No | 125194 | |
著者(漢字) | 市原,秀紀 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イチハラ,ヒデキ | |
標題(和) | ナノスケールにおける繊維状分子集合体の作成と電気特性の研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 125194 | |
報告番号 | 甲25194 | |
学位授与日 | 2009.06.30 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(科学) | |
学位記番号 | 博創域第501号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 物質系専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1. 研究背景 近年の有機分子エレクトロニクス研究には大きく分けて3 つの方向性がある。 一つは導電性高分子研究の当初から研究されてきた有機導電性薄膜であり、有機薄膜FET や有機薄膜太陽電池などの展開を見せている。もう一つは低分子を対象に量子力学的な分析を行う方向性で、単分子や単層薄膜などに対するナノギャップ電極やSTM による測定などが主流となっている。 三つ目として展開されてきたのは低次元の有機ナノ構造体を用いて分子回路を目指す有機ナノエレクトロニクスの分野で1)、自己組織化やエレクトロスピニング、テンプレート重合などの手法で作製された分子ワイヤを主軸に研究されてきた。当研究室においても、「分子被覆導線」という導電性高分子を用いた材料を対象に、電気物性の解明と分子回路への応用を目指して研究を行ってきた。 本研究においては一つの新規材料であるHexa-peri-hexabenzocoronene(HBC)ナノチューブを大きく採り上げるが、このHBC ナノチューブを含め、有機材料からなる低次元構造体は電気物性として金属的特性は持たないことが分かってきた2)-4)。従って「導線」の役割を期待するよりも、半導体的な有機分子ワイヤそのものをデバイスとして捉えることで、ナノワイヤの物性を利用するイメージを模索する方向が研究として注目され始めている。 当研究では、まず10~100 nm オーダーの直径を持つナノワイヤの電気物性測定に適した微細な電極を背景として、特異な物性を持つHBC ナノチューブの電気伝導構造を明らかにすることを目指した。また100 nm 程度の直径のポアを持つ陽極酸化アルミナを用いて導電性高分子やディスコティック分子をワイヤ化、チューブ化することにより、HBC ナノチューブに続く「機能性ナノワイヤ」の作製・電気物性評価を試みた。 2. 実験 10~100 nm の分子ワイヤの電気物性測定を行う電極として、通常のフォトリソグラフィとAFM による電流リソグラフィを併用し、SiO2基板上にPt の100 nm 程度のギャップを持つ4 端子電極を作製した(Fig.1)。 [1: Hexa-peri-hexabenzocoronene ナノチューブ] Hexa-peri-hexabenzocoronene (HBC)は、Fig.2(A)に示すようなナノグラフェンを中央に持つ分子で、非対称な側鎖を持つ両親媒性誘導体がERATO ナノ空間プロジェクトにおいて合成された2)。この分子をTHF 中で50℃まで加熱して溶解させた後に室温で冷却すると、グラフェンのπ スタックとアルキル鎖の相互作用によってFig.2(B)に示すような二分子膜がロールアップした直径は約20 nm、長さは数μm のチューブを得る。このチューブ分散液から電極基板上に展開したHBC ナノチューブをAFM で観察した。ドーピングは、NOBF4などのルイス酸を用いた。 HBC ナノチューブに対しては、まず無ドープでの2 端子測定とNOBF4でドープした状態での2 端子測定を行った。また、電極との接触部分での特性を調べるため、4 端子測定を行って検証を行った。またFig.2(A)の親水性側鎖の一ヶ所にメチル基を付加したカイラリティを持つ分子を用て特定の巻き方向に揃ったナノチューブが形成されること明らかにされていることから3)、このHBC 誘導体による片巻きナノチューブを用いてダイオード的な電流 - 電圧特性の原因を探った。 更にHBC ナノチューブが示すダイオード的な電流 - 電圧特性を理解するため、X 線や電子顕微鏡を用いて構造解析を始めとする検証実験を行った。 [2: Template Wetting 法によるナノチューブ作製と導電率測定] Template Wetting 法は、J.H.Wendorff らによって表面エネルギーの小さな有機溶媒、高分子メルトの拡散を利用してアルミナテンプレートを物理的に「濡らし」ただけでナノチューブが形成される、新しいナノチューブ作製方法である4)。 当研究では、機能性分子チューブとしてまずPentacene とPorphyrin を用いてナノチューブ作製を行った。ここで、ナノチューブ作製に必要となる陽極酸化多孔質アルミナは、0.3M リン酸浴で150 V、6 時間という条件で陽極酸化を行った。結果として平均して150 nm 程度のポア径を持つ陽極酸化アルミナテンプレートを作製した。このテンプレートで作製したナノチューブの導電率測定、FET 測定、光伝導測定を試みた。 3. 結果と考察 [1: Hexa-peri-hexabenzocoronene ナノチューブ] HBC ナノチューブの導電率測定の結果はFig.3 に示すように10 mV の範囲でオーミックな特性を示した。また導電率は温度を下げると低下し、半導体的な特性であることが示された。この半導体的な温度依存性を調べてみると、通常の導電性高分子等で用いられるシンプルな関数では適したフィッティングを行うことが出来ず、下記のようなArrhenius 型のホッピング伝導と1次元の可変領域ホッピング伝導を足し合わせた関数によってよく近似できることが分かった。(Fig.4) この結果はHBC ナノチューブに2 つの電気伝導のパスが存在することを示しており、Fig.4(B)に示すようなπ スタックカラムに沿った伝導とナノチューブの軸方向に沿った伝導に対応することが予想される。それぞれの活性化エネルギーやパラメータを検討すると、Arrhenius 型の項における活性化エネルギーは0.21 eV となり、通常の導電性高分子膜やカラム状構造を形成する有機分子膜の値と比べ、妥当な値を示した。VRHのパラメータであるT0は3.6×104 K という大きな値を示したが、局在長が極めて短いという仮定に立つと妥当な値になる。 更に測定電圧範囲を広くするとFig.5 に示すように整流特性のような特性を示すことが分かった。これはHBC ナノチューブと電極の界面のSchottky 接合の影響という理由がもっともらしいが、4 端子測定を行うと中央の2 端子で行った2 端子測定の結果とほぼ一致することから、接触抵抗ではなくチューブ自体の特性であるという結論に至った(Fig.6)。 また、カイラリティを持ったR 型のHBC ナノチューブの10~100 本のチューブからなるバンドルを測定し、双方向のダイオード型のカーブを得た。結果、非対称な電流 - 電圧特性はHBC ナノチューブの巻き形状ではなく、より微細な内部構造に起因するものであることが分かった。 [2: Template Wetting 法によるナノチューブ作製と導電率測定] Template Wetting 法によって作製したナノチューブはPorphyrin 及びPentacene の2 種類で、Pentacene に関してはAFM 観察と導電率測定の両方に成功した。 Fig.7 に示したのは微細電極上のPentacene ナノチューブのSEM 像、AFM 像及び導電率測定の結果である。導電率については、ドーピングをしていないので、絶縁体であることは当然の結果と考えられる。またFET 測定に関してはPentacene ナノチューブの剛直性が問題となり、電極上ではバックゲートとなる基板からの電界が効率良く作用せず、キャリアを発生させるに至っていないと考えられる。これに対して光ドーピングやキノン系の分子を後から融解して加えるなどして同様の測定を試みている。 4. 総括 半導体的な有機分子ナノワイヤのデバイスとしての物性評価という目的で100 nm 程度のギャップを持つ微細電極を用いて色々なナノワイヤの電気物性測定を試みた。特に自己組織化によって形成されるHexa-peri - hexabenzocoronene ナノチューブの測定においては興味深い特性を見出したため、その物性を詳細に検討し、HBC ナノチューブそのものに起因する特異なダイオード特性があることを明らかにした。 また、電気物性や光伝導などの外部制御の期待できるいくつかの物質を陽極酸化アルミナを用いてナノワイヤ化し、物性測定を行った。 Fig.1 AFM リソグラフィを用いて作製した微細電極 Fig.2 (A) 両親媒性HBC モノマー分子 ; (B)自己組織化によりチューブ化したHBC ナノチューブ Fig.3 ±10 mV におけるHBC ナノチューブの電流- 電圧特性 Fig.4 (A)(a)HBC ナノチューブの導電率の温度依存性とフィッティング : (b)温度領域に対するArrhenius 型とVRH 型への依存傾向 ; (B) HBC らせんチューブにおける2 つの導電パスのモデル Fig.5 ±1 V におけるHBC ナノチューブの電流 - 電圧特性 Fig.6 左のAFM 像において(A):a(-)/b(+), (B):b(-)/c(+), (C):c(-)/d(+)として測定したもの。また(D)はa(-)/d(+)として計測した4 端子測定の結果と(B)との比較。 Fig.7 (A) 電極上のPentacene ナノチューブ; (B) テンプレートを一部溶解した状態でのSEM 像; (C) (A)の試料に対する2 端子測定; (D) (A)の試料に対してSource - Drain 電圧を1 V に固定し、バックゲート電圧を±20 V で振ったもの。 | |
審査要旨 | 本論文は,有機エレクトロニクスにおいて関心を集めているナノワイヤ構造体に関する電子物性の測定を扱っている. 本論文は4章構成であり,各章の概要は以下の通りである. 本研究では,ナノワイヤのような繊維状構造を持つ有機分子集合体を測定対象として扱った.そのため,第1章では本研究全体の背景として,導電性高分子を中心とした有機エレクトロニクス全般を最初に説明し, 主要なナノワイヤ構造体に関する研究例を紹介している. 第2章では,本研究のナノワイヤ構造の電子物性を測定する手法及びナノワイヤ構造の観察手段全般を詳細に記述している. 特に重要な微細電極の製造方法に関して, SPMを用いたリソグラフィの方法を具体的に述べている. また, 本研究でのナノワイヤの観察には走査型電子顕微鏡や光学顕微鏡など様々な顕微鏡を用いたが, 中でも主要な手段として用いた原子間力顕微鏡について重点的に述べている. 第3章では,Hexa-peri-hexabenzocoroneneナノチューブに関する研究が述べられている. Hexa-peri-hexabenzocoronene (HBC)はERATOナノ空間プロジェクトの研究の中で見出された分子であり, HBCナノチューブの構造観察と分光学的観察をまず述べている. 次にナノチューブに導電性を付与するために,ドーピング方法について検討している. 通常の導電性高分子で多用される分子によるドーピング手法を適用したところ, テトラフルオロホウ酸ニトロソニウム, テトラフルオロホウ酸ニトロニウム, 硝酸アンモニウムセリウムが有効であると結論づけている. ドーピングされたHBCナノチューブの電気物性を測定した結果, その温度依存性が一般的な結晶性有機半導体やナノワイヤで用いられる単純な関数では説明できないことを明らかにし, 熱活性型のホッピング伝導と可変領域型のホッピング伝導という2つの電子伝導モードが共存すると結論づけている. また, -1 V~+1 Vの範囲で見られる特異な電流電圧特性, 具体的にはダイオード的な非対称な特性についての精密な実験を行い, ナノチューブと電極の接触面で形成されるショットキー接合では説明できないこと, ナノチューブの巻き方向などには依存しないことを明らかにした. 実験結果を解釈するために様々なモデルを比較検討した結果、HBC分子のグラフェン部分がナノチューブ中で重なる際にできる電子準位の変化に起因するという可能性が述べられている. 第4章では,テンプレート法による簡便な有機分子ナノワイヤ構造作製手法と作成したナノワイヤの電流電圧特性について述べている. ペンタセンやテトラチアフルヴァレン-テトラシアノキノジメタンなどのいくつかの市販の有機半導体分子をナノワイヤ化することに成功し, その導電率測定を行っている. ほとんどの場合には, ナノワイヤの導電率は膜などのバルク状態で計測されている導電率よりは小さくなったが, ポリフッ化ビニリデン (PVdF)という絶縁体高分子をテンプレート法によりナノワイヤ化し, 水酸化カリウム/2-プロパノール溶液で脱フッ化水素処理を施した際には, 導電性の向上が見られた. 脱フッ化水素処理を施したPVdF(deHF-PVdF)ナノワイヤに対してドーピングなしでは絶縁体であること, ヨウ素気相ドープ及び硝酸アンモニウムセリウムによるドーピングによって導電性が向上し, 既存の報告例にある配向膜での導電性に匹敵したことが述べられている. 以上のように本論文で著者は,まず, 新奇な化合物であるHexa-peri-hexabenzocoroneneのナノチューブの電子物性測定と解析を行い, 繊維状超分子ナノ構造体としての特徴的な電子物性が現れることを明らかにした. この研究では, 自己組織化超分子構造が欠陥の少ない有機半導体ナノ構造体を形成し得る可能性が示されている. また簡便な手法で様々な有機半導体ナノワイヤを作製することに成功した. ナノワイヤ化したポリフッ化ビニリデンをアルカリ処理することで導電性を持つ有機分子ナノワイヤが得られることを示した. 本研究では, 複雑な合成過程を経ずに有機半導体ナノワイヤを安価・簡便に作製し得ることを示している. 本論文の内容において,第3章の結果については,Jonathan P. Hill, 金 武松,山本 洋平,福島 孝典,平家 誠嗣, 藤森 正成, 橋詰 富博,下村 武史,相田 卓三, 伊藤 耕三との共同研究,第4章については,下村 武史,伊藤 耕三との共同研究であるが,論文提出者が主体となって実験を行い解析したものであり,論文提出者の寄与が十分であると判断する.よって,本論文は博士(科学)の学位論文として合格と認められる. | |
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