学位論文要旨



No 125157
著者(漢字) 坂田,宗平
著者(英字)
著者(カナ) サカタ,ソウヘイ
標題(和) ウニ卵ミオシンVIの精製、およびその生化学的性質の解析
標題(洋) Purification and biochemical analyses of myosin VI isolated from sea urchin eggs
報告番号 125157
報告番号 甲25157
学位授与日 2009.04.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第913号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 豊島,陽子
 東京大学 教授 太田,邦史
 東京大学 教授 須藤,和夫
 東京大学 教授 池内,昌彦
 東京大学 准教授 松田,良一
 学習院大学 教授 馬渕,一誠
内容要旨 要旨を表示する

ミオシンVIは、ミオシンスーパーファミリーに属するタンパク質であり、重鎖と軽鎖(カルモデュリン)から構成される。その酵素的性質や分子形状について、これまでブタとマウスのミオシンVIのモーター部分を含む部分長の組み替え体タンパク質で調べられてきた。そのMg-ATPase活性はF-アクチンにより活性化され、アクチン活性化ATPase活性はさらにカルシウムイオンや頭部(モーター部分)のリン酸化により活性化されるという報告がされてきた。ミオシンVIの特徴は他のミオシン(II, I,V, X)と異なり、F-アクチン上をマイナス端に向かって運動すること (Wells A.L.,Lin A.W., Chen, L.Q., Safer, D., Cain S.M., Hasson T., Carragher, B.O., Milligan, R.A. & Sweeney, H.L.,1999)である。生物学的な働きについては、細胞内膜系の輸送をはじめ、様々な活性が報告されている。しかしながらミオシンVIはこれまで細胞から単離されたことはなく、細胞中でどのように存在し、どのように機能するのかははっきり分かっていない。

当研究室での先行研究で、ウニ卵中のF-アクチン結合タンパク質の検索が行われた(Terasaki et al., 1997)。その結果、同定されたF-アクチン結合タンパク質の一つにミオシンVIが見出された。そこで本研究では、ミオシンVIのF-アクチン結合特性を利用することにより、細胞内に存在するミオシンVIを単離精製し、その生化学的性質を調べることを目的とした。

ウニ卵ミオシンVIは以下のようにして精製した。ウニ卵抽出液にウサギ骨格筋より精製したF-アクチンを混合し、約5分間、ゆっくりと撹拌すると無色透明、もしくは白いチリ状の沈殿が現れた。これを遠心により回収し、高塩濃度の緩衝液に溶解した。さらに超遠心を行い、沈殿したF-アクチンを回収して、最終的に高濃度のATP溶液に懸濁した。次にATP可溶化画分をゲルろ過クロマトグラフィーにかけて、ミオシンVIを精製した。

ミオシンVIはその一次配列の情報よりコイルドコイル領域を持つことが予想されたため、2量体を形成すると考えられていたが、近年、単量体で存在しうることが報告された(Lister, I.,Schmitz,S., Walker,M., Trinick,J., Buss,F., Veigel,C.& Kendrick-Jones,J.,2004 )。本研究において、ゲルろ過クロマトグラフィーの溶出位置の解析により、得られたミオシンVIは単量体であることが示唆された。

ミオシンVIはその一次配列の情報よりコイルドコイル領域を持つことが予想されたため、2量体を形成すると考えられていたが、近年、単量体で存在しうることが報告された。本研究において、ゲルろ過クロマトグラフィーの溶出位置の解析により、得られたミオシンVIは単量体であることが示唆された。

電子顕微鏡を用いた分子形態の観察により、精製したミオシンVIは4種類の構造をとっている様子が観察された。これらのうち、大きい球と小さい球が棒状の構造で繋がれて見える像については、大きい方の球はミオシン頭部、小さい方は尾部であると考えた。この分子の長さは39.3 ± 5.2 nmであった。また、一つの球状の構造体で形成されている像については、頭部と尾部が相互作用して形成されたと考えた。カルシウムイオン濃度を変化させて、これらの像の存在比率を算出したところ、大きい球と小さい球が棒状の構造で繋がれた像は、カルシウムイオン濃度が減少するとその存在比率が下がり、一つの球状構造体で形成された像は、逆にその比率が高まった。このことはミオシンVIが、カルシウムイオン濃度に応じて、構造を変化させていることを示唆している。

Mg-ATPase活性を測定したところ、F-アクチン濃度依存的に活性の上昇が見られた。また、カルシウムイオン濃度を1mMまで変化させてATPase活性を測定したところ、カルシウムイオン濃度依存的に活性の上昇が見られた。この性質はこれまで報告されていなかったものである。次に、F-アクチンの滑り運動活性を測定したところ、1mM ATP存在下で、平均0.16μm/sの速度でマイナス端に向けた滑り運動をする様子が観察された。滑り運動速度を様々なカルシウムイオン濃度で計測したところ、カルシウムイオン濃度の上昇とともに、速度が減少する様子が見られた。この結果は、他の生物種の組み換え体ミオシンVIを使用した研究報告と一致する。

滑り運動活性の測定の際、ニトロセルロース膜上のミオシンVIの密度を変えてF-アクチンのlanding rateを求めた。その結果、F-アクチンが連続的に滑り運動するには、最低2つのミオシンVI分子が必要であると算出された。また、ミオシンVIの密度を変えてF-アクチンの滑り運動速度を求めた。その結果、ミオシンVIの密度が低いと速度が低下する様子が観察された。これらの結果より、単量体ウニ卵ミオシンVIはノンプロセッシブモーターであることが分かった。

本研究では、ウニ卵を用いて、ミオシンVIを初めて細胞から単離することに成功し、その生化学的性質、分子モーターとしての性質を明らかにした。細胞から得られた全長分子のミオシンVIの諸性質が研究されたのはこれが初めてである。また、カルシウムイオンが、ミオシンVIのMg-ATPase活性を上昇させることを明らかにし、さらにカルシウムイオン濃度に応じて、ミオシンVIが構造変化を起こすことを示唆する結果を得た。これらの知見は、組み換え体を使用した研究では得られなかったものであり、細胞から単離したミオシンVIを用いた本研究においてはじめて明らかになったものである

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、よく知られている筋肉型のミオシンとは異なるタイプの非筋肉型のミオシンを細胞から精製して生化学的性質を調べることにより、生体内での機能と役割を明らかにすることを目指したものである。ミオシンVIは、ミオシンスーパーファミリーに属するタンパク質であり、重鎖と軽鎖(カルモデュリン)から構成される。その酵素的性質や分子形状について、これまでブタとマウスのミオシンVIのモーター部分を含む部分長の組み替え体タンパク質で調べられてきた。そのMg-ATPase活性はF-アクチンにより活性化され、アクチン活性化ATPase活性はさらにカルシウムイオンや頭部(モーター部分)のリン酸化により活性化されるという報告がされてきた。ミオシンVIの特徴は他のミオシン(II, I,V, X)と異なり、F-アクチン上をマイナス端に向かって運動すること (Wells et al., 1999)である。生物学的な働きについては、細胞内膜系の輸送をはじめ、様々な活性が報告されている。しかしながらミオシンVIはこれまで細胞から単離されたことはなく、細胞中でどのように存在し、どのように機能するのかははっきり分かっていなかった。

論文提出者の研究室での先行研究で、ウニ卵中のF-アクチン結合タンパク質の検索が行われた(Terasaki et al., 1997)。その結果、同定されたF-アクチン結合タンパク質の一つにミオシンVIが見出された。そこで論文提出者の坂田氏は、ミオシンVIのF-アクチン結合特性を利用することにより、細胞内に存在するミオシンVIを単離精製し、その生化学的性質を調べることを目的として研究を行った。

坂田氏はウニ卵ミオシンVIを以下のようにして精製した。ウニ卵抽出液にウサギ骨格筋より精製したF-アクチンを混合し、約5分間、ゆっくりと撹拌すると無色透明、もしくは白いチリ状の沈殿が現れた。これを遠心により回収し、高塩濃度の緩衝液に溶解した。さらに超遠心を行い、沈殿したF-アクチンを回収して、最終的に高濃度のATP溶液に懸濁した。最後にATP可溶化画分をゲルろ過クロマトグラフィーにかけた。この方法により高純度でミオシンVIを精製する事に成功した。

次に、精製されたウニ卵ミオシンVIの性質を詳細に検討している。脊椎動物のミオシンVIはその一次配列の情報よりコイルドコイル領域を持つことが予想されたため、2量体を形成すると考えられていたが、近年、単量体で存在しうることが報告された(Lister et al., 2004 )。坂田氏は、ゲルろ過クロマトグラフィーの溶出位置の解析により、得られたミオシンVIは単量体であることを示唆している。

さらに電子顕微鏡を用いて分子形状の観察を行っている。その結果、精製したミオシンVIは4種類の構造をとっている様子が観察された。これらのうち、大きい球状部分と小さい球状部分が棒状の構造で繋がれて見える像については、大きい球状部分はミオシン頭部、小さい球状部分は尾部であると考えた。この分子の長さは39.3 ± 5.2 nmであった。また、一つの球状の構造体で形成されている像については、頭部と尾部が相互作用して形成されたと考えた。カルシウムイオン濃度を変化させて、これらの像の存在比率を算出したところ、大きい球状部分と小さい球状部分が棒状の構造で繋がれた像は、カルシウムイオン濃度が減少するとその存在比率が下がり、一つの球状構造体で形成された像は、逆にその比率が高まった。このことにより坂田氏はミオシンVIが、カルシウムイオン濃度に応じて、構造を変化させていることを示唆している。

次に生化学的性質を調べている。ウニ卵ミオシンVIのMg-ATPase活性を測定したところ、F-アクチン濃度依存的に活性の上昇が見られた。また、カルシウムイオン濃度を1mMまで変化させてATPase活性を測定したところ、カルシウムイオン濃度依存的に活性の上昇が見られた。この性質はこれまで報告されていなかったものである。次に、F-アクチンの滑り運動活性を測定したところ、1mM ATP存在下で、平均0.16μm/sの速度でマイナス端に向けた滑り運動をする様子が観察された。滑り運動速度を様々なカルシウムイオン濃度で計測したところ、カルシウムイオン濃度の上昇とともに、速度が減少する様子が見られた。この結果は、他の生物種の組み換え体ミオシンVIを使用した研究報告と一致した。

滑り運動活性の測定の際、ニトロセルロース膜上のミオシンVIの密度を変えてF-アクチンのlanding rateを求めている。その結果、F-アクチンが連続的に滑り運動するには、最低2つのミオシンVI分子が必要であると算出している。また、ミオシンVIの密度を変えてF-アクチンの滑り運動速度を求めた結果、ミオシンVIの密度が低いと速度が低下する様子が観察された。これらの結果より、単量体ウニ卵ミオシンVIはノンプロセッシブモーターであると結論している。

坂田氏の研究は、ウニ卵を用いて、ミオシンVIを世界で初めて細胞から単離し、その生化学的性質、分子モーターとしての性質を明らかにしたものである。細胞から得られた全長分子のミオシンVIの諸性質が研究されたのはもちろんこれが初めてである。またカルシウムイオンがミオシンVIのMg-ATPase活性を上昇させることを明らかにし、さらにカルシウムイオン濃度に応じて、ミオシンVIが構造変化を起こすことを示唆する結果を得た。これらの知見は、組み換え体を使用した研究では得られなかったものであり、細胞から単離したミオシンVIを用いた本研究においてはじめて明らかになったものである。細胞の運動、特に細胞内輸送系の一端を担うと考えられるミオシンVIについての彼の研究成果は今後、細胞内輸送系の研究分野に大きな貢献をするであろうと考えられる。よって論文提出者坂田宗平は東京大学博士(学術)の学位を受けるに十分な資格があると認める。なお本論分の内容は既にJournal of Biochemistry誌に公表されている。これは共著論文であるが、論文提出者はそのすべてにおいて研究の主要部分に寄与した事を確認した。

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