量解析を行ったところ、総胆管径10mm以上、有石胆嚢放置が有意な危険因子となった。

3)有石胆嚢放置群におけるEPBD後の後期偶発症

EPBDにより完全切石を得た胆嚢結石を合併する総胆管結石216例のうち、30日以上経過観察された有石胆嚢群は140例であった。胆道偶発症は34例(24.2%)に認められた。総胆管結石再発が30例(21.4%)、胆嚢炎が5例(3.6%)であった(重複あり)。後期偶発症全体の累積発生率は1年で11.8%、3年で27.0%、5年で34.6%であった。

i)有石胆嚢放置群におけるEPBD後の総胆管結石の再発

総胆管結石の累積再発率は1年で11.1%、3年で23.8%、5年で29.5%であった。

4)有石胆嚢放置群におけるEPBD後の結石再発に関わる因子の検討

再発の危険因子について、単変量解析を行ったところ、総胆管径10mm以上、及び砕石術有り、胆嚢管径4mm以上の3因子が有意な危険因子となった。上記3つの危険因子に関し、多変量解析を行ったところ、胆嚢管径4mm以上のみが有意な危険因子となった。

第四章:考察および結論

当科において総胆管結石に対してEPBDを第一選択としている理由は、乳頭括約筋機能をESTにより廃絶させてはならないという考えからである。総胆管結石の内視鏡的治療後の乳頭機能は長期予後に関係すると想定される。特に有石胆嚢合併総胆管結石に対しては、EST後に有石胆嚢を放置した場合に腸液の胆管内への逆流により高率に後期偶発症を起こすことから、ESTによる総胆管結石の切石後は胆摘術を行うべきとの結論がRCTから出されている。しかしEPBD後に有石胆嚢を治療すべきか否かの検討は十分になされていない。

EPBD後の有石胆嚢を放置した症例を対象とした本研究では、有石胆嚢群における後期胆道偶発症発生率は24.2%であり、EST後の報告と同様に高率であった。しかし本研究においては後期胆道偶発症の多くが総胆管結石の再発であり、有石胆嚢群において急性胆嚢炎の頻度は3.6%とEST後の報告(7.6~25%)と比較して低率であった。EPBD後に乳頭機能が温存されていることが急性胆嚢炎の発症に対して抑制的に作用していることが想定される。

EPBD後に有石胆嚢を治療すべきか否かについてはまだ明らかにされていない。本研究での後期胆道偶発症の多くは総胆管結石の再発であることから、結石再発の危険因子に焦点を当て検討をした。有石胆嚢合併総胆管結石のEPBD後結石再発の危険因子は、有石胆嚢放置及び総胆管径10mm以上である事を見出した。しかし、胆嚢摘出術を施行すると総胆管結石再発の危険因子のうち、胆嚢管径、胆嚢結石数、胆嚢結石の最小径、最大径といった胆嚢側の因子が全て取り除かれてしまう為、有石胆嚢放置群と計画胆摘群は異なるpopulationとして扱うべきと判断し、有石胆嚢放置群のみに限局したsubgroup解析を追加した。そして、有石胆嚢を放置した場合には、胆嚢管径の太さ(4mm以上)が総胆管結石再発の唯一の危険因子であることを見出した。現在まで有石胆嚢放置群に対するEPBD後総胆管結石再発の危険因子の検討は皆無であり、本研究が世界初の報告である。

有石胆嚢放置例に絞った本研究において、胆嚢管径が有意な結石再発の危険因子であることは、この群における結石再発のほとんどが胆嚢結石の落下である事を示唆しており、胆摘術を施行すれば結石再発が抑制されると考えられる。事実、本研究において再発結石を治療後に胆摘術を施行した症例では69例中1例(1.4%)しか再発を認めていない。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、内視鏡的乳頭バルーン拡張術(Endoscopic Papillary Balloon Dilation; EPBD)による総胆管結石に対する切石後の長期予後について検討し、特に胆嚢・総胆管結石合併症例において、EPBDにて総胆管結石を切石後の有石胆嚢を放置した場合における総胆管結石再発の危険因子を検討する事で、胆嚢摘出術の適応について明らかにしたものであり、下記の結果を得ている。

1)EPBDによる総胆管結石切石の早期成績

有石胆嚢・胆管結石221例中216例(97.7%)で完全切石できた。有胆嚢結石例で完全切石までに要したセッション数は平均1.6回。133例(60.2%)は1セッションで完全切石出来た。早期偶発症は全体で31例(14.0%)に認めた。急性性膵炎が18例(8.1%)、胆管炎が10例(4.5%)、胆嚢炎が3例(1.4%)であった。

2)EPBDによる総胆管結石治療の長期成績

胆嚢結石合併総胆管結石に対して、EPBDにて総胆管結石を完全切石できた216例に対して経過観察を行った。

EPBDにより完全切石を得た胆嚢結石を合併する総胆管結石216例のうち、30日以上経過観察されたのは209例(有石胆嚢群140例、計画胆摘群69例)であった。胆道偶発症は35例(16.7%)に認められた。内訳は総胆管結石再発が31例(14.8%)、胆嚢炎が5例であった(重複あり)。胆嚢炎は胆摘群では発症し得ない為、胆嚢炎の頻度は5/140であり、3.6%であった。後期偶発症全体の累積発生率は1年で9.7%、3年で19.9%、5年で24.6%であった。総胆管結石の累積再発率は1年で6.9%、3年で13.5%、5年で17.3%であった。特に有石胆嚢放置群での累積再発率は1年で11.1%、3年で23.8%、5年で29.5%であった。

3)後期偶発症にかかわる因子の検討

後期偶発症(総胆管結石の再発)と年齢、性別、傍乳頭憩室の有無、総胆管結石径、総胆管結石数、総胆管径、結石破砕術の有無、胆嚢結石の最大径、胆嚢結石の最小径、胆嚢管径、胆摘の有無、の因子の関係について解析し後期偶発症にかかわる因子を検討した。

3-i) 再発の危険因子について単変量解析を行ったところ、総胆管径10mm以上、砕石術有り、胆嚢結石数6個以上、胆嚢結石最小径5mm以下、胆嚢管径3.5mm以上、有石胆嚢放置が有意な危険因子となった。上記6つの危険因子に関し多変量解析を行ったところ、総胆管径10mm以上、有石胆嚢放置が有意な危険因子となった。

3-ii) 特に有石胆嚢を放置した群140例に限定したsub group解析を行うと、再発の危険因子について、単変量解析を行ったところ、総胆管径10mm以上、及び砕石術有り、胆嚢管径4mm以上の3因子が有意な危険因子となった。上記3つの危険因子に関し、多変量解析を行ったところ、胆嚢管径4mm以上のみが有意な危険因子となった。

4)考察および結論

EPBD後に有石胆嚢を治療すべきか否かについてはまだ明らかにされていない。本研究での後期胆道偶発症の多くは総胆管結石の再発であることから、結石再発の危険因子に焦点を当て検討をした。有石胆嚢合併総胆管結石のEPBD後結石再発の危険因子は、有石胆嚢放置及び総胆管径10mm以上である事を見出した。しかし、胆嚢摘出術を施行すると総胆管結石再発の危険因子のうち、胆嚢管径、胆嚢結石数、胆嚢結石の最小径、最大径といった胆嚢側の因子が全て取り除かれてしまう為、有石胆嚢放置群と計画胆摘群は異なるpopulationとして扱うべきと判断し、有石胆嚢放置群のみに限局したsubgroup解析を追加した。そして、有石胆嚢を放置した場合には、胆嚢管径の太さ(4mm以上)が総胆管結石再発の唯一の危険因子であることを見出した。現在まで有石胆嚢放置群に対するEPBD後総胆管結石再発の危険因子の検討は皆無であり、本研究が世界初の報告である。

有石胆嚢放置例に絞った本研究において、胆嚢管径が有意な結石再発の危険因子であることは、この群における結石再発のほとんどが胆嚢結石の落下である事を示唆しており、胆摘術を施行すれば結石再発が抑制されると考えられる。事実、本研究において再発結石を治療後に胆摘術を施行した症例では69例中1例(1.4%)しか再発を認めていない。

以上、本研究は有石胆嚢合併総胆管結石に対してEPBDによる切石を行った場合において、有石胆嚢を放置した場合の結石再発の危険因子を胆嚢管径が4mm以上であることであると見出した。本研究はこれまで明らかでなかった、有石胆嚢合併総胆管結石に対するEPBD後胆嚢摘出術の適応について一つの基準を提唱するものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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