学位論文要旨



No 125218
著者(漢字) 大橋,暁
著者(英字)
著者(カナ) オオハシ,サトル
標題(和) 超音波を用いた非侵襲膝関節軟骨定量診断装置の開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 125218
報告番号 甲25218
学位授与日 2009.07.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3361号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 山本,和彦
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 准教授 宮田,哲郎
 東京大学 講師 苅田,達郎
内容要旨 要旨を表示する

変形性関節症(以下OA)は高齢者では罹患率が非常に高く、我が国の人口の高齢化に伴い適切な対策が急務となっている疾患である。現在その診断は単純X線写真に頼っているが、X線写真には軟骨は写らないため、この方法ではOAの病態である軟骨の摩耗や菲薄化を直接捉えることはできず、実際には軟骨をはさんでいる骨の状態より間接的・定性的・主観的な診断が行われている。また、軟骨評価が可能であるMRIは検査が非常に高価であり、検査時間も長いために臨床的にはOAの診断にはほとんど用いられていないのが現状である。このような関節軟骨の画像評価における問題点を踏まえ、新たな関節軟骨画像評価法として、超音波を用いた非侵襲膝関節軟骨定量診断装置の開発の着想に至った。その主な理由として、非侵襲・非放射線被爆であること、簡便に短時間で行える可能性、安価に検査が行える可能性、などの超音波画像診断の利点が挙げられる。実際、これらの特性を生かし、臨床において超音波を用いた画像評価は循環器科・産婦人科領域などを中心に多く用いられている。しかし、整形外科領域において超音波を用いた関節評価は一般的には行われていない。基礎研究レベルでは、小型の超音波プローブを直接関節軟骨に接触させ、関節軟骨を評価する試みが行われているが、超音波を用いて非侵襲に関節軟骨を評価する試みはこれまでに行われていない。そのため、完全非侵襲に関節軟骨を超音波により画像を取得し、定量評価を行うことができる関節軟骨用超音波診断装置の開発を本研究の課題とした。

関節軟骨の音速に関する基礎研究

超音波画像は、超音波信号を送信し生体組織の音響インピーダンスの変化する部分において発生する反射波より作成されている。関節軟骨厚を測定する場合、軟骨表面反射波と軟骨深層-石灰化軟骨境界(tidemark)反射波を取得する時間差に関節軟骨の音速を乗じることで算出することが可能であるが、先行研究において報告されているヒト関節軟骨の音速値には大きなばらつきがみられ、それが測定法によるものなのか、関節軟骨の性質の差によるものなのかは不明である。また、臨床応用における関節軟骨厚測定においては、現時点では音速は一定値を用いる必要があるため、音速値のばらつきを知ることは重要である。このため、まず、種々の音速測定法を用いて豚関節軟骨の音速を測定し精度評価を行い、続いてヒト関節軟骨の音速値測定を行った。月齢による音速差を考慮し、生後6ヶ月と3年の豚の大腿骨顆部の骨軟骨片を採取し、これを超音波送受信機と10MHzのシングルプローブを用い、脱気水(21℃)内で9点においてRadiofrequency(RF)信号を検出した。信号はオシロスコープを介してコンピューターに記録し、軟骨表面境界、tidemarkの各反射波より、超音波飛翔時間(TOF:time of flight)を計測した。また、信号検出点が断面となるような骨軟骨切片を作成し、顕微鏡により軟骨厚を測定し、軟骨音速を算出した。TOF測定を振幅情報より境界を定義する3方法(peak amplitude法、peak envelope法、signal phase法)と標準反射波との相互相関より境界を定義するcross-correlation法にて行ったところ、変動係数は生後6ヶ月の豚では3.4%、3.2%、3.7%、3.5%、生後3年の豚ではそれぞれ6.3%、6.1%、6.1%、8.1%といずれにおいてもpeak envelope法が低い傾向にあった(図1)。このため、この方法(peak envelope法)を用いヒト関節軟骨音速値測定を行った(図2)。変形性膝関節症のために人工膝関節全置換術予定の患者より術前に同意を得た後、術中切除する大腿骨顆部の骨軟骨片を収集した。患者は全例女性で11名(平均年齢:72.7±7.7歳)、検体数は23であった。上記方法にて各検体の音速値を測定した後、Safranin O-Fast Green染色による組織切片を作成、Mankin scoreにより軟骨変性評価を行い、音速測定値とMankin scoreについて回帰解析および相関解析を行った。全体の音速の平均は、1756.3 ± 106.2 m/sであった。また、Pearsonの相関係数は、-0.439、p値は0.036と有意であり、Mankin scoreが高いほど、すなわち、軟骨の組織学的変性度が高いほど、軟骨の超音波音速が減少していた(図3)。しかし、Mankin score(x)と軟骨音速(y)との一次回帰直線の式は、y = -21.03 x + 1851.5と、変性度による音速値の変化の大きさは平均値に比し小さいものであり、臨床関節軟骨厚測定において一定音速値を用いることは可能であると考えられた。

超音波B-mode画像による関節軟骨評価(in vitro)に関する研究

超音波B-mode画像を用いた場合の関節軟骨厚測定値の精度評価のため、in vitroにて生後6ヶ月の豚大腿骨顆部の関節軟骨を用い超音波画像による軟骨厚測定値と顕微鏡による軟骨厚測定値との比較検討を行った(図4)。超音波画像取得に関して、従来のリニアプローブやTissue Harmonic法に加えて、焦点周囲の超音波ビームがより絞りが効いている1.5D probeや対象表面・境界がある一定以上の弯曲をもっている場合に可能な限り鮮明な反射波を取得するための手法である空間コンパウンド法を従来プローブおよび従来法に加えて使用した。骨軟骨片の超音波B-mode画像を以下の条件:(1)1D probe(従来のプローブ), Tissue Harmonic(従来の撮像条件), (2)1D probe, 空間コンパウンド(新規撮像条件), (3)1.5D probe(新規プローブ), Tissue Harmonic, (4)1.5D probe, 空間コンパウンドの組み合わせで撮像を行った。取得画像(図5)について超音波ビーム方向のラインデータを取得し、その軟骨表面および骨軟骨境界に相当するピーク間の距離を用いて関節軟骨厚を測定し、また、豚軟骨音速による補正を行って算出した。一方、撮像した断面が切断面となるように試料を切断し、軟骨厚を顕微鏡にて測定、超音波による軟骨厚測定値と相関・回帰分析によって比較検討した。その結果、顕微鏡による軟骨厚測定値をx、超音波による軟骨厚測定値をyとした一次回帰直線式は生後6ヶ月の豚関節軟骨については、それぞれ(1)y = 1.1017 x - 0.2208、(2)y = 1.0799 x - 0.1582、(3)y = 0.9519 x + 0.1776、(4)y = 1.1264 x - 0.3008といずれも傾きが1に近く切片は0に近かった(図6)。また、Pearsonの相関係数はそれぞれ(1)0.881、(2)0.919、(3)0.892、(4)0.947であり、1D probeに比べ1.5D probeの方が相関の高い傾向が、tissue harmonicに比べ空間コンパウンドの方が高い傾向がみられた。いずれのプローブ・条件においてもp値は0.0001以下であり顕微鏡による軟骨厚測定値と超音波による軟骨厚測定の相関は有意に高く、超音波B-mode画像を用いた関節軟骨厚測定値の精度は非常に高く、有用であることが示された。

臨床用超音波軟骨測定装置の開発

まず、評価対象として考えたヒト大腿骨内側顆部の形状評価、超音波プローブの関節軟骨に対する至適相対角度・位置の評価に関する検討を行い、大腿骨内側顆部の曲率半径は約30mm~40mm、超音波プローブの関節軟骨に対する傾斜至適許容範囲・焦点からの深達方向への距離のずれの至適許容範囲がそれぞれ0°~20°、±0mm~20mmという結果が得られた。これらを基に、大腿骨内側顆部関節軟骨撮像に最適化した機器作成(超音波プローブスキャナーの作成、円弧状スキャンによる超音波断層画像の収集、収集画像から軟骨部の抽出と3Dデータの構築)を行った(図7)。汎用超音波診断装置のメカニカル3Dスキャン機能をベースにし,超音波プローブの走査角度を回転型エンコーダから得て,これを超音波診断装置に送信することにより膝軟骨の断層画像が収集できることが確認できた(図8)。複数の膝軟骨断層画像を収集後、各断層画像上の膝軟骨部分のみを抽出後,フレーム補間することにより膝軟骨の3D画像を構築して表示できることが可能であった。精度評価として、開発した機器を使用し、ボランティア2名において予備的に超音波B-mode画像を用いて膝関節軟骨を撮像し三次元的に関節軟骨厚を測定、臨床用MRIを用いた評価値との比較検討を行った。その結果、三次元的関節軟骨厚は、超音波画像を用いた測定値とMRI画像を用いた測定値との間に有意な相関があり(p <0.0001)(図9)、超音波による関節軟骨厚測定は精度が高く有用性が高いと考えられた。

今後の発展・展望

今後、さらに撮像条件の最適化や画像処理アルゴリズムの開発・自動化などを実用化に向けて進めてゆく予定である。これらの研究が進み、これまで行われることのなかった、変形性関節症患者の関節軟骨厚測定値の経時的変化や、治療に対する変化、また、部位別の測定値やその変化と臨床症状との関連などについて調査することが可能になれば、進行する変形性関節症患者に最適な予防法(薬剤療法・運動療法・装具療法等)を選択することが可能なシステムを確立することや、同一患者を経時的に測定することにより予防治療の効果判定を行うことなどが可能となると考える。

図1. 各TOF測定法における関節軟骨音速値 測定法間に音速値の有意差は無かったが、全ての測定法において成豚(生後3年)の音速値が幼豚(6ヶ月)の音速値より有意に高かった

図2. Time of Flight計測 包絡線の第一ピークおよび第二ピークをそれぞれ軟骨表面、非石灰化軟骨-石灰化軟骨境界(tidemark)からの反射波の位置とした

図3. ヒト関節軟骨のMankin scoreと各試料関節軟骨音速値との関係

図4. 豚関節軟骨の水槽内での超音波撮像 図5. 豚関節軟骨超音波B-mode画像

図5.豚関節軟骨超音波B-mode画像

図6. 切片軟骨厚と超音波測定軟骨厚の関係

いずれのプローブ、画像設定においても有意な相関(p<0.0001)がみられた

図7. 臨床用大腿骨顆部関節軟骨超音波画像取得装置の全体構成

図8. 膝軟骨の断層画像から3D表示までの流れ

図9. 超音波による軟骨厚(Tc-US)とMRIによる軟骨厚(Tc-MRI)との関係

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、これまで臨床応用がなされていない完全非侵襲に関節軟骨を定量評価することを超音波によって達成するために、基礎的研究として、関節軟骨の超音波速度に関する研究および超音波B-mode画像による関節軟骨評価(in vitro)に関する研究等を行い、これらを基に臨床用超音波軟骨測定装置の開発を試み、下記の結果を得ている。

1.まず、音速測定法の精度検証を行った。生後6ヶ月と3年の豚の大腿骨顆部の骨軟骨片を採取し、これを超音波送受信機と10MHzのシングルプローブを用い、脱気水(21℃)内で9点においてRadiofrequency(RF)信号を検出した。軟骨表面境界、骨軟骨境界の各反射波信号より、超音波飛翔時間(TOF:time of flight)を計測した。断面において顕微鏡によって軟骨厚を測定し、軟骨音速を算出した。TOF測定を振幅情報より境界を定義する3方法(peak amplitude法、peak envelope法、signal phase法)と標準反射波との相互相関より境界を定義するcross-correlation法にて行ったところ、変動係数は生後6ヶ月の豚では3.4%、3.2%、3.7%、3.5%、生後3年の豚ではそれぞれ6.3%、6.1%、6.1%、8.1%といずれの音速測定法においても再現性が良く、特にpeak envelope法の再現性が良かった。

2.次に、臨床用超音波装置に使用する関節軟骨の音速値を一定値として良いか検討するため、人工膝関節全置換術の患者より術中切除した大腿骨顆部の骨軟骨片を収集し音速計測を行った。peak envelope法を用いて各検体の音速値を測定した後、Safranin O-Fast Green染色の組織切片を作成、Mankin scoreにより軟骨変性評価を行い、音速測定値とMankin scoreについて回帰解析および相関解析を行った。全体の音速の平均は、1756.3 ± 106.2 m/sであった。また、Pearsonの相関係数は、-0.439、p値は0.036と有意であり、Mankin scoreが高いほど、すなわち、軟骨の組織学的変性度が高いほど、軟骨の超音波音速が減少していた。しかし、Mankin score(x)と軟骨音速(y)との一次回帰直線の式は、y = -21.03 x + 1851.5と、変性度による音速値の変化の大きさは平均値に比し小さいものであり、臨床関節軟骨厚測定において一定音速値を用いることは可能であると考えられた。

3.臨床用超音波装置に用いるB-mode画像によるin vitroにおける関節軟骨厚測定の精度評価を行った。生後6ヶ月の豚大腿骨顆部の関節軟骨を用い、in vitroにおいて超音波画像による軟骨厚測定値と顕微鏡による軟骨厚測定値、さらに高解像度CTとの比較検討を行った結果、顕微鏡測定値および高解像度CTとの相関係数はそれぞれ0.881、0.801と高く、いずれもp値は0.0001未満であり、B-mode画像を用いた関節軟骨厚測定の精度は非常に高いことが示された。

4.評価対象として考えたヒト大腿骨内側顆部の形状評価、超音波プローブの関節軟骨に対する至適相対角度・位置の評価に関する検討を行い、それらを基に最適化した機器作成(超音波プローブスキャナーの作成、円弧状スキャンによる超音波断層画像の収集、収集画像から軟骨部の抽出と3Dデータの構築)を行った。汎用超音波診断装置のメカニカル3Dスキャン機能をベースにし,超音波プローブの走査角度を回転型エンコーダから得て,これを超音波診断装置に送信することにより膝軟骨の断層画像が収集できることが確認できた。さらに、各断層画像上の軟骨領域を抽出,フレーム補間することにより膝軟骨の3D画像を構築して表示できることが可能であった。

5.開発した機器精度評価として、ボランティアにおいて膝関節軟骨を撮像し三次元的に関節軟骨厚を測定、臨床用MRIを用いた評価値との比較検討を行った結果、三次元的関節軟骨厚は、超音波画像を用いた測定値とMRI画像を用いた測定値との間に有意な相関があり(p <0.0001)、超音波による関節軟骨厚測定は精度が高く有用性が高いと考えられた。

以上、本論文は、関節軟骨の音速に関する研究および超音波B-mode画像によるin vitroにおける関節軟骨測定の精度評価の結果に基づき、臨床用超音波軟骨測定装置を開発し、その精度の高さを明らかにした。本研究はこれまで臨床において行われることのなかった関節軟骨の定量評価を完全非侵襲に達成することが可能であることを示し、変形性関節症の重症度判定、また治療選択やその効果判定に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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