学位論文要旨



No 125233
著者(漢字) 大島,真夫
著者(英字)
著者(カナ) オオシマ,マサオ
標題(和) 新規大卒労働市場におけるセーフティネットとしての大学就職部
標題(洋)
報告番号 125233
報告番号 甲25233
学位授与日 2009.09.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 博教育第160号
研究科 教育学研究科
専攻 総合教育科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 苅谷,剛彦
 東京大学 教授 下山,晴彦
 東京大学 准教授 橋本,鉱市
 社会科学研究所 教授 石田,浩
 社会科学研究所 准教授 佐藤,香
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、大学就職部が行う斡旋に焦点をあて、求人求職のマッチングに際して大学就職部がどのような役割を果たしているのかについて考察することを通じ、新規学卒労働市場における教育機関の役割を大学と高校の両者を視野に入れつつ理論的に整理し直す枠組みを提起し、もって教育から職業へのトランジッションにおいて教育機関が果たしている役割の再検討を行おうとするものである。この分野の研究は、教育社会学においては教育から職業へのトランジッション研究の一領域としてこれまで扱われてきた。苅谷(1991)による高卒就職研究は、労働市場における制度としての学校が果たす役割に焦点を当てていたが、その後のトランジッション研究では関心がシフトし、フリーター・ニートといった若年就業問題の高まりと同時に、職業人として自立した一人前の状態にいかになるかを問う「大人のなり方」研究が盛んになった(小杉2003、小杉編2005など)。これに対し、本論文では労働市場における制度としての教育機関が果たす役割という点に研究の関心を戻し、新しい知見の導出を試みる。具体的に以下の2点に関心を寄せる。第1に「企業の選抜」という視点である。高卒就職研究で明らかになったのは学校が企業に代わり生徒を選抜する様子であった。ここで欠いている視点は、数ある企業の中から指導を通じてどういう企業を学生・生徒に提示するかという点である。求人の中には「良好な条件の職」の求人とそうでない求人があり、これらは区別されずに学生・生徒へ提示されるのか、あるいはそうではないのか。斡旋は求人求職双方に対する働きかけであるので、「生徒の選抜」だけでなく「企業の選抜」についても検討して初めて斡旋の果たす役割を正確に理解できるようになる。第2の関心は、高卒就職で行われる「生徒(学生)の選抜」は大学就職部による斡旋でも行われるのかという点である。従来の研究は、高卒のみ、大卒のみを対象とする研究にとどまってきた。この論文では大卒就職における大学就職部を、高卒就職における学校と対比させながら描くことで、新規学卒労働市場における教育機関の役割をより一般的な形で描き出したい。分析にあたっては、大学就職部職員へのインタビュー調査(苅谷剛彦教育学研究科教授の研究グループにおいて実施)と、東京大学社会科学研究所が実施した社研パネル調査のデータを使用した。以上の諸点を第1章で述べた。

続く各章の知見は次の通りである。第2章では、新規大卒者の就職・採用活動が行われる期間を「早期」「晩期」の2つの場(ラウンド)に分けて整理し、大学就職部の行う業務がそれぞれの場によって異なることを明らかにした。「早期」という場を特徴づけるのはそこで行われる就職・採用活動の形態であって、資料請求ハガキの投函やOBOGリクルーターによる接触やWWW等を通じたエントリーがそれぞれ活動開始のきっかけとなり、学生と企業が直接交渉することでプロセスが進行するような就職・採用活動が行われる。こうした形態での就職・採用活動が一段落した後に「晩期」が始まる。「早期」にはいわゆる有名企業が、「晩期」には知名度の低い企業が、それぞれ多く採用活動を行う傾向がある。「早期」「晩期」という構造は1980年代の初め頃に「自由応募制」が広く普及した後現在に至るまで一貫して見ることができる。また大学就職部の行う業務は、「早期」には就職説明会や業界研究、適性検査や履歴書の添削などといったガイダンスが主に行われ、「晩期」になると新たに斡旋も行うようになり、大学に来る求人を学生に紹介する。

第3章では、大学就職部が行う斡旋のプロセスに着目し、斡旋に際して大学就職部は企業と学生にどのように働きかけるかを就職部職員へのインタビュー調査をもとに描き出した。大学就職部は学生に企業を紹介する際に、大学に来る求人を無差別に機械的に紹介するわけではなく、数ある求人の中から条件の良い職を選んで学生に提示している。いわば「企業の選抜」を行っている。その一方で、学生が斡旋を受ける際に選抜を受けることはほぼない。また大学就職部の活動動機には学生に対する教育的配慮のみならず大学経営上の戦略が含まれ、保護者や高校生や高校教員の反応を念頭に置いた活動も求められている。

第4章から第6章では社研パネル調査のデータを使い数量的な分析を行った。第4章では、大学就職部のサービスを利用する機会について検討した。大学就職部が提供するサービスを利用するか否かは、基本的には学生の自由な選択に委ねられている。一見自由に見えてもその背後には機会の偏在があるのではないかという観点から、誰が就職部のサービスを利用するかという分析を行ったところ、階層要因(大学第一世代か否か)や大学の成績(優が8割以上か否か)、大学生活の過ごし方のうち在学中の部・サークル活動やアルバイトの熱心さについては利用の有無に影響を及ぼしていなかった。一方、大学講義出席率8割以上かどうかについては、利用の有無に影響を及ぼしていた。大学講義へのコミットメントが高い学生ほど就職部を利用していることが明らかになった。

第5章では、入職経路を5タイプに分け、入職経路が誰にどのように機会として開かれているのか、晩期において大学就職部の斡旋を受ける機会はどうなのかについて検討した。全体的に見ると、早期ではなく晩期に就職するのはランクの低い大学に在籍していた学生の方であった。その一方で、階層要因や大学の成績や大学生活の過ごし方は入職経路の違いに影響を及ぼしていなかった。一般的には、大学の成績が良かったり、あるいは部・サークル活動を熱心にやっていた学生ほど企業から高く評価され早く内定が決まるかのように思われるが、社研パネル調査の結果からはそのような関係は確認できなかった。また、晩期のうち「就職部経由(斡旋を受けた人)」と「就職部非経由・利用有(就職部を利用はしたが斡旋は受けなかった人)」とを比較したところ、そのどちらになるかについては、階層要因や大学の成績や大学生活の過ごし方による影響を受けていなかった。このことは、大学就職部が階層要因はもちろんのこと、大学の成績や大学生活の過ごし方によって斡旋を受ける機会を閉ざすことはしていないということを意味している。

第6章では、入職経路による就職結果の違いに注目し、大学就職部による斡旋を受けた場合どのような企業に就職する傾向にあるのかを検討した。全体的に見ると、早期に就職が決まった学生の方が「間断のない就職」「正規職」「非小企業(企業規模が100人以上)」になりやすいことがわかった。ここにあげた指標が条件の良し悪しを示すものだとしたら、早期に特徴的な入職経路で就職した方が良好な条件の職にたどり着きやすく、逆に晩期ではたどり着きにくくなることを意味している。早期と晩期の間にはこのような関係があるにもかかわらず、晩期で就職部による斡旋を受けた場合は早期で就職が決まった場合に匹敵する良好な条件の職にたどりついていた。つまり、早期で決まった場合と就職部による斡旋を受けた場合との間には、「間断のない就職」「正規職」「非小企業(企業規模が100人以上)」のなりやすさに違いが見られなかった。この関係は、階層要因や大学の成績や大学生活の過ごし方をコントロールしてもなお見ることができた。このことは、大学就職部による斡旋が、晩期という条件の良くない職にたどり着く可能性の高い時期において行われるにもかかわらず、早期での就職先と遜色のない良好な条件の求人を提供しているということを意味する。また、大学就職部が、高卒就職における学校推薦のように、在学中の成績を基準にして斡旋先を変えているかどうかを確かめたところ、そのような関係は見いだせなかった。

第7章では、以上の分析の結果明らかになった点をまとめ、さらに全体の考察を行った。従来、新規学卒労働市場において教育機関が果たす役割としては、高卒就職研究を中心に学校が企業に代わって行う「生徒の選抜」に大きな焦点が当てられてきた。しかし、斡旋における求人と求職のマッチングを見るにあたって、「早期」「晩期」という時間の観点を導入し、求人と求職の両方を視野に入れるなどの方法で理論的に再整理した結果、教育機関は「学生(生徒)の選抜」を行うのみならず、逆に「企業の選抜」を行うことで学生(生徒)に対し「良好な条件の職」の紹介に務めているという姿が明らかになった。本論文が分析の対象とした大学就職部がまさにこの「企業の選抜」を行うのだが、特筆すべきは大学就職部が斡旋に際して「学生の選抜」を行わない、すなわち学業成績等によって斡旋を受ける機会を制約していないということであった。大学就職部は学生に対して誰にも開かれる形で「良好な条件の職」の紹介に務めているのである。<失敗>した人に対して無条件に<救いの手>をさしのべることをセーフティネットと定義するならば、大学就職部が晩期において行う斡旋は、早期での就職活動に<失敗>し晩期でも活動を続けている学生に対し、「良好な条件の職」の求人を提示するという<救いの手>をさしのべることで、まさにセーフティネットとして機能しているのである。教育から職業へのトランジッションにおいてこれまで語られることの無かったセーフティネットとしての教育機関の役割が、新規大卒労働市場において大学就職部が果たしている役割の分析を行うことで明らかになったのである。新規学卒労働市場で教育機関がいかなる役割を果たすべきかの政策的な検討を行う際にも、大学就職部が持つこのセーフティネットの役割は無視することができないであろう。

審査要旨 要旨を表示する

日本社会において、教育を終え職業へと参入するプロセスは、「学校から職業への移行(トランジション)」と呼ばれ、教育社会学研究の分野で多くの研究が積み上げらえてきた。本研究は、そのような中にあって、トランジションの過程で教育機関がどのような役割を果たしているのかを、大学の就職部に焦点をあて実証的に明らかにするとともに、そこで解明された特徴を、高校から職業への移行過程と比較しつつ、理論化しようとした研究である。

本論文は7つの章からなる。1章では、先行研究のレビューをもとに、本研究の分析課題が設定され、分析枠組みと使用される調査データの説明が行われる。問題として設定されるのは、近年、自由応募制のように市場にゆだねられた大学から職業への移行が主流となる中で、大学就職部の関わりをどのようにとらえるかという課題である。2章では、大学就職部の関わりの現代的意義を明らかにするために、大卒就職におけるスケジュールの変遷と就職の仕組みの変化とが文書資料を中心に解明され、就職活動の「早期」と「晩期」の区別が重要になっていることが指摘される。そして、3章では、大島氏が中心となって実施した大学就職部関係者への聞き取り調査をもとに、大学就職部による職業斡旋の特徴として、求人企業の選別は行う一方で、学生の選抜は行っていないことが示される。

4章~6章は、大島氏が研究員として参加し、調査の設計からデータの構築まで直接関わった東京大学社会科学研究所実施のパネル調査データを用いた実証分析にあてられる。主として使われる方法はロジスティック回帰分析である。4章では、誰が大学就職部を利用しているかについての分析が行われ、出身階層や大学での成績などとは関わりなく、授業出席率の高さが利用度と関係していることが示される。5章では、就職部による職業斡旋の機会を得ている学生の特徴が分析され、斡旋の機会が、出身階層や大学の成績、大学生活のあり方などに左右されないことが確認される。そして、6章では、良好な条件の就職機会は、早期に終わる就職活動を通じて得られる可能性が高いことが示されるとともに、晩期に就職活動を終えた学生の場合に、晩期であるにもかかわらず、大学就職部の斡旋を経由することによって、良好な就職機会が早期の場合と差異なく獲得されることが明らかにされる。

これらの知見をもとに7章では高卒就職との比較を行いつつ、大卒就職における教育機関の制度的な関わりの特徴について理論的考察が行われる。その結果、教育から職業への移行研究において、学生の選抜と企業の選抜とを区分して見ること、就職活動時期の早期と晩期を区分して分析することの重要性が指摘されるとともに、大学就職部の職業斡旋にセーフティネットとしての機能が備わっている点が指摘される。

以上のように、本研究は、学校から職業への移行メカニズムにおいて、大学就職部が果たす役割を、オリジナルなデータの分析によって解明するとともに、その理論的な意義を示した点で、今後の教育研究に重要な貢献をなすものと考えられる。以上により、博士(教育学)の学位論文として十分な水準に達しているものと認められる。

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