学位論文要旨



No 125252
著者(漢字) 武藤,昌也
著者(英字)
著者(カナ) ムトウ,マサヤ
標題(和) 高ストークス数乱流場における固体粒子の流体抵抗力および固気二相間の干渉についての研究
標題(洋)
報告番号 125252
報告番号 甲25252
学位授与日 2009.09.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7104号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大島,まり
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 准教授 鈴木,雄二
 慶応義塾大学 教授 菱田,公一
 北海道大学 教授 大島,伸行
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

近年,産業プロセスにおける省エネルギ対策や地球環境への負荷低減を背景とした,産業機器の高効率化や低排出ガス化が求められる中で,噴霧や微粉炭燃焼における多数の燃料微粒子の詳細な空間分布予測が重要となってきている.通常,複雑な形状を持つ燃焼器内乱流場では,実験的な計測や予測を行うことが容易でないため,乱流場と微粒子運動の間の運動量干渉を考慮に入れた,数値解析による予測手法の確立が進められている.一般的に,固気二相流における粒子運動では重力と流体抵抗力が運動の主要因であり,流体抵抗力の算出には,一様流中で単一粒子を用いて行われた,実験計測に基づくSchiller & Naumannの抵抗係数[1](以下,従来の抵抗係数と呼ぶ)が適用される.しかしながら,この抵抗係数には,粒子周囲の乱流場による影響が考慮されていない.そのため,例えば自動車用ガソリンエンジンの直噴インジェクタに見られるような,粒子の粒径と流れ場のコルモゴロフスケールを用いて定義されるストークス数が,およそ103となるときは,乱流場に粒子径よりも小さな速度変動が含まれるため,粒子近傍の流れ場や流体抵抗力への影響を調べる必要があると考えられる.従来研究として,ストークス数がおよそ1の条件下での研究が多く[2],およそ103の条件下での研究[3, 4]では,固気二相間の干渉機構についての十分な説明がなされていない.

そこで本研究では,ストークス数がおよそ103となるような固気二相流における固体粒子運動に注目し,一様な層流中の場合に対する粒子の流体抵抗力の変化を比較し,その変化の機構に関する研究を行った.なお,乱流中における流体抵抗力の評価は実験的な手法を用いて行い,流体抵抗力の減少機構の解析は数値解析を用いて行った.

2. 回転格子を用いた一様な乱流場の生成

メッシュサイズが25mmであるような4本の回転格子による箱型乱流生成装置(図1)を用いて,平均流が小さく等方的な性質を有する気流定常乱流場を,50 mm × 570 mm × 100 mmの空間領域で生成した.当領域での乱流統計量として,積分長さスケールはおよそ30 mmで一定であり,コルモゴロフスケールは,格子回転数に伴う乱流場の変化により,0.3 mm ~ 0.1 mmの間の値を取る.そのため,本装置において,およそ2 mmの粒径の粒子を用いることで,ストークス数が103の状況を再現できる.また,本装置による乱流場では,乱流レイノルズ数が最大で250となる.

3. 乱流場における粒子にかかる流体抵抗力の評価

前節の実験装置と粒径が2 mmの固体粒子を用いて,ストークス数がおよそ103のとなる実験条件を生成し,固体粒子が乱流場を静止状態から自由落下するときの落下速度を計測した(図2).その結果,図3に示すように,従来の抵抗係数に基づく速度の予測値(図3の破線)に対して,落下速度は大きくなり,本実験条件では流体抵抗力が従来の予測に対して小さくなることが分かった.ストークス数がおよそ103の実験条件下では,乱流場のコルモゴロフスケールが,粒子径に対して1/10程度となり,粒子近傍にて見積もられる境界層厚さと同等の大きさとなる.そのため,乱流場の微小な変動速度が粒子近傍の流れ場と干渉することによって,流体抵抗力の減少が生じたと推測される.しかし,個々の粒子近傍の流れ場を直接計測することは困難であるため,数値解析によって,二相間の干渉を解析を行う.

4. 周期変動が与えられた球周りの流れ場についての数値計算を用いた解析

前節で計測された粒子の流体抵抗力の減少に影響を与えた乱流場の長さスケールを調べるために,粒子周りに二通りの方法(図4(1a),(1b))で単一周期変動を与えた数値解析を行った.解析には,図4(1b)に示すような球を含む円筒形解析格子を用いた.解析の結果,図5(1)に示すように,周期変動によるストークス層厚さ S S が球の境界層厚さ SB の2倍以下となるときに流体抵抗力が従来の抵抗係数による予測(図5(1)内の破線)に対して減少した.この減少の原因は,周期変動による変動エネルギが球近傍に集中することによる(図5(2a)),流体抵抗力の一成分である摩擦抗力の減少に起因することが分かった.また,この摩擦抗力の減少は,変動の与え方(図4(1a),(1b))に依存しない.

さらに,以上の解析結果に基づき,実験計測における流体抵抗力の減少について考察を行った.前節で用いた一様な乱流場において,粒子近傍の流れ場に影響を及ぼす渦は,最も数密度の大きいコルモゴロフスケールnの8倍程度[5]の直径の渦であると考えられる.そこで,定数 a を用いて8an= Ss とすると,8an 2SB となるときに流体抵抗力が減少すると考えられる.本研究の a は,前節の実験結果および従来研究[3, 6, 7]を用いて,流体抵抗力が減少する SB / n の範囲から同定を行った.その結果,流体抵抗力が減少する範囲はおよそ SB /n > 1/6であると見積もられる(図6).本研究の実験計測条件では,SB /n ~ 1であり上記の関係を満たす.そのため,摩擦抗力の減少に伴う流体抵抗力の減少が生じたと考察される.

5. まとめ

本研究により,ストークス数が非常に大きく(~ 103)なるような固気二相乱流場では,粒子の流体抵抗力が,従来の抵抗係数による予測値に対して減少することが分かった.また,その減少は摩擦抗力の減少によるものであることが示され,減少が発生する物理的な条件が従来研究を用いて見積もられた.今後は,この知見に基づく,乱流場におけるより高精度な粒子運動の予測が期待される.

[1] Schiller, L. & Naumann, A., Zeitschrift des Vereines Deutscher Ingenieure., 77, 1933, pp. 318-320.[2] Wood, A.M., Hwang, W. & Eaton, J.K.., Int. J. Multiphase Flow., 31, 2005, pp. 1220-1230.[3] Friedman, P.D. & Katz, J., Physics of Fluids., 14(9), 2002, pp. 3059-3073.[4] Warnica, W.D., Renksizbulut, M. & Strong, A.B., Experiments in Fluids., 18, 1995, pp.265-276.[5] Tanahashi, M., Kang, S.-J., Miyamoto, T., Shiokawa, S. & Miyauchi, T., International Journal of Heat and Fluid Flow., 25, 2004, pp. 331-340.[6] Kawanishi, K. & Shiozaki, R., Journal of Hydraulic Engineering., 134(2), 2008, pp. 261-266.[7] Terada, J., Ushijima, T. & Kitoh, O. Proceedings of 7th JSME-KSME Thermal Fluids Engineering Conference., J333, 2008.

図1 乱流生成装置概要図(左:外観,右:回転格子の配置)

図2 粒子落下速度計測システム

図3 乱流場における粒子落下速度変化

図4 周期変動を与えた球周りの数値解析(1a:周期変動の概要,1b:解析格子)

図5 周期変動を与えた球周りの変動エネルギ分布とSSの大きさによる流体抵抗力の減少

図6 粒子の流体抵抗力が減少する物理条件の解析結果

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「高ストークス数乱流場における固体粒子の流体抵抗力および固気二相間の干渉についての研究」と題して,5章から構成されている.

産業プロセスにおける省エネルギ対策や地球環境への負荷低減を目的として,近年,産業機器の高効率化や低排出ガス化が要求されている.その中で,噴霧や微粉炭燃焼における燃料微粒子の詳細な空間分布予測が重要となってきている.通常,複雑な形状を持つ燃焼器内乱流場では実験的な計測や予測を行うことが容易でないことから,乱流場と微粒子運動の間の運動量干渉を考慮した数値解析による予測手法の確立が進められている.従来,固気二相流中の粒子にかかる支配的な力は重力と流体抵抗力であることが知られている.そして,流体抵抗力の算出には,一様流中で単一粒子を用いた実験計測に基づくSchiller & Naumannの抵抗係数(以下,従来の抵抗係数と呼ぶ)が適用される.しかしながら,この抵抗係数には,粒子周囲の乱流場による影響が考慮されていない.それゆえ,例えば自動車用ガソリンエンジンの直噴インジェクタに見られるような,粒子径と流れ場のコルモゴロフスケールによって定義されるストークス数がおよそ103の場合は,乱流場に粒子径よりも小さな速度変動が含まれるため,粒子近傍の流れ場や流体抵抗力への影響を調べる必要性が生じる.従来研究ではストークス数がおよそ1の条件下での研究が多く,およそ103の条件下の研究での固気二相間の干渉機構については十分な説明がされていない.

そこで本論文では,ストークス数がおよそ103となるような固気二相流の固体粒子運動に注目し,粒子の流体抵抗力の変化を一様な層流中の場合と比較して評価し,その変化の機構について検証する.なお,乱流中における流体抵抗力の評価は実験的な手法を用いて行い,流体抵抗力の変化の機構については数値解析を用いて検証を行っている.

第1章の序論では,本研究で対象とする産業プロセス中の固気二相流の特徴を述べ,従来の粒子運動予測に用いられる抵抗係数について解説している.その後,乱流場における固気二相間の干渉機構の解明を目指した近年の既往研究について述べている.これらを踏まえ,従来研究における課題を明らかにし,本研究の意義と目的について述べている.

第2章では,本研究で対象とする,ストークス数がおよそ103となるような乱流場の実験条件を生成するための,実験手法について述べている.本手法では,4本の回転格子による箱型乱流生成装置を用いて,平均流が小さく等方的な性質を有する気流定常乱流場を,50 mm × 570 mm × 100 mmの空間領域で生成している.当領域での積分長さスケールはおよそ30 mmであり,コルモゴロフスケールは,格子回転数に伴う乱流場の変化により,0.3 mm ~ 0.1 mmの間の値を取ることが示されている.そして,本装置においておよそ2 mmの粒径の粒子を用いることで,ストークス数がおよそ103の実験条件を再現できると述べている.

第3章では,粒径が2 mmの固体粒子を用いてストークス数がおよそ103となる実験条件を生成し,固体粒子が乱流中を静止状態から自由落下するときの落下速度計測実験について述べている.計測結果から,粒子落下速度が従来の抵抗係数に基づく速度の予測値に対して大きくなり,本実験条件下では流体抵抗力が減少することが示されている.さらにこの原因として,ストークス数がおよそ103の実験条件下では,乱流場のコルモゴロフスケールが粒子径に対して1/10程度となり,粒子近傍の境界層厚さと同程度の大きさとなる.そのため,乱流場の微小な変動速度が粒子近傍の流れ場と干渉することによって,流体抵抗力の減少が生じたと推測している.しかし,本章の最後に,粒子近傍の流れ場を実験的に直接計測することは困難であるため,数値解析を用いて二相間の干渉解析を行う必要があると述べている.

第4章では,第3章で計測された粒子の流体抵抗力の減少に寄与する乱流場の長さスケールを調べるために,乱流場を単純モデル化し,一様流中の球周りに単一周期の変動速度を与える数値解析を行ったことについて述べている.数値解析の結果,変動速度によって生成されるストークス層厚さが球の境界層厚さの2倍以下となるときに,流体抵抗力が従来の抵抗係数による予測値に対して減少することが示されている.この減少の原因は,変動速度により主に境界層内の速度分布が時間的に大きく変動し,時間平均された境界層内の速度分布の勾配が一様流中の場合と比較して小さくなることによって,流体抵抗力の一成分である摩擦抗力が減少するためであると述べている.さらに,以上の解析結果と従来の一様等方性乱流場の統計的性質に関する知見に基づき,実験計測における流体抵抗力の減少についての考察を述べている.この考察によると,粒子の境界層内の速度分布に影響を与えて摩擦抗力の減少に寄与する渦は,最も数密度の大きいコルモゴロフスケールの8倍程度の直径の渦であると考えられる.コルモゴロフスケールとストークス層厚さの間に比例関係を仮定すると,結果的に流体抵抗力の減少条件がコルモゴロフスケールと球の境界層厚さの比によって表されることが示される.そして,第3章の実験結果と従来の固気二相流の実験的研究結果を踏まえ,流体抵抗力が減少する具体的な条件は,乱流場のコルモゴロフスケールに対する境界層厚さの比がおよそ1/6以上であることを見積もっている.

第5章は総結論である.本章では,本研究で対象とした固気二相流中の固体粒子に作用する流体抵抗力について,ストークス数がおよそ103となる乱流気流中における実験的評価と,乱流気流場を単純モデル化した数値解析を行った結果,流体抵抗力が変化する機構と物理条件に関して得られた新たな知見を総括している.

以上のように,本論文では,ストークス数がおよそ103となるような固気二相乱流場における固体粒子の流体抵抗力を正しく評価することを最終的な目的として,一様な層流中の場合に対する乱流中での流体抵抗力の変化を評価し,その変化の機構解析を行っている.その結果,流体抵抗力は一様な層流中の場合に対して減少することが実験より明らかにされ,その原因は摩擦抗力の減少によることが数値解析に基づいて示された.さらに,減少が発生する物理条件についての有用な知見が提供されている.以上より,本研究は機械工学,特に流体工学の混相流分野における理論発展に寄与するところ大であると言える.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク