学位論文要旨



No 125216
著者(漢字) 和田,剛明
著者(英字)
著者(カナ) ワダ,タケアキ
標題(和) 探索型新製品導入を阻害する流通システム : 家庭用ゲームソフトの流通システムによる実証
標題(洋)
報告番号 125216
報告番号 甲25216
学位授与日 2009.07.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第267号
研究科 経済学研究科
専攻 企業・市場専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 新宅,純二郎
 東京大学 教授 藤本,隆宏
 東京大学 教授 高橋,伸夫
 東京大学 教授 粕谷,誠
 東京大学 准教授 天野,倫文
内容要旨 要旨を表示する

1.本研究の目的

企業の持続的成長において、新製品の開発は不可欠である。新製品開発における選択肢は大きく二つが考えられ、ひとつは既存製品の開発・生産によって得られたノウハウ、顧客からの信頼といった資産を活用(Exploitation)し、モデルチェンジやバージョンアップ製品を開発する「活用型新製品開発」である。もうひとつは、新規ブランドの立ち上げを目指した探索(Exploration)1を行う「探索型新製品開発」である。

リスクの観点(March,1991)、開発生産性の観点(生稲,2006)からは活用型新製品開発が選択されやすいが、消費者のニーズの変化、技術の変革といった環境変化への対応力を損ねる危険性を伴う選択ともいえる。企業は活用型新製品開発を行うのと並行し、探索型新製品開発を行う必要がある。

この活用型新製品と探索型新製品について、消費者の観点より評価すると、前者は過去の購買経験によって多くの情報を蓄積しているため、情報の非対称性によるリスクが低い。一方、後者の探索型新製品は「今までにない」製品であるため、情報の非対称性によるリスクが高い。ここに、企業は探索型新製品の市場導入を成功させたいが、消費者が購入を躊躇うという状況が発生する。

これを解決する市場導入戦略として、ひとつは企業がTVCMなどのマス媒体での広告を行う、無償で試供品を配布することによって、情報の非対称性を解消する方法が考えられる。しかし、成功するか不確実な探索型新製品全てに、このような多額のコストをかけることは困難であろう。多くの探索型新製品を開発し、多産多死で臨む場合は、「新しいもの好き」な消費者が購買し、彼らから好意的評価がロコミで消費者全体に広まり、情報の非対称性が解消されるのを待つ市場導入戦略が実践的と考えられる。

ただし、流通企業の立場から考えると、活用型新製品は前モデル、旧バージョン製品において獲得した評価や愛好者が存在し、売上の予測がしやすく一定の売上が見込める。一方、後者の探索型新製品は「今までにない」製品であるため、売上予測に用いられるデータに乏しく、売れるかどうかの判断が難しい、リスクが大きい製品である。よって、流通企業には活用型新製品を優先して仕入れようとする誘因が存在しており、探索型新製品がロコミによって消費者へ浸透していく前に、仕入れが打ち切られてしまう恐れがある。

よって、企業は流通企業に働きかけ、消費者に好意的評価が広まるまでの間、新製品が消費者の目に触れ、購買可能な状態を維持せねばならない。このために、返品制を認めて売れ残りリスクを低める、短納期・小ロットでの供給体制を整え予測の難度を下げる、流通マージンを高めリスクに見合うリターンを与える、川下統合してリスクを内部化するといった、流通システム2の調整が行われることになる。

この流通システムの設定が適切に行われれば、企業は探索的新製品の市場導入を円滑に行うことが可能となり、持続的な成長が可能となる。しかし、流通システムは短期の意思決定の積み重ねの結果として経路依存的に変化し、時に企業、流通企業、消費者の思惑を離れ、探索的な新製品の市場導入を阻害する要因となる。この阻害による影響を検証し、阻害状況が発生するメカニズムを解明することが、本研究の目的である。

2.本研究の構成

本研究の構成は以下のとおりである。

第1章において、本要旨の1節で述べた、本研究の問題意識および目的を提示した。

第2章では、第一に、本研究で提示する活用型新製品および探索型新製品について、既存研究との接合を図り、これを検証する意義を確認した。第二に、企業による新製品導入時の消費者への情報発信、および消費者間の情報伝達過程について、イノベーション普及論、製品普及論を中心とした既存研究より、探索型新製品に対してロコミを活用した市場導入が適合的であることを確認した。第三に、探索型新製品の開発が活発におこなわれている映画産業、書籍・出版産業、アパレル産業について、企業と流通企業間にどのような流通システムが成立しているかの既存研究を整理し、流通企業が探索型新製品を受け容れられるような流通システムの構築が行われており、本研究の主張が既存研究から支持されることを確認した。

さらに、流通システムが探索型新製品の市場導入を阻害する要因として働き、市場の成果に影響を与えるという本研究の主張が、既存研究に対して新たな知見を加えうるものであることを確認した。

第3章では、本研究において主たる分析対象とする家庭用ゲームソフト産業について、分析の対象として妥当か、既存文献をもとに確認を行った。同産業は、企業の活発な探索型新製品開発活動によって成長してきた産業である(新宅,2003)。しかし、1990年代後半から「シリーズもの」と呼ばれる既存作品の続編、活用型新製品へ売上の集中が進み、市場の活力を失っている(田中,2003)。

また、同産業はハードウェア規格提唱企業が主体となって流通システムを構築し、ほぼ全てのソフトウェアメーカーがこれを利用するという特性がある。このため、流通システムがどの時点で変化したかが観測しやすく、流通システムの変化が市場全体へ影響として表れるため、本論文の分析対象として非常に適した事例である。

第4章では、まず、家庭用ゲームソフトの流通を担うゲーム専門店、家電量販店に対し行ったインタビューをもとに、本論文の主張が流通企業の認識に照らして支持されるものか、確認を行った。この結果、家庭用ゲーム市場の成長期においては、探索型新製品に該当する作品の仕入れを積極的に行うことができた。しかし、流通システムが変化し、小売店の粗利が極端に低くなったため、リスクの高い探索型新製品の仕入れを出来なくなり、リスクが低い活用型新製品(「シリーズもの」)中心の仕入れを行わざるを得なくなった。これが市場の縮小の一因ではないかという、本論文の主張に同意する意見が確認された。

ついで、本当に探索型新製品の市場導入が阻害される事態が発生しているのか。その発生が、家庭用ゲームソフト市場の縮小と同期しているのか。新製品の市場導入後の売上パターンを分析することにより、確認を行った。この分析の結果から、1997年にはロコミによって普及した探索型新製品の存在が確認できたが、1998年から2002年の間にはこれが確認できず、探索型新製品の市場導入が阻害されているという、流通企業の証言に合致する分析結果が得られた。そして、この時期は家庭用ゲームソフト市場が成長から縮小に転じた時期と合致している。

第5章では、第4章の結果を受け、1997年と1998年の間に、家庭用ゲームソフト市場の流通システムにどのような変化が起こったのか。デファクト・スタンダードを獲得した規格に注目して流通システムの変遷を追い、探索型新製品の市場導入への適合性について確認を行った。

この結果、1997年までは流通企業の仕入リスクにみあう流通マージンが設定されていたが、1998年の時点に起こった流通システムの変化により、小売店舗間の値引き競争が激しくなり、小売の流通マージンが極端に低下したため、探索型新製品を受容できなくなったことが確認された。この時期は、第4章の分析結果と合致するものである。

さらに、家庭用ゲームソフト市場の流通システムの変遷過程においては、短期的にはソフトメーカー、流通企業のいずれかの立場から、改善をもたらすと期待されるシステムの改良が行われていた。短期的な視点からの改善が積み重なった結果、探索的新製品を阻害する流通システムが成立してしまうというプロセスが確認された。

第6章では、家庭用ゲームソフトと近似の流通システムをもちつつ、再販売価維持により高いマージンが担保されている音楽シングルCD市場を対象として、4章と同じ分析を行った。この結果、音楽CD市場では市場導入に成功した探索型新製品が観測され、流通システムが探索型新製品の市場導入に影響を与える要因であるという主張に対し、さらなる支持を得た。

第7章では、家庭用ゲームソフトの流通システムの問題点を整理するとともに、改革に向けた流通システムの改善策について検討した。

最後に、第8章では本論文の総括を行った。

3.本研究によって示されたこと・今後の課題

本研究は、流通システムが探索型新製品の阻害要因として働くことを実証し、阻害する状況が発生するメカニズムを解明した。流通システムが漸進的に「進化」することは確約されておらず、短期の合理的な改善の結果、探索型新製品の市場導入を阻害する状態が固定化しうる。これより、企業、流通企業は長期の視点のもと、協調して流通システムの調整を行うべきとの示唆が導かれる。

ただし、本研究の分析結果の汎用性を高めるためには、より多くの産業を調べる必要がある。また、近年家庭用ゲームソフト市場は成長に転じており、この現象を説明しなければならないという課題が残された。

生稲史彦(2006)「ゲームソフト産業のイノベーション・パターン ―開発生産性のディレンマ―」東京大学大学院経済学研究科博士論文.新宅純二郎,田中辰雄,柳川範之編著(2003)『ゲーム産業の経済分析 コンテンツ産業発展の構造と戦略』,東洋経済出版社.
審査要旨 要旨を表示する

本論文は、イノベーションの遂行を阻害する流通システムに関する研究である。従来、イノベーションは研究開発や技術開発論として、開発組織や開発プロセスの問題として論じられ、膨大な研究が蓄積されてきた。一方で、流通システムに関する研究も、流通論の分野で理論的、実証的な研究の分厚い研究蓄積がある。また、開発と生産のリンクを議論する研究、生産と流通の結合を研究するいわゆる製販統合の研究はある。しかしながら、開発と流通を結ぶ研究は少ない。本論文は、開発と流通の関係についての問題に切り込んだ萌芽的な研究である。

具体的には、主として家庭用ゲームソフト産業を取り上げて、流通システムの変化がこの業界における製品イノベーションに与えた影響について分析している。とりわけ、それまでにない新ジャンルや画期的なアイデアに基づく「探索型新製品」の開発に流通システムが与える影響を分析している。探索型新製品に対して、従来のノウハウや顧客との関係を活用するのが「活用型新製品」である。生稲(2006)は、1990年代後半における日本の家庭用ゲームソフト産業で探索型新製品の比率が減少して活用型新製品が増えた現象を指摘し、その理由を「開発生産性のディレンマ」という概念で説明した。本論文は、同じ現象を同時期の流通システムに内在していた問題から説明しようとした研究である。その意味で、生稲(2006)を補完的に発展させた研究であるということができる。

各章の内容の要約・紹介

本論文の構成は以下のとおりである。

まず、第1章では本研究の問題意識および目的を提示している。探索型新製品は「今までにない」製品であるため、情報の非対称性によるリスクが高い。流通企業の立場から考えると、活用型新製品は前モデル、旧バージョン製品において獲得した評価や愛好者が存在し、売上の予測がしやすく一定の売上が見込める。一方、探索型新製品は「今までにない」製品であるため、売上予測に用いられるデータに乏しく、売れるかどうかの判断が難しい、リスクが大きい製品である。従って、流通企業には活用型新製品を優先して仕入れようとする誘因が存在しており、探索型新製品が口コミによって消費者へ浸透していく前に、仕入れが打ち切られてしまう恐れがある。

そのため、開発企業は流通企業に働きかけ、消費者に好意的評価が広まるまでの間、新製品が消費者の目に触れ、購買可能な状態を維持せねばならない。このために、返品制、短納期・小ロットでの出荷、高い流通マージンといった政策、あるいは川下統合してリスクを内部化するといった、流通システムの調整が行われる。この流通システムの設定が適切に行われれば、企業は探索的新製品の市場導入を円滑に行うことが可能になる。しかし、流通システムは短期の意思決定の積み重ねの結果として経路依存的に変化し、それが探索的新製品の市場導入を阻害する要因となりうる。この阻害による影響を検証し、阻害状況が発生するメカニズムを解明することが、本研究の目的であるという。

第2章は、本論文に関連する研究をサーベイし、本研究の位置づけと研究目的をより特定化した章である。第一に、本研究で提示する活用型新製品および探索型新製品について、既存研究との接合を図り、これを検証する意義を確認した。第二に、企業による新製品導入時の消費者への情報発信、および消費者間の情報伝達過程について、イノベーション普及論、製品普及論を中心とした既存研究より、探索型新製品に対して口コミを活用した市場導入が適合的であることを確認した。第三に、探索型新製品の開発が活発におこなわれている映画産業、書籍・出版産業、アパレル産業について、企業と流通企業間にどのような流通システムが成立しているかの既存研究を整理している。このような既存研究のサーベイをもとに、以下の2つの研究課題を提示している。

(1)いかなる流通システムが探索型新製品の市場導入を阻害するのか。

(2)そのような流通システムが生成されるプロセスはいかなるものか。

第3章では、本研究において主として取り上げる家庭用ゲームソフト産業について、分析対象としての妥当性について検討している。家庭用ゲームソフト産業は、企業の活発な探索型新製品開発活動によって成長してきた産業である。しかし、1990年代後半から「シリーズもの」と呼ばれる既存作品の続編、活用型新製品へ売上の集中が進み、市場の活力を失っている(新宅・田中・柳川,2003)。また、同産業はハードウェア規格提唱企業が主体となって流通システムを構築し、ほぼ全てのソフトウェアメーカーがこれを利用するという特性がある。このため、流通システムがどの時点で変化したかが観測しやすく、流通システムの変化が市場全体へ影響として表れるため、本論文の分析対象として非常に適した事例であるといえるという。

第4章では、1990年代後半の家庭用ゲームソフト市場の実態について明らかにしている。まず家庭用ゲームソフトの流通を担うゲーム専門店や家電量販店に対するインタビューをもとに、90年代後半以降の流通システムが彼らの行動に与えた影響を明らかにしている。その結果、家庭用ゲーム市場の成長期においては、探索型新製品に該当する作品の仕入れを積極的に行うことができた。しかし、流通システムが変化し、小売店の粗利が極端に低くなったため、リスクの高い探索型新製品の仕入れが出来なくなり、リスクの低い活用型新製品(「シリーズもの」)中心の仕入れを行わざるを得なくなったという。

次に、このような個別流通企業の行動の結果として、実際に市場全体で探索型新製品の減少を定量的に明らかにしている。具体的には、1997~2000年までの434製品、1998~2002年までの481製品という2つのデータセットを使い、その市場導入後の売上推移パターンの分析をしている。この分析結果から、1997年には口コミによって普及した探索型新製品が一定割合あったが、1998年から2000年の間にはこれが確認できず、探索型新製品の市場導入が阻害されているという、インタビューした流通企業の行動に合致する結果が得られた。さらに、この時期は家庭用ゲームソフト市場が成長から縮小に転じた時期と合致している。

第5章では、第4章の結果を受け、1997年と1998年の間に、家庭用ゲームソフト市場の流通システムにどのような変化が起こったのか。歴代のデファクト・スタンダードを獲得した規格、「ファミリーコンピュータ」(任天堂)、「スーパーファミコン」(任天堂)、「プレイステーション」(SCE)、「PS2」(SCE)について、流通システムの変遷とその探索型新製品の市場導入への適合性について検討している。

この結果、1997年までは流通企業の仕入リスクにみあう流通マージンが設定されていたが、1998年に小売の流通マージンが極端に低下したため、探索型新製品を受容できなくなった。そのような流通マージンの圧縮をもたらしたのは、ソフトメーカー、流通企業のいずれの立場から見ても、改善をもたらすと期待された流通システムの改良であった。リスク回避的な視点からの改善が積み重なった結果、探索的新製品を阻害する流通システムが成立してしまうというプロセスが確認された。

第6章では、音楽シングルCD市場を対象とした分析により、第4章、第5章の結論の妥当性を検討している。音楽CDの流通システムは「プレイステーション」用ゲームソフトの流通システムの基礎となっており、両者は類似している。その一方で、音楽CDは再販売価維持制度が存在し、25%の粗利が維持され続けているという違いが存在する。製品特性の違いはあるが、両者は流通企業の粗利という条件の違いによる影響をみるために、格好の比較事例であるという。音楽CDを対象として、第4章と同様の売上推移パターンの分析を行った結果、音楽CD市場では市場導入に成功した探索型新製品が存在することが示されている。

第7章では、家庭用ゲームソフトの流通システムの問題点を整理するとともに、改革に向けた流通システムの改善策について、現在試行中のものも含めて検討している。国内の家庭用ゲームソフトの流通システムの改善策として、第一に、返品制と仕入れ価格の変動といった仕組みを取り入れることが考えられる。日本テレビゲーム商業組合では、メーカーと流通企業の連携のもと、疑似的な返品制、仕入れ価格の変動といった仕組みを取り入れることによる新製品の売上増加の影響について、店頭実験によって測定している。第二に、小売店がリスクを負担できない状況に対し、メーカーがリスクを内部化する方策も考えられる。このメーカー直売はすでにダウンロード販売として一部導入されているが、その販売数は限定的である。

最後に、第8章で本論文の分析結果と結論を要約した上で、若干のインプリケーションを示した上で、今後の研究課題を述べているが、ここでは割愛する。

論文の評価

本論文の主要な貢献の第一は、流通システムが探索型新製品の阻害要因として働くこと、それが長期化すると市場の成長にも悪影響を及ぼすことを示したことにある。従来の議論では、企業の製品開発において、活用と探索の選択がされ、活用が過剰に選択された場合において、生稲(2006)の「開発生産性のディレンマ」で指摘されるような、長期の成長の阻害という問題が発生するとされた。これに対して、本研究は流通企業の仕入に際する選択の意思決定において、活用型新製品が過剰に選択されることによって、開発される製品に影響を与えるメカニズムを明らかにした。開発活動、とりわけ著者が探索型新製品と呼ぶようなイノベーション活動を活性化するためには、流通システムの設計が重要であることを実証的に示したことは、この論文の貢献として高く評価できる。

貢献の第二は、流通システムの進化プロセスを記述した点にある。流通システムは、リスク回避といった特定の目的を改善するために進化するが、それが同時に探索的新製品の回避という問題を必然的にもたらす。また、流通における競争の確保という競争政策による小売りマージンの圧縮が、探索的新製品の減少という意図せざる結果をもたらしうることも指摘されている。また、一旦流通システムの進化の方向が決まると、それを修正するのは困難であることが歴史的な分析から示されている。家庭用ゲームソフト産業で、その進化プロセスの方向が変わったのは、ゲーム機のプラットフォームで支配的な企業が入れ替わった時であるという。

貢献の第三は、新製品を探索型新製品と活用型新製品に分類し、その販売推移のパターン分析によって、定量的にその2種類の新製品の種類を峻別する手法を開発したことにある。従来もこの種の分類はあったが、技術的要素などからの定性的な判断で区別するしかなかった。いくつかの問題点は残されているが、本研究が示した方法論は、定量的峻別方法開拓の先駆けとなるものであろう。

しかしながら、本研究にもいくつかの問題が残されている。本研究全体が、家庭用ゲームソフト産業の事例をベースに構成されているため、ゲーム産業やコンテンツ産業としての特殊要因と一般化できる仮説との区別が必ずしも明確でない。本研究が指摘した探索的新製品と流通システムの間にある問題は、ゲームソフトや音楽CD以外にも多くの製品で観察される事象であろう。本論文の内容をベースにしながら、既存の流通論も加味して、議論をより広範に展開すれば、より一層魅力的な研究になったであろう。また、筆者は、小売りにおけるマージンの多寡という問題に焦点を当てているが、多頻度短サイクルの流通システムが与える影響についても、より深い考察を加えて欲しかった。

このような問題点は残されているとはいえ、開発と流通システムを結びつける実証研究がきわめて少ない現状では、以上のような問題は、今後この種の研究を進める上で解決すべき課題であり、本論文にとって致命的な問題ではないと考えられる。

以上により、審査委員は全員一致で本論文を博士(経済学)の学位授与に値するものであると判断した。

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