No | 125201 | |
著者(漢字) | 杉田,直樹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | スギタ,ナオキ | |
標題(和) | 緑茶の地域ブランド化と生産・流通構造 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 125201 | |
報告番号 | 甲25201 | |
学位授与日 | 2009.07.03 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3474号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 農業・資源経済学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 農産物生産の高付加価値化・差別化が進展する中で、生産物の付加価値・差別化を消費者に認知・識別させる農産物のブランド化の重要性が高まっている。地域ブランドは、多様な地域資源を活用することが可能であり、農産物のブランド化の有効な戦略の1つである。農産物の地域ブランド化に取り組む事例も多く、それらを巡る議論も活発に行われているものの、地域ブランドという用語は、そのブランド化の対象が非常に広範であり、概念も曖昧なままである。本論文では、地域ブランドを「特定の地域で生産(加工)された農産(加工)品を識別し、他の地域で生産(加工)された製品から差別化しようとする、地域名を冠した名前やシンボル」と定義した。本論文では、緑茶の地域ブランドを研究対象とした。その理由として、第1に緑茶の地域ブランドは、食品の地域ブランドの中でも、強いブランド力を有した地域ブランドが複数存在した品目であることが挙げられる。第2に、伝統的な非常にブランド力の強い地域ブランドが存在する一方で、新興産地では新たな地域ブランドが構築されていることが挙げられる。 そこで本論文では、緑茶の地域ブランドを事例にとりあげ、地域ブランド化の取り組み、消費者のブランド評価、地域ブランド化が与える荒茶市場への影響について分析を行ってきた。 第2章では、緑茶の生産・流通構造を概観し、その流通構造の特殊性と緑茶の地域ブランドの特徴を説明した。緑茶の流通過程の特徴とは、荒茶加工と仕上げ加工の2つの加工工程が必要であり、特に仕上げ加工が重要である。仕上げ加工には高い技術が必要であったことから、荒茶の生産地よりも、どの流通業者が仕上げ加工を行ったかが重視されていた。そのため、従来の地域ブランド緑茶は、この仕上げ加工を行なう加工地の名を冠したものが主流であった。しかし、近年、消費者が食の安全・安心に強い関心を示すようになり、その中で食品の原料原産地表示が問題となった。緑茶についても、業界での自主基準が浸透し、JAS法の中で荒茶産地表示が規定されており、現在は、各地域ブランド緑茶はそれぞれの荒茶産地を規定してブランド化を進めることとなった。 第3章では、八女茶、知覧茶、伊勢茶の3つの地域ブランドをとりあげ、茶産地における緑茶の地域ブランド化に関する取り組みの実態と課題について検討を行なった。緑茶の地域ブランド緑茶の地域ブランドを、伝統的地域ブランドと原料供給産地の2つに分類した。そして、伝統的地域ブランドとして八女茶を、原料供給産地の地域ブランドとして知覧茶と伊勢茶を事例とし、それぞれの産地における地域ブランドの構築に向けた取り組みについて調査を行った。いずれの地域ブランドにおいても、2004年に制定された産地表示に関する自主基準に沿うかたちで、荒茶産地を規定している。いずれの地域ブランドも、農協が中心となり地域ブランド化の取り組みが行われているが、複数の組織がブランド権利者となる場合が多く、組織間の調整が必要となる。 原料供給産地の地域ブランドの構築では、観光業界と協力し地域に訪れる観光客に地域ブランド緑茶を提供したり、品質保証を明確にした新たな地域ブランド緑茶を開発したりするなど、様々な取り組みが行われている。これらは、多くの伝統的地域ブランドにおいて、産地表示に関する自主基準が制定され、原料供給産地からの荒茶供給が減少したことにより、原料供給産地は、他の伝統的地域ブランドのブランド力を頼らずに、自ら地域ブランド化を進め、流通量や販売価格を維持する必要が出てきたことによるものである。 第4章では、Keller〔2001〕のCBBEピラミッドモデルを適用して地域ブランドのブランド構築をモデル化し、そのモデルに基づいて、消費者による地域ブランドの評価を調査した。地域ブランドのブランド評価モデルでは、ブランド認知と飲用経験によって、ブランドイメージと品質評価が構築され、ブランドイメージと品質評価によってブランド・ロイヤルティが構築されることが明らかとなった。 ブランドイメージは、認知度の高いブランドほど、明確なブランドイメージが確立しているものの、多くの地域ブランドでブランドイメージが類似しており、ブランドイメージの差別化が必要であることを指摘した。 品質評価は、地域ブランドは全般的に品質が高いという評価を受けている。しかし、地域ブランド問の品質の違いや差別化については、消費者はあまり認識していない結果となった。このことから、他の地域ブランド緑茶との製品差別化を図るだけではなく、品質の違いを消費者にいかに伝達し、いかに認識させるかが、今後の課題であることを指摘した。 ブランド・ロイヤルティについては、地域ブランド緑茶のロイヤルティは低いという結果となり、緑茶の地域ブランドにおいてブランド・ロイヤルティを高めることが難しいことを指摘した。 第5章では、緑茶の地域ブランド化が荒茶市場に与える影響として、原料原産地表示の基準制定によって、荒茶の市場価格がどのように変化するのかを明らかにした。従来、原料原産地表示基準の制定は、他産地から流入する安価な原料荒茶を市場から締め出す効果があり、特に伝統的地域ブランドでは荒茶価格が上昇すると考えられていた。しかし、八女茶の荒茶市場価格の推移を見ると、荒茶価格は下降していた。 本論文では、原料原産地表示基準の制定による荒茶価格の変動モデルを構築し、上記の原料原産地表示基準の制定による荒茶価格が下降することや、産地の荒茶売上高や生産者の所得が減少する可能性があることを明らかにした。これは、原料原産地表示基準の制定に伴う荒茶需要の変化は、流通業者の派生的な需要の変化であり、最終消費者の需要にはほとんど影響がないことが、要因の1つとなっている。また、緑茶の仕上げ加工には荒茶のブレンド工程が必要になるが、一般的に、高品質で高価な荒茶に安価な荒茶をブレンドすることによって製品価格を安定させている。流通業者からみると、原料原産地表示基準の制定によって、ブレンド用の安価な荒茶に関して、それまで使用していた他産地の原料荒茶の代わりに当該地域の荒茶を使用することになり、製造コストは増加することになる。つまり、原料原産地表示基準の制定によって生み出される荒茶需要は、安価なブレンド用の荒茶の需要であり、産地ではブレンド用の安価な荒茶の供給を行う必要がある。他方で、流通業者は、増加したブレンド用荒茶の製造コストを調整するため、高品質で高価な荒茶の購入価格を引き下げようとすることになる。 このモデルにより、地域ブランドのブランドプレミアムを高めブランド構築を図る過程で、産地を限定することが、短期的な取引価格や生産者所得の減少をまねくおそれがあることを明らかにした。 しかし、この結果は原料原産地に基づく表示基準の制定を否定するものでは決してないことに注意する必要がある。本モデルは、あくまでも短期的な荒茶価格、荒茶生産者所得の変化を示したものである。消費者にとって分かりやすい原料原産地表示は、地域ブランドのブランド・ロイヤルティを確保するために必要不可欠な要素であり、それを基にしたブランド構築を行い、長期的な戦略に沿って価格プレミアムを実現する必要がある。 以上のように本論文では、緑茶の地域ブランドを構築するには、上述の消費者による評価モデルから得られる明確な戦略と、長期的な展望が必要不可欠でありことが示唆された。 | |
審査要旨 | 農産物生産の高付加価値化・差別化が進展する中で、生産物の付加価値・差別化を消費者に認知・識別させる農産物のブランド化の重要性が高まっている。地域ブランドは、多様な地域資源を活用することが可能であり、農産物のブランド化の有効な戦略の1つである。農産物の地域ブランド化に取り組む事例も多く、それらを巡る議論も活発に行われているものの、地域プランドという用語は、そのブランド化の対象が非常に広範であり、概念も曖昧なままである。本研究では、地域ブランドを「特定の地域で生産(加工)された農産(加工)品を識別し、他の地域で生産(加工)された製品から差別化しようとする、地域名を冠した名前やシンボル」と定義したうえで、緑茶の地域ブランドを事例にとりあげ、地域ブランド化の取り組み、消費者のブランド評価、地域ブランド化が与える荒茶市場への影響について分析を行った。 第1章では、緑茶における地域ブランドの実態とメカニズムの分析方法の構築のために、農産物の地域ブランドおよびブランド理論に関する先行研究の到達点から析出される論点を明らかにした。 第2章では、緑茶の生産・流通構造を概観し、その流通構造の特殊性と緑茶の地域ブランドの特徴を明らかにした。緑茶の流通過程の特徴とは、荒茶加工と仕上げ加工の2つの加工工程が必要であり、特に仕上げ加工が重要である。仕上げ加工には高い技術が必要であったことから、荒茶の生産地よりも、どの流通業者が仕上げ加工を行ったかが重視されていた。そのため、従来の地域ブランド緑茶は、この仕上げ加工を行う加工地の名を冠したものが主流であった。しかし、近年、消費者が食の安全・安心に強い関心を示すようになり、食品の原料原産地表示が問題となる中で、緑茶についても業界での自主基準が浸透し、JAS法の中で荒茶産地表示が規定されており、現在は、各地域ブランド緑茶はそれぞれの荒茶産地を規定してブランド化を進めることとなった。 第3章では、八女茶、知覧茶、伊勢茶の3つの地域ブランドをとりあげ、茶産地における緑茶の地域ブランド化に関する取り組みの実態を明らかにした。緑茶の地域ブランドを、伝統的地域ブランドと原料供給産地の2つに分類し、伝統的地域ブランドとして八女茶を、原料供給産地の地域ブランドとして知覧茶と伊勢茶を事例とし、それぞれの産地における地域ブランドの構築に向けた取り組みについて調査を行った。いずれの地域ブランドにおいても、2004年に制定された産地表示に関する自主基準に沿う形で、荒茶産地を規定しているが、複数の組織がブランド権利者となる場合が多く、組織間の調整が必要となる。 原料供給産地の地域ブランドの構築では、観光業界と協力し地域に訪れる観光客に地域ブランド緑茶を提供したり、品質保証を明確にした新たな地域ブランド緑茶を開発したりするなど、様々な取り組みが行われている。これらは、多くの伝統的地域ブランドにおいて、産地表示に関する自主基準が制定され、原料供給産地からの荒茶供給が減少したことにより、原料供給産地は、他の伝統的地域ブランドのブランド力に頼らずに、自ら地域ブランド化を進め、流通量や販売価格を維持する必要が出てきたことによるものである。 第4章では、KellerのCBBEピラミッドモデルを適用して地域ブランド構築をモデル化し、そのモデルに基づいて消費者に対するアンケート調査を設計し、消費者による地域ブランドの評価について明らかにした。地域ブランドのブランド評価モデルでは、ブランド認知と飲用経験によって、ブランドイメージと品質評価が構築され、ブランドイメージと品質評価によってブランド・ロイヤルティが構築されることが明らかとなった。ブランドイメージは、認知度の高いブランドほど、明確なブランドイメージが確立しているものの、多くの地域ブランドでブランドイメージが類似しており、ブランドイメージの差別化が必要であることを指摘した。品質評価は、地域ブランドは全般的に品質が高いという評価を受けている。しかし、地域ブランド間の品質の違いや差別化については、消費者はあまり認識していない結果となった。このことから、他の地域ブランド緑茶との製品差別化を図るだけではなく、品質の違いを消費者にいかに伝達し、いかに認識させるかが、今後の課題であることを指摘した。ブランド・ロイヤルティは、地域ブランド緑茶においては低いという結果となり、緑茶の地域ブランドにおいてブランド・ロイヤルティを高めることが難しいことを指摘した。 第5章では、緑茶の地域ブランド化が荒茶市場に与える影響として、原料原産地表示の基準制定によって、荒茶の市場価格がどのように変化するのかを明らかにした。原料原産地表示基準の制定による荒茶価格の変動モデルを構築し、原料原産地表示基準の制定による荒茶価格が下降することや、産地の荒茶売上高や生産者の所得が減少する可能性があることを指摘した。 以上のように本研究は、緑茶の地域ブランドの実態とブランド化のメカニズムを解明するとともに、地域ブランド化の推進に向けた政策提案を行うものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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