学位論文要旨



No 125174
著者(漢字) 吉種,光
著者(英字)
著者(カナ) ヨシタネ,ヒカリ
標題(和) 概日時計発振系におけるCLOCKとBMAL1のリン酸化による機能制御
標題(洋) Phosphorylation-dependent regulation of CLOCK and BMAL1 in circadian oscillatory systems
報告番号 125174
報告番号 甲25174
学位授与日 2009.05.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5426号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯野,雄一
 東京大学 准教授 榎森,康文
 東京大学 准教授 武川,睦寛
 東京大学 教授 深田,吉孝
 早稲田大学 教授 柴田,重信
内容要旨 要旨を表示する

生物の重要な測時機構の一つである概日時計は、多様な生命現象にみられるサーカディアンリズムを支配しており、この概日時計の振動には、時計遺伝子とその翻訳産物である時計タンパク質が中心的な役割を果たしている。bHLH-PAS型の転写因子であるCLOCKとBMAL1は、互いに複合体を形成して時計シスエレメント(CACGTG配列とその類似配列、以下E-boxと略す)に結合し、PerやCryなどの負の制御遺伝子の転写を促進する。その翻訳産物である負の制御因子群は、核内に移行してCLOCK-BMALに結合し、巨大な時計因子複合体を形成することによりE-box依存的な転写促進活性を抑制する。この負のフィードバックループが約24時間という長い時間をかけて1サイクルすることにより、サーカディアン振動が生まれると考えられている(図1)。1997年に脊椎動物の時計遺伝子がクローニングされて以来、この10年間で分子生物学的な解析が爆発的に進展して時計遺伝子の同定が進み、負のフィードバックループ機構が明らかになったが、タンパク質レベルでの分子解剖は立ち遅れている。なかでも、巨大な時計因子複合体の形成が転写抑制を導く分子機構は、時計発振の骨格を担う重要な問題であるにもかかわらず、不明な点が多く残されている。そこで私は、タンパク質レベルでこの時計因子複合体を分子解剖することにより、概日時計の転写抑制メカニズムの実態に迫った。

本研究ではまず、時計因子複合体の解析を可能とする分子ツールとして、CLOCKおよびBMAL1に対するモノクローナル抗体を作製した。特に抗CLOCK抗体は高感度でかつ特異性が高く、マウス肝臓よりCLOCK-BMAL1複合体を精製することを可能とした。こうして精製したCLOCK-BMAL1複合体の時刻依存的な変動をタンパク質レベルで解析した結果、BMAL1はE-box依存的な転写が活性化する時刻にリン酸化レベルが上昇することを明らかにした(図1)。一方、大部分のCLOCKはリン酸化されており、E-box依存的な転写が抑制される時刻にはそのリン酸化レベルがさらに元進することを見出した(図1)。このCLOCK-BMAL1複合体のリン酸化リズムは、NIH3T3細胞をDex刺激により同調させた時にも観察されたことから、細胞内の分子時計によって駆動されていることがわかる(図1)。

時計因子の複合体形成の生理的意義にアプローチするために、細胞内で時計因子複合体の構成成分を限定的に発現させ、その組み合わせによるCLOCK-BMAL1複合体のリン酸化レベルを解析した。CLOCKおよびBMAL1をNIH3T3細胞に単独で発現させた場合には、これらのリン酸化は観察されなかったが、両者を共発現することによりCLOCKとBMAL1の両者のリン酸化バンドを検出した。さらに、この相互依存的なリン酸化は、強い負の制御因子であるCRY2の共発現によりほぼ完全に阻害された。興味深いことに、近年あらたたに同定された負の制御因子であるCIPCを共発現することによりCLOCKのリン酸化レベルは顕著に亢進することが判明した(図2)。このように、負の制御因子は時刻依存的にCLOCK-BMAL1と結合し、その組み合わせやタイミングによりCLOCK-BMAL1複合体のリン酸化状態を巧みに制御している可能性が示唆された。

転写抑制の時刻において亢進するCLOCKリン酸化の意義を分子レベルで解明するために、そのリン酸化部位の同定を試みた。転写抑制の時刻にマウスより肝臓を摘出し、その核抽出物を陰イオン交換カラムおよび抗CLOCK抗体固定化カラムに供することによりCLOCKを単離した。こうして得られたCLOCKタンパク質を質量分析を用いたプロテオーム解析に供した結果、Ser38、Ser42およびSer427がリン酸化されていることが判明した。Ser38とSer42はCLOCKのDNA結合領域に位置しており、これらのAsp置換は相加的にCLOCKの転写活性を減弱させた。さらに、Ser38とSer42近傍はbipartite型のNLSとして機能しており、この短い領域をGFPとの融合タンパク質を細胞に発現させたところ、GFPシグナルの核への局在が観察された。さらにSer38とSer42へのAsp置換は、このGFPシグナルの核局在を減弱するのみならず、全長CLOCKの細胞内局在にも影響を与えることが判明した。これに加えて、Per1上流のE-box周辺配列と無細胞系で発現させたCLOCK-BMAL1複合体を用いてEMSAを行った結果、Ser38とSer42へのAsp置換はCLOCK-BMAL1複合体のDNA結合能を減弱させることを見出した。これらの結果は、転写抑制の時刻にCLOCKのSer38とSer42はリン酸化され、CLOCKがDNAから解離して核外へと排出されて転写活性が抑制される可能性を示唆している。

Clock変異マウスにおいて、CIPC結合ドメインを持たない変異CLOCK(△19)が発現していることが知られている。CIPCがCLOCKリン酸化を亢進させたことから、CLOCK△19をNIH3T3細胞に発現させたところ、そのリン酸化レベルは野生型と比べて著しく減弱していた(図2)。この結果から私は、Clock変異マウスをCLOCKリン酸化異常モデルマウスと位置づけた。実際、Clock変異マウスの肝臓においても、CLOCK△19のリン酸化レベルは著しく減弱していた。さらに、Clock変異ヘテロマウスにおいて、野生型ClockとClock△19のmRNA量に違いは見られなかったにもかかわらず、CLOCK△19の細胞内タンパク質量は野生型の2倍以上にまで増加していた(図2)。このことから私は、CLOCKのリン酸化が分解に寄与している可能性を考えた。そこで、NIH3T3細胞のcalyculinA処理によりCLOCKのリン酸化レベルを上昇させたところ、過リン酸化されたCLOCKはプロテアソームを介した分解へと導かれた。

以上の結果から、CLOCKのリン酸化は、自身の核移行、DNA結合能、転写活性化能、タンパク質寿命を減弱させることにより、転写抑制機構において重要なシグナルとして働く可能性が示唆された(図3)。このCLOCKの時刻依存的なリン酸化は、負の制御因子により巧妙に制御され、分子時計の発振に重要な役割を果たすと考えられた。

図1CLOCKとBMAL1の時刻依存的なリン酸化リズム

(A)マウスを12時間ずつの明暗サイクルに同調させた後、4時間おきにマウス肝臓核抽出物を調製した。明期の開始時刻をZTOとし、恒暗条件1日目の時刻をCTで表記した。

(B)NIH3T3細胞をDex刺激により同調した後、14時間後から4時間おきに細胞を回収した。

(A-B)抗CLOCK抗体を用いて免疫沈降した産物に対して、抗CLOCK抗体および抗BMAL1抗体を用いてウエスタンブロット解析を行った(上部)。同条件でサンプリングした試料からRNAを抽出し、ClockおよびDbpに対する特異的プライマーを用いてRT-PCRを行った(下部)。

図2負の制御因子によるCLOCKとBMAL1のリン酸化制御(モデル)

図3CLOCKのリン酸化は転写抑制に寄与している(モデル)

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、哺乳類の概日時計において時計タンパク質CLOCKのリン酸化が果たす役割について論じられている。

生物の重要な測時機構の一つである概日時計の振動には、時計遺伝子とその翻訳産物である時計タンパク質が中心的な役割を果たしている。bHLH-PAS型の転写因子であるCLOCKとBMAL1は、互いに複合体を形成してE-boxに結合することにより負の制御遺伝子の転写を促進する。翻訳された負の制御因子群は、CLOCK-BMALと複合体を形成することによりE-box依存的な転写促進活性を抑制する。この巨大な時計タンパク質複合体の形成が転写抑制を導く分子機構は、時計発振の骨格を担う重要な問題であるにもかかわらず、不明な点が多く残されている。論文提出者は、タンパク質レベルでこの時計タンパク質複合体を分子解剖することにより、概日時計の転写抑制メカニズムの一端を明らかにした。

論文提出者はまず、時計タンパク質複合体の解析を可能とする分子ツールとして、CLOCKおよびBMAL1に対するモノクローナル抗体を作製した。この自作したモノクローナル抗体を用いて、マウス肝臓におけるCLOCKとBMAL1の時刻依存的な量的・質的変動を解析した。その結果、CLOCKとBMAL1が一日の中で互いに異なる時刻にリン酸化されることを見出した。すなわち、BMAL1のリン酸化レベルが上昇するのはE-box依存的な転写が活性化する時刻であるのに対し、CLOCKのリン酸化レベルが上昇するのはE-box依存的な転写が抑制される時刻であることを明らかにした。この転写抑制の時刻にマウス肝臓からCLOCK-BMAL1複合体を単離・精製して質量分析を行うことにより、CLOCKのリン酸化部位Ser38、Ser42およびSer427を同定した。Ser38とSer42のAsp置換は相加的にCLOCKの核移行およびDNA結合能を減し、その転写活性を抑制した。興味深いことにCLOCKのリン酸化は、負の制御因子であるCIPCをNIH3T3細胞に共発現することにより促進された。この結果は、負の制御因子がCLOCKのリン酸化レベルを制御することにより転写抑制を導く可能性を示唆している。このCIPCとの結合ドメインを欠いた変異CLOCK(△19)においては、リン酸化レベルが著しく減弱しており、細胞内蓄積量が野生型CLOCKの2倍以上に増加していた。これに加え、NIH3T3細胞をcalyculinAで処理するとCLOCKのリン酸化レベルが上昇し、これに伴って過リン酸化されたCLOCKはプロテアソームを介した分解へと導かれた。以上の結果から、CLOCKのリン酸化は、自身のDNA結合活性と安定性を減弱することにより、転写抑制機構において重要なシグナルとして働くと考えられた。このCLOCKの時刻依存的なリン酸化は、負の制御因子により巧妙に制御され、分子時計の発振に重要な役割を果たす可能性が示唆されており、当該研究分野に新しい視点をもたらしたと言える。

なお、本論文は、高尾敏文氏、里見佳典氏、ズゴクヒエン氏、岡野俊行氏、深田吉孝氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究計画を考案し、分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分と判断する。

審査時点での本論文は、実験条件や専門用語に関する説明が充分ではなかったため、審査委員会では論文の改変を要求した。これを受けて論文申請者は、イントロダクションおよび図のレジェンドに十分な説明を付け足した。さらに、細胞への過剰発現実験からの解釈について過度な言及が認められたため本文の改変を要求した。改変後の論文では正確な表現がなされており、審査委員は全員一致で合格と判断した。

したがって審査委員会は、論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク