学位論文要旨



No 125209
著者(漢字) 養父,拓也
著者(英字)
著者(カナ) ヤブ,タクヤ
標題(和) 圧電素子を用いた柔軟宇宙構造物の準能動的制振手法の高度化
標題(洋)
報告番号 125209
報告番号 甲25209
学位授与日 2009.07.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7101号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野田,淳次郎
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 青木,隆平
 東京大学 教授 樋口,健
 東京大学 教授 齊藤,宏文
 東京大学 准教授 岡部,洋二
内容要旨 要旨を表示する

振動は様々な場面で宇宙ミッションの障害となる。ロケットの打ち上げ時には、搭載した衛星、探査機、ロケット搭載機器などは極めて過酷な振動環境に晒される。これらは、厳しい軽量化が求められるため、この過酷な振動環境に耐えるように設計することは必ずしも容易ではない。また、例えば極めて高い空間分解能の望遠鏡で天体を観測する天文衛星や地上を観測する地球観測衛星などでは、姿勢制御動作やモーメンタムホイール等からの微小擾乱により励起される振動が、微小な振動であっても観測の質を大きく低下させることがある。従って、これらの振動を抑制すること、 即ち制振は、宇宙開発にとって極めて重要な課題の一つであり、宇宙ミッションの高度化に伴い、その重要性は益々高まっている。

制振の手法は、おおよそ能動的制振手法、受動的制振手法、準能動的制振手法の3種類に分類することができ、それぞれについて今まで多くの研究がなされている。能動的制振手法は、アクチュエイタの規模や必要となるエネルギの量を問わなければ、受動的制振手法や準能動的制振手法と比較して非常に効果的である。しかし、制御系に不具合が生じた場合や、制御対象の数学モデルが不適切であった場合等により、系が不安定になる可能性がある。受動的制振手法は、粘性や摩擦、電気抵抗などの受動的なエネルギ散逸機構を用いる。外部より系にエネルギを注入しないため、受動的制振手法を用いた系は常に安定である。しかしながら、その制振効果は能動的制振手法と比較すると低い。

準能動的制振手法とは、系が有する受動的なエネルギ散逸機構による振動エネルギの散逸が極力大きくなるように制振対象の剛性や減衰特性等を制御するものである。従って、外部からのエネルギ注入はないので、能動的制振手法とは異なり、系は常に安定であり、且つ、受動的制振手法よりも高い制振性能が得られる。しかし、能動的制振手法と比較すると一般的には制振性能が低い。これを向上させる目的で、振動エネルギを利用可能なエネルギに変換・貯蔵し、これを制振に再利用するエネルギ回生型準能動的制振手法が提案された。本手法では、通常、振動エネルギを利用しやすい電気エネルギに変換する圧電素子が用いられており、数多くの研究がなされた結果、従来の準能動的制振手法より制振効率が高いことが実証されただけでなく、複数の圧電素子を用いた選択的多モード制振を可能とするエネルギ回生型準能動的制振の制御則も提案されるに至っている。

これらの従来の研究を鑑みると、エネルギ回生型準能動的制振手法の理想形態は、(a)外部からのエネルギ供給を必要とせず、(b)多モード振動の選択的制振など高度な制御ロジックの実現が可能で、かつ、(c)可能な限りシンプルな制振システムの実現であると思われる。なぜなら、一般的に、宇宙機に搭載される種々のシステムには、果たすべき性能が高いだけでなく、限られたエネルギリソースの消費を極力抑制することと高い信頼性が要求されるからである。

本論文では現状のエネルギ回生型準能動的制振手法を前述の理想形態に近づける為に2つの新しいアプローチを行った。第一の方法は制御ロジック回路駆動などの少量の外部電力は必要とするものの多モード制振能力を堅持したままで、センサを不要としたセルフセンシング法を確立するものであり、第二の方法は、多モード制振能力は諦める代わりに、圧電素子が発生する電力のみで動作する回路に制御機能を持たせることにより、外部からの電力供給が全く不要な制振システムを確立するものである。

現在、圧電素子を用いたエネルギ回生型準能動的制振は、制御対象となる構造物の変位・速度(以下、状態量と言う)に基づき、構造物に取り付けた複数の圧電素子のシャント回路の各スイッチを適切に切り替えることにより、多モード振動を制振するまでに至っている。本論文の第一の方法は、この制御に必要な構造物の状態量を、センサにより測定するのではなく、アクチュエイタとして用いられる各圧電素子をセンサとしても用いるセルフセンシングを行うことにより、センサを省略する手法である。この場合、本来、構造物の状態量は各圧電素子の電荷量とその端子間電圧の情報から求められるが、現実的には、各圧電素子の電荷量を計測することは困難である。そこで、構造物の状態量だけではなく圧電素子の電荷量をも含めた拡大状態量ベクトルを、圧電素子の端子間電圧の情報に基づいてカルマンフィルタにより推定する手法を考案した。カルマンフィルタの設計にあたっては、ここで前提としたシャント回路のスイッチ切り替えによるエネルギ回生型準能動的制振の場合には、スイッチ切り替え直後の極短時間を除き、圧電素子の電荷量が一定となる事実を利用し、その適用もこの期間に限る事により、本手法の実装を容易にした。圧電素子からシャント回路に電流が流れる極短時間は、直前の拡大状態量ベクトル値が正しいとの仮定の下、圧電素子の端子間電圧値を用いて状態量方程式を積分して拡大状態量ベクトルを求めた。

このセルフセンシング法が期待通りに作動することを確認するために、トラス構造物に対して単一モード振動及び多モード振動の制振シミュレーションを行った。その結果、本方法が正しく状態量を推定すること、及び、その推定値を用いた制御により、センサを用いた場合とほぼ同様に振動が抑制されることを確認した。次に単一モード振動の制振シミュレーションを用いて、圧電素子の圧電定数、等歪静電容量、剛性の変動に対する制振性能のロバスト性について検討を行った。その結果、最も感度が高い等歪静電容量について、その値が20%変化しても制振効果が1.3倍程度、悪化するに留まることが判明した。その値が1%変化するのみで系が不安定化するとの報告すらある能動的制振のセルフセンシング法と比較して、本方法のロバスト性が極めて高いと結論づけた。また、実際のトラス構造物に対して単一モード制振実験と多モード制振実験を行い、本方法が現実の構造物に対しても予期した効果を示すことを実証すると共に、制振シミュレーションとの比較を行い、両者がよく一致していることを確認した。

準能動的制振手法では能動制御のようにアクチュエイタの駆動に電力等のエネルギの供給を要さない。しかし、制御のための情報を得るセンサや、制御ロジックの計算を行うプロセッサを用いれば、大きくはないにしても電力を必要とする。第一の手法により、センサを不要としてもプロセッサやスイッチの駆動電力は依然として必要である。この電力をも不要とすれば、系の簡略化のみでなく、保守の観点からも大きなメリットとなる。本論文の第二の方法は、この実現を目指したものである。

単一モード振動の制振を前提とする場合には、圧電素子の発生する電圧が正または負の極値となった時点でシャント回路のスイッチを切り替えることにより、エネルギ回生型準能動的制振が行われることが知られている。そこで第二の方法では、単一モード振動の制振を前提に、圧電素子が発生する電力のみによって駆動され、かつ上記のシャント回路のスイッチ切り替え動作を行う、アナログ回路を考案し、無電力制振系の実現を図った。提案したアナログ回路はピークホールド回路とコンパレータ回路により電圧の極値を検出し、半導体スイッチを駆動する簡単な制振回路である。

考案した制振回路の性能を確認するために、トラス構造物の制振実験を実施したところ、大振幅振動時には高い制振効果が得られるものの、振幅が微小となると制振効果が有意に低下することを確認した。この制振効果の低下は、使用した半導体のオフセット電圧やフォワード電圧などの閾値により生じることを明らかにすると共に、本手法を用いた制振系の設計の指針として、一定振幅の正弦波振動に対する本手法の制振効果を示す式を求め、それが実験結果と概ね一致することを示した。

更に、本制振系を過去に打ち上げられた人工衛星の構造モデルの制振実験と、ロケットフェアリングを模した供試体の音響低減実験に予備的に適用し、それぞれ有効に適用できる可能性を確認した。

以上のように、本研究では、宇宙構造物の制振に関して2つの新たな手法を考案し、その有効性を確認した。これらの手法はともにエネルギ回生型準能動的制振手法の理想形態の実現に向けたアプローチであり、その実現により得た知見は、今後、前述の理想形態の実現に資すると考えられる。同時にこれらは理想形態に一歩近づいた制振手法を現時点で提供するものである。それぞれ前述の様な改善を目指したものであるので、適用対象に応じて選択されるべきものであり、両者が互いに相補い合うことにより、より優れたエネルギ回生型準能動的制振の適用範囲の拡大が達成できる。これにより、圧電素子を用いたエネルギ回生型準能動的制振手法の適用の柔軟性と範囲を大きく改善することが出来た。

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)養父 拓也 提出の論文は「圧電素子を用いた柔軟宇宙構造物の準能動的制振の高度化」と題し、4章からなっている。

宇宙構造物の振動は様々なミッションの障害になるため、その制振は宇宙構造工学上の重要な課題である。従来、構造物に制御力を積極的に与える能動的制振と、構造減衰や摩擦などの減衰力を利用する受動的制振が主として実用されてきた。しかし、近年、構造物の受動的制振能力が極力大きくなるよう系を制御するいわゆる準能動的制振についても、構造物の振動エネルギから抽出したエネルギを更に高効率な制振の実現のために使用するエネルギ回生型準能動的制振や、選択的多モード制振が可能な制御則が提案される等、研究が進められている。準能動的制振は、制御が不適切でも系が不安定になることがないことの他に、制振アクチュエイタには外部からのエネルギ供給を必要としないことなどの利点を持つ。このことは、例えば外部からの電力供給を全く必要とせず、孤立環境下で動作する制振システムを構築できる可能性を示している。しかしながらこれらの利点を十分に活かした制振手法は未だに研究の段階にあり、確立されたとは言い難い段階にある。

この様な現状に鑑み、本論文では、その特長を十分に活かして、準能動的制振手法の高度化に向けた2つの新手法を提案し、実現している。第一の手法は、圧電アクチュエイタにセンサの役割をも果たさせることにより、多モード制振に適用可能なエネルギ回生型準能動的制からセンサを不要とする、所謂セルフセンシング手法である。能動的制振に於けるセルフセンシング法とは対照的に、高いロバスト性を持つことも示している。第二の手法としては、圧電素子の発生する電力のみで動作する簡単なアナログ回路にエネルギ回生型準能動的制振機能を持たせることにより、外部からの電力供給を全く必要としない制振系を実現している。

第1章は序論であり、本研究の背景を述べ、関連する研究を紹介しながら、本研究の目的と意義を明確にするとともに、後の議論の準備として、エネルギ回生型準能動的制振の基本的な動作や制振性能について整理している。

第2章では、多モード制振に適用可能なエネルギ回生型準能動的制振における、セルフセンシング手法を提案し、その効果を確認している。振動の状態に応じて圧電アクチュエイタのシャント回路のON-OFF制御を行う既存の準能動的制振制御則の適用を前提すれば、ON-OFF切り替え時の短時間を除き、圧電素子に蓄えられる電荷は一定値を保つこと、及び各圧電アクチュエイタに蓄えられた電荷とその電圧からアクチュエイタの歪が求められることを利用して、電荷が一定の値を保つ期間中は、モード変位、速度、及び各圧電アクチュエイタの電荷からなる拡張状態量ベクトルの値を、各圧電アクチュエイタの電圧値から、カルマンフィルタにて推定する手法を導入している。更に、この手法の有効性を検証するために、トラス構造の単モード及び多モード振動の制振の数値シミュレーションと実験により、センサを用いた場合とほぼ同一の制振性能が得られることを確認している。更に、数値計算により、カルマンフィルタ設計に用いたパラメタ値の誤差が制振性能に与える影響は小さく、能動振動制御に用いられることの多いブリッジ回路を適用した場合とは対照的に、極めてロバストな手法であることを示している。

第3章では、外部からの電力供給を全く必要としない、完全無電力制振を実現している。振動する構造物に取り付けた圧電アクチュエイタの発生する電力のみで動作する制振回路を考案し、これにより、エネルギ回生型準能動的制振の簡単な制御則を実現している。本制振回路をトラス構造物の単一モードの制振に適用し、その制振効果を確認すると共に、小振幅時の制振性能を、使用した半導体のオフセット電圧やフォーワード電圧などの特性値と関係づけて論じ、適用限界を明らかにしている。また、その結果を反映して、本制振手法を適用した系の周波数伝達関数を解析的に求めて制振系の設計の指針を与えると共に、それが実験結果と概ね一致することをも示している。更に、本制振手法を、惑星間探査機の構造モデルの制振と、ロケットのノーズフェアリングを想定したアルミ板の透過音響レベル低減索に予備的に適用し、効果が期待できることを示している。

第4章は、結論であり、本研究で得られた成果を総括している。

以上を要するに、本論文は、エネルギ回生型準能動的制振手法の高度化に向けてセルフセンシング手法と完全無電力化手法を提案し、数値的、実験的にその有効性を示したものであり、宇宙構造物の制振技術、航空宇宙工学に貢献するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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