学位論文要旨



No 125207
著者(漢字) 志摩,憲寿
著者(英字)
著者(カナ) シマ,ノリヒサ
標題(和) 参加型アプローチを通じた地域開発ガバナンスの再構築プロセスに関する研究 : インドネシア・ジョグジャカルタ特別州における地域開発計画をめぐって
標題(洋)
報告番号 125207
報告番号 甲25207
学位授与日 2009.07.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7099号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 教授 原田,昇
 東京大学 准教授 加藤,浩徳
 東京大学 准教授 城所,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

東南アジア諸国もグローバリゼーションに伴う都市間競争に対応した発展方策を模索せねばならない。

グローバリゼーション下において、ヒト・モノ・カネ・情報といった資源が大都市に集積することが避けられない状況にあり、様々な面において大都市の優位性が高まれば、大都市への人口集中が進むばかりでなく、国内政治の不安定化や社会不安の拡大が懸念される。地域開発政策には、一国内での地域格差是正への対応だけでなく、新たな課題であるグローバリゼーションへの対応が必要である。このような状況における地域開発政策には、地域の特性を活かし、その時々の世界経済状況のもとでの競争条件の変化に迅速に対応しつつ、最もふさわしい発展の道を模索することが求められよう。

一方、1980年代以降、インドネシア、フィリピン、タイをはじめとする東南アジア諸国では地方分権化や市民社会の台頭の動きがみられ、それらに対応した課題として、開発における地方政府のイニシアティブや多くのステークホルダーの参加が世界的に重要視されるようになっており、1990年代以降、開発途上国の開発をめぐる世界的議論におけるガバナンスの協調によって、ますます重要性を増している。したがって、東南アジア諸国においてかつてみられた「開発独裁」という言葉に象徴されるような、中央集権型で限られた人々による画一的な開発計画に代わり、地方分権型で地方政府のイニシアティブのもと、多くのステークホルダーによる参加型によって策定されるようなローカル・ガバナンスの再構築が求められよう。

換言すると、東南アジア諸国の地域開発の望ましい方策には、「何を開発するか?」よりむしろ、「どう開発するか?」がより強調されるべきであろう。「どう開発するか?」の鍵となる概念として、今日、その重要性が指摘されているガバナンスがあげられる。

以上のような問題意識に基づき、本研究の目的は次の3点にある。

(1) 理論考察:開発途上国の開発をめぐる世界的潮流においてガバナンスの重要性が指摘されるようになった歴史的経緯をふまえつつ、ガバナンス論及び関連諸理論をレビューし、開発途上国の地域開発におけるガバナンスの重要性を示す。

(2) 事例検討:地域開発ガバナンスの再構築が進められている事例としてインドネシア・ジョグジャカルタ都市地域圏(ジョグジャカルタ特別州)をとりあげ、地域開発ガバナンスのあり方を実証的に考察する。

(3) 総合考察:理論考察及び事例検討における議論に基づき、参加型開発アプローチを通じた地域開発ガバナンスの再構築プロセスをまとめ、望ましい地域開発ガバナンスの実現に向けた課題と展望を示す。

本研究を通じて以下のような知見が得られた。

(1) 理論考察:開発途上国の地域開発におけるガバナンスの重要性

第1章では、開発途上国の開発理論、国連や世界銀行など開発途上国の開発に世界的影響を及ぼしたと思われる開発方策の歴史的経緯と今日の議論を整理した。その結果、これまでは開発理論とその実践において経済発展が強調されており、それは東西冷戦という世界情勢を背景としたイデオロギー的な要素も含んでいたが、冷戦の終結に伴ってそのイデオロギーは意味を失い、開発途上国の開発は理論面・実践面においても、世界的な合意形成を図りやすいと思われる要素を取り込んだ結果、より包括的なものへと展開した。そのなかで、ガバナンスが今日の開発において重要な要素であるという世界的潮流が生まれたことが明らかになった。

続く第2章では、ガバナンス及び合目的的観点から地方分権化や参加型開発に関する理論の系譜、国連や世界銀行などの関連する取り組みを整理した。開発概念の包括性を背景として、ガバナンスという概念も包括的なものとなっている。実際、地域開発において特に重要であると思われる地方分権化や参加型開発に関する議論をみると、それらは個別分野における議論であったが、1990年以降のガバナンス重視の潮流において、ガバナンスとの関わりについての議論が展開されるようになった。したがって、ガバナンスを考える上では、各構成要素に立ち返り、課題に応じたガバナンス要素を考慮することが重要であり、ガバナンスの再構築を考える上では、全てのガバナンス要素の再構築を考えることは現実的ではないと考えられる。

第3章では、開発途上国の地域開発論と国連や世界銀行などの地域開発への取り組みなどを整理した。地域開発政策は、第1章でレビューしたような開発概念の影響を受けつつ変遷してきた。すなわち、経済発展を重視する立場から、今日では、より包括的なものへと変遷しており、その中でガバナンスの重要性が指摘されるようになっている。しかしながら、第2章で述べたように、ガバナンスという概念もまた包括的であり、課題に応じたガバナンス要素を選択することが重要となる。そのように選択したガバナンス要素の改善を通して、課題別ガバナンスの再構築がなされるとするのが現実的であろう。

地域開発の場合、それを「地域開発ガバナンス」という課題別ガバナンスを考えることになるが、地域開発政策の歴史的変遷をふまえると、地域開発ガバナンスの再構築においては、その前提としての地方分権化、地域の特性を活かした地域開発を進めるための参加型アプローチが最も重要な課題であることを指摘した。

(2) 事例検討:インドネシア・ジョグジャカルタ特別州にみる地域開発ガバナンスの再構築プロセス

まず、第4章では、インドネシアにおいて実施されてきた地域開発政策の歴史的経緯と今日の課題を整理し、インドネシアにおける地域開発政策は、その時々の国内情勢を反映しながらも、世界的潮流と同様の変遷を見せてきたことが分かった。特に、スハルト政権の崩壊に伴う民主化の動きや地方分権化の推進によって、地域開発の重要な課題として地域開発ガバナンスの再構築が重要な課題となっていることを指摘した。

第5章では、インドネシアの地方分権化と開発制度改変の動向を整理し、開発ガバナンスの再構築に向けた制度面での変容をレビューした。地方分権化に伴い、計画権限も地方政府(州政府、県/市政府)に移譲され、地域性を活かした地域開発を可能とする枠組みが整えられつつあり、地方政府独自の取り組みがみられる一方で、財政面での地方分権化の遅れや地方政府間の利害調整の難しさが課題として指摘された。

そのような動向をふまえつつ、続く第6章では、ジョグジャカルタ市・スレマン県・バントゥル県によるJoint-secretariat Kartamantulの事例をもとに地方政府の協働事例を扱った。ジョグジャカルタ市域を越えた市街化の進行に伴い、インフラ整備など都市問題への対応をきっかけにして始まったプロジェクトは、ある程度の実績をあげつつあり、現在、地方分権化を契機として地方政府独自の取り組みとして展開されていることが分かった。

第7章では、ジョグジャカルタ特別州における年次開発策定過程における住民参加の事例をもとに開発計画制度下での参加型開発を論じた。その結果、参加型アプローチを推進するにあたって制度自体にも問題点が存在しつつも、参加の有効性を高めるべく地方政府独自の取り組みが展開されていること、各空間レベルにおけるガバナンス(「エリア・ガバナンス」)にはややクローズな傾向にあり、また、文化や慣習に基づく参加型アプローチの限界が存在していることが明らかになり、その限界を超えるようなガバナンスの再構築の必要性を指摘した。

さらに、第8章では、ジョグジャカルタ特別州における中小・零細企業(SME)支援団体の事例から多様な団体のネットワーク化について論じた。多様な団体のネットワーク化によって「テーマ・ガバナンス」と呼ぶ、エリア・ガバナンスの限界点を越えた多様な空間レベルでのネットワークが展開されており、特にジョグジャカルタ特別州におけるネットワークの拡大にあたって、ヒューマンネットワークが活用されていることを指摘した。また、こうしたテーマ・ガバナンスは、エリア・ガバナンスにおいて指摘した参加型アプローチの限界点をも克服する可能性があることを指摘した。

第9章において、これらの議論を総括する形でインドネシアの地域開発における地域開発ガバナンスの再構築に向けて、現在求められる地域の自立に向けた確かな動きが見られることから、地域開発ガバナンスの再構築と共にその実現に向けた諸制度の整備をはじめとする環境整備も求められることを指摘した。

(3) 総合考察:参加型アプローチを通じた地域開発ガバナンスの再構築に向けて

以上の議論に基づき、第10章では、参加型アプローチを通じた地域開発ガバナンスの再構築プロセスを通じて、望ましい地域開発ガバナンスの実現に向けたポイントとして、(1)ガバナンス概念の包括性と課題に応じたガバナンス要素からのアプローチによるその再構築の有用性、(2)前提条件としての計画権限の地方分権化と参加型アプローチを担保する計画制度、(3)適切な空間レベルの設定と参加型開発アプローチ(エリア・ガバナンスの重要性)、(4)ヒューマンネットワークの活用(テーマ・ガバナンスの重要性)、(5)グローバルイシューとしての地域開発ガバナンスの再構築を指摘した。

審査要旨 要旨を表示する

インドネシア、フィリピン、タイなど、かつて開発主義国家と呼ばれた各国では、1980年代を中心として、地方分権化や市民社会の活性化の動きがみられ、開発における地方政府のイニシアティブや多くのステークホルダーの参加への対応が課題とされており、それは1990年代以降の開発途上国の開発におけるガバナンス重視の議論によって、ますます重要性を増している。すなわち、東南アジア諸国の地域開発においては地域開発ガバナンス」の再構築は極めて今日的課題であり、かつ、その実現可能性も高まっている。

このような背景のもとで、本研究の目的は、参加型アプローチを通じて、どのように開発途上国における地域開発ガバナンスが再構築されうるかを考察し、このような地域開発ガバナンスの再構築を可能とする、開発途上国における(特に東南アジア諸国を念頭に置いている)地域開発の制度的デザインへの示唆を得ることであるが、そのような課題に対して、スハルト政権崩壊以降、大きく制度的デザインが変容し、かつ、市民社会が活性化しているインドネシアを事例にとりあげ、実証的に検討した点に本研究の高いオリジナリティが存する。

具体的には、本研究は以下のような新規性ある知見を提供している。

1. 開発途上国の地域開発における望ましいガバナンス像とその再構築プロセス

第1章において、国連や世界銀行などによって提唱された、開発途上国における開発理論や実践の歴史的経緯と今日の議論を整理した。これまでは開発理論と実践において経済発展が強調されてきたが、冷戦終結以降、開発途上国の開発は理論面・実践面においても、世界的な合意形成が得やすく、かつ、包括的な社会的側面が強調されるようになった。そのなかで、ガバナンスが今日の開発において重要視されていることを示した。

続く第2章において、ガバナンスや(合目的的観点から)関連する参加型開発に関する理論と国連や世界銀行などの関連する実践の系譜を整理した。開発概念の包括性を背景として、ガバナンスという概念も包括的なものとなっており、実際、参加型開発に関する議論もガバナンスの向上に資するなどガバナンスとの接点を議論するようになったことなどを指摘している。第3章で、開発途上国の地域開発やガバナンス、参加型開発に関する議論がドナーの論理によって進められているために制度的側面に偏りがちであると総括し、「フォーマルな制度」によって規定される「制度的ガバナンス」と「インフォーマルな制度」によって規定される「社会的ガバナンス」の両側面からガバナンスをとらえる重要性を指摘した。そのようにガバナンスをとらえた場合、特に参加型開発の場は、政府(フォーマルな制度として参加型アプローチが位置付けられている)と社会(社会的なルールによって意思決定の仕組みを内包している)の接点で、制度的ガバナンスと社会的ガバナンスの重なり領域に位置するガバナンスの典型例であり、いずれかが他を呑み込むのではなく、両者が常に緊張関係にあり相互の変容をもたらし続けることによって、持続的にガバナンスの再構築が起こり、グローバリゼーションに伴う社会経済状況の(急速な)変化に対応し得る「持続可能なガバナンス」へとつながり得ると指摘している。

2.インドネシア・ジョグジャカルタ特別州にみる地域開発ガバナンスの再構築プロセス

第4章において、インドネシアにおいて実施されてきた地域開発政策の歴史的経緯と今日の課題を整理した。インドネシアにおける地域開発政策は、その時々の国内情勢を反映しながらも、世界的潮流と同様に変遷しており、特にスハルト政権の崩壊に伴う民主化の動きや地方分権化の推進によって、地域開発ガバナンスの再構築が求められていることなどを指摘している。

第5章で、インドネシアの地方分権化と開発制度改変の動向を整理した。地方分権化に伴い、計画権限も地方政府に実質的に移譲され、地域性を活かした地域開発を可能とする枠組みが整えられつつある。このような状況のもと、地方政府独自の取り組みがみられる一方で、財政面での地方分権化の遅れや地方政府間の利害調整の難しさなどが課題として現れていることなどを指摘している。

第6章で、年次開発策定過程に制度化された参加型アプローチ「開発計画会議」について、ジョグジャカルタ特別州の事例をレビューし、制度的ガバナンスと社会的ガバナンスの関係を考察した。その結果、時間や空間による制約など開発計画会議の制度的側面自体の課題を明らかにし、一方で、参加の有効性を高めるべく地方政府独自の取り組みが展開されていることや文化や慣習に基づく参加型アプローチの限界が存在していることなど社会的ガバナンスの諸相を明らかにした。

第7章において、ジョグジャカルタ市・スレマン県・バントゥル県による「カルタマントゥル共同事務局」の事例から地方政府間の協働によるガバナンスの再構築プロセスを追った。ジョグジャカルタ市域を越えた市街化の進行に伴う都市問題への対応を契機として始まった地方政府間の協働は、空間計画策定など地方分権化を契機として地方政府独自の取り組みとして展開されていることなどを明らかにした。

さらに、第8章で、ジョグジャカルタ特別州における中小・零細企業(SME)支援団体の事例から多様な団体の社会的ネットワークとガバナンスの再構築について論じた。多様な団体による社会的ガバナンスは、様々な時間スケールや空間スケールでのヒューマンネットワークによって拡大し、かつ、それは開発計画会議によって刺激され得るし、同時に、開発計画会議における参加の拡充をももたらし得ることなどを指摘している。

以上の議論を整理した第9章ではインドネシアの地域開発における地域開発ガバナンスの再構築に向けた課題と展望が論じられている。インドネシアにおいては地方分権化2法とそれに伴う制度改変といった制度的ガバナンスの再構築によって、地方政府間の協働や活性化した市民社会を中心として構成される多様な団体の社会的ネットワークへの刺激などの形で社会的ガバナンスの再構築が進んだこと、さらに、このような社会的ガバナンスの再構築が開発計画制度などの制度的ガバナンスの再構築を促したことなどを指摘している。

3.参加型アプローチを通じた地域開発ガバナンスの再構築

本研究は、参加型アプローチを通じた地域開発ガバナンスの再構築プロセスについて得られた知見を、(1)制度的ガバナンスの変容がもたらす制度的ガバナンスの再変容、(2)制度的ガバナンスの変容がもたらす他の制度的ガバナンスの変容、(3)制度化された参加型アプローチによる社会的ガバナンスへの刺激、(5)制度的ガバナンスと社会的ガバナンスの好循環、(6)社会的ガバナンスの拡大とエンジンとしてのヒューマンネットワーク、(7)社会的ネットワークを通じた参加型アプローチの拡充、制度的ガバナンスの拡大、(8)制度的ガバナンスの諸課題に対する解決可能性(補論)とに整理し、地域開発制度デザインにおける社会的ガバナンスを刺激し得る制度的ガバナンスの再構築の重要性などを指摘している。

以上のとおり、本研究で示された地域開発におけるガバナンスの枠組みは学術的に優れた価値を有していると同時に、途上国における地域開発を進めるにあたってきわめて有益な提言となっている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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