学位論文要旨



No 125199
著者(漢字) 奥山,洋一郎
著者(英字)
著者(カナ) オクヤマ,ヨウイチロウ
標題(和) 森林教育の場としての学校林に関する研究
標題(洋)
報告番号 125199
報告番号 甲25199
学位授与日 2009.07.03
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3472号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永田,信
 東京大学 准教授 古井戸,宏通
 東京大学 准教授 斎藤,馨
 京都教育大学 教授 山下,宏文
 鹿児島大学 准教授 枚田,邦宏
内容要旨 要旨を表示する

森林に求められる役割が、これまでの木材生産から生物多様性の保全、レクリエーション利用、また地球温暖化対策としての二酸化炭素固定源などと多様になってきている中で、森林の教育利用の重要性が高まっている。多様な機能発揮のための森林整備には、国民的な合意が不可欠であり、前記の各種機能について正しい知識と関心を持ってもらうことが第一歩である。学校林は森林に親しみ学習する場として、多様な役割への理解を深める場として格好のフィールドである。学校教育の側でも新しい動きが起きている。2002年度から実施されている新学習指導要領で新設された「総合的な学習の時間」は、これまでの教科の枠を超えた全く新しい時間である。この時間は、体験を重視して地域社会とも積極的に連携するものと構想されており、地域と深い関係を持つ学校林を利用した森林教育との親和性が高い。また、学校林活動はその実施する時間が大きな問題となっていたが、「総合的な学習の時間」では、教科時間の弾力的な運用が可能でまとまった時間を確保しやすくなる。本論文では、森林教育の場としての学校林が果たす可能性、解決するべき課題について考察した。

学校林の管理と利用:立地による相違

都市の学校林は、校地から距離が近いものも多く、樹種は針葉樹のみという学校林は比較的少数であり、広葉樹や果樹も含めて多様な林相を持つ割合が大きい。所有者に関しては他に比して特徴的な傾向は見られなかった。設置目的は、教科教育、環境教育、課外・特別活動と言った教育目的に類する者の割合が比較的大きく、基本財産として設置された学校林は過半数あるが他の立地よりも比較的少ない。管理主体は学校のみでの管理が多いが、外部主体では地域住民の関わりが大きい。利用に関しては、他の立地条件に比べて活発であり、半数近い学校林で利用されていると言うことであった。実際の利用内容も、設置時の目的と対応するが、教科教育利用の割合の大きさに特徴があった。今後の方針ついては、他と同じく現状維持が多数だが、約一割が縮小・廃止を検討しているという回答であった。

これに対して、山村の学校林の特徴であるが、校地から遠隔地の学校林が多く、樹種は針葉樹のみという学校林が多い。所有者については、財産区の多さがやや特徴的だが、この点は他の立地とそれほどの違いは確認できなかった。設置目的は林業教育が多く、また学校の財産としての利用を目的とした伐採の実施実績も多かった。管理主体では学校のみでの管理は少なく、外部と協力している事例が多く、森林組合の多さに特徴があった。利用状況は低調であり、利用内容でも特徴は見られなかった。これは、林業教育という当初の目的が発揮できる場が少ないということを示すだろう。また、利用頻度も年一回という学校林の割合が6割を超えており、一番大きかった。

農村であるが、校地からの距離や利用状況を見ると都市と山村の中間的な性格を持つことがわかる。ただし、設置目的や利用内容を見ると基本財産としての目的が比較的多く、実際その管理も実施されているという例が多いという結果であった。この点、樹種を見ると針葉樹のみという学校林の割合は山村と変わらず、利用の活発度は自然環境よりは農村と山村の地域共同体の現存度、つまり社会条件を反映している可能性がある。「限界集落の崩壊」ということが近時話題になるが、この現象の進行速度が速い山村では地域の財産であった学校林を維持できない状況が起きており、比較して平地農村の方が地域共同体を維持できていると言うことを示すのではないか。

これら結果から、以下の点を指摘したい。一点は、学校と地域の関係である。学校林の管理において、山村部の学校林は外部との協力により実行している割合が多かったが、同時に地域共同体の弱体化が進行している。学校から遠隔地による針葉樹主体の学校林は、林業教育にも基本財産にも活用が難しく、学校にとって重荷になっている可能性が高い。実地調査での経験をふまえると、このような山村部の学校林の場合、学校林の存在を学校がほとんど把握していない事例もある。つまり、現況調査のたびに書類を確認してその存在を再確認する学校林=「帳簿学校林」がかなりの数存在している。このような場合、学校だけに利用を働きかけるのではなく、地域と学校林の関係を再確認した上で、地域の諸主体(森林組合、林業団体、財産区、生産森林組合等の入会林管理組織等)に対する取り組みが重要となる。学校林の再生は地域における森林の価値の再発見を伴う作業となろう。もう一点は、都市における学校林整備のあり方である。立地ごとの特性を見た場合、都市の学校林の場合、利用に当たっての条件が良く利用の実践例も多い。この動きをどのように広げていくか。弱体化しているとは言え森林管理に関わる団体が残存している山村、農村に比べて都市ではそのような団体が存在していない場合も多い。今回も都市では学校関係者だけでの管理が多いという状況が明らかになったが、学校林に関わる新たな協力主体を探す必要があるだろう。前述のように、現行学習指導要領は、学外主体との連携による学校経営を明記しており、受け入れの素地はできている。都市型の森林管理団体としての森林ボランティア団体等、新たな森林整備の担い手との連携が必要となる。

市民団体との協力の可能性

全国の学校林保有校を対象とした現況調査で明らかとなったのは、保有していても活用されない学校林が多く、学校を取り巻く環境の変化により活動の継続が困難になるという現実であった。森林教育への関心と高まりを見せている中で、学校林活動が停滞しているという状況を打開する方策として、新しい学校林活動実施の担い手を事例から考察するというのが本稿の目的であった。本稿で取り上げた事例が継続した要因は、ノウハウを求める小学校とフィールドを求める市民団体の両者の意志が一致したことが大きい。しかし、両者ともに特別な設備や体制を持った団体ではない。利用できる森林が近くにあり学校側に意欲があっても踏み出せない事例に対して、本事例から摘出できる活動実施の要因は以下の三点である。

(1)行政による情報提供

本事例の立ち上げに当たっては学校側の相談に、市役所が適切な協力者を紹介できたことが大きい。総合的な学習の時間の導入以降、地域に開かれた学校の取り組みとして諸団体との協力も標榜されている。農林業の体験学習の継続的な実施には学外の協力者が有効であり、学校の相談窓口が農林部局と連携して適切な団体を紹介できる体制の整備が必要となるだろう。同様に山林を学校に提供したいという篤志家も少なくないはずである。予算の限界から以前のように直接土地を購入して学校林を設置、作業管理まで行政が責任を持つのは困難な状況であり、このような情報の継続的な収集と提供が行政機関の重要な役割となる。

(2)緩やかな組織形態

ある程度自由な形態の「同好会活動」にしたことで参加しやすい形態となった。スポーツ少年団や塾・習い事等の他の行事を抱えている児童は多く、毎回の活動に必ず参加というのは難しい。実際に参加人数は毎回変動しており、参加の障壁を低くして、柔軟性を持って運用してきた。この辺りは、学校側が児童の状況を見て、最適な方法を選択したと言える。ただし、活動参加人数が予測できないため、資材の準備等が困難になるという問題もあり、この点は活動の継続性の保証とも対立するため、実施に当たっての配慮は必要となるだろう。

(3)学校、団体内部での責任の明確化

緩やかな組織形態の一方で、活動の継続には、責任ある体制が不可欠である。学校側は担当教員の転任のたびに新しい担当者を決めており、市民団体側も担当責任者を決めて各回ごとにリーダーを決めて活動を行った。学校側では事務的な引き継ぎが出来ても活動ノウハウの引き継ぎまでは困難であるが、この点はSFW側で継続的に経験を蓄積しており、活動の中で担当教員と活動内容の改善、充実を図っていった。どちらにしても責任者、窓口を明確にするという原則を守ってきたことが事例での学校林活動が継続した大きな要因である。

上記は単純なことではあるが、適切な条件を整えることが出来れば、多くの学校で森林教育を実施することは可能である。新しい担い手の参入は伝統的な学校林の管理・利用のありようにも影響を与えて、停滞した学校林活動を再生するきっかけとなることも期待される。学校と地域社会の関係を再生する運動としても、学校林活動の再生は今後より注目されるべきである。本稿では、伝統的な学校林利用が期待できない地域において、事例から市民団体の連携の可能性を検討した。市民団体との協力体制を構築することで、学校林活動の課題であった活動の継続性が担保された。また、活動実施に当たっても新しい知識、方法が学外から導入されることで内容の充実が図られた、と評価できるだろう。対象事例は学校・団体規模や実績を考案しても特別な存在ではなく、初期の連動が成功するならば同様の活動を展開するのは十分に可能である。この点について、結節点としての行政の役割は重要であった。

一方で、学校林活動を支える外部主体間の「垣根」の問題にも注意が必要となるだろう。エリア型・テーマ型コミュニティは、本来対立するものではないが、性格の違いや意思疎通不足により距離が生じることもありうる。今回、取り上げた事例は学校林に関わるエリア型コミュニティが形成されていない都市的地域だったが、伝統的な学校林利用が困難になっている地域で新たな主体が登場する場合に、地縁団体と市民団体がどのように協力できるか。両者の橋渡しの存在として学校林という教育資源をどのように活用できるのか。

さらに学校と外部主体との「垣根」も生まれる可能性がある。学校としては、児童・生徒の発達、学習とどのように位置づけられるのかが第一義であり、既存の教科教育や総合的な学習の時間との関連をどのように図るかという点は、本稿の事例調査でも課題として現れた。森林教育は小中学校では一般には「環境教育」に分類されるが、情報教育、国際理解教育、福祉教育と言った現代的なニーズを持つ教育内容は他にも多く存在している。地域の教育目標や児童の発達を考慮して、それらを選択するのは学校の責任であるが、森林・林業に関わる側としても、前述の行政の支援と併せて、学校が利用しやすいカリキュラムを提供する努力も必要である。

審査要旨 要旨を表示する

森林に求められる役割が、これまでの木材生産から生物多様性の保全、レクリエーション利用、また地球温暖化対策としての二酸化炭素固定源などと多様になってきている中で、森林の教育利用の重要性が高まっている。学校林は森林に親しみ学習する場として、多様な役割への理解を深める場として格好のフィールドである。本論文では、森林教育の場としての学校林が果たす可能性、解決すべき課題について考察した。

第1章では先行研究をレヴューし、本研究の目的、方法、構成を述べた。

第2章では森林・林業白書から森林教育の林政上の位置づけをたどり、上述のように森林の教育利用の重要性が高まって来た事を摘出した。

第3章では学校林について全国調査を行い、所在する立地を都市、農村、山村の3地域に分類して比較した。

都市の学校林は、校地から距離が近く、広葉樹や果樹も含めて多様な林相を持つ割合が大きかった。設置目的は、教科教育、環境教育、課外・特別活動と言った教育目的に類するものの割合が比較的大きく、基本財産を目的とするものは他の立地よりも比較的少ない。利用に関しては、他の立地条件に比べて活発であり、利用内容も、教科教育利用の割合の大きさに特徴があった。

山村では、校地から遠隔地の学校林が多く、樹種は針葉樹のみが多かった。設置目的は林業教育が多く、また学校の財産としての利用を目的とした伐採の実施実績も多かった。管理主体では外部の協力主体として、森林組合の多さに特徴があった。利用状況は低調であり、利用頻度も年一回という学校林の割合が6割を超えており、一番大きかった。

農村では、校地からの距離や利用状況を見ると都市と山村の中間的な性格を持つ。樹種を見ると針葉樹のみという学校林の割合は山村と変わらないが、利用は比較的活発であり、農村と山村の地域共同体の現存度が反映していると考えられた。山村では地域の財産であった学校林を維持できない状況が起きており、比較して平地農村の方が地域共同体を維持できており、それが学校林の維持管理にも影響した可能性がある。

これら結果は、立地により必要な協力主体や支援内容に相違があり、農村、山村では森林組合等の既存の森林管理団体や地域共同体との協力、都市部では新しい森林管理団体としての森林ボランティア団体等、新たな森林整備の担い手との連携が必要な事を示唆している。

第4章では都市型の学校林活動の可能性として、市民団体と連携した学校林活動について現地調査を実施し、市民団体との協力の可能性を検討した。

調査事例は活動が5年間継続しており、この活動継続にはノウハウを求める小学校とフィールドを求める市民団体の両者の意志が一致したことが大きい。利用できる森林が近くにあるが活動に踏み出せない学校に対して、本事例から摘出できる要因は以下の三点である。

(1)行政による情報提供

本事例の立ち上げに当たって学校側の相談に、市役所による適切な協力者の紹介があった。以前のように直接土地を購入して学校林を設置し、作業管理まで行政が責任を持つのは困難な状況であり、このような情報の継続的な収集と提供が行政機関の重要な役割である。

(2)緩やかな組織形態,

自由な形態の「同好会活動」にし、児童らが参加しやすい形態となった。学校側が児童の状況を見て、最適な方法を選択したと言える。

(3)学校、団体内部での責任の明確化

緩やかな組織形態の一方で、活動の継続には、責任ある体制が不可欠である。学校側は担当教員の転任のたびに新しい担当者を決めており、市民団体側も担当責任者を決めて各回ごとにリーダーを決めて活動を行った。

新しい担い手の参入は伝統的な学校林の管理・利用のありようにも影響を与えて、停滞した学校林活動を再生するきっかけとなることも期待される。市民団体との協力体制を構築することで、学校林活動の課題であった活動の継続性が担保された。また、活動実施に当たっても新しい知識、方法が学外から導入されることで内容の充実が図られた、と評価できるだろう。

第5章では国有林における「悠々の森」制度を取り上げ、学校への国有林の提供を想定して設定された本制度が、学校林としてどの様に利用されているかを調査した。柔軟な制度設計がなされているため、熱心な国有林の現場において活用されている事が明らかとなったが、問題を抱える例も見られ、今後も検証が必要である事が明らかとなった。

以上、本論文は、文献調査による問題設定に、地域に密着したフィールドワークに基いたデータ収集を重ね、森林・林業政策にとっても、文部教育政策にあっても狭間に位置する学校林を森林教育の場としてとらえて利用・管理のあり方を明らかにした意欲的な試みであり、学術上・応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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