No | 125228 | |
著者(漢字) | 十河,真生 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ソゴウ,マウオ | |
標題(和) | 準安定原子電子分光による有機 : 金属界面の局所電子状態の観測 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 125228 | |
報告番号 | 甲25228 | |
学位授与日 | 2009.07.30 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第929号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 広域科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.序論 近年,金属表面に吸着した有機分子の振る舞いは基礎科学としての興味だけでなく,応用的な観点からも注目されている .一つは有機薄膜太陽電池や有機ELへの応用であり,有機-金属界面や有機-有機界面での電子構造がデバイスの電気特性を決定付けることが知られている.また,有機分子を1つの素子に見立てた金属-有機分子-金属架橋系の研究も盛んに行われている.このような分子架橋系の電気特性も有機-金属間相互作用が極めて重要な役割を果たす.しかし,このような有機-金属界面や有機-有機界面の構造や電子状態については未だ不明な点が数多く残されているのが現状である. 本研究では,準安定原子電子分光(MAES: metastable atom electron spectroscopy) をいくつかの有機-金属系に適用し,その界面での電子状態を明らかにすることを目的とした.MAESとはHe*(23S)のような長寿命の希ガスの励起した原子を固体表面に衝突させ,脱励起により放出される電子をエネルギー分析する手法である.準安定原子は一般に並進エネルギーが0.1 eV以下と非常に小さいため固体内部に進入せず,表面最外層の原子とのみ相互作用する.このため,MAESでは表面最外層の電子状態を選択的に調べることができる.本研究では,3つの有機-金属系を取り上げた.一つはPt(111)上に吸着したC(60)分子,二つめはK原子とC6H6分子系の相互作用系,そして,Au多結晶基板上の2,9-demethyl-4,7-diphenyl-1,10-phenanthroline (BCP)薄膜である.また,これらに加えてAu(111)清浄面におけるHe*脱励起過程の研究も行った.Pt(111)-C(60)系においては森川ら(阪大)との共同研究で密度汎関数法による第一原理計算も行い,実験と理論を組み合わせて考察した. 以下では,Pt(111)-C(60)系の概要を述べる.金属電極に接合したC(60)分子や金属表面に配列したC(60)薄膜は,巨大な分子と金属の相互作用の基礎的理解のみならず,分子デバイスへの応用からも大きな注目を集めている.例えば,Au-C(60)-Au系のような金属電極に架橋されたC(60)分子の電荷輸送特性は広く研究されている .ごく最近,Pt-C(60)-Pt架橋系は著しく高いコンダクタンス[0.8 G0 (G0=2e2/h)]を示すことが明らかにされた.これはLandaurer極限において透過効率が~80%に達することを示す.本研究では,電荷輸送現象に直接影響を及ぼすと考えられるPt(111)-C(60)界面の局所電子状態(とりわけフェルミ準位近傍の界面電子状態)について調べた.電子分光実験と理論計算を組み合わせた解析により,Pt 5dとC(60)n軌道が強く混成し,フェルミ準位近傍に金属的な電子状態が誘起されることが分かった.この金属的状態は吸着C(60)分子全体にわたって分布し,輸送過程における共鳴トンネリングを引き起こすことも明らかとなった. 2.実験 Figure 1に実験に用いた超高真空分光装置 (base pressure: 1×10(-10) Torr)を示した.Pt(111)清浄面はAr+スパッタリングと電子照射加熱を繰り返すことで作製し,オージェ電子分光(AES)と低速電子回折(LEED)で確認した.C(60)凝集層は真空中で高純度のC(60)粉末(純度99.9 %)を300 Kの基板に蒸着させることで作製した.膜厚は水晶振動子を用いて制御し,単分子層(ML)単位で見積もった.C(60)単分子層は凝集層を600 Kに加熱することで作製し,LEEDで(√13×√13)R13.9°構造を取ることを確認した. 計算は第一原理分子動力学法プログラム"STATE" (Simulation Tool for Atom Technology) を用いて行った.密度汎関数法に基づき,交換相関エネルギーには一般化密度勾配近似(GGA)を用いている.Pt(111)表面は3原子層のスラブを用いてモデル化し,三次元方向に周期境界条件を課した.C(60)は2√3×2√3構造を取ると仮定した. 3.結果と考察 Figure 2 (a)にPt(111)上のC(60)単分子層と多分子層の紫外光電子分光(UPS)スペクトルを示す.横軸はフェルミ準位を基準とした結合エネルギーを表す.多分子層(70 ML)のスペクトルでは,2.2,3.5,5.7 eVにC(60)分子軌道(MO)由来のバンドA-Cが観測されている.これらのバンドは,それぞれhu (HOMO),hg+gg,gu+t2uに帰属することができる .単分子層の差スペクトルにおいても,1.9,3.2,5.1 eVにC(60) MO由来のバンドが観測され,C(60)分子はPt(111)上で分解や重合することなく,分子状で存在することがわかる. Figure 2 (b)にUPSに対応するMAESスペクトルを示す.MAESスペクトルはUPSスペクトルと大きく異なっており,その特徴は以下のようにまとめられる. (1)多分子層では,ぺニングイオン化(PI)過程が支配的であり,UPSのA-Cに対応するバンドが2.2,3.5,5.7 eVに観測され,フェルミ準位近傍に状態がないことから,基板と直接結合しないC(60)分子は絶縁体的(もしくは半導体的)電子構造をもつことがわかる. (2)単分子層では,共鳴イオン化(RI)とオージェ中和(AN)が支配的に起こり,PIは競争的過程として部分的に起こる.Figure 2 (c)のC60単分子におけるPI過程の概略図に示すように,C(60)分子最上層の電子状態が脱励起に関与する.PIはHOMO由来のバンドとフェルミ準位近傍に化学吸着誘起状態による弱い構造を与える.これは,HOMO由来の状態と化学吸着誘起状態が真空側に大きく張り出し,その結果としてHe*と優先的に相互作用していることを示す.さらに,後者がフェルミ端構造をとることから基板と直接結合したC(60)分子は金属的な電子構造を持つ. Figure 3にPt(111)-C(60)系の理論計算結果の一例を示す.右側はPt基板上おけるC(60)分子の模式図である.全エネルギー計算によると,C(60)分子はPt(111)におけるfollow siteに六員環を向けて吸着した構造が最安定であった.このとき,C(60) π-Pt 5d間の混成により共有結合を形成する.さらに各分子軌道の状態密度の計算から,LUMO由来の状態が主に結合に寄与していることがわかった.左側には,右側の模式図に示すように基板原子下からC(60)分子上を9層(L1~L9)に分割し,その各層ごとの状態密度を計算した結果を示す.C(60)を含むL2-L7では,離散的なC(60) MO由来の状態がPt 5dバンドと強く混じることでブロードになっている.分子内で見られる3つのピーク(L5では,-0.9,-2.1,-4 eVに見られる)のUPSスペクトル[Figure 2 (a)]で観測されたA-Cバンドに対応する.次にフェルミ準位近傍に注目すると,状態密度がPt基板からC(60)に向かい減少していくことが,C(60)の最外層のC(L7)においてもまだ存在していることがわかる.言い換えれば,Pt(111)上でC(60)分子は全体として金属的な性質を持っていると言える.この特徴はAlkanethiolateの炭素鎖やBenzenethiolate のフェニル基がPt(111)上で絶縁的になることと対照的である.このため,金属表面の外部に浸み出した波動関数の漸近的な振る舞いは電荷輸送特性に決定的な役割を果たす.C(60)の境界領域(L8, L9)では,-1.4 eV付近のHOMO由来の状態密度がその他の占有軌道に比べて高いことがわかる.これはMAESで見られた特徴と非常に似ている. 最後に,金属電極間に架橋されたC(60)分子の局所電子状態と輸送特性の関係に付いて述べる.Landauer equationによると,分子架橋系におけるコンダクタンスは金属電極間の波動関数の空間的な重なりにより決定される.本研究では,フェルミ準位における波動関数が,Pt 5dとC(60) π軌道の強い混成により,Pt基板からC(60)分子内で(分子外部でも)十分に広がりを持っていることを示した.このような金属の波動関数の広がりは2個のPt電極間の挟まれたC(60)分子においても期待される.これがPt-C(60)-Ptにおいて共鳴トンネリングを介して非常に高いコンダクタンス(0.8 G0)を引き出すと考えられる. 4.結論 MAESと第一原理計算を用いてPt(111)上のC(60)の局所電子状態の存在を明らかにした.C(60)-Pt(111)間での共有結合の形成によりPt 5d- C(60) π混成状態がフェルミ準位直下に出現し,分子全体に分布していることがわかった.われわれの結果は,Pt(111)に結合したC(60)分子が電荷輸送における透過関数を決定付ける金属の波動関数の優れた橋渡し役となることを示している. Figure 1. Schematic view of the experimental apparatus.(a) Upper level. (b) Lower level. Figure 2. (a) He I UPS spectra of C60/Pt(111) at room temperature. (b) The corresponding He*(23S) MAES spectra.(c) Schematic of the Penning ionization on the C60 overlayer. Figure 3. LDOS for the C60 monolayer/Pt(111) DFT calculation | |
審査要旨 | 1.序 本論文は8章からなり,第1章で研究全般の背景と目的,第2,3章で実験の原理と方法が記された後,第4章から7章で金属表面および有機-金属界面の実験結果と考察が述べられ,最後に第8章で本論文の結論が提示されている. 2.論文内容 最近,機能性有機分子と金属基板の相互作用に関する研究は,実験・理論両面から盛んに行われている.その背景には,有機ELと呼ばれる発光素子や有機太陽電池など実用デバイスの開発が精力的に行われるようになったこと,金属電極に有機分子を架橋した系の電荷輸送特性などナノサイズの計測手法が進展し,そこで展開される基礎科学に大きな関心が寄せられていることなどが挙げられる.論文提出者の研究テーマは,有機分子と金属基板界面の電子状態,とりわけ電荷輸送現象に決定的な役割を果たすフェルミ準位近傍の電子状態(状態密度や波動関数の漸近特性など)を電子分光実験や理論解析を通して明らかにすることである.準安定原子電子分光という固体表面最外層の情報が鋭敏に捉られる手法を駆使して,下記の成果を挙げた. 1) 白金基板に結合したC(60)の電子状態(4章) 最近,Pt電極に架橋されたC(60)分子は,ゼロバイアス下で,0.7 G0と極めて高い電気伝導度を示すことが発見された.本論文の目的のひとつは,電子分光実験および理論解析(共同研究)を通して,この特異的な現象を価電子状態の立場から明らかにすることである.超高真空中でPt(111)表面に蒸着したC(60)分子を対象として,系統的な研究を行ない,下記の結果が見出された. (1) Pt 5dバンドとC(60) LUMO間などの相互作用により,Pt-C間で共有結合が生じる. (2) フェルミ準位直下に吸着誘起準位が形成される. (3) 吸着誘起状態は,Pt-C(60)の接触部位だけでなく,C(60)分子全体に広がる. さらに(2),(3)の特徴が,Pt-C(60)-Pt架橋系における高電気伝導度をもたらすと結論された. 2) 金属基板に結合したフェナントロリン誘導体の電子状態(6章) BCPと呼ばれるフェナントロリン誘導体は,有機太陽電池や有機ELにおいて,電子輸送材料としてよく用いられている.本論文では,Au多結晶基板,K蒸着基板上のBCPを取り上げ,ギャップ準位の生成機構,有機-金属界面における電子準位接続を解明することを目指している.種々の電子分光実験から,Au基板上では,弱い化学吸着によって金属的な電子構造をもつギャップ準位がフェルミ準位直下に形成されること,またそのギャップ状態がAu-BCP接触界面に局在していることを明らかにした.また,K蒸着基板上では,K-BCP間での錯体形成に伴い,ギャップ準位がBCP薄膜全体に分布していることを実験的に明らかにした.このようなギャップ準位の空間分布は,金属電極から有機薄膜への電荷注入障壁や電荷移動過程を支配するため,デバイスのパフォーマンスに重大な影響を及ぼすと結論された. 3) 白金基板に結合したベンゼンの電子状態(5章) 最も単純な共役系の1つであるベンゼンを素材として,Pt(111)およびK蒸着面に吸着した系を取り上げ,界面誘起準位の有無,ベンゼン層上でK原子のクラスター形成,ベンゼン層内へのK原子の熱拡散などについて新しい現象を見出した. 4) 金基板における準安定原子の脱励起過程(7章) Au(111)表面におけるHe*(23S,21S)準安定原子の脱励起過程を詳細に調べ,古典的なモデルが一部破綻することを見出した.密度汎関数理論に基づく計算,Pt(111)表面との比較などから,金属表面から真空にしみ出した波動関数の漸近特性が準安定原子の脱励起過程を支配していることを示した. 3.結び 本論文の4,6,7章の成果をまとめた3編の論文は,現在,国際誌に投稿中である.これらは共同研究によるものであるが,論文提出者が主体となって実験・解析を行なったものであり,提出者の寄与は十分であると判断される.また,5章の成果についても,現在,論文を執筆中であり,国際誌に公表する予定である.従って,本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するに相応しいものと認定する. | |
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