学位論文要旨



No 125200
著者(漢字) 澤,千恵
著者(英字)
著者(カナ) サワ,チエ
標題(和) 国産大豆を原料とした豆腐のフードシステム
標題(洋)
報告番号 125200
報告番号 甲25200
学位授与日 2009.07.03
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3473号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農業・資源経済学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,信和
 東京大学 教授 本間,正義
 東京大学 教授 木南,章
 東京大学 准教授 中嶋,康博
 東京大学 准教授 安藤,光義
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、国産大豆を原料とした豆腐のフードシステムを明らかにすることを課題とする。そのために、以下の3つのことを明らかにした。〔1〕大豆の需給構造の変遷と今目的到達点(第2章)、〔2〕豆腐のフードシステムの変遷と今日的到達点(第3章)、〔3〕国産大豆を原料とした豆腐製造企業の経営展開と主体間関係(第4章から第8章)。

〔1〕大豆の需要構造の変遷と今日的到達点

まず、世界における大豆をめぐる状況として、近年における4つの主要な変化について、代表的な統計データを示しながら整理した。(1) 遺伝子組み換え大豆の作付拡大、(2) 中国の需要増加、ブラジルの生産拡大、アメリカにおける生産の不安定化など、世界の大豆需給をめぐって、これまでにない変化が生じていることが明らかになった。

次に、日本における大豆に関して、「製油用」と「食品用」とを区別しながら、『食料需給表』等の統計データをもとに需給構造を明らかにした。まず供給に関して、1990年代以降、ブラジルやカナダからの輸入が増加していることを確認し、消費者が遺伝子組み換え大豆を回避する傾向があることとの関連を示唆した。そして需要に関して、1982年までを需要激増期、1983年からを需要飽和期として把握した。1983年に大豆総需要量が飽和に達しているのは、製油用需要が頭打ちになったためであることを指摘した。一方で食品用需要に関しては、1人1年あたりの消費量が増加しており、大豆加工食品がそれまでより多く消費されている可能性があることについて考察した。1990年代後半からの納豆用仕向大豆の増加と、2000年頃から豆乳用仕向大豆が増加していることが確認できた。そして、それらの大豆加工食品の原料として、国産大豆がどれくらい使用されているかを把握した。そこでは国産大豆の最も大きな実需者が豆腐製造業であることと同時に、2000年度以降、水田農業における本作化施策によって増産された大豆を主に使用しているのは豆腐製造業であることが判明した。従って、今後、需要に応じた大豆生産体制を構築していく際に、豆腐製造業が、どのような大豆を、なぜ必要としているのかということを把握しておくことが不可欠である。以上の点を、本研究において、対象を豆腐に限定する理由として提示した。

〔2〕豆腐のフードシステムの変遷と今日的到達点

豆腐のフードシステム分析として、(1)豆腐の商品特性、(2)加工技術の変遷、(3)消費構造の変遷、(4)市場構造の変遷、(5)流通構造の変遷、(6)企業結合構造のそれぞれの項目に関して整理した。そして、それらを踏まえて(7) 豆腐のフードシステムの構造変化に関する時期区分を行い、各時期の特徴について考察した。豆腐のフードシステムは、消費拡大期(戦後から1989年まで)、消費飽和期(1990年から2000年まで)を経て、現在は市場規模縮小期(2001年から現在まで)にある。1990年に、豆腐の消費量が飽和に達したことと、小売業が「コストダウン」と「高品質」への戦略の分化を進めたことによって、豆腐製造企業において「低価格化」と「差別化」が進むと同時に、小売業との取引が不安定化する中で、「製造小売業への見直し」も進んだ。このような戦略の分化を、業界団体へのヒアリングや幾つかの資料を参考としながら、外的環境の変化への対応という観点から剔抉した。また、この「低価格化」「差別化」「製造小売業への見直し」が、M,E.ポーターが提唱した3つの競争戦略「コストのリーダーシップ戦略」「差別化戦略」「集中戦略」と合致することを指摘した。2001年以降の市場規模縮小期において、これらの戦略が深化されている状況について、整理した。

〔3〕国産大豆を原料とした豆腐製造企業の経営展開と主体間関係

消費拡大期以降、豆腐製造企業において国産大豆がどのように使用されているかについて、4つの経営体の分析を通して把握した。従業員数で300人、100人、48人、22人という異なる規模の豆腐製造企業を対象とし、各事例について、豆腐製造企業の経営展開と主体間関係を明らかにした。経営展開についての共通点から、第1に、1990年代という時代が国産大豆を原料とした豆腐製造企業の発生と成長をもたらしたこと、第2に、1999年以降のいわゆる「大豆本作化施策」が、これらの企業の成長を後押ししていたということ、第3に、2000年以降、これらの企業がリードする形で食育活動や地産地消などの公益的活動が活発化していることが明らかになった。このような経営展開を可能としている主体間関係を、4点に整理して理解した。第1に、取引先と対等な関係が構築されている点、第2に、農業生産者やJAなどの大豆の生産段階にある主体と、対等な関係性の上に継続的な取引が行われている点、第3に、卸売業者との信頼関係と協力体制が存在している点、第4に、消費者から生産者までの間で、大豆や豆腐についての情報の共有が進んでいるという点である。

〔2〕と〔3〕の分析の結果から、1990年に豆腐の消費量が飽和に達したことと、豆腐製造業の取引先であるところの小売業が1990年代に戦略の転換を行ったことを背景として、(1)1990年代以降、国産大豆を原料とした豆腐製造に対する川下のニーズが高まり、豆腐製造企業はそのニーズに対応してきたこと、そして、(2)1999年以降の大豆の生産振興政策は、そのような豆腐製造企業の成長を促進する役割を果たしたことが明らかになったと言ってよいだろう。また、(3)食品の安全性に対する消費者意識の高まりと、特に大豆加工食品に関しては、非遺伝子組換大豆として国産大豆への注目が強まったことも国産大豆を原料とした豆腐製造企業の成長要因として指摘しておかなければならない。これは、(1)の背景でもある。非遺伝子組換大豆の供給は年々急速に減少しており、EU諸国をはじめとした遺伝子組換作物に対する忌避感が強い国との間で、非遺伝子組換大豆をめぐる争奪戦が激化している。日本では、遺伝子組換大豆の輸入が開始された1997年以降、国産大豆に対する新しい価値が見出されるようになったとも言える。このような時代の大きな流れの中で、国産大豆を原料とした豆腐製造企業は着実に成長してきた。しかし、2003年・2004年に、2年続けて大豆が不作であったことは、例えばある経営者からは「倒産寸前であった」と聞かれるなど、これらの企業に大きなダメージを与えた。それでも、メーカーB、メーカーC、メーカーDは、国産大豆商品100%で経営を存続させた。このことからも、国産大豆に対する実需者ニーズが一過性のものでないことが明らかであり、冒頭に述べたような大豆生産をめぐる課題の解決が、なお一層求められているのである。

審査要旨 要旨を表示する

わが国の食料自給率向上が重要な政策的課題になる中で、国産大豆に大きな期待が寄せられている。大豆は製油用と食品用に用途区分されるが、前者は輸入大豆に100%依存しているのに対し、後者は現在でも20%程度の自給率を有しており、向上の可能性があると判断されるからである。したがって、この食品用大豆の用途の50%弱を占める豆腐・油揚げの製造にとって国産大豆がいかなる意義を有するかの検討を抜きにして大豆の自給率向上問題は語りえないといってよい。

本研究はこうした状況の下で、国産大豆を原料とした豆腐のフードシステムの変遷と今日的到達点を明らかにすることを課題とし、第1に、大豆の需給構造の変遷と今日的到達点を解明し(第2章)、第2に、大豆の生産から、流通、豆腐製造・販売に至る豆腐のフードシステムの変遷と今日的到達点の全体像を示すとともに(第3章)、第3に、国産大豆を原料とした豆腐製造企業の経営展開と主体間関係を規模の異なる4企業の事例分析を通して検討し(第4~8章)、これに総括を加えたものである(第9章)。

第2章においては、先ず世界の大豆需給をめぐる近年の主要な変化を、(1)遺伝子組み換え大豆の作付拡大、(2)中国の需要増加、(3)ブラジルの生産拡大、(4)アメリカにおける生産の不安定化という視点から明らかにした。次いで、わが国における大豆の需給構造を検討し、1982年までを需要激増期、1983年からを需要飽和期として把握した。1983年に大豆総需要量が飽和に達したのは、製油用需要が頭打ちになったためである。他方で食品用に関しては、1983年以降も1人1年あたりの消費量が増加しており、とくに、1990年代後半からは納豆用が、2000年頃から豆乳用が増加していることが確認された。こうした大豆加工食品の原料としての国産大豆の地位をみると、国産大豆の最大の実需者は豆腐製造業であること、2000年度以降の水田農業における本作化政策によって増産された国産大豆の主たる実需者が豆腐製造業であることが判明し、国産大豆を原料とするフードシステム研究の意義が明瞭となった。

第3章においては、(1)豆腐の商品特性の検討を踏まえて、(2)加工技術、(3)消費構造、(4)市場構造、(5)流通構造、(6)企業結合構造の変遷過程を整理し、(7)豆腐のフードシステム構造変化を分析して、消費拡大期(戦後から1989年まで)、消費飽和期(1990年から2000造年まで)、市場規模縮小期(2001年から現在まで)という時期区分を提起した。そしてま、1990年に豆腐消費量が飽和点に達したことを背景とし、小売業の経営戦略変化に対応して豆腐製造企業において「低価格化」と「差別化」が進む中で、「製造小売業の見直し」が進んだことは、M.E.ポーターが提唱する3つの競争戦略「コストのリーダーシップ戦略」「差別化戦略」「集中戦略」と合致していることが明らかにされるとともに、2001年以降の市場規模縮小期においてはこれらの戦略が深化していることを指摘した。

第4~8章では消費拡大期以降の豆腐製造企業において国産大豆がどのように使用されているかについて、従業員数で300人、100人、48人、22人という異なる規模の4つの企業を対象とし、豆腐製造企業の経営展開と大豆の生産者・流通業者、豆腐小売業などの間の関係を考察した。それらの分析を通して、経営展開については以下の3点が明らかになった。第1に、1990年代の豆腐の消費飽和期への到達が国産大豆を原料とする豆腐製造企業の形成と成長をもたらした。第2に、1999年以降のいわゆる「大豆本作化政策」が、これらの企業の成長を原料面から後押しした。第3に、2000年以降にはこれらの国産大豆を原料とする企業がリードする形で食育や地産地消などの公益的活動が活発化していることがそれである。

そして、このような経営展開を可能とした主体間関係の特徴を以下の4点に整理した。第1に、豆腐製造企業と各種の取引先との間には対等な関係が構築されている。第2に、農業生産者やJAなどの大豆の生産段階にある主体と、対等な関係性の上に継続的な取引が行われている。第3に、卸売業者との間に信頼関係と協力体制が存在している。そして、第4に、消費者(川下)から生産者(川上)までの間に大豆や豆腐についての情報の共有が進んでいるという点がそれである。

国産大豆を原料とした豆腐のフードシステムは、豆腐のフードシステム全体の3割にも満たない。しかしその3割が、いかなる条件のもとで、どのような経営体によって存立しているのかについては、本研究によって初めて全体像が明らかにされたといってよい。本研究の事例分析の結果をストレートに一般化することはできないが、規模の異なる4つの経営において国産大豆商品100%の経営が確立していることから、国産大豆商品100%の豆腐製造は、企業規模を問わず可能であることは指摘できるであろう。

以上のように、本研究によって国産大豆を原料とした豆腐のフードシステムが解明され、フードシステム研究に新たな地平を切り開いたことは学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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