学位論文要旨



No 125193
著者(漢字) 深澤,太郎
著者(英字)
著者(カナ) フカザワ,タロウ
標題(和) 脊椎動物の器官再生能を規定する免疫応答に関する研究
標題(洋) Study on the immune responses that determine organ regenerative ability in vertebrate
報告番号 125193
報告番号 甲25193
学位授与日 2009.06.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5428号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久保,健雄
 東京大学 教授 野中,勝
 東京大学 教授 武田,洋幸
 東京大学 教授 赤坂,甲治
 東京大学 准教授 平良,眞規
内容要旨 要旨を表示する

失われた器官や付属肢を再形成する「再生」という現象は多くの生物種で観察されるが、その程度(再生能)は種や器官、発生ステージなどにより様々である。例えば無尾両生類では、幼生であるオタマジャクシの尾は切断に対し表皮・血管・筋肉は元より脊索・脊髄の再形成という高度な再生能を示すが、成体であるカエルの四肢が切断された場合は、指を欠いた構造が再形成されるに留まる。一方、哺乳類においては肝臓を除き高度な再生能を示す器官は報告されていない。再生機構の解明は、基礎生物学は元より応用医学においても重要な研究課題であるが、このように再生能が多様である理由、つまり再生能を規定している要因については長らく謎であった。

近年、アフリカツメガエル (Xenopus laevis) 幼生尾において一過的に再生能が失われる時期(「再生不応期」:stage 45~47)があることが報告された。ツメガエル幼生尾は、再生不応期より以前(stage ~42、「前期可能期」)と不応期以降のステージ(stage 49~、「後期可能期」)においては切断した際に脊髄を含む高度な再生能を示すが、不応期においては傷口を上皮が覆うのみに留まり、尾は再生されない。私は修士課程において、ツメガエル幼生尾の不応期と後期可能期の尾で切断後の発現変動パターンの異なる遺伝子を探索し、候補となる遺伝子を40種類得た。博士課程では、まずこれら候補遺伝子のうち6種類が実際に発現変動していることを確認した。全長配列を決定し、相同性検索を行ったところ、既知遺伝子と相同性を示したものは全て免疫関連遺伝子であった(表1、図1)。そこで再生能と免疫応答の関連を解析する目的で、他の免疫関連遺伝子についても前期・後期可能期と不応期とで発現量を比較したところ、異なる変動パターンを示す遺伝子が多数見いだされた(図2)。このことから、前期・後期可能期と不応期では、尾の切断に際して異なる免疫応答が起きていると考えられた。後期可能期において発現上昇した遺伝子では、切断後の早い時期(切断5~15時間)に一過的な発現上昇が見られたが、不応期において発現上昇する遺伝子では、比較的遅い時期(切断15時間後以降)に慢性的な発現上昇が見られた。前期可能期においては有意な発現変動が観察されないか、発現量が検出限界以下であった。不応期における遅延性の免疫応答は前期・後期可能期では見られなかったことから、私は不応期では慢性的な免疫応答が起きており、これが再生を阻害している可能性を考えた。そこで、尾を切断した不応期の幼生を4種類の免疫応答抑制剤(NF-κB経路阻害剤Celastrol・IKK inhibitor VII、NF-AT経路阻害剤FK506・cyclosporin A)で処理したところ、いずれにおいても再生能は顕著に回復した(図3)。FK506については、ツメガエル幼生においても実際に免疫応答を抑制することを確認した(図4)。さらに、哺乳類において単球/マクロファージ、好中球、B細胞、T細胞の正常な発生に必要であることが示されている転写因子PU.1のXenopusホモログについて、2種類のアンチセンスモルフォリノオリゴ(MO)による翻訳阻害を試みたところ、両者において不応期における再生能は対照群に対し有意に回復することが分かった(図5)。このMOの顕微注入は不応期であるStage 46において機能的な白血球を減少させることが、汎白血球マーカーcd45の発現解析(図6)から確認された。これらことから、不応期には再生に阻害的に働く免疫応答が起きていることが強く示唆された。以上の結果は、ツメガエル幼生尾では損傷に対する免疫応答の違いが発生ステージ依存の再生能を規定する一因となっていることを示している。

一方、不応期から後期可能期に発育段階が進むと再び再生能が獲得されることから、私は後期可能期では不応期で起きている免疫応答を抑制する仕組みが存在する可能性を考えた。哺乳類では、T細胞の中には様々な免疫細胞の活性を抑制する「制御性T細胞」が存在し、そのマーカー遺伝子としてFoxP3が同定されている。そこでツメガエルにおいて未同定であったfoxp3をクローニングし、前期/後期可能期と不応期における尾切断後の発現量の変動を比較したところ、後期可能期では不応期より著しい一過的な発現上昇が見られた(図7A)。また、後期可能期では創傷部位にfoxp3陽性の血球様細胞の存在が認められた(図7B)。このことから、後期可能期では傷口に制御性T細胞が浸潤し、再生に阻害的に働く過剰な免疫応答を抑制している可能性が考えられた。

本研究は、器官再生能への免疫応答の関与を初めて直接的に示すものである。本研究は、発生ステージに依存した再生能の違いのみならず、器官再生の分子機構の最初期過程の理解にも大きく貢献するものと期待している。

表1 Differential display法により得られた再生可能期と不応期とで発現パターンの異なる遺伝子

図1 再生可能期と不応期とで尾切断時の発現変動パターンの異なる遺伝子として免疫関連遺伝子を同定。

(A-C)(表1)のうち免疫関連遺伝子の定量的RT-PCR法による発現変動の比較。後期可能期(●黒実線)・不応期(○灰色実線)それぞれの切断直後の発現量を1とした相対発現量±S.E.M.(N=4)。EF-1α の発現量で補正。前期可能期においては発現量は定量限界以下であった(データは示さない)。(D,E)可能期切断10時間後における切断面付近の組織切片を用いたin situ hybridization法によるcathelicidin like(D)、CXCR2(E)発現細胞の同定。矢尻で示す白血球様の球形の細胞で発現していた。Bar=30μm

図2 再生可能期と不応期とでは尾切断に対する免疫応答が異なる。

定量的RT-PCRにより、免疫関連遺伝子(ケモカイン、MHC class II)の発現量の変動を解析した。後期可能期(●黒実線)・不応期(○灰色実線)・前期可能期(△破線:B、Cのみ。その他は定量限界以下であり、データは示さない)それぞれの切断直後の発現量を1とした相対発現量±S.E.M.(N=4)。EF-1α の発現量で補正。(A-C)後期可能期選択的に発現上昇するケモカイン遺伝子。後期可能期のみで早期かつ一過的な発現上昇が見られる。(D-H)不応期選択的に発現増強するもの。不応期のみで緩やか(D,H)、または遅い時期(E-G)に発現上昇する。

図3 免疫応答の抑制により再生不応期の再生能は回復する。

(A,B)再生不応期幼生の尾を切断後DMSO(A)、Celastrol(NF-κB経路阻害剤)処理(B)し、1週間後の個体。矢尻は切断位置。(C)各種免疫応答阻害剤処理の不応期での再生能への影響。不応期24個体について、NF-κB経路阻害剤(Celastrol,IKK inhibitor VII)、NF-AT経路阻害剤(FK506,cyclosporine A)処理1週間後の幼生の再生の程度を示す。■ヒレ・筋肉・脊索・脊髄を含む再生尾を形成、■前者(■)に準ずるが再生尾が短い、■一部組織を欠くか軸が歪んでいる、■全く再生尾を形成しない、■死亡。*p<0.003(DMSO処理群とのχ2検定)。

図4 FK506はツメガエル幼生においても免疫応答を抑制する。

(A-C)再生不応期の個体を尾切断後FK506処理(■実線)ないしDMSO処理(□破線)した際の、再生不応期選択的ケモカイン遺伝子・MHC class IIa遺伝子の発現量変動を定量的RT-PCRにより解析した。それぞれの切断直後の発現量を1とした相対発現量±S.E.M.(N=4)で表す。EF-1α の発現量で補正。**p<0.001(t検定)。

図5 転写因子PU.1のモルフォリノオリゴによるノックダウンにおいても再生不応期の再生能は回復する。

(A,B,C)受精卵にPU.1に対するモルフォリノオリゴ(PU.1-MO1)を注入した群(B)、5塩基ミスマッチ置換を導入したPU.1-MO1(5mis PU.1-MO1)を注入した対照群(C)、ないしは何も注入していない対照群(A)を不応期まで育て尾切断、一週間後。2回目の実験においてそれぞれの群で最も出現頻度の高い表現型を示した個体を例示。 (D)注入しない/PU1-MO1/5mis PU.1-MO1注入各群の尾切断1週間後の再生の程度。再生程度評価は図3に準ずる。(E)PU.1の別領域を標的にしたPU.1-MO2/5mis PU.1-MO2を用いた実験。他の条件は(D)に準ずる。*p<0.05、†p<10-12(実験群と対照群間でのχ2検定)。

図6 MO注入は不応期における機能的な白血球を減少させる。

(A,B)MOを注入後ステージ46(不応期)まで飼育し汎白血球マーカーであるcd45の個体全体での発現量をqRT-PCRにより解析した。MO無注入群の発現量を100%とした相対発現量±S.E.M.(N=3-4)で表す。EF-1α の発現量で補正。*p<0.01(t検定)

図7 foxp3は後期可能期選択的に発現上昇する。

(A)新規に同定したX. laevis foxp3遺伝子の定量的RT-PCR法による発現変動の比較。後期可能期(●黒実線)・不応期(○灰色実線)それぞれの切断直後の発現量を1とした相対発現量±S.E.M.(N=4)。EF-1α の発現量で補正。前期可能期においては発現量は定量限界以下であった(データは示さない)。(B)後期可能期尾切断10時間後における切断面付近切片を用いたfoxp3 in situ hybridization像。矢尻はfoxp3陽性血球様細胞を示す。Bar=50μm

審査要旨 要旨を表示する

失われた器官や付属肢を再形成する「再生」は多くの動物種で観察されるが、その程度(再生能)は動物種や器官、発生ステージにより異なる。例えば、無尾両生類の幼生(オタマジャクシ)の尾を切断すると、表皮・血管・筋肉だけでなく脊索・脊髄を含む構造が再生されるが、成体(カエル)の四肢を切断した場合には充分な再生は起きない。また、哺乳類では肝臓を除き高度な再生能をもつ器官は報告されていない。再生機構の解明は、基礎生物学のみならず応用医学の観点からも重要な研究課題であるが多様な再生能の理由、つまり再生能を規定する要因については、長い間、謎であった。

近年、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)幼生尾において一過的に再生能が失われること(「再生不応期」:stage 45~47)が報告された。ツメガエル幼生は、不応期以前(stage~42:「前期可能期」)と、以降のステージ(stage49~:「後期可能期」)では尾を切断しても再生するが、不応期では尾の切断面を上皮が覆う(傷が治癒する)だけで尾は再生しない。論文提出者は修士課程において、ツメガエル幼生の不応期と後期可能期で、尾で切断後の発現パターンが異なる遺伝子を探索し、40種類の候補遺伝子を得た。博士課程ではこれら遺伝子の解析から前期・後期可能期と不応期で異なる免疫応答が起きていることを示し、さらに免疫応答を人為的に抑制することで不応期の再生能を賦活化できることを示した。本論文は2章立てで構成されており、第1章では前期・後期可能期と不応期での免疫応答の相違を調べている。

第1章では、先ず40種類の候補遺伝子の内、6種類について実際に発現変動することを確認した。相同性検索の結果、この内、既知遺伝子と相同性をもつ3種類の遺伝子は全て免疫関連遺伝子であった。そこで他の免疫関連遺伝子についても前期・後期可能期と不応期で発現量を比較したところ、異なる発現変動パターンを示す遺伝子が多数見いだされた。このことから、前期・後期可能期と不応期とでは切断後の尾で異なる免疫応答が起きると考えられた。特に、後期可能期で発現上昇する遺伝子は、切断後早い時期(切断5~15時間)に一過的に発現上昇したが、不応期で発現上昇する遺伝子は、何れも比較的遅い時期(切断15時間後以降)に慢性的に発現上昇した。一方、前期可能期では有意な発現変動が観察されないか、発現量が検出限界以下であった。このように、不応期で見られた遅延性の免疫応答は前期・後期可能期には見られなかったことから、不応期では慢性的免疫応答が起きており、これが再生を阻害している可能性が考えられた。

第2章では、不応期で免疫抑制することで人為的に再生能が賦活化できるか調べている。先ず、尾を切断した不応期の幼生を4種類の免疫応答抑制剤(NF-kB経路阻害剤:Celastrol・IKK inhibitor VII、NF-AT経路阻害剤:FK-506・cyclosporin A)で処理したところ、いずれの場合でも再生能は顕著に回復した。さらに、単球/マクロファージ、好中球、B細胞、T細胞の発生に必要な哺乳類の転写因子PU.1のXenopusホモログについて、アンチセンスモルフォリノオリゴ(MO)による翻訳阻害を行ったところ、不応期の幼生尾の再生能は有意に回復することが分かった。以上の結果は、不応期では再生を阻害するような免疫応答が起きており、ツメガエル幼生尾では損傷に対する免疫応答の違いが、発生ステージ依存の再生能を規定する一因であることを強く示唆している。

一方、不応期から後期可能期に発育が進むと再生能が再び獲得されることから、後期可能期では不応期で起きる免疫応答を抑制する仕組みが存在すると期待された。哺乳類では、様々な免疫細胞の活性を抑制する「制御性T細胞」のマーカー遺伝子としてfoxp3が同定されている。そこでツメガエルからfoxp3を新たにクローニングし、前期/後期可能期と不応期における尾切断後の発現量の変動を比較したところ、後期可能期では不応期より著しい一過的な発現上昇が見られ、創傷部位にfoxp3陽性の血球様細胞が認められた。このことから、後期可能期では傷口に制御性T細胞が浸潤し、再生に阻害的に働く過剰な免疫応答を抑制する可能性が考えられた。

以上、本研究では器官再生能への免疫応答の関与を初めて直接的に示した。本研究は、発生ステージに依存した再生能の違いのみならず、再生の最初期過程の分子機構の理解にも大きく貢献すると期待される。なお、本論文の研究は直良悠子・國枝武和・久保健雄との共同研究であるが論文提出者が主体となって実験を計画し、遂行したもので、論文提出者の寄与が十分であると判断できる。従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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