学位論文要旨



No 125212
著者(漢字) 高田,仁実
著者(英字)
著者(カナ) タカダ,ヒトミ
標題(和) アフリカツメガエル胚初期発生におけるRNA結合タンパク質Mex3Bの転写後制御の解析
標題(洋) Analysis of post-transcriptional regulation of the RNA binding protein Mex3B in early Xenopus embryogenesis
報告番号 125212
報告番号 甲25212
学位授与日 2009.07.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5429号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 平良,眞規
 東京大学 教授 武田,洋幸
 東京大学 教授 野中,勝
 東京大学 准教授 橋,伸一郎
 東京医科歯科大学 教授 萩原,正敏
内容要旨 要旨を表示する

動物の発生において、細胞運命決定やパターン形成を的確に制御するためには、遺伝子発現量の厳密な調節機構を含む制御システムの頑強性が必要と考えられる。RNA結合タンパク質によるmRNAの転写後調節は、遺伝子発現量を素早くかつ厳密に制御することが可能であるため、初期発生において重要な役割を果たしていると考えられる。これまでRNA結合蛋白質は多数知られているが、脊椎動物の初期発生に関わることが示されたRNA結合タンパク質は少ない。当研究室の先行研究において、初期神経発生に関わる新規遺伝子を同定することを目的としたアフリカツメガエル前部神経板由来のcDNAを用いた発現スクリーニングにより、RNAとの結合が示唆されるKH(heterogeneous nuclear ribonucleoprotein K homology)ドメインとタンパク質問相互作用を行うRINGドメインを持ったMex3Bが同定された。注目すべきことに、Mex3Bの3'非翻訳領域(UTR)には約800塩基にわたって脊椎動物間で高度に保存された領域(3'long conserved untranslated region;3'LCUと命名)が存在する。これほど長くかつ高度に保存されている3'UTRは非常に稀であった。これらの特徴からMex3BはKHドメインを介して何らかのRNAを制御すると同時に、3'LCUが存在することによって自身のmRNAが制御されていると予想し、Mex3BにおけるRNA制御メカニズムを明らかにすることを目的として以下の解析を行った。(図1;Mex3Bの構造)

まずMex3Bの発現パターンを全胚in situ ハイブリダイゼーションによって検討した結果、Mex3B mRNAは母性因子として存在し、原腸胚期には外胚葉全体と中胚葉の一部に発現が見られた。神経胚初期には神経板全体に発現が限局し、尾芽胚期には頭部、鰓弓、尾芽に発現することが分った。

Mex3Bの初期発生における機能を明らかにするため、アフリカツメガエル胚を用いた合成mRNA顕微注入による過剰発現実験を行った。Mex3Bを背側外胚葉に発現させた胚では後方の神経板に発現するXcad3(Cdx4)やHoxd1の減少が見られ、尾芽胚期では体軸伸長が阻害された。背側中胚葉に発現させると中胚葉形成に関わるXbraの発現が抑制された。逆に、アンチセンスモルフォリーノ(MO)による機能低下実験では、前方に発現するOtx2とRx2の発現減少が見られ、尾芽胚期では眼の縮少が認められた。背側中胚葉においてはXbraの発現が阻害された。これらの結果からMex3Bは初期発生において神経板の前後軸パターン形成と中胚葉形成に関与していることが示唆された。ここで注目すべき点は、Mex3bの過剰発現と機能喪失で神経板での表現型がそれぞれ後方と前方の異なる領域に現れること、および中胚葉のXbraは共に発現阻害を生じることである。これらの現象は、Mex3bは適切な発現量を保つことが正常発生に必要であることを示唆している。

過剰発現、機能阻害実験においてMex3Bが影響を与えたXcad3とXbraの遺伝子はどちらもFGFシグナルの下流であることから、Mex3BがFGFシグナルに関与する可能性が示唆された。そこで、Mex3BがFGFシグナル伝達に関わるかどうかを検討するためFGF反応性のルシフェラーゼ・レポーター遺伝子を用いた解析を行った。その結果、FGF8によるレポーター遺伝子の活性化はMex3Bの共発現によって著しく減少した。逆に、Mex3BMOの共発現によってFGF8によるレポーターの活性化が増強されたことから、ex3BはFGFシグナルに対して阻害的に働くことが示された。以上の結果から、Mex3BはFGFシグナル伝達因子の量あるいは活性を制御することにより、初期発生における前後軸パターン形成と中胚葉形成に関わることが示唆された。

次に進化的に保存されている3'LCUの機能を解析するため、この領域をGFPにつないだレポーターコンストラクトGFP-3'LCU mRNAをin vitro合成し胚に顕微注入した。その結果、3'LCUはmRNAのタンパク質合成を促進する作用と共に、mRNAを不安定化させる作用ももつことを見いだした。タンパク質合成を促進する領域と不安定化に関わる領域を特定するため、3'LCUを4つの領域A~Dに分割したコンストラクトを作成した所、A領域が不安定化に必要十分であることを見いだした。しかしながら翻訳促進活性は領域A~Dのいずれにも認められたことから、翻訳促進に関わるエレメントは3'LCU中に4箇所以上存在すると考えられる。以上の結果は、3'LCUが何らかのRNA結合タンパク質によって制御されている可能性を示唆するものであるが、Mex3B自身もRNA結合タンパク質でありこの制御に関わる可能性が考えられた。そこでMex3Bの自己制御機構を検討するため、レポーターmRNAとMex3B mRNAの共注入実験を行った。その結果、Mex3Bの発現はレポーターmRNAの分解をさらに促進させたことから、Mex3Bは自身の3'LCUを介してmRNAの不安定化に働くことが示唆された。興味深いことにMex3BによるレポーターmRNAの分解には3'LCUのD領域が必要であり、内在性の因子による不安定化に必要なA領域とは異なる領域を認識することが明らかとなった。このことは、長い3'LCUに種々の因子が結合することでMex3B mRNAの安定性と翻訳量が制御されていることを示唆するものである。そこで次に、レポーターmRNAの実験で示唆されたMex3Bの自己制御機構が生体内でも起こっているかどうかを検討するため、Mex3Bの過剰発現もしくは機能阻害による内在性Mex3B mRNAの量的変動を検討した。その結果、予想通りMex3BのmRNA量はMex3Bの過剰発現によって減少し、MOによる機能低下によって増加した。さらに、3'LCUの領域のみを注入してもmex3b mRNA量が増大すること、また3'LCUに相補的なRNAを注入しても増大したことから、Mex3Bによる3'LCUを介した自己抑制の制御機構の存在が強く支持された。この制御機構はMex3bの発現量を適切に保つためのものと考えられる。これはまたMex3bの過剰発現と機能低下実験の結果から予想された「Mex3bの適切な量が正常発生に必要である」との予想に呼応するものである。

以上の結果から、Mex3BはmRNAの3'UTRに作用して不安定化させる機能を持つということが明らかとなった。そこで次に、自身のmRNA以外にMex3Bが制御するRNAを探索するため、マイクロアレイによるディファレンシャル・スクリーニングを行った。マイクロアレイは2セット行い、(1)野生型Mex3Bで発現減少するmRNA、(2)Mex3B-MOによって発現上昇するmRNAを探索した。これまでの機能解析結果からMex3BはFGFシグナルを阻害することが示されていたので、マイクロアレイの結果から予想されたMex3Bの標的遺伝子の中で、FGFシグナル伝達に関わる因子であるFGF20、syndecan-2、ets1b、syndecan binding protein(syntenin)に注目した。これらの因子がMex3Bの標的mRNAであるなら、Mex3BはこれらmRNAの3'UTRを介してmRNAを不安定化させるはずである。そこでそれぞれの遺伝子の3'UTRをGFPにつないだレポーターmRNAが、Mex3Bによって不安定化するかどうかを検討した。その結果、FGF20あるいはsyteninの3'UrRが付いたレポーターmRNAは影響を受けなかったが、syndecan-2の3'UTRをつないだレポーターmRNAはMex3Bによって顕著に分解が促進されたことから、syndecan-2がMex3Bの標的mRNAの1つであることが示された。Syndecan-2はFGFのコレセプターとして働くことが知られているが、初期発生過程におけるsyndecan-2とFGFシグナルとの関連については不明であり今後検討すべき課題である。

本研究で得られた以上の結果を基に、Mex3bを中心としたmRNAの翻訳制御機構による初期発生の分子メカニズムを提唱する(図2)。RNA結合タンパク質Mex3BのmRNAは、その3'UTRに存在する制御配列3'LCUを介して、Mex3bおよび他の因子により安定性と翻訳効率が制御される。このMex3bによる自己抑制作用によりMex3bの発現量は適切なレベルに保たれると考えられる。このようにして決定されたMex3Bの発現量に従い、syndecan-2などのMex3b標的mRNA量が制御され、その結果、前後軸形成に必要なFGFシグナル伝達量が保たれることになる。一般に、遺伝子発現量の決定には転写調節だけでは不十分であり、迅速で微調節が可能な転写後調節が重要な役割を果たしていると考えられている。そのような発現量の調節機構が、シグナル伝達経路におけるある種の構成因子の発現量を決め、それがシグナル伝達の強度を左右するようになることは十分に考えられることである。しかしこれまでそのような実例は示されていなかった。このような状況において、本研究は、Mex3Bの発現量がmRNAレベルでの転写後自己調節によって適切に保たれること、さらにMex3BによりFGFシグナル伝達のコンポーネントの量が制御されること、およびそれにより胚の前後軸パターン形成が調節されることを示唆するものである。このように本研究は、シグナル伝達の量的調節におけるmRNAの制御メカニズムという、新たな概念を与えるものである。

図1:Mex3Bの構造

図2:Mex3Bの作用モデル

審査要旨 要旨を表示する

本論文は一部構成で要旨、序論、方法、結果、考察、文献、図表からなっており、アフリカツメガエル胚初期神経発生におけるRNA結合蛋白質Mex3bの転写後調節の役割について解析した結果を述べている。

動物の発生において、細胞運命決定やパターン形成を適切に制御するためには、遺伝子発現量の厳密な調節機構を含む制御システムが必要と考えられる。RNA結合蛋白質によるmRNAの転写後調節は、遺伝子発現量を素早くかつ厳密に制御することが可能であるため、初期発生において重要な役割を果たしていると考えられる。RNA結合蛋白質はこれまで多数知られているが、脊椎動物の初期発生に関わることが示されたものは数少ない。本研究はアフリカツメガエル胚前部神経外胚葉に発現する遺伝子のスクリーニングからRNA結合蛋白質Mex3bを同定し、その初期発生における役割を解析したものである。解析の結果、Mex3bはFGFシグナル伝達系構成因子のmRNAの分解制御を行うことで前後軸形成に関与すること、さらにMex3は自身のmRNAを分解制御して蛋白質量を制御するという自己抑制作用があることを明らかにした。これはRNA結合蛋白質による転写後制御機構が初期神経発生に果たす役割を初めて示したものであり、高く評価できる。詳細は以下の通りである。

Mex3b蛋白質は構造予測よりN末側にRNA結合ドメインとして知られるKHドメインと、C末側にE3ユビキチンリガーゼとして働くことが示唆されるRINGドメインを持つ。注目すべきことは、mex3B mRNAの3'非翻訳領域(UTR)には約800 塩基にわたって脊椎動物間で高度に保存された領域(3' long conserved untranslated region; 3'LCUと命名)の存在である。Mex3bは原腸胚期にはオーガナイザーの領域と外胚葉全体に発現し、神経胚期においては神経板に発現が認められることから、初期神経発生に関わることが予想された。これらが本研究の発端となっている。本論文では、まず3'LCUの解析が示されている。mex3b mRNAは3'LCUを介してmRNAの分解制御、翻訳促進、自身の蛋白質によるmRNAの分解制御という少なくとも3つの転写後制御を受けることが明らかとなった。特に、自己抑制の機能は自分自身による蛋白質量の監視メカニズムとして重要な役割を果たしていることが示唆され、また実際、実験的に確かめられた。このような自己抑制機構を含む統合的なmRNA制御機構はこれまでに無い全く新しい知見である。

次にMex3b蛋白質の初期発生における役割を解析した結果が示されている。Mex3bの過剰発現実験では、神経板後方に発現するcdx4, hoxd1の発現が減少し、逆に、アンチセンスモルフォリーノオリゴを用いた機能阻害においては前方に発現するotx2, rx2aの発現が減少することが示された。このとき神経板全体に発現するsox2の発現には影響を与えなかったことから、Mex3bは神経誘導には影響を与えず、神経板の前後軸形成に影響を与えることが示唆された。神経板の前後軸形成においてはFGFシグナルが重要な役割を果たすことが知られている。そこでMex3bがFGFシグナルの制御を介して前後軸形成を制御することを予想し、FGFシグナルに応答するルシフェラーゼコンストラクトを用いた解析を行った。その結果、Mex3bの発現によりFGFシグナルは阻害され、逆にMex3bの機能阻害時にはFGFシグナルの増強が認められた。このことから、Mex3bはFGFシグナルを負に制御することが示唆された。これは転写後調節がシグナル伝達の強度の決定に関わることを初めて示したものである。

次にMex3bが制御する標的mRNAの探索が行われた。マイクロアレイスクリーニングによって得られた多数の標的遺伝子候補の中で、FGFシグナル伝達系の構成因子に注目して、fgf20, syndecan 2, syntenin, ets1を見出した。各遺伝子のmRNAの3'UTRについて解析を行った結果、Mex3bはsyndecan 2とets1のmRNAの分解に関与することが示唆された。これによりMex3bの活性と胚発生での役割とが結びついたことになる。

以上の結果より、Mex3bは3'LCUを介した転写後制御を受けることにより蛋白質量が制御され、さらにそのようにして決定されたMex3b蛋白質量にしたがってsyndecan 2やets1といった標的mRNAの量が制御され、結果として前後軸形成に必要なFGFシグナル伝達量を制御するという新しいモデルが提案された。

本研究はFGFシグナル伝達量がRNA結合蛋白質による転写後制御によって制御されていることを初めて示したものである。これまでRNA結合蛋白質で機能が明らかになっているものは非常に数が少なかったが、本研究はその一端を明らかにしたものであり、またRNA結合蛋白質が自己制御機構をもちそれがシグナル伝達制御に関わるという新たな知見を示した点で高く評価できる。

なお、印刷公表した論文中のMex3bの解析の一部は共著者の川名貴洋氏や菊野玲子博士らによるものであるが、本論文に記載されている解析は全て論文提出者が主体となって分析および検証を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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