学位論文要旨



No 125168
著者(漢字) 畑山,実
著者(英字)
著者(カナ) ハタヤマ,ミノル
標題(和) ヒトZIC3蛋白質の核局在化機構-Znフィンガードメイン中に存在する非典型的核局在化シグナルと進化上特異に保存されたアミノ酸残基の役割
標題(洋) Functional and structural basis of the interspersed nuclear localization signal in the ZIC3zinc finger domain: a role of absolutely conserved residues in the zinc finger domain
報告番号 125168
報告番号 甲25168
学位授与日 2009.05.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3358号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 准教授 尾藤,晴彦
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 特任教授 渡辺,すみ子
 東京大学 特任准教授 河崎,洋志
内容要旨 要旨を表示する

Zic は後生生物にひろく保存された遺伝子であり、5 つのC2H2 型のZn フィンガー(ZF)をもつ核蛋白質をコードしている。C2H2 型のZF は2つのシステイン残基と2 つのヒスチジン残基が亜鉛イオンを中心に正四面体の各頂点に配位する構造をとる。Zic と類似したZF ドメインを持つ遺伝子としてGli や、Glis などが知られている。その中でもZic はきわめて広範な生物種においてその存在が確認されており、系統進化を考察する上で重要な位置を占めると考えられている。哺乳類においてはZic1~5 が存在し、中枢神経の発生・分化や骨形成などに重要な役割を担うだけでなく、成体における高次脳機能の発現にも関わることが報告されている。Zic3 は上述の機能のほか、初期神経胚における左右軸決定にも関与し、ツメガエルでは胚の右側への過剰発現により臓器の逆位などを誘起する。また、Zic3 の欠損マウスでは大血管転位症をはじめ、左右軸異常と関連して発症すると考えられている多脾および無脾、肺や肝の葉数の異常などの奇形が生じる。ヒトでは伴性内臓左右不定位(HTX1)の原因遺伝子であることがわかっており、単発性および家族性の大血管転位症患者からZIC3 の突然変異体が単離され報告されている。これらの突然変異体はフレームシフトやアミノ酸置換を伴い、転写活性の異常が指摘されている。近年、家族性大血管転位症患者から発見された変異体は1 番目のZF(ZF1)中のトリプトファン残基がグリシンに変異していた (W255G)。このトリプトファンは既知のZic で完全に保存されており、蛋白質の機能発現に重要な役割があると考えられる。一方、C253S、H286R はW255G と同様に心奇形患者から単離された変異体であり、ZF1 の亜鉛イオンが配位するアミノ酸に変異が生じている。この両者については転写活性の低下と核移行の異常が報告されている。本研究ではそれぞれの変異が機能不全を引き起こす過程を明らかにすることにより、これらのアミノ酸残基がZic 蛋白質の機能発現にいかなる役割を担うかを考察する。

まず、変異蛋白質をツメガエル胚に過剰発現させ、左右軸形成に対する作用を野生型と比較した。すると、いずれも体軸形成に及ぼす作用の低下が観察され、中でもW255G の機能低下は顕著であった。次いで、培養細胞を用いた実験ではW255G は転写活性、および蛋白質安定性が低下していた。また、ZF1 に変異を持つ蛋白質はいずれもその細胞内局在が核から細胞質へと変化しており、これが機能不全の原因の一つと考えられた(図1)。そこで変異蛋白質に生じている異常を蛋白質構造の観点から分析し、どのような過程を経て機能不全に至るかを解明した。

はじめに、ZF の折畳みに異常が生じる可能性を追究するため、円偏光二色性スペクトルを測定した。すると、C253S、H286R など亜鉛イオンの配位に関わる残基に対する変異体ではランダムコイルの比率が増加していた(図2)。これらの変異体は蛋白質の品質管理機構により再折り畳みや分解が促進、あるいは凝集体を形成するなどにより正常な機能を達成できないと推察された。一方W255G では野生型と同様のスペクトルが観察された。そこで、核外への輸送が亢進している可能性を検証するため、輸送蛋白質の阻害剤であるleptomycin B を作用させた。しかし、W255G はleptomycin B に対する感受性を欠いたことから、核外輸送の亢進は否定され、核移行に異常があると推察された。

しかし、これまでZic 蛋白質の核局在化シグナル(nuclear localizationsignal: NLS)に関する知見は乏しいことから、その同定を試みた。GST-EGFPにZIC3 の各断片を融合し、その局在からNLS 活性を判定した。その結果、ZF2からZF3 に強いNLS 活性が認められたが、それぞれ単独では活性を失った。この結果から、ZF2 とZF3 の両者がNLS に必要であると考えられた。しかし、一般的にNLS を形成するとされる塩基性アミノ酸(リジンおよびアルギニン)はZF2 からZF3 に13 残基存在し、各アミノ酸残基のNLS への貢献は明らかではない。そのため、各塩基性残基のアラニン置換変異体を用いてNLS 活性を調べたところ、R320、K337、R350 それぞれの置換により活性の顕著な低下が観察された(図3)。ZIC3 蛋白質全長に、これら3 残基のアラニン置換を同時に導入すると核移行は効果的に抑制され、これらの残基はNLS を構成すると考えられた。また、このほかの塩基性アミノ酸残基も部分的にNLS 形成に関与すると思われ、典型的な塩基性アミノ酸残基のクラスターを呈するNLS とは異なり、ZIC3は散在型のNLS であった。一連の探索からZF1 はNLS とは認められず、W255G の細胞質局在に対する合理的な理由は得られなかった。

そこで、W255 が間接的にNLS に影響を及ぼす可能性を追求するため、ZF1~ZF4 の水溶液中の立体構造をNMR 法により調べた。ZIC3 のZF は概ねGLI と類似した構造をとり、ZF1 とZF2 はトリプトファン(W255、W299)を介した疎水性コアを形成する一体の構造であった(図4左)。一方NLS を形成するアミノ酸の側鎖はタンパク質表面で接近していた。一般にNLS は10 数残基からなる小規模な配列であるが、ZIC3 の場合は65 残基にもおよぶ。立体構造の解析は、折畳みによりNLS を構成するアミノ酸が狭い領域に集合することにより、塩基性アミノ酸のクラスターから成るいわゆる古典的NLS に類似した構造をとることを明らかにした(図4 右)。実際にZIC3NLS を古典的二分型NLS であるnucleoplasmin のKaryopherin α1 (Kpna1)との結合状態での立体構造と計算機上で比較すると、両者のNLS を構成するアミノ酸の側鎖の空間的配置には類似性が認められる。しかも、KpnanucleoplasminNLS 複合体においてnucleoplasmin NLS の占める位置にZIC3NLS を重ね合わせると、ZIC3 とKpna は、概ね無理のない位置に配置できた。

続いて、W255 は疎水性コアを介してNLS の構造に寄与する可能性があることから、NLS に結合する輸送受容体の同定をおこなった。一般に巨大な分子量を持つ蛋白質は核膜孔を通過する際に輸送受容体の介助が必要であるとされており、典型的な輸送経路はNLS にKpna が結合し、さらにimportin βとの3 分子の複合体を形成することで核膜孔複合体と相互作用して核膜孔を通過する。ZIC3 に高い親和性を持つKpna を探索したところ、Kpna1 およびKpna6 に対する結合が強く、この結合はNLS の変異体では親和性が低下した。この結果からKpna1/6 はZIC3 のNLS に結合すると考えられた。さらに、siRNAを用いたKpna1/6 のノックダウン実験ではZIC3 の核移行が有意に阻害され、siRNA に対して抵抗性をもつ変異Kpna1 およびKpna6 の導入により核移行は回復された(図5)。一連の実験の結果から、Zic-Kpna 複合体の形成は核移行に必須な過程であることが示唆された。しかし、W255G はKpna との結合に野生型同様、高い親和性を有し、W255G の細胞質局在はZIC3-Kpna 複合体を形成する以前に生じる異変にその原因があると推察された。蛋白質の品質管理機構に注目すると、W255G はHSP110 などの分子シャペロンと局在が一致した。この結果から、W255G には円偏光二色性スペクトルの解析では検出されない高次構造に生じた何らかの異常の結果、再折畳みや分解経路へ取り込まれると推察された。

立体構造の解析によりW255 はZF1 とZF2 の間に生じる疎水性コアを成すことから、W255G ではZF 間の結合が疎となり、周辺の疎水性側鎖が蛋白質表面に露出する可能性がある。その検証を蛍光共鳴エネルギー移動(FRET) 解析によっておこなった。ZF1 のアミノ末端とZF2 のカルボニル末端は100A 以下に近接しており、両端に蛍光蛋白質を融合することによってZF間の距離に依存したFRET 効果が生じると期待される。実験の結果W255G のFRET 効果は野生型に比べて有意に低下していた(図6)。したがって、W255Gでは十分なZF 間相互作用がなされず、野生型とは異なる高次構造をとると推察された。

本研究によりZic 遺伝子の最初のZF に保存されている、システインおよびヒスチジン残基は亜鉛イオンの配位に関わるだけでなく、正常な折畳みに必須であり、その変異によって正常な二次構造をとれないことが明らかになった。またトリプトファン残基は二次構造に対する影響はほとんどないが、Zic/Gli 遺伝子にみられるユニークなZF 間の相互作用に不可欠であり、遺伝子の機能発現に重大な役割を担うことが明らかになった。

図1 ZIC3 変異体の局在

図2 円偏光二色性スペクトル

図3 ZIC3 の核移行シグナル

図4 ZIC3 ZF1-4 の立体構造と核移行シグナルの表面モデル

図5 Kpna1/6 によるZIC3 の核内への輸送

図6 FRET によるZF1-2 の相互作用の観察

審査要旨 要旨を表示する

申請者 畑山実氏の研究は神経発生や左右軸形成に関わる転写制御因子であるZIC3の核移行シグナル(NLS)を同定し、核内輸送メカニズムを明らかにしたものである。また、ZIC3のNLS周辺の立体構造を解くことで、ZIC3の持つ非典型的なNLSの立体構造と古典的な二分型NLSの立体構造との間に類似性を見いだしている。一方、心奇形患者から単離され細胞内局在に異常をきたすヒトZIC3の突然変異体に対して構造生物学的な解析をおこない、細胞内局在の変化を生じる原因を追究した。

一連の核移行に関わる研究は、これまでアミノ酸の一次配列に限局していたNLSに対する概念を大きく拡張するもので、蛋白質の核内輸送の研究に大きく貢献するものである。また、突然変異体の細胞内局在の異常についても、構造生物学的知見を含めた検討をおこない、発症機序の解明に大きく貢献した。本研究により得られた新知見は、次のように要約される。

1.ZIC3のNLS活性は、保存性の高いZinc finger 2および3に認められた。その活性の中心はR320、K337、R350のそれぞれのアミノ酸残基であった。

2.ZIC3の核内への輸送に関わる受容体はKaryopherina.1およびa6であった。

3.ZIC3のNLS周辺の立体構造 (Zinc finger 1から4) を解き、古典的NLSであるnucleoplasminの立体構造と比較することにより、両者の側鎖の空間的配置に類似性を見いだした。

4.新たに心奇形患者から発見されたおよび既知のC253S、H286R点突然変異蛋白質は、ツメガエル胚をもちいた実験系において左右軸の誘導活性が低下していた。

以上の結果から、申請者 畑山実氏の研究内容は、細胞生物学、発生生物学の領域で新知見を与えるものであり、博士(医学)の学位に値するものと考える。

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