学位論文要旨



No 125192
著者(漢字) 佐々木,桃子
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,モモコ
標題(和) 概日時計発振系における哺乳類BMAL2による転写制御
標題(洋) Mammalian BMAL2-mediated transcriptional regulation in the circadian clock oscillation
報告番号 125192
報告番号 甲25192
学位授与日 2009.06.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5427号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 飯野,雄一
 東京大学 講師 名川,文清
 東京大学 講師 関根,俊一
 東京大学 教授 深田,吉孝
内容要旨 要旨を表示する

バクテリアからヒトに至るまで、地球上の多くの生物は、およそ 1 日周期で自律的に発振する概日時計を持つ。哺乳類では間脳視床下部の視交叉上核 (suprachiasmatic nucleus, SCN) に概日時計の中枢が存在し、個体の生理リズムおよび行動リズムを司っている。近年ショウジョウバエやマウスを用いた遺伝学的解析より、哺乳類の時計発振を生み出す分子メカニズムとして、「時計遺伝子Per の転写を自らの翻訳産物PER が抑制する」という負のフィードバックループが同定されている。このループの中でbHLH-PAS (PER-ARNT-SIM) 型の転写因子であるBMAL1 とCLOCK の複合体は、E-box 配列を介してPer1 遺伝子の転写を正に制御している。申請者が所属する研究室においてはニワトリ松果体に発現する新規時計遺伝子Bmal2 が単離され、ニワトリBMAL2 は時計発振系において重要な機能を担っていることがわかった。

もし、BMAL2 が概日時計システムにおいて重要な機能を担うならば、他の動物種にも広く存在するはずであり、動物種間のBMAL2 の機能の比較は概日時計の自律発振ループを構成する分子メカニズムの理解に役立つに違いない。そこで、概日時計の解析が進んでいる哺乳類を実験材料に用い、BMAL2 の機能解析を中心として時計発振のメカニズム解明に迫ろうと考えた。

まず、ニワトリ BMAL2 の塩基配列情報をもとに、ヒト腎臓由来の293EBNA 細胞 (HEK293 細胞) の全RNA に対してRT-PCR および5'-RACE を行い、ヒトBmal2 の全長cDNA を単離した。その結果、ヒトBmal2 は、DNA 結合に関わるbHLH ドメインと二量体形成に関わるPAS ドメインを有するbHLH- PAS 型転写因子をコードすると推定された。ここでBMAL 分子間のアミノ酸配列を比較すると、既知の分子BMAL1 は動物種間で高く保存されているのに対し、ヒトBMAL2 とニワトリBMAL2 間の保存性は低い。したがって、これらのBmal2 遺伝子はBmal1 とは異なる遺伝子サブファミリーに属する可能性が考えられた。そこで、BMAL2 の進化的系統関係を明らかにすると共に、生体内での発現様式を調べるために、RT-PCR およびRACE 法を用い、マウス間脳およびラット胎児繊維芽細胞rat-1 よりBmal2 のcDNA クローンを単離した。

これらの配列情報をもとに、最尤法を用いてBMAL ファミリーと、ARNT ファミリーの分子群の系統関係を解析した(図1)。その結果、Bmal1 およびBmal2 遺伝子は、脊椎動物のBmal 祖先遺伝子から重複して生じたと考えられ、Bmal2 遺伝子は脊椎動物に広く存在することが示唆された。また、BMAL1 の構造が動物間で高く保存されているのに対し、BMAL2 のアミノ酸配列は互いに大きく異なり、分子進化の過程でアミノ酸レベルでの進化速度には約20 倍もの大きな違いが認められた。したがって、Bmal1 とBmal2 が遺伝子重複によって生じた後、それぞれの遺伝子に異なる自然選択圧が働き、BMAL1 およびBMAL2 の間に機能の違いが生じたと推測できる。

概日時計の中枢である SCN において時計遺伝子Per2 やBmal1 のmRNA 量は日周変動を示すことが知られている。そこで、Bmal2 が SCN において機能しうるか否か、またその発現様式を調べた。まず、明暗周期下で飼育したBALB/c マウスから、SCN を含む小さな組織片 (φ 0.9 mm x 厚さ0.7 mm) を一日のさまざまな時刻に摘出した。次に、これらの組織片から調製した全RNA をテンプレートに、定量的RT-PCR 法によって各時計遺伝子のmRNA 量を定量した。マウスBmal2 の2種類のスプライスバリアントの共通部位を検出したところ、Bmal2 は時計遺伝子Clock と同様、そのmRNA量はほとんど一定に保たれていた。2 つのBmal 遺伝子はSCNにおいて転写されているが、一方、Bmal1 欠損マウスにおける行動の概日リズムは完全に消失することが報告されている。これらの知見は、Bmal2 遺伝子がBmal1 遺伝子の概日時計における機能を補完しないことを示している。しかしながら、概日時計における役割が詳しく解析されているBMAL1 に対して、BMAL2 については、概日時計のリズム生成にどのように寄与しているかほとんど評価されていない。

そこで、BMAL2 の時計発振系における生理的役割を調べるために、NIH3T3 細胞の概日リズムをリアルタイムで検出する生物発光モニター系を利用した。すなわち、mRNA の発現量が概日変動を示すBmal1 遺伝子のプロモーター領域をルシフェラーゼレポーター遺伝子につないだコンストラクトをNIH3T3細胞に形質導入し、レポーター活性を指標としてNIH3T3細胞の時刻を可視化する系を用い、RNAi を介したBMAL2 の機能阻害が細胞の概日リズム与える影響を検討した。まず、Bmal1またはBmal2 に対するsiRNA を設計し、HEK293 細胞に強制発現させたBMAL1/2 タンパク質の発現レベルを指標として、これらのsiRNA の特異性を確認した。また、NIH3T3 細胞には内在性のBmal1 およびBmal2 mRNA が発現していることを確認した。NIH3T3 細胞の概日リズムモニター系においてBmal1 またはBmal2 特異的なsiRNA を導入したところ、BMAL1 の機能阻害によってmBmal1 プロモーターを介した遺伝子発現の概日リズムが消失した。これはBmal1 欠損マウスにおいて輪回し行動の概日リズムが完全に消失するという知見から予測される結果であった。同様にBmal2 に特異的なsiRNAを導入した場合には、mBmal1 プロモーターを介した遺伝子発現の概日リズムが、例外があるにせよ消失したことから、BMAL1 に加えて、BMAL2 が時計発振に重要な役割を担っていると考えられた。さらに、興味深いことに、BMAL1 機能阻害に比べ、BMAL2 機能阻害によってBmal1 の遺伝子発現が増強されることが分かった。したがって、概日時計制御においてBMAL1 とBMAL2 とは互いに異なる役割を持つことが示唆された。

BMAL1 とBMAL2 の転写因子としての潜在的な機能の違いを比較するために、転写アッセイおいて (i) BMAL1 およびBMAL2 タンパク質の発現量を同程度に揃えた条件および (ii)BMAL1:CLOCK およびBMAL2:CLOCK による転写活性化量を揃えた条件を選定した。これらの条件において概日時計の転写フィードバックループの負の制御因子であるCRY1およびCRY2の影響を調べたところ、CRY1 およびCRY2 はそれぞれ用量依存的にBMAL2:CLOCK による転写活性化を抑制した。興味深いことに、CRY1 およびCRY2 は、BMAL2:CLOCK による転写活性化よりもBMAL1:CLOCK による転写活性化に対し、より強い抑制効果を示し、その効果は特にCRY2 で顕著であった。負の制御因子PER2 の転写抑制効果を調べたところ、CRY の作用とは対照的に、BMAL1:CLOCK による転写活性化よりもBMAL2:CLOCK による転写活性化に対してより強い抑制効果を示すことがわかった(図2)。この PER2 による抑制効果の違いが分子間の相互作用に起因するか否かを調べるために、HEK293 細胞での強制発現系を用いて共免疫沈降実験を行った。BMAL1 およびBMAL2 タンパク質の発現量を揃えた条件でPER2 との共免疫沈降効率を比較した結果、BMAL2 の共免疫沈降効率はBAML1 の3 倍以上であった。このことから、PER2 との親和性はBMAL1 よりもBMAL2 の方が強いと考えられた。

これらの結果より、BMAL1 およびBMAL2 の分子機能は、部分的に重なっているが、BMAL1 およびBMAL2 が共に概日時計発振系において非重複的な機能を有することが示唆された。また、負の制御因子CRY およびPER2 による転写抑制効果には、それぞれBMAL1 およびBMAL2 に対して優位性があり、PER2がBMAL1よりもBMAL2に対して強い抑制因子として機能する一方、CRY2がBMAL2 よりもBMAL1 に対して強い抑制因子として機能することが明らかとなった。これらの知見から、BMAL2:CLOCK およびPER2 によって制御される遺伝子発現制御 (PER2-BMAL2 ループ)と、BMAL1:CLOCK およびCRY によって制御される遺伝子発現制御 (CRY-BMAL1 ループ) とが存在し、E-box 依存的な時計発振系の転写を制御しているというモデルを提唱する。このモデルによれば、今回の研究で明らかとなった2つのBMAL の非重複的な機能について、合理的に説明できる。これまでの知見から、PER はCRY よりもE-box 依存的な転写活性化に対する抑制効果が弱いと考えられている。しかしながら今回の研究から、BMAL2:CLOCK を介した転写活性化に対しては、むしろ逆にPER がCRY よりも強い抑制効果を示すことが判明した。したがって、BMAL2 およびPER2は機能的に相互作用し、それぞれ正の制御因子および負の制御因子として概日時計発振系の転写を制御している可能性が強調された。

【図1】 BMAL-ARNT ファミリータンパク質の系統樹。

アミノ酸の N 末端およびC 末端領域 (それぞれmBMAL2a の1-59 番目および413-579 番目のアミノ酸に相当) は多様化しており適切にアラインできないため、配列の比較および系統樹の作成から省いた。ARNT ファミリーをアウトグループとしてこの系統樹を作成した。70%以上のブートストラップ確立を示す分岐点について、ブートストラップ確立を分岐点の近くに示した。黒丸 (●) で示した分岐点は種の分岐を示し、白丸 (○) は遺伝子重複を示す。また、横方向の枝の長さはアミノ酸の置換速度を示す。動物種の省略は以下の通りである:m、マウス;r、ラット;h、ヒト;c、ニワトリ;z、ゼブラフィッシュ;d、ショウジョウバエ

【図2】 BMAL2:CLOCK およびBMAL1:CLOCK による転写活性化に対するPER2 の効果。

一定量のBMAL1、BMAL2 およびCLOCK 発現プラスミド(それぞれ4 ng、25 ng および250 ng) およびさまざまな量のPER2 発現プラスミド (0, 10, 50, 250 ng) の組み合わせをHEK293 細胞に同時に形質導入した。相対的なルシフェラーゼ活性値は、mPer1:luc レポータープラスミドとpcDNA3.1/V5-His コントロールベクターを導入したコントロールサンプルの値を基準として示し、PER2 発現プラスミド量に対してプロットした。3つの独立した実験よりそれぞれの平均値 ± 標準誤差を求めてグラフに表した。p 値は t 検定(#, ##および###は、それぞれp<0.01, p<0.01 およびp<0.001 を意味する) および二次元分散分析 (p<0.05) より算出した。

【図3】 CRY-BMAL1 およびPER2-BMAL2 のネガティブフィードバックループモデル。

Per 遺伝子およびCry 遺伝子を含むE/E'-box 配列を介した時計制御遺伝子の転写制御にはBMAL1:CLOCK およびBMAL2:CLOCK が関わっている。このモデルでは、CRY およびPER2 は、主にそれぞれBMAL1:CLOCK およびBMAL2:CLOCK による転写活性化を抑制する。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、概日時計発振系における哺乳類BMAL2による転写制御について述べられている。

概日時計のリズムを生み出す分子メカニズムとして現在、「時計遺伝子Perの転写を自らの翻訳産物PERが抑制する」という負のフィードバックループが同定されている。このループの中でbHLH-PAS型の転写因子であるBMAL1とCLOCKの複合体は、E-box配列を介してPer1遺伝子の転写を正に制御している。

論文提出者は、マウス、ヒトおよびラットのBmal2遺伝子のcDNAクローンを新規に単離した。BMAL2の分子系統学的解析の結果、BMAL1のアミノ酸配列が動物間で高く保存されているのに対し、BMAL2のアミノ酸配列は互いに大きく異なり、アミノ酸レベルでの進化速度には約20倍もの大きな違いがあることを明らかにした。したがって、進化の過程でそれぞれの遺伝子に異なる自然選択圧が働き、BMAL1およびBMAL2の間に機能の違いが生じたと推測された。2つのBmal遺伝子は概日時計の中枢である視交叉上核において発現しているが、一方、Bmal1欠損マウスにおいて行動の概日リズムは完全に消失することが報告されている。これらの知見は、Bmal2遺伝子がBmal1遺伝子の機能を補完しないことを示している。しかしながら、概日時計における役割が詳しく解析されているBMAL1に対して、BMAL2については、概日時計のリズム生成にどのように寄与しているかほとんど評価されていない。そこで論文提出者は、BMAL2の機能解析に焦点を絞り、研究を行った。

BMAL2の時計発振系への寄与を調べるために、培養細胞の概日リズムモニター系を利用してBmal2特異的なsiRNAの導入効果を調べた。そのために、mRNAの発現量が概日変動を示すBmal1遺伝子のプロモーター領域をルシフェラーゼレポーター遺伝子につないだコンストラクトを細胞に移入し、レポーター活性を指標として細胞の時刻を可視化する系を構築した。このような細胞時計の測定系において、Bmal2の発現阻害により細胞時計の概日リズムが消失または減弱したことから、BMAL1に加えてBMAL2が時計発振に重要な役割を担う可能性が示された。転写アッセイの結果、BMAL2はCLOCKと共に機能的な転写因子としてmPer1およびmPer2遺伝子の転写活性化に関わっていることが示された。さらに、BMAL:CLOCKによる転写活性化に対する負の制御因子CRYおよびPER2の効果を評価した結果、PER2がBMAL1よりもBMAL2に対して強い抑制因子として機能する一方、CRY2がBMAL2よりもBMAL1に対して強い抑制因子として機能することが明らかとなった。したがって、負の制御因子CRYおよびPER2による転写抑制効果には、それぞれBMAL1およびBMAL2に対して優位性があることが示された。また、PER2がBMAL1よりもBMAL2に対してより強く結合することが免疫沈降実験によって示された。

これらの結果より、BMAL1およびBMAL2の分子機能は、部分的に重なっているが、BMAL1およびBMAL2が共に概日時計発振系において非重複的な機能を有することが示唆された。これらの知見から、BMAL2:CLOCKおよびPER2によって制御される遺伝子発現制御(PER2-BMAL2ループ)と、BMAL1:CLOCKおよびCRYによって制御される遺伝子発現制御(CRY-BMALIループ)とが存在し、E-box依存的な時計発振系の転写を制御しているというモデルが提唱された。これまでの知見から、PERはCRYよりもE-box依存的な転写活性化に対する抑制効果が弱いと考えられている。しかしながら、今回の研究からBMAL2:CLOCKを介した転写活性化に対しては、むしろ逆にPERがCRYよりも強い抑制効果を示すことが判明した。これらの結果から、BMAL2およびPER2は機能的に相互作用し、それぞれ正の制御因子および負の制御因子として概日時計発振系の転写を制御している可能性が強調された。なお、本論文は岡野俊行氏、山本和幸氏、岡野恵子氏、広田毅氏、笠原和起氏、高中陽子氏、深田吉孝氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断した。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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