学位論文要旨



No 125255
著者(漢字) 李,柱明
著者(英字)
著者(カナ) リ,ジュミョン
標題(和) ナノ粒子・電解質ポリマー界面におけるキャッピング現象と固体高分子形燃料電池への展開
標題(洋) Capping phenomenon on interface between nanoparticle and electrolyte polymer and application to polymer electrolyte fuel cells
報告番号 125255
報告番号 甲25255
学位授与日 2009.09.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7107号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,猛央
 東京大学 教授 堂免,一成
 東京大学 教授 大久保,達也
 東京大学 准教授 牛山,浩
 東京大学 教授 立間,徹
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、「Capping phenomenon on interface between nanoparticle and electrolyte polymer and application to polymer electrolyte fuel cells(ナノ粒子・電解質ポリマー界面におけるキャッピング現象と固体高分子形燃料電池への展開)」と題し、ジルコニアナノ粒子の合成、極性溶媒中でのナノ粒子と電解質ポリマーの多点吸着現象(キャッピング現象)とその分散条件を見いだし、新規キャッピングプロトン伝導体としての評価、電解質として利用したときの電極膜接合体(MEA)の燃料電池特性に関する研究を纏めたもので、7章より構成される。

第1章では、本研究の背景及び目的が述べられている。ナノ粒子を用いた複合材料においてキャッピング現象を起こすためには、素材間の吸着と分散制御が重要である。既往のキャッピング現象を利用した複合材料においてはポリマーをナノ粒子保護剤とした研究が多く、分散媒も水系が主である。固体高分子形燃料電池用電解質への応用を考えたとき、素材は水に不溶な物質であり、耐熱性も要求される。一方で、高分子電解質に無機ナノ粒子を混合する研究は多く報告されているが、無機ナノ粒子含量が10%程度を超えると機械的強度が極端に低下し、固体膜とはなりにくい。予め高分子電解質とナノ粒子とを多点吸着させたキャッピング手法を用いることによって、電解質ポリマーが被覆したナノ粒子を製膜することで、無機ナノ粒子含量が50%以上となっても機械的強度が維持され、製膜性に優れるプロトン伝導体となると考えられる。本章では、キャッピング手法により強酸性官能基同士の界面となる芳香族系電解質ポリマーとリン酸化ジルコニアとのナノ界面を構築することで、水が強力に補足され、ナノ界面量を極端に大きくし、高温低湿度でも高いプロトン伝導性を発現する電解質が開発可能であることを提案している。

第2章では、リン酸化ジルコニアのナノ前駆体の合成について述べている。アルコキシドを出発物質としてゾル-ゲル反応を用い、前駆体の有機溶媒中での分散性付与のためキレート剤であるアセチルアセトンを表面に固定している。キレート剤と酸触媒量の制御により、ナノサイズの前駆体物質の合成が確認され、また、高分子電解質の良溶媒となる極性有機溶媒中で分散することも確認した。また、一部の条件において合成されたナノ前駆体は格子構造を有し、合成されたナノ前駆体は穏和なリン酸化処理によりナノ前駆体から層状構造を持つリン酸化ジルコニアに容易に変換できることも確認された。

第3章では、電解質ポリマーとナノ前駆体とのキャッピング現象に関して考察している。表面のキレート剤濃度を変えたナノ前駆体とスルホン酸基導入量を変えた炭化水素系電解質ポリマーとを有機溶媒中にて混合し、多点吸着し、かつ良好に分散する条件を系統的に調べた。その結果、より疎水性の強い有機溶媒環境下で疎水性の高いナノ前駆体と電解質ポリマーを用いたときに、キャッピングと分散性を示すことが確認された。作成されたキャッピング前駆体は光散乱法及びTEM観察により、均一に分散し、シングルナノサイズの粒子表面にポリマーが薄く被覆した構造を持つことが確認された。またFT-IR測定より、多分子間水素結合を示すピークシフトが観察され、ナノ前駆体と電解質ポリマーの相互作用も確認された。

第4章では、第2章で合成したナノ前駆体と剛直な主鎖を持つフッ素系電解質ポリマーが有機溶媒中でキャッピングする条件を調べ、ナノ前駆体と電解質ポリマーがキャッピング及び分散性を示す条件を見いだした。通常、フッ素系電解質ポリマーはクラスターチャンネルと呼ばれる2次構造を有するが、ナノ粒子とキャッピングすることにより、2次構造が形成されず、粒子周囲に薄く被覆されることが分かった。SAXS測定からも、通常のクラスターチャンネル構造は失われていることが確認された。この場合でも、多分子間水素結合を示すピークシフトが観察されナノ前駆体と電解質ポリマーの相互作用が確認された。

第5章では、第3章、第4章で合成したキャッピング前駆体を多孔膜細孔中に充填し、細孔フィリング膜を製膜した。また、穏和なリン酸化条件で膜中の前駆体がリン酸化ジルコニアに変換されることも確認した。炭化水素系電解質ポリマーとフッ素系電解質ポリマーを用いた各電解質膜は、広い湿度領域において、各単一素材のプロトン伝導性を超える高いプロトン伝導性を示した。フッ素系電解質ポリマーでは、クラスターチャンネル構造となるからこそ、高いプロトン伝導性を示すと考えられていたが、粒子表面に被覆し、界面を利用することで、特異な構造としなくても、さらに高いプロトン伝導性が発現することも見いだした。固体NMR測定より、膜内にフリーなリン酸がほぼないことも確認されている。一連の結果からナノ粒子とのキャッピング現象により形成された界面にプロトン伝導パスが形成され、予想通りに高いプロトン伝導性を示したと考えられる。

第6章では、炭化水素系電解質ポリマーを用いたキャッピング電解質を用いて、電解質膜および触媒層の両方を作成した。また、膜及び触媒層を組み合わせ、燃料電池MEAの作成を行った。キャッピング電解質はナノオーダーのサイズを持つため、凝集している触媒担持カーボン担体の微細孔中に容易に挿入でき、電気化学反応に関わる白金の利用率が向上することも示した。また、炭化水素系電解質膜を、膜と電極の両方に用いているにもかかわらず、常圧、100℃、湿度70%条件において高い電池性能を示した。開発したキャッピング電解質は、燃料電池発電中においても、高温、低湿度で高いプロトン伝導性を発現することも、電気化学測定より確認した。

第7章では、本研究の総括および今後の展望を示す。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「Capping phenomenon on interface between nanoparticle and electrolyte polymer and application to polymer electrolyte fuel cells(ナノ粒子・電解質ポリマー界面におけるキャッピング現象と固体高分子形燃料電池への展開)」と題し、ジルコニアナノ粒子の合成、極性溶媒中でのナノ粒子と電解質ポリマーの多点吸着現象(キャッピング現象)とその分散条件を見いだし、新規キャッピングプロトン伝導体としての評価、電解質として利用したときの電極膜接合体(MEA)の燃料電池特性に関する研究を纏めたもので、7章より構成される。

第1章では、本研究の背景及び目的が述べられている。ナノ粒子を用いた複合材料においてキャッピング現象を起こすためには、素材間の吸着と分散制御が重要である。既往のキャッピング現象を利用した複合材料においてはポリマーをナノ粒子保護剤とした研究が多く、分散媒も水系が主である。固体高分子形燃料電池用電解質への応用を考えたとき、素材は水に不溶な物質であり、耐熱性も要求される。一方で、高分子電解質に無機ナノ粒子を混合する研究は多く報告されているが、無機ナノ粒子含量が10%程度を超えると機械的強度が極端に低下し、固体膜とはなりにくい。予め高分子電解質とナノ粒子とを多点吸着させたキャッピング手法を用いることによって、電解質ポリマーが被覆したナノ粒子を製膜することで、無機ナノ粒子含量が50%以上となっても機械的強度が維持され、製膜性に優れるプロトン伝導体となると考えられる。本章では、キャッピング手法により強酸性官能基同士の界面となる芳香族系電解質ポリマーとリン酸化ジルコニアとのナノ界面を構築することで、水が強力に補足され、ナノ界面量を極端に大きくし、高温低湿度でも高いプロトン伝導性を発現する電解質が開発可能であることを提案している。

第2章では、リン酸化ジルコニアのナノ前駆体の合成について述べている。アルコキシドを出発物質としてゾル-ゲル反応を用い、前駆体の有機溶媒中での分散性付与のためキレート剤であるアセチルアセトンを表面に固定している。キレート剤と酸触媒量の制御により、ナノサイズの前駆体物質の合成が確認され、また、高分子電解質の良溶媒となる極性有機溶媒中で分散することも確認した。また、一部の条件において合成されたナノ前駆体は格子構造を有し、合成されたナノ前駆体は穏和なリン酸化処理によりナノ前駆体から層状構造を持つリン酸化ジルコニアに容易に変換できることも確認された。

第3章では、電解質ポリマーとナノ前駆体とのキャッピング現象に関して考察している。表面のキレート剤濃度を変えたナノ前駆体とスルホン酸基導入量を変えた炭化水素系電解質ポリマーとを有機溶媒中にて混合し、多点吸着し、かつ良好に分散する条件を系統的に調べた。その結果、より疎水性の強い有機溶媒環境下で疎水性の高いナノ前駆体と電解質ポリマーを用いたときに、キャッピングと分散性を示すことが確認された。作成されたキャッピング前駆体は光散乱法及びTEM観察により、均一に分散し、シングルナノサイズの粒子表面にポリマーが薄く被覆した構造を持つことが確認された。またFT-IR測定より、多分子間水素結合を示すピークシフトが観察され、ナノ前駆体と電解質ポリマーの相互作用も確認された。

第4章では、第2章で合成したナノ前駆体と剛直な主鎖を持つフッ素系電解質ポリマーとが有機溶媒中でキャッピングする条件を調べ、ナノ前駆体と電解質ポリマーがキャッピング及び分散性を示す条件を見いだした。通常、フッ素系電解質ポリマーはクラスターチャンネルと呼ばれる2次構造を有するが、ナノ粒子とキャッピングすることにより、2次構造が形成されず、粒子周囲に薄く被覆されることが分かった。SAXS測定からも、通常のクラスターチャンネル構造は失われていることが確認された。この場合でも、多分子間水素結合を示すピークシフトが観察されナノ前駆体と電解質ポリマーの相互作用が確認された。

第5章では、第3章、第4章で合成したキャッピング前駆体を多孔膜細孔中に充填し、細孔フィリング膜を製膜した。また、穏和なリン酸化条件で膜中の前駆体がリン酸化ジルコニアに変換されることも確認した。炭化水素系電解質ポリマーとフッ素系電解質ポリマーを用いた各電解質膜は、広い湿度領域において、各単一素材のプロトン伝導性を超える高いプロトン伝導性を示した。フッ素系電解質ポリマーでは、クラスターチャンネル構造となるからこそ、高いプロトン伝導性を示すと考えられていたが、粒子表面に被覆し、界面を利用することで、特異な構造としなくても、さらに高いプロトン伝導性が発現することも見いだした。固体NMR測定より、膜内にフリーなリン酸がほぼないことも確認されている。一連の結果からナノ粒子とのキャッピング現象により形成された界面にプロトン伝導パスが形成され、予想通りに高いプロトン伝導性を示したと考えられる。

第6章では、炭化水素系電解質ポリマーを用いたキャッピング電解質を用いて、電解質膜および触媒層の両方を作成した。また、膜及び触媒層を組み合わせ、燃料電池MEAの作成を行った。キャッピング電解質はナノオーダーのサイズを持つため、凝集している触媒担持カーボン担体の微細孔中に容易に挿入でき、電気化学反応に関わる白金の利用率が向上することも示した。また、炭化水素系電解質膜を、膜と電極の両方に用いているにもかかわらず、常圧、100℃、湿度70%条件において高い電池性能を示した。開発したキャッピング電解質は、燃料電池発電中においても、高温、低湿度で高いプロトン伝導性を発現することも、電気化学測定より確認した。

以上要するに、本論文は極性溶媒中で電解質ポリマーがナノ粒子にキャッピングし、均一に分散することを新たに見いだすことにより、高温、低湿度領域において高いプロトン伝導性を発現する固体高分子形燃料電池の膜、電極の両方の開発へと繋げたものである。本論文は、個別の技術開発や現象発見にとどまらず、高性能な燃料電池発電の実証へとも繋いでおり、界面を利用した材料設計論の確立に寄与することから、化学システム工学への貢献は大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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