学位論文要旨



No 125231
著者(漢字) 瀬尾,美紀子
著者(英字)
著者(カナ) セオ,ミキコ
標題(和) 学習上の援助要請の生起・回避および依存的援助要請に対する影響要因 : 学習方略としての側面と援助者の指導スタイルに着目した検討
標題(洋)
報告番号 125231
報告番号 甲25231
学位授与日 2009.09.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 博教育第158号
研究科 教育学研究科
専攻 総合教育科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 市川,伸一
 東京大学 教授 南風原,朝和
 東京大学 教授 下山,晴彦
 東京大学 教授 本田,由紀
 東京大学 准教授 遠藤,利彦
内容要旨 要旨を表示する

学習上の援助要請(academic help seeking)は,「学習場面において,内容が理解できない,問題が解けないなどの困難な状況に直面し,自分自身で解決が難しいと感じたとき,教師や友だちや親などの他者に援助を求める行動」と定義される。つまずきに直面して自力解決が難しい場合,援助要請によって,つまずきが解消され学習を促進する効果が期待できる。特に,中等教育期の学習者において,他者への援助要請を適切に行えることは,学習不適応に陥らないためにも非常に重要である。なぜならば,この時期は初等教育期に比べて学習内容が難しくなりつまずく機会が急増するためである。

しかし,実際に学習者が援助要請を適切に行うことができているかというと,必ずしもそういうわけではない。大きく2つの問題が指摘できる。まず,援助を要請する必要があると思われる生徒ほど,援助要請しない,あるいはできないといった問題が指摘される。これは,「援助要請の回避」に関する問題と呼ばれる。なぜ,援助要請が回避されるのか,その原因を明らかにすることは援助要請研究の中でも最も重要な課題と言える。一方,援助を要請することができたとしても,依存的な要請や,間に合わせ的・その場しのぎ的な要請といった「要請スタイル」に関する問題も指摘される。こういった援助要請は,つまずきを解消し学習を促進するという本来の目的とは,かけ離れたものと言える。なぜこういったタイプの援助要請が行われるのか検討していくことも,援助要請の回避に関する問題と同程度に重要である。

第1章では,まず援助要請の回避に関する問題について,どういった要因が影響しているか,先行研究を概観した。その結果,特に,動機づけと援助要請に対する認知の組み合わせによって,援助要請の生起および回避の説明を試みた研究が多いことが明らかになった。しかし,これらの研究は一貫した結果が得られていないことや,この枠組みでは十分に説明できないケースが存在することが考えられ,この説明モデルには限界があることが示唆された。

続く第2章では,もう片方の重要なテーマである,要請スタイルに関する問題について,先行研究を概観した。まず,先行研究における援助要請の概念を比較検討した結果,それぞれの研究者によって呼び方は多少異なるものの,概ね自律的援助要請と依存的援助要請の2種類のスタイルに区別されることが明らかになった。次に,依存的要請がなぜ引き起こされるのかについて明らかにするために,影響要因を検討した先行研究を概観した。その結果,依存的要請には,効率主義的な動機づけや学習に関する自己効力感の低さが影響していることが明らかになった。援助要請は対人行動であるため,援助者が及ぼす影響も看過できないが,先行研究では教師のサポート以外にはほとんど検討されておらず,教師のサポートも明確な影響は示されていないことがわかった。

第3章では,先行研究の概観から浮かび上がってきた,これまでの研究に不足している視点や検討すべき課題を,本研究の視点として以下の2点に集約した。1つは,学習方略の観点から検討する重要性である。学習上の援助要請は,つまずきを解消して学習を促進するための学習方略の一種と見なせる。一般に,学習方略の使用・実行には,動機づけ以外にも,方略に必要な知識やスキルが必要であることが知られている。このことから,援助要請の遂行に関しても,動機づけだけでなく知識やスキルといった観点から検討することが必要であると言える。もう1つは,援助者の影響を日常の指導スタイルの観点からも検討する必要性である。学習面の援助要請は,社会心理学で扱われる一般的な援助要請とは異なり,教師など身近な他者との継続性といった特徴がある。このことから,援助者のサポート的な態度だけではなく,どのような援助・指導を日ごろ受けているか,つまり指導スタイルが影響を及ぼしている可能性が示唆される。本論文では,これらの視点に基づいて,援助要請の生起・回避に関する影響要因と依存的要請の影響要因を実証的に明らかにすることを目的とし,援助要請を回避する学習者に対する働きかけや,依存的要請を抑制し自律的要請を促進するために必要な実践的示唆を得ることを目指した。

本論文の目的を達成するために,4つの実証研究を行なった(FIGURE 1)。第4章(研究1)では,援助要請の生起・回避にメタ認知的スキルがどのように関連しているか検討するため,高校生313名に対して質問紙調査を実施した。具体的には,数学のつまずきを把握するためのメタ認知的スキルである「つまずき明確化方略」と,先行研究で影響が示されてきた達成目標や援助要請に対する有効性および脅威の認知をモデルに組み込んで検討した。その結果,数学の学習に対して「内容を理解し習得することに重点を置く」という習得目標が強いほどつまずき明確化方略を使用して援助要請を行うという関連が示された。一方,「援助要請は学習に役立つ」という有効性の認知や「援助要請をすると先生に怒られる」という脅威の認知と援助要請の頻度との関連は示されなかった。以上の結果から,援助要請の生起や回避には,有効性の認知や脅威の認知よりも,つまずきを明確化するためのメタ認知的スキルが影響を及ぼしていることが示唆された。

第5章と第6章では,援助要請スタイルに関する問題について検討した。具体的には,なぜ援助要請において依存的な要請スタイルと自律的な要請スタイルが分かれるのか,その影響要因を要請者要因と援助者要因の両方について明らかにすることを目的とした。第5章(研究2)では,援助要請者の学習観とメタ認知的スキルが援助要請スタイルとどのように関連しているか検討した。学習における自立が重要な発達課題である中学から高校段階への変化を捉えるため,中学生235名,高校生257名に対して質問紙調査を実施した。その結果,依存的要請スタイルに対する影響要因は中学生と高校生とで異なることが明らかになった。具体的には,中学生では結果を重視し丸暗記に頼ろうとする学習観(丸暗記・結果重視志向)が影響を与えるのに対して,高校生ではつまずき明確化方略の使用が少ないことが依存的要請の傾向を強めることが示唆された。一方,自律的要請スタイルについては,中学生と高校生でほぼ同様の傾向が示され,失敗を活用し工夫して学習を行なおうとする学習観(方略・失敗活用志向)が強いほどつまずき明確化方略の使用を促進し自律的要請を行うという関連が示された。自律的要請を促進するためには,方略・失敗活用志向の学習観を育成するとともに,つまずきを明確化するためのメタ認知的スキルの習得が重要であることが示唆された。

第6章(研究3)では,援助者である教師の指導スタイルおよびサポート的態度が援助要請スタイルとどのように関連しているか検討した。中学生2304名とその数学担当教師22名に対して質問紙調査を実施した。その結果,教師が主導的な指導スタイルであるほど依存的な要請になることが示唆された。一方,サポート的態度は必ずしも援助要請の生起を促すわけではないことが示唆された。このことから,教師のサポート的な態度よりも,日ごろどのような指導スタイルで学習指導・援助を行なっているかということの方が,援助要請スタイルに対して影響を及ぼし,特に教師主導的な指導スタイルは依存的要請を誘発する可能性が高いことが示唆された。学習に関する援助では,教師が自らの指導スタイルを振り返ることが重要であると言える。

要請者の要因を検討した研究(研究1,2)から,援助要請の生起とりわけ自律的援助要請の遂行には,メタ認知的スキルであるつまずき明確化方略が重要な役割を果たすことが示唆された。そこで,第7章(研究4)では,つまずき明確化方略の指導が援助要請の促進に対してどのような効果を示すか,実験授業を行なって検討した。高校生2年生の文系クラス34名,理系クラス39名について,各クラス内の生徒を,援助要請の有効性および脅威の認知に働きかける群(援助要請認知群)と,援助要請の認知に加えてつまずき明確化方略を指導する群(援助要請認知+方略教授群)に割り当て,授業を行なった。授業の前後に数学の問題に対して質問を生成するテストを実施し,質問生成量と質問内容の変化を分析した。その結果,つまずき明確化方略の指導が,質問生成量と質問内容の両方に影響を及ぼすことが示された。特に,質問内容について,数学の学力差に関係なくつまずき明確化方略の指導効果が見られた。すなわち,指導の前後で「求め方が分からない」といった一般的な質問から,「3次方程式を解く公式はあるのか」といった課題に深く関連した質問へと変化したことが確認された。以上の結果から,つまずき明確化方略を指導することによって,自分のつまずきを詳細なレベルで把握することが可能となり,自律的援助要請に結びつく可能性が示唆された。

第8章では,研究結果をまとめ,本論文の結論として,援助要請の回避と依存的要請への対応および自律的要請を促進するための示唆をまとめた。具体的には以下の通りである。

・援助要請が回避されるのは,つまずきを明確化するためのメタ認知的スキルの使用が十分でない可能性があり,方略を教授することによって自律的な援助要請に結びつく可能性が高まる。

・依存的要請を抑制するためには,次のことが重要である。

学習者側:結果だけを重要視し丸暗記に頼ろうとする学習観を見直す。そのためには,学習観に関する質問紙への回答を通じて自らの学習観を振り返る機会を持たせたり,学習法に関する講座などによって他の効果的な学習法について体験させたりすることが効果的と考えられる。

教師側:教師主導的な指導や説明を行う際には,生徒の思考活動を抑制することや,肩代わりしてもらえる期待を生徒に過剰に抱かせていないか,十分に配慮する。

・自律的要請を促進するためには,失敗(つまずき)を活用しようとする学習観を育むとともに,つまずきを明確化するためのメタ認知的スキルの習得が重要である。

学習上の援助要請研究に対する本論文の主要な寄与として,援助要請におけるメタ認知的スキルの役割と教師の指導スタイルの影響を明らかにした点が挙げられる。最後に,本論文の限界と今後の課題,研究の展望を述べた。

FIGURE 1 研究の構成と概要

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、学習面のつまずきへの対処法の1つである「学習上の援助要請」に対する影響要因を、学習者のもつ学習方略と援助者の指導スタイルの両側面から明らかにすることを目的とするものである。

はじめに先行研究を批判的に検討した。第1章では、援助要請の生起・回避プロセスに関しては、動機づけと援助要請に対する認知(有効性・脅威)を組み合わせたモデルによる説明を試みたものが多いが、これらの研究では一貫した結果が得られていないという問題点を指摘した。第2章では、援助要請のスタイルが、自律的援助要請と依存的援助要請の2種類に概念的に分類されることを示した上で、従来の研究では依存的援助要請を引き起こす要因の検討が十分に行われていないことを指摘した。以上を受けて、第3章では、第1に、学習方略の側面、特につまずきを把握するためのメタ認知的スキルの使用という視点から検討する必要性を示し、第2に、援助要請スタイルについては、要請者と援助者の相互作用から形成されるという視点に立って検討する重要性を述べている。

第4章(研究1)では、数学の援助要請の生起・回避にメタ認知的スキルがどのように関連しているかを、質問紙調査によって検討した。先行研究で影響が示されてきた援助要請に対する有効性の認知や脅威の認知よりも、数学のつまずきを把握するためのメタ認知的スキルである「つまずき明確化方略」の方が援助要請に関連していることが示された。

第5章と第6章では、援助要請スタイルに関する影響要因について検討している。第5章(研究2)では、質問紙調査によって、依存的要請スタイルに対する影響要因が中学生と高校生とで異なることを明らかにした。具体的には、中学生では結果を重視し丸暗記に頼ろうとする学習観(丸暗記・結果重視志向)が影響を与えるのに対して、高校生ではつまずき明確化方略の使用が少ないと依存的援助要請の傾向が強くなることが示された。

第6章(研究3)では、援助者である教師の指導スタイルおよびサポート的態度が援助要請スタイルとどのように関連しているかを質問紙調査によって検討し、教師が主導的な指導スタイルであるほど依存的な援助要請になることが示された。一方、サポート的態度が必ずしも援助要請の生起を促すわけではないことも明らかになった。

第7章(研究4)では、つまずき明確化方略の指導が援助要請の第1段階である質問生成の促進に対してどのような効果を示すか、実験授業を行って検討し、質問生成量と質問内容の両方に影響を及ぼすことが明らかになった。特に、質問内容について、数学の学力差に関係なくつまずき明確化方略の指導効果が見られた。最後の第8章では、研究結果を整理し、本論文の結論を述べるとともに、援助要請回避と依存的援助要請への対処、さらに自律的援助要請を促進するための教育実践的示唆をまとめた。

このように、本論文は、これまで動機づけの観点から検討されることが多かった学習上の援助要請の影響要因について、つまずき明確化方略の役割、生徒のもつ学習観、そして教師の指導スタイル等の影響を明らかにしたもので、教育心理学上の貢献とともに、教育実践に対しても具体的な示唆をもたらす研究といえる。よって、博士(教育学)の学位にふさわしい論文であると評価された。

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