学位論文要旨



No 125164
著者(漢字) 橋本,円
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,マドカ
標題(和) わが国において活動する格付機関に対して課すべき法規制のあり方について
標題(洋)
報告番号 125164
報告番号 甲25164
学位授与日 2009.05.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第229号
研究科 法学政治学研究科
専攻 総合法政専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中田,裕康
 東京大学 教授 岩原,紳作
 東京大学 教授 神作,裕之
 東京大学 教授 伊藤,洋一
 東京大学 准教授 水町,勇一郎
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、格付機関及び格付けそのものに対する規制の問題が近年世界的に議論となっていることに鑑み、日本においてこれらに対する規制を設けることが必要か否か、規制を設けることが必要であるとすれば、いかなる内容の規制を設けるべきかという点につき検討するものである。

格付けは、20世紀初頭アメリカで誕生した後、監督上の指標として順次利用されるようになったが、このような利用制度(NRSRO指定制度)及び大手格付機関の営業モデル(格付依頼者より手数料を受領するモデル)は、大規模な破綻事例が発生するたびに批判に晒され、格付機関改革法により規制の対象となった。日本では、1970年代以降産業構造の変化に伴い次第にアメリカ的な格付けの利用が広まった。その後、2007年のサブプライム・ローン問題発生後は、格付けそのものに関する批判(証券化商品に対して当初付与された格付けが高過ぎる等)、格付けの手法に関する批判(与信基準の劣化後も従前の格付基準に照らして格付けを付与した等)、利益相反に関する批判(格付機関は、格付けの依頼者から手数料の支払を受けるため、依頼者による圧力に抵抗できない、格付機関は、証券化商品のストラクチャリングに関与しているため、その格付けを公正に行うことができない等)が全世界的に盛んとなり、アメリカ、日本、EU圏において格付機関に対する規制の強化が検討されることとなった。

現行法上、格付機関に対する法規制は、指定格付機関及び適格格付機関に関する一種の参入規制のほかには存在しない。かかる規制の制定は、格付産業に対する批判が盛んな現状においては、格付機関及び格付けに対する市場参加者の信頼の確保という主目的を達成する上で、極めて合目的的である。法規制を設けることにより遵守コスト、監督コスト、社会的コストが発生するが、現状においては法規制の必要性が高いことから、過大なものとならない限り、コスト負担を理由として法規制を設けないこととすることはできない。

規制の主目的を達成するための前提として達成すべき規制の副次的目的は、(i)格付けの正確性を確保すること、(ii)格付けに関する市場参加者の理解を促進すること、(iii)(i)及び(ii)以外で、格付けに対する信頼を損なうような要素を排除することである。

格付けを預金取扱機関及び金融商品取引業者の自己資本比率を測る指標その他の指標として利用し、格付機関に公的機能を営ませることは、適切な代替指標に欠けること及び市場のコンセンサスがあることから、適切である。格付けの正確性を確保するため、このような格付機関を法規制の対象とする必要があるが、公的機能を営まない格付機関については、営業の実態(国内の大手格付機関は、全て公的機能を営んでいる。)及び比較法的見地(アメリカ及びEU圏では、公的機能を営まない格付機関は、規制の対象になっていない。)から法規制の対象とすべきではない。

格付けの正確性を確保し、格付けに対する市場参加者の信頼を損なう要素を排除する一方、格付機関がみずからの判断により市場参加の可否を決するためには、公的機能を営む格付機関については、登録制度を設ける必要がある。そのため、登録要件及び登録手続を法令で定める必要があるが、登録情報は、格付けに関する市場参加者の理解を促進することを目的として、原則として公開すべきである。

モデルとすべき格付けの手法及び手順を提示することができないため、格付機関に対し、特定の手法及び手順の使用を強制することはできないが、格付けに関する市場参加者の理解を促進するため、格付け又はその見直しにあたり、各格付機関がみずから公表した格付けの手法及び手順を用いるべき義務を課すべきである。また、利益相反の危険を指摘されることが多い格付機関の証券化商品のストラクチャリングへの関与は、商品性を害さず正確な格付けを付与するため最小限かつ受動的なものに限定すべきである。

格付けの正確性を確保し、格付けに対する市場参加者の信頼を損なう要素を排除するためには、また、一部の行為(非公開情報の濫用、利益相反行為その他の行為)を禁止行為として規制すべきである。更に、経営及び格付けの透明性並びに格付けの正確性を間接的に確保するため、一定の開示(法定帳簿の作成等、基本的な事項のウェブ等での開示、年次財務報告書の提出、重要事項の報告)義務を課すべきである。

これらの規制を実効性のあるものとするためには、監督及び処分(立入検査等の比較的軽微なものから、格付機関による法規制の逸脱の程度の高さに応じて、業務改善命令、登録の取消及び停止といった処分をする。)が必要であり、監督及び処分の適正を確保しかつ監督及び処分があった旨を市場参加者に認識させるため、これらに関する公告が求められる。

現行法上、格付機関の損害賠償義務を定める法令は存在しないため、格付機関の契約の相手方又は第三者が格付機関に対して損害賠償請求をするための理論構成としては、前者については債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求、後者については不法行為に基づく損害賠償請求となる。

格付機関と直接契約関係にある相手方が原告となる場合の問題点として、(i)格付機関の義務、(ii)特別損害に関する因果関係の主張及び立証上の困難性並びに(iii)過失相殺がある。また、第三者が原告となる場合の問題点として、(i)ないし(iii)のほか、 (iv)因果関係及び(v)被告の過失の主張及び立証上の困難性がある。したがって、市場参加者を救済する上で、法令により(i)ないし(v)の困難性を緩和すること(すなわち、義務違反行為の類型化、因果関係の推定、損害額の推定、無過失責任の法定等)が有用である。また、損害賠償規定の法定は、その機能(損害填補機能及び違法行為抑止機能)に照らし、格付機関に対して正確な格付けの付与を間接的に強制するため、格付機関に対する法規制の副次的目的との関係で合目的的である。

もっとも、損害賠償規定を法定する場合、かかる規定の制定は、格付産業に対して大きな負担を負わせ、これが転嫁される形で格付依頼者及びその他の格付利用者に対しても大きな負担を負わせることとなる。また、証券アナリストにつきかかる規定がない。他方、金商法上の損害賠償規定が、有価証券取得勧誘時の開示規制及び行為規制違反、公開買付けに関する開示規制及び行為規制違反並びに相場操縦等に限定して設けられていることに鑑みれば、格付機関の損害賠償規定もこれらに類する格付機関の規制違反行為に限定して設けるべきだが、格付機関は、そもそもこれらの行為規制を受けておらず、格付機関に対し新たに規制を課すとしても、これらの行為規制に類似する規制を受けるものではない。また、格付機関に対して新たに法規制を設ける場合、これらの規制に違反してなされた格付け及びその見直しは、格付機関の信義則上の注意義務違反を構成する可能性が高い。そのため、損害賠償規定を設けなくても、個別の市場参加者の救済を全く図ることができないわけではない。

これらを総合すると、格付機関に対して法令上の損害賠償義務を負担させることは適切な面もあるが、規定により生ずる負担の大きさ及び代替手段の存在に鑑みれば、このような規定の制定は、相当ではないと結論付けるべきこととなる。

格付機関に対し法令上の損害賠償義務を課さない場合、格付機関が契約の相手方又は第三者に対して損害賠償義務を負うか否かは、私法及び判例理論に委ねられることとなる。

アメリカでは、表現の自由を根拠として格付機関の専門家責任を制限する議論が一般的である。かかる議論は、日本では一般的でないが、根底にある格付けに対する理解は参考にすべきである。

日本の裁判例としては、名古屋高判平成17年6月29日(第三者が格付機関に対して不法行為に基づく損害賠償請求をした事例)がある。同裁判例は、格付機関は原則として格付評価につき責任を負わず、一定の場合に例外的に信義則上の損害賠償義務を負う旨を判示しているが、格付機関と直接の契約関係にある者が格付機関に対して損害賠償請求をする場合に、本判決の射程が及ぶか否かは明らかでない。

いわゆる専門家責任を格付機関が負担するか否かという視点から見た場合、現状第三者に対する責任が認められる可能性は低いが、格付機関に対する法規制が設けられた場合、規制に違反して格付けを付与する行為は、上記裁判例の理論的構成の当否はさておき、その基準に照らせば信義則違反を構成するだろう。また、契約相手方に対する責任については、現状でも格付け上の注意義務、忠実義務又は調査義務違反といった複数の類型により認められる可能性があるが、格付機関に対する法規制が設けられた場合、規制に違反して格付けを付与する行為が、注意義務違反を構成する可能性は、一層高まるだろう。

格付機関に対する損害賠償請求が認められるとしても、これを現実に執行することができるか否かは、格付機関の財務状況、法令上の執行可能性につき別途検討を要する。

以 上

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、我が国において格付け及び格付機関に対する規制を設けることが必要か否か、必要とすればいかなる内容の法規制とすべきかという点につき、証券化等の新たな金融手法の発展の中で格付けがいかなる役割を果たしたかを踏まえたうえで、アメリカ、EU等、世界における格付業務、格付機関の発展、及びそれに対する規制の進展を検討し、今後の我が国における格付け及び格付機関に関する法制のあり方を探ろうとするものである。現在の金融危機の一つの原因になったといわれる格付けに関する法的問題に我が国において初めて本格的に迫った意欲的な論文と評価することができ、今回の金融危機を齎した証券化等の新たな金融手法に係る初の本格的な法的研究としての価値も高い。

まず「I総論」において、基礎的な作業として、格付けおよび格付機関の意義を明らかにしたうえで、格付機関発生の国であるアメリカと日本における格付機関の歴史をたどる。

I1の序論の後で、アメリカにおける格付機関発生の歴史が跡付けられる。アメリカにおいて19世紀に鉄道開発等が盛んになり、その資金が株式・社債で行なわれるようになると、統計的手法により企業の経営状態を分析し、投資情報サービスを提供する格付機関が現れた。大量に発行された証券の中にはデフォールトに陥るものも現れたことから、投資家が発行者の信用評価を欲したためである。1929年からの世界恐慌において高い格付けを得た債券のデフォールト率が低かったことから、格付機関は投資家の信頼を得るに至ったとされる。1930年代には大恐慌を受けて金融に関する制度の改革を図られ、1933年銀行法、1933年連邦証券法、1934年連邦証券取引所法が制定されるようになると、国法銀行を監督する通貨管理官(Office of the Controller of the Currency:OCC)、各州の保険監督当局等により、格付けが規制の手段として用いられるようになった。1975年からはSECも、指定した指定格付機関(NRSROs)による格付けを証券規制に利用するようになった。このような監督当局による格付けの利用は、格付けの利用を大きく促進した。

しかしこのように格付け及び格付機関の重要性が増すとともに、大規模な破綻事例が生じる度に格付けの信頼性が問題とされるようになった。特に2001年のエンロン、2002年のワールドコムの破綻を契機に、2006年格付機関規制法が制定された。同法は、NRSROsの指定制度から登録制度に変更するとともに、SECによる登録格付機関に対する監督も導入した。そして2006年からは格付けは国際的な銀行監督のためのBIS規制によっても利用されることになった。更に2007年にサブプライム・ローン問題が発生すると、格付けの信頼性は大いに揺らぎ、格付機関の規制が大きな問題となった。本論文においては、サブプライム・ローン問題により明らかになった格付けの問題を分析するとともに、IOSCO(証券監督者国際機構)、欧州委員会、SEC等による、格付機関に対する各種の国際的な規制提案を紹介・分析している。

次いでI3において格付けの内容、手順及び機能に関する分析がなされる。この部分の分析は、従来、法的な観点から書かれたものが少ない中で、実務を踏まえ詳細を極めた分析となっており、貴重な著述である。

次に、「II 格付機関に対する法規制」においては、金融機関の運用資産規制、自己資本比率規制等、我が国における各種規制における格付けの利用の状況を詳しく紹介したうえで、格付機関に対する法規制の必要性とそのあるべき内容の検討を行う。

II1においては格付けの規制における利用の代表的なものとして、金融機関の自己資本比率規制の指標としての格付けを取り上げ、その内容を紹介したうえで、同規制に格付けを利用することの妥当性につき検討する。まず国際的な権威ある金融機関規制に関する研究団体であるShadow Committee による、国際的な金融機関の自己資本比率規制における格付けの利用を批判する考え方等を紹介する。そのうえで、格付による規制は、金融機関及びその監督当局が広範な裁量権を付与される結果、規制が国際的に一義的なものでなくなり、金融機関に裁定の機会を与えるという同 Committeeによる批判に対して、監督当局に裁量の余地があった方が実態にあったより効果的な規制をなしうると反論する。また、規制が恣意的になる恐れがあるという同Committeeの批判に対しては、十分に合理的な規制となりうると反論する。また監督を目的とする格付けの利用は、利益相反の問題を生じさせて、格付けの質を劣化させることになるという同Committeeの批判に対しては、利益相反の可能性があるというだけでそのような議論をすることはできず、他の代替可能な制度が考えられない以上、その弊害を軽減する検討の方が合理的であると主張する。そのうえで同 Committee の主張する代替的な方策である劣後債を金融機関に強制的に発行させるという案に対しては、劣後債を発行させたからといって、それによって金融機関の財務の健全性につき市場規律を及ぼすことは実際には難しいと論じる。以上のような分析をもとに、金融機関の自己資本比率規制その他の規制目的で格付けを利用することは避けられないと結論付けている。

次にII2において、格付けや格付機関に対する法規制がそもそも何故必要なのかを検討する。格付けを信頼した個別の投資家の信頼を保護することを法規制の目的と解する説が多い中で、本論文は、格付けを基礎とする市場に対する信頼の確保を法規制の主目的とすべきであると論じる。今日において格付機関に対する法規制が世界的に求められている実質的な理由は、サブプライム・ローン問題の発生を端緒とする、格付けを利用して成り立っている資本市場に対する市場参加者の不信を払拭して、商品市場等に逃避した資本を金融市場に還流させることにある、ということがそのような考え方を採る根拠である。

II2においては、法規制以外の自主規制ルールにより代替できないかという問題も検討している。格付機関に類似した投資情報サービスの提供を行う証券アナリストについては、社団法人証券アナリスト協会が「証券アナリスト職業行為基準」という自主規制ルールによる対応を行なっていることから、その実効性を検証することによって、格付機関の場合における自主規制の可能性や有効性を検討する。その結果、証券アナリスト協会が強制加入とされておらず、同ルールに基づく懲戒が活発に行なわれていない実情にあることから、格付機関についても、格付機関の団体を作って自主規制を行なおうとしても、自主規制ルールでは実効性が上がりにくく、市場に対する信頼を回復することは難しいと考えられるので、法規制を導入する方が望ましいと論じる。

また格付機関については、レピュテーションを通じた市場による規律が働きうるので、法規制は不要であるとするSchwarcz教授の見解を紹介したうえで、これに対して反論を行なっている。即ち、格付制度に対する信頼の確保が法規制の主目的である以上、法規制を設けないことは不適切であるとする。また寡占化された格付機関の市場を考えると、レピュテーションによる規律が実際には働かないことを指摘する。

そしてII3において、最近のアメリカにおける格付機関の規制に関する動き、即ち、2006年格付機関改革法、2007年SEC規則やその2008年規則改正案の経緯と内容を丹念に紹介する。また格付けが大きく問題になっている証券化商品の内容を詳しく紹介し、II4において、サブプライム問題の表面化して以降の格付機関への批判を紹介する。II4におけるサブプライム・ローンにおける格付けの利用のあり方の紹介とその問題点の分析は、実際にそのような実務に携わっていた著者だからこそ書くことができたと考えられる記載があり、極めて貴重なものである。

II5においては、我が国における格付機関の規制の方向として、格付制度への信頼の確保という規制の主目的からして、格付けを規制の手段として利用され、公的機能を営む適格格付機関(アメリカで言えばNRSROs)の規制を行なえば足りると論じる。II1の検討を踏まえて、格付けの各種規制における公的利用の必要性を確認したうえで、投資家に対する情報の提供という点で格付機関と同様の機能を営む証券アナリストについては、アメリカ、日本でも自主規制しか存在しないこと、そしてアメリカ、EUにおいても、現時点では公的機能を営まない格付機関については規制の対象としていないことを紹介して、その論拠とする。

最後に規制の対象とすべき公的機能を営む格付機関への規制の内容のあるべき姿につき論じる。まず利益相反問題への規制の必要性を指摘し、利益相反に係る具体的な規制の提言を行なう。またそのような規制の対象となる格付機関については、登録を要件とし、格付機関としての実体を有するものであること、定量的モデル及び定性的モデルの双方を用いて信用格付けを付与すること、等を求めるべきこと等を提言する。また登録の際に格付けに係る過去の詳細な実績等の情報の提示を求め、それを公開すべきであるとする。

本論文の長所としては、次の諸点を挙げることができる。

第一は、格付けないし格付機関という、現在の金融危機の原因の一つと言われ、その規制が世界中で問題になっている問題につき、我が国において最初に取り組んだ本格的な学術的研究であるという点である。我が国においては格付けないし格付機関の法規制につき、法律研究者による本格的な研究は存在しなかった。それだけでなく世界的に見ても、そのような研究は稀であった。そのような学問的な蓄積のない分野に挑戦して、基本的な規制のあり方について自らの考え方を示し、この分野の研究の先鞭をつけたことは、高く評価される。またこの問題に関するアメリカやEUの法制や資料等を最新のものまで幅広く紹介しており、今後の研究者にとって本論文は研究資料の収集の面でも出発点となりうるものである。現下の焦眉の問題に関する最も新鮮な情報を提供する研究としての本論文の価値は高い。

第二には、格付けないし格付機関の規制の必要性とあり方について、従来の海外における議論とは異なる独自の見解を打ち出し、学界に新たな論点を提供していることである。海外においては、格付けないし格付機関規制の主要目的として、格付けを信頼した個別の投資者の保護が挙げられることが通常であった。ところが著者は、今日、格付けないし格付機関に対する規制が求められている理由が、格付けを基礎とする資本市場に対する信頼を確保し、資本市場に投資者ないし資金を呼び戻すことにあることを指摘して、格付けを基礎とする市場に対する信頼の確保を規制の主要目的とすべきであると主張する。これは規制の目的に関する議論に新たな視点を齎すものであり、それがまた規制の対象に関する著者の新たな主張にも繋がっている。またそのような主張は、利益相反に関する規制の重要性の指摘や、格付機関の過去の実績の開示の必要性等、規制内容に関する主張にも発展させられている。

第三には、第二点において触れた規制の主要目的の新たな主張から、規制の対象となる格付機関は、各種規制において格付けが利用され、公的な機能を果たしている格付機関に限定されるべきことを主張していることである。これは今後の規制の方向性にも関わる重要な主張である。その主張の根拠として、証券発行者に関する分析と情報の提供という、格付機関と同様の投資情報サービスを提供しながら、自主規制にのみ服している証券アナリストとの比較、従来の規制手法が、各種規制に用いられ公的機能を果たす格付機関を認定する基準という形をとってきたこと、等を挙げるなど、従来、無意識のうちに行なわれてきた規制のあり方と意義を明確に認識させ、そこからこれからの規制をも明らかにしようとするもので、注目に値する。

第四には、各種規制における格付けの利用の必要性と妥当性、とりわけ金融機関の自己資本比率規制における格付けの利用につき、世界的に権威のある Shadow Committee によるその利用の廃止論を正面から批判しそれに反論を加えるとか、格付機関への規制を行なわず市場におけるレピュテーションに委ねるべきだとしたSchwarcz の学説の実効性に疑問を呈するなど、法の経済分析をベースにした世界における最近の支配的な見解に対して、主に実務的な観点からその問題点を明確に指摘していることである。それらの支配的な学説に対する本格的な批判は、従来は必ずしも十分に行われていなかったところである。

第五には、著者の実務家としての経験を生かして、格付けの対象となる証券化商品等の金融商品に関し正確・詳細な紹介・法的分析を行っており、それ自体として価値の高い内容となっていることである。またサブプライム・ローンにおける格付けの利用のあり方の紹介やその問題の分析等も、他に類を見ないものであって、学問的にも価値が高い。

もとより本論文にも短所がないわけではない。

第一に、格付機関の規制は、格付けを信頼した個別の投資家の保護というよりも、格付けを基礎とした市場への信頼の確保を主要な目的にすべきで、そのためには各種の規制において格付けが利用され、公的な機能を果たしている格付機関のみを規制の対象とすべきであるという著者の主張については、まず前者の個別投資家の信頼の保護という格付機関規制の目的は無視されるべきではないのではないか、むしろそのような目的のために、後者の格付けを基礎とした市場の信頼保護も必要になるのではないか、という疑問もありうるところである。また仮に、後者のような主要目的の理解を採るとしても、そこから公的機能を果たしている格付機関のみを規制の対象にすべきであるとの主張に必然的に繋がるのか、必ずしも説得的な説明にはなっていないように思われる。現に、最近金融審議会が打ち出し、立法化が行なわれようとしている我が国政府の方針は、そのような方向性は採らず、むしろ投資家保護という従来の世界的な見解をベースに、金融商品取引業者を通じて投資家に広く提供される格付情報については、規制対象格付機関の格付けが利用されなければならないという方向を採っている。投資家保護の必要のある格付情報は、公的機能の有無を問わず、規制を受ける格付機関の提供したものであるべきだという考え方に立つわけである。格付けの各種規制における利用も、国際的な合意に基づくために我が国限りでは変更のできない金融機関の自己資本比率規制における格付けの利用以外は、むしろ廃止ないし縮小する方向での法改正が行なわれようとしている(例えば有価証券の発行登録制度の利用要件としての格付けの廃止)。これらの立法の方向が固まったのは、本論文提出後であるが、著者としては、そのような我が国の立法の方向をいかに評価するのか、問われることとなろう。

第二に、Shadow Committee の提言や Schwarcz 教授の学説等、法と経済学のアプローチに基づく見解への著者の批判は、単に実務的な観点からの批判のレベルに止まっており、理論的な側面からの深い分析に基づく批判にはなっていないきらいがある。これらの見解に対して、法と経済学のより深い理解に基づく理論内在的な批判がまずなされるべきであるが、これらの見解に対する著者の理論的な理解そのものが十分とは言いがたい。法と経済学のアプローチ以外の法の理論的な分析においても、深みに欠けるきらいがある。このような理論的分析の不十分さが、本論文の提言する規制の方向を、やや短期的・対症的なものにしているきらいがあり、もう少し中長期的な観点からの検討があってもよかったのではないか。

第三に、格付機関に関する規制の全体像を論じるためには、格付機関の私法上の責任問題の分析がなされる必要があるが、本論文においてはそれが採り上げられていない。実は、本論文には最終段階まで私法上の責任問題に関する分析が含まれていたのであるが、第二の問題点として指摘された理論的分析の深みに欠ける問題があったために、最終的に私法上の責任に係る部分は削除されたものである。このことは最近、実際上も私法上の責任が大きな問題としてクローズアップされているところからも、極めて惜しまれるところである。

このような問題点がないわけではないが、本論文の学術的価値は十分に高く、全く新しい分野を切り開いた論文として、学界に対し重要な貢献をなしたものと評価できる。従って、本論文は、博士(法学)の学位にふさわしい内容と認められる。

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