学位論文要旨



No 125254
著者(漢字) 稲葉,慶吾
著者(英字)
著者(カナ) イナバ,ケイゴ
標題(和) ナノシートプロセスによるペロブスカイト酸化物の微細構造制御
標題(洋)
報告番号 125254
報告番号 甲25254
学位授与日 2009.09.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7106号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 教授 水野,哲孝
 東京大学 教授 瀬川,浩司
 東京大学 准教授 小倉,賢
 東京大学 准教授 入江,寛
内容要旨 要旨を表示する

第1章では、研究背景としているペロブスカイト酸化物やナノシートの特徴を概説し、研究目的と方針を述べた。

ペロブスカイト酸化物(ABO3)はイオン伝導性、超伝導性、光触媒活性、強誘電性や強磁性など多彩な物性を示す機能性材料として研究が現在盛んに行われている。ペロブスカイト酸化物の物性は組成や微細構造に支配されるため、AサイトやBサイトのカチオンの選択に加え、複合ペロブスカイト酸化物では特定のサイトへの異種カチオンや欠陥の配列が物性に大きな影響を与える。ペロブスカイト酸化物の一般的な合成法である固相法などの高温反応は低コストであり操作が容易であるが、固相拡散によりイオン配列の制御は困難である。一方、ソフト化学的手法による合成では固相拡散の影響を抑えることができ、ペロブスカイト酸化物の低温合成プロセスとして注目されている。近年、ソフト化学プロセスの手段として、ナノシートが注目されている。ナノシートはナノメートルオーダーの厚さのペロブスカイト構造が二次元平面を形成する2次元結晶であり、ナノメートルオーダーでの配列制御が可能な新規材料設計として有望視されている。本研究では、ペロブスカイト型ナノシートから従来法とは異なる微細構造を有するペロブスカイト酸化物を合成し、ナノシートプロセスがペロブスカイト酸化物の構造と物性に与える影響を明らかにし、これをもとに優れた特性発現のための材料設計指針を得ることを目的とする。ナノシートにはBサイトカチオンがNbとTa系のペロブスカイト型ナノシートを用いた。ナノシートを積層させた後に脱水縮合することにより、ペロブスカイト酸化物の合成を行った。従来法及びナノシートプロセスで合成したペロブスカイト酸化物について、微細構造と物性(光学特性、光触媒活性、誘電特性)を評価・比較し、イオン配列等の微細構造が物性に与える影響を明らかにした。

第2章では、Ta系のペロブスカイト型ナノシートによって単純ペロブスカイト酸化物Sr0.5TaO3を合成し、その構造評価を行った。

単純ペロブスカイト酸化物Sr0.5TaO3をH2Sr1.5Ta3O10の直接脱水縮合とナノシートプロセスから合成した。ナノシートプロセスに利用したTa系のペロブスカイト型ナノシートの形状は、厚さが2から3 nm、横幅が50から200 nmであった。ホスト化合物H2Sr1.5Ta3O10が2次元層状ペロブスカイト構造を有しているのに対し、直接脱水縮合とナノシートプロセスから合成した単純ペロブスカイト酸化物Sr0.5TaO3はともに3次元ペロブスカイト構造を有していた。このようにして得られる3次元ペロブスカイト酸化物はAサイトに多くの欠損を有しており熱力学的に準安定である。ナノシートプロセスから得られた単純ペロブスカイト酸化物Sr0.5TaO3のペロブスカイト八面体のTa-O-Ta結合角は直接脱水縮合から得られた単純ペロブスカイト酸化物Sr0.5TaO3の結合角よりも小さい値を示した。この結合角の相違は、ナノシートの再積層が影響したと考えられる。再積層体では隣接したペロブスカイト層同士の結晶面が相対的にずれている。そこで熱による縮合が強制的に進行すると、結果としてその結晶面のずれを反映した歪んだペロブスカイト八面体を有する3次元ペロブスカイト酸化物が形成されたと考えられる。すなわち、3次元ペロブスカイト構造となっても、その合成に用いた2次元層状ペロブスカイト構造の構造的特徴が残存しているとも言える。このようにナノシートプロセスを利用することで、直接脱水縮合から合成したペロブスカイト酸化物とは異なる結合角を有するペロブスカイト酸化物を合成することが可能であることが分かった。

第3章では、Nb系とTa系のペロブスカイト型ナノシートによって複合ペロブスカイト酸化物Sr0.5(Nb0.5Ta0.5)O3を合成し、その構造評価を行った。

ナノシートプロセスに利用したNb系のペロブスカイト型ナノシートの形状は、厚さが3から4 nm、横幅が200から400 nmであった。一方、Ta系のペロブスカイト型ナノシートの形状は、厚さが2から3 nm、横幅が50から200 nmであった。この2種類のペロブスカイト型ナノシートから複合ペロブスカイト酸化物Sr0.5(Nb0.5Ta0.5)O3を合成した。このナノシートプロセスでは、ナノシートを構成するペロブスカイト層の構造が保たれるため、従来にない積層構造を有する複合ペロブスカイト酸化物の合成が期待できる。また、比較として、同組成の複合ペロブスカイト酸化物Sr0.5(Nb0.5Ta0.5)O3を固相法から合成した。固相法から合成した複合ペロブスカイト酸化物Sr0.5(Nb0.5Ta0.5)O3では固相拡散により、BサイトカチオンであるNbとTaが熱力学的に安定なランダムな位置に配置されるため、ナノシートプロセスから得られた複合ペロブスカイト酸化物Sr0.5(Nb0.5Ta0.5)O3よりも小さい格子定数を示した。さらに、ナノシートプロセスから合成した複合ペロブスカイト酸化物Sr0.5(Nb0.5Ta0.5)O3では低角側に超格子構造に由来するXRDピークを確認した。また、固相法から合成した複合ペロブスカイト酸化物Sr0.5(Nb0.5Ta0.5)O3はナノシートプロセスから得られた複合ペロブスカイト酸化物Sr0.5(Nb0.5Ta0.5)O3よりも、Bサイトカチオンと酸素イオンとの結合の伸縮振動に帰属されるラマンバンドが高波数側にシフトしていた。これらの結果より、ナノシートプロセスを利用することで、固相法から合成した複合ペロブスカイト酸化物Sr0.5(Nb0.5Ta0.5)O3とはBサイトカチオンの配列が異なる複合ペロブスカイト酸化物Sr0.5(Nb0.5Ta0.5)O3の合成が可能であることを確認できた。ナノシートプロセスから得られた複合ペロブスカイト酸化物Sr0.5(Nb0.5Ta0.5)O3では、ナノシートを構成するペロブスカイト層の構造が保たれるため、構造中にSr0.5NbO3とSr0.5TaO3のペロブスカイトブロックが集合体として存在していると考えられる。以上からナノシートプロセスは複合ペロブスカイト酸化物のBサイトカチオンを固相法合成とは異なる配列をさせるのに有効であることが示された。

第4章では、ペロブスカイト型ナノシートにより合成したペロブスカイト酸化物の物性評価を行った。

第2章と同様に単純ペロブスカイト酸化物Sr0.5TaO3をH2Sr1.5Ta3O10の直接脱水縮合とナノシートプロセスから合成し、光触媒活性の評価を行った。ナノシートプロセスから得られた単純ペロブスカイト酸化物Sr0.5TaO3では剥離・再積層により、粒子が小さくなり比表面積が増大した。また、得られた単純ペロブスカイト酸化物Sr0.5TaO3は間接遷移型半導体であり、バンドギャップは直接脱水縮合およびナノシートプロセスによる酸化物で同じ値を示した。これら単純ペロブスカイト酸化物Sr0.5TaO3の水の分解反応に対する光触媒活性を評価した。ナノシートプロセスから得られた単純ペロブスカイト酸化物Sr0.5TaO3は、直接脱水縮合から得られた単純ペロブスカイト酸化物Sr0.5TaO3よりも高い光触媒活性を示した。この活性の相違は、比表面積が影響したと考えられる。ナノシートプロセスを利用することでナノシートの再積層により比表面積が増大するため、直接脱水縮合から合成した単純ペロブスカイト酸化物Sr0.5TaO3より高い光触媒活性を示すことが分かった。

第3章と同様に複合ペロブスカイト酸化物Sr0.5(Nb0.5Ta0.5)O3を固相法とナノシートプロセスから合成し、誘電特性の評価を行った。固相法から合成した複合ペロブスカイト酸化物Sr0.5(Nb0.5Ta0.5)O3はナノシートプロセスから得られた複合ペロブスカイト酸化物Sr0.5(Nb0.5Ta0.5)O3よりも高い誘電率を示した。一方、誘電損失は合成法に依存しなかった。この誘電率の相違は、2種類のBサイトカチオンの配列が影響したと考えられる。

以上から、ペロブスカイト酸化物はナノシートプロセスを利用することによって、従来法で合成したペロブスカイト酸化物とは異なる物性を示すことが分かった。

第5章では、総括を記述した。

ナノシートプロセスから単純ペロブスカイト酸化物を合成すると、平面欠陥に由来するB-O-B結合角の歪んだペロブスカイト八面体を有するペロブスカイト酸化物が形成される。ナノシートの厚さや横幅の選択から、試料あたりの平面欠陥の量を調節することで、B-O-B結合角の歪みの制御が実現できると考えられる。また、ナノシートプロセスから2種類のBサイトカチオンをもつ複合ペロブスカイト酸化物を合成すると、固相法から合成した場合とは異なるBサイトカチオン配列をした複合ペロブスカイト酸化物を合成可能であることを分かった。2種類のナノシートの大きさの選択から、試料あたりの異種Bサイトカチオン間の界面数を制御することができると考えられる。また、剥離・再積層による比表面積の増大が、ナノシートプロセスから得られた単純ペロブスカイト酸化物の光触媒活性の増大に寄与していることが分かった。誘電特性の評価から、複合ペロブスカイト酸化物のBサイトカチオンの配列が誘電特性に影響を与えていることが分かった。厚さと横幅がより大きいナノシートを使用し、構造中の同一Bサイトカチオンのペロブスカイトブロックをより大きくすることで、より誘電率の低い材料を合成することができると考えられる。このような、優れた特性発現のための材料設計指針を得ることができた。

審査要旨 要旨を表示する

ペロブスカイト型構造をもつ酸化物は多彩な物性を示す機能性材料として研究が盛んに行われている。ペロブスカイト酸化物では、特定のサイトへの異種のカチオンや欠陥の配列、およびそれによる構造歪みが物性に大きな影響を与える。ソフト化学的手法による低温合成プロセスは、固相拡散の影響を抑えることができ微細構造制御に有用であるが、近年その一手法としてナノシートプロセスが注目されている。ナノシートはナノメートルオーダーの厚さの2次元結晶であり、それを用いた合成プロセスはナノメートルオーダーでのイオン配列制御が可能な新規材料合成法として有望視されている。本論文では、ナノシートプロセスによる優れた特性発現のための材料設計指針を得ることを目的とし、ペロブスカイト型構造をもつナノシートからの3次元ペロブスカイト酸化物の合成と構造評価、およびナノシートプロセスがペロブスカイト酸化物の物性に与える影響について研究した成果をまとめたものである。

第1章では、研究背景としてペロブスカイト酸化物の構造と物性やナノシートの特徴を概説し、本研究の目的と方針および意義を述べている。

第2章では、ペロブスカイトBサイトがTaからなるペロブスカイト型ナノシートにより単純ペロブスカイト酸化物Sr0.5TaO3を合成し、その微細構造評価を行った結果を述べている。層状構造をもつH2Sr1.5Ta3O10の層間剥離により得られるナノシートを再積層するナノシートプロセス、および層状構造体の直接脱水縮合による方法により、単純ペロブスカイト酸化物を合成した。ナノシートプロセスから得られた単純ペロブスカイト酸化物では、ペロブスカイト八面体のTa-O-Ta結合角が直接脱水縮合から得られた単純ペロブスカイト酸化物の結合角よりも小さい値であることを明らかにした。この結合角の相違は、再積層体ではナノシートの再積層により隣接したペロブスカイト層同士の結晶面が相対的にずれた状態であり、それが3次元構造に変化した後も反映されたものであると考察している。すなわち、3次元ペロブスカイト構造となっても、その合成に用いた2次元層状ペロブスカイト構造の構造的特徴が残存していると言える。このように、ナノシートプロセスを利用することにより、通常の合成法によるものとは異なる局所構造を有するペロブスカイト酸化物の合成が可能であることを明らかにした。

第3章では、Nb系とTa系のペロブスカイト型ナノシートにより複合ペロブスカイト酸化物Sr0.5(Nb0.5Ta0.5)O3を合成し、その構造評価を行った結果を述べている。固相法から合成した複合ペロブスカイト酸化物では、固相拡散によりNbとTaがBサイト中にランダムに配置される。それに対し、Nb系とTa系の2種類のペロブスカイト型ナノシートの再積層から合成した複合ペロブスカイト酸化物では、低角側に超格子構造に由来するX線回折ピークが確認されたことなどから、結晶構造中にSr0.5NbO3とSr0.5TaO3のペロブスカイトブロックが集合体として存在することを確認した。これにより、ナノシートプロセスを用いて、Bサイトカチオンの配列が通常とは異なる複合ペロブスカイト酸化物の合成が可能であることを明らかにした。

第4章では、ナノシートプロセスにより合成したペロブスカイト酸化物の物性評価を行った結果を述べている。第2章で合成した単純ペロブスカイト酸化物Sr0.5TaO3の光触媒活性を評価した結果、直接脱水縮合から得られた単純ペロブスカイト酸化物よりも高い光触媒活性を示すことを見出した。この活性の相違は、ナノシートプロセスにより増大した比表面積および局所構造歪みが影響していると考察している。また、第3章で合成した複合ペロブスカイト酸化物の誘電特性を評価した結果、固相法から合成したものよりも低い誘電率を示すことを見出した。単純ペロブスカイト酸化物の誘電特性の結果と合わせ、2種類のAサイトおよびBサイトのカチオンの配置がランダムであるほど高い誘電率を示すと考察している。

第5章では、得られた成果をまとめ、総括と将来展望を記述している。

以上のように本論文では、ナノシートプロセスにより、結合角等の局所構造やBサイトカチオン配列が従来とは異なるペロブスカイト酸化物を合成でき、光触媒活性や誘電特性の制御が可能であることを示している。これらの成果は、新たな材料設計の指針を与えるものであり、無機合成化学、材料工学の分野の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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