学位論文要旨



No 125195
著者(漢字) 増田,鉄也
著者(英字)
著者(カナ) マスダ,テツヤ
標題(和) 高自発電流をもつトカマクプラズマの解析
標題(洋) Analysis of Tokamak Plasmas with High Self-Driven Current
報告番号 125195
報告番号 甲25195
学位授与日 2009.06.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第502号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 複雑理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高瀬,雄一
 東京大学 准教授 江尻,晶
 東京大学 准教授 井,通暁
 東京大学 准教授 佐々木,岳彦
 東京大学 准教授 高橋,成雄
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

核融合炉を実現する装置として、トカマクが最も有力であるが、従来のトカマクオペレーションでは、プラズマ電流(IP)を駆動するためにオーミック加熱(OH)コイルを用いており、プラズマの定常維持のために多くの非誘導電流駆動装置を必要としていた。発電を目的とした核融合炉にトカマクを用いるためには、経済的な観点から小型化・高効率化が必要となるので、OHコイルや非誘導電流駆動装置の削減または除去が求められる[1]。ブートストラップ電流(I(BS))は、トーラス系固有の粒子軌道と密度・圧力勾配により自発的にプラズマ中に流れる電流である。ブートストラップ電流のプラズマ電流中の割合f(BS)=I(BS)/IPFが大きくなれば非誘導電流駆動装置の大幅な削減が可能となる。最近、東大グループが日本原子力研究開発機構のJT-60Uトカマクで行った実験[2]は、OHコイルの使用をプラズマ立ち上げ時のみに限定し、トロイダル磁場に垂直方向およびプラズマ電流に対し反対方向の中性粒子ビーム入射(NBI)のみを用いてプラズマを維持するもので、世界で初めてほぼf(BS)=100%の状態が実現された。今後はこのような状態を長時間維持することが課題となっているが、これを実現するためには、ブートストラップ電流の増加を制御することが条件となるため、f(BS)>100%を精度良く実証する必要がある。しかし、I(BS)は直接計測することができないので、通常、IPから各電流を差し引いた残りをI(BS)として求められている。f(BS)の精度を向上させるためには、IPやI(BS)の空間分布を高精度で決定する必要があり、プラズマ内部磁場分布および密度・圧力分布の空間微分および時間微分を正確に求める必要がある。本研究の第一の目的は、f(BS)を精度よく求めるための解析手法を確立することである。さらに、対象となるプラズマにおいてf(BS)>100%であるかどうかを十分な信頼度で判断することを第二の目的としている。

2.動的シュタルク効果偏光計

動的シュタルク効果(MSE)偏光計は、速度vで入射された中性重水素原子がローレンツ電場EL=v×B感じることを利用する。ビーム原子から放射されるDa線はローレンツ電場に対して平行、垂直方向に偏光したπ成分、o成分に分けられる。偏光角の空間分布を測定することにより、ローレンツ電場ELの向き、したがって磁場のピッチ角の空間分布を導出できる。これよりプラズマ内部の電流分布や誘導電場分布がわかるので、本研究では最も重要な計測である。

3.解析手法

トカマクでは、プラズマを磁場によって閉じ込めており、その実験解析は、プラズマ中の力のつりあい(平衡)を求めることから始まる。平衡計算に使われるのは、各コイルに流れる電流、真空容器壁付近で測定された磁束および磁場の分布、MSE偏光角分布である。この平衡をポロイダル磁束関数Ψを使って表した式が、Grad-Shafranov方程式である。〓Rは大半径、pは圧力分布、Fは電流の流れ関数でF=RBψと表され、'はψでの微分を表す。この式を自由境界平衡コードMEUDASで解き、平衡状態を再構築する[3]。本研究では、MSEデータを極力反映させた平衡を再構築するよう注意を払った。SLICEコードにより温度・密度分布などの測定データをMEUDASで得た平衡磁気面上に体積平均規格化小半径ρ(プラズマ中心で0、境界で1と規格化したもの)の関数としてマッピングする。軌道追跡モンテカルロ(OFMC)コード[4]は、NBI加熱により生成される高速イオンの軌道計算を行い,高エネルギー粒子の熱化を計算するプログラムである。温度・密度・Z(eff)(有効イオン電荷)分布、各NBIの電圧や入射パワー、プラズマ平衡を入力とし、イオン分布関数、NBI突き抜けパワー、トロイダル磁場リップル損失、軌道損失、荷電交換損失、NBIによる駆動電流密度分布などが計算される。TOPICSコードではMEUDAS、SLICE、OFMCで得られた結果を用いて中性子生成数と有効電荷数Z(eff)の計算を行い[5]、計測された中性子生成数と合うようZ(eff)の絶対値を求める。ACCOMEはプラズマ平衡解析と電流駆動解析を繰り返して、駆動電流の空間分布と平衡配位を無矛盾に解くコードであり[6]、NB駆動電流、誘導駆動(OH)電流、ブートストラップ電流を計算する。但しOH電流はMSE計測より導出されたプラズマ中の周回電圧分布を用いて再計算される。ファラデーの誘導方程式の面積分より〓が得られる。従って周回電圧の空間分布はMEUDASで得られたポロイダル磁束Ψの時間微分として得られる(図1)。ACCOMEにより計算されたOH電流密度分布をJ(OH)、ACCOMEで得られた空間一様の周回電圧をVO、補正されたOH電流密度分布をJ(OHR)、補正周回電圧をV(LOOP)(P)とすると、〓により、補正OH電流が求まる。本研究では、計測された全電流I(total)からACCOMEで算出されたNB駆動電流I(BD)と補正OH電流I(OH)を差し引くことで、ブートストラップ電流I(BD)を得ている。

4.解析結果

上記の手法でショットナンバーE045701(図2)の5.10秒での解析を行い、得られた各電流分布をプロットしたものが、図3である。その面積分値はI(total) =0.567[MA]、I(BD)=-0.029[MA]、I(OH)=-0.216[MA]となる。OH電流の誤差は-0.282≦I(OH)≦-0.150[MA]であり、これによるBS電流の誤差は0.747≦I(BS)≦0.878[MA]となる。BD、OH共に負であるので全電流におけるBS電流の割合 (f(BS))は132≦f(BS)≦155%となった。ここでの誤差範囲は、周回電圧を最小二乗法で求める際に発生した標準誤差によるものである。

5.誤差解析

上記の結果では、誤差は周回電圧算出時に発生したもののみであるため、多くの不確定性を残している。平衡計算に用いられているMSE偏光角は、±0.2。の誤差が見積もられており[6]、各電流算出時に用いられている電子密度、電子温度、イオン温度にも誤差が存在する。そこで、これらの誤差を考慮に入れた解析を行った。MSE偏光角に対して、+0.2。と-0.2。ずらした平衡計算をおこない(図4)、また、電子密度・温度、イオン温度に対してフィッティングを行う際に、誤差棒の示す最大値および最小値に合わせるようにする(図5,6,7)。

±0.2。の平衡それぞれに対して、誤差の最大最小に合わせたフィットそれぞれを組み合わせて解析を行った結果を図3の誤差値として載せたものが図8である。

各電流の面積分値は、全電流O.559≦Itoal≦O.578[MA]、BD電流-0.045≦Ibd≦-0.021[MA]、OH電流-0.368≦IBD≦-O.055[MA]、BS電流0.682≦IBs≦0.940[MA]となる。この時、fBsはll8≦fBs≦168%となり、fBs≧100%が示された。

[1] S. Nishio, K. Tobita, S. Konishi et al., Proc. 19th IAEA Fusion Energy Conf. FT/P1-21 (Lyon, 2002).[2] Y. Takase, S. Ide, Y. Kamada et al., 21st IAEA Fusion Energy Conference (Chengdu), EX/1-4 (2006).[3] トカマク平衡コードMEUDASのモジュール解説, 日本原子力研究所那珂研究所炉心プラズマ研究部, 鈴木 昌栄・林 伸彦・松本 太郎・小関 隆久[4] K. Tani et al., Journal of Phys. Soc. Jpn. 50, 1726 (1981).[5] H. Shirai et al., J. Phys. Soc. Jpn. 64, 4209 (1995).[6]T.Fujita,H.Kubo,T.Sugie,N.Isei,andK.Ushigusa,FusionEng.Des.34-35,289(1997)

図1. ポロイダル磁束の時間微分として得られた周回電圧の空間分布

図2. 解析に用いた時間帯波形(E045701)。(a) 全電流[MA] と周回電圧[V](b) 蓄積エネルギー[MJ] とF コイル(OH)電流[kA]

図3. 平衡から得た全電流密度分布と、ACCOMEで算出されたBD電流密度分布、補正を行ったOH電流密度分布、全電流から各電流を差し引いて得られたBS電流密度分布。誤差棒は周回電圧算出時の誤差。(E045701、5.10秒)

図4.計測されたMSE偏光角に対して±0.2。ずらした平衡計算を行った。(a)十0.2。(b)-0.2。

図5.電子密度のフィッティング。(a)計測データに誤差値を含んで最大値となる点でフィット(b)計測データから誤差値を差し引いて最小値となる点でフィット

図6.電子温度のフィッティング。(a)計測データに誤差値を含んで最大値となる点でフィット(b)計測データから誤差値を差し引いて最小値となる点でフィット

図7.イオン温度のフィッティング。(a)計測データに誤差値を含んで最大値となる点でフィット(b)計測データから誤差値を差し引いて最小値となる点でフィット

図8.誤差解析の結果。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなり、第1章は序論で、核融合研究、特にトカマクにおける電流駆動について述べられており、これまでの研究のレビュー、本研究の目的が記述されている。第2章ではJT-60Uトカマク装置および本研究で用いられた測定装置等が解説されている。第3章では本研究で用いられた数々の解析コードが解説されている。第4章ではJT-60Uトカマクでおこなった高自発電流プラズマの実験結果および解析結果について述べられている。第5章では誤差解析等による検討結果について議論されている。第6章では本研究の結論が述べられている。

トカマクの従来のオペレーションでは、プラズマ電流(Ip)を駆動するためにオーミック(OH)コイルを用いており、プラズマの定常維持のために非誘導電流駆動装置を必要としていた。核融合炉にトカマクを用いるためには、これらの装置の削減または除去が求められる。ブートストラップ電流(I(BS))は、トーラス系固有の粒子軌道と圧力勾配によりプラズマ中に自発的に流れる電流である。ブートストラップ電流のプラズマ電流中の割合f(BS)=I(BS)/Ipが大きくなれば非誘導電流駆動装置の大幅な削減が可能となる。プラズマ電流中のブートストラップ電流の割合が100%以上であれば(ブートストラップオーバードライブという)電流の増減制御の可能性が期待できる。

これまで東京大学と日本原子力研究開発機構の共同研究で高ブートストラップ電流実験がおこなわれたが、f(BS)>1の達成は証明されていない。本研究ではf(BS)を精度よく求め、f(BS)>1達成の信頼度を向上させることを目的とした。ブートストラップ電流密度分布jBS(ρ)は、測定された全プラズマ電流密度分布j(total)(ρ)より、小さな寄与である中性粒子ビーム駆動電流密度j(BD)(ρ)および誘導駆動電流密度j(OH)(ρ)を差し引いて得られる。ここでρは規格化したプラズマ小半径である。従って、j((BD))(ρ)およびj(OH)(ρ)を精度よく評価することが極めて重要である。特に、プラズマ中心部に存在する「電流ホール」領域内では電流が流れないことがわかっており、この領域内の電流の扱いが重要であることがわかった。動的シュタルク効果(MSE)偏光計による磁場ピッチ角分布の直接測定が、j(total)(ρ)を求めること、およびプラズマ平衡を再構築し、ポロイダル磁束分布Ψ(R,z)を導くことに不可欠である。j(BD)(ρ)はこの平衡および密度や温度等の空間分布に基づき計算され、Ψ(R,z)の時間微より電磁誘導による周回電圧の分布、従って誘導駆動電流分布j(OH)(ρ)が導出される。このような解析をおこない、解析結果の信頼性を向上することができた。その結果、電流ホール領域の大きさがブートストラップ電流の算出に大きな影響をもつことがわかった。

2種類の放電制御(OHコイル電流一定制御およびプラズマ表面磁束一定制御)を用いた複数の放電を解析した結果、高い確度で、完全に自発的に流れるブートストラップ電流のみにより電流が駆動されたトカマクプラズマ(f(BS)=1)が得られたことが明らかとなった。またこの中で、ブートストラップ電流でオーバードライブされた状態(f(BS)>1)も実現されている可能性も示唆された。

本研究は完全に自発電流で駆動されたトカマクプラズマの実現性を証明し、ブートストラップオーバードライブの実現さえも示唆しており、これらはトカマク核融合炉の経済性向上に大きく寄与できる重要な結果である。しかし、これらの状態は過渡的にしか実現されておらず、このようなプラズマが定常維持できるか、あるいは制御可能かという課題は残されている。

本論文は論文提出者が主体となって解析を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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