No | 125260 | |
著者(漢字) | 吉川,奈美子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | キッカワ,ナミコ | |
標題(和) | Mdxマウス骨格筋の異所的石灰化 | |
標題(洋) | Ectopic Calcification in Mdx Mouse Skeletal Muscle | |
報告番号 | 125260 | |
報告番号 | 甲25260 | |
学位授与日 | 2009.09.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第932号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 広域科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景 デュシャンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は、ジストロフィンタンパク質の欠損によって起こる進行性・致死性の筋疾患である。筋細胞膜にはジストロフィン糖タンパク質複合体(DGC)が存在し、細胞外マトリクスと細胞骨格を結合して筋細胞膜の安定を保っているが、ジストロフィンを欠損するとDGC が形成されず、筋細胞膜が脆弱になり筋収縮を繰り返すと筋細胞膜が損傷を受けやすくなる。そのためDMD では筋細胞の変性が筋衛星細胞の増殖・分化による筋再生を凌駕し、筋組織の恒常性が維持できなくなると共に、繊維芽細胞の増殖による繊維化が促進され、筋力の低下や筋萎縮が進行すると考えられている。 一方、DMD のモデル動物であるゴールデンレトリバー犬やmdx マウスの骨格筋内には筋組織の変性とともにカルシウムの沈着(異所的石灰化)が認められる。DMD に限らず、腎臓や血管などの異所的石灰化に関しては多くの報告があり、特に血管平滑筋細胞の石灰化は動脈硬化との関連が注目されている。従来、異所的石灰化はカルシウムの沈殿が生じる受動的な過程に過ぎないと考えられていた。しかし近年、血管の異所的石灰化部位に骨分化に関わる転写因子や細胞外マトリクスの発現が見られることから、血管平滑筋細胞が積極的に行う過程であることが明らかとなってきた。先行研究により、高濃度の無機リン酸(Pi)存在下でヒト血管平滑筋細胞の培養を行うと骨分化が誘導されカルシウムの沈着を生じることから、Pi は血管平滑筋細胞の骨分化を誘導する有力な因子であると考えられている。 私は、mdx マウス骨格筋に生じる異所的石灰化の発生メカニズムの解明を目的として、石灰成分の物質解析、筋組織内のカルシウム沈着に関する組織学的解析を行った。さらに、骨格筋組織内に存在する筋衛星細胞や株化筋細胞は骨格筋以外の中胚葉系細胞へと分化する能力があることが示されているため、mdx マウス骨格筋内では筋細胞の一部が骨分化するという仮説を立てて一連の実験を行った。 結果と考察 X 線マイクロCT、電子顕微鏡を用いた観察 mdx マウスの下肢大腿部を高分解能のX 線マイクロCT 装置を用いて観察したところ、X 線を強く吸収する微小構造が認められた。この構造を含む筋組織についてカルシウムを検出するコッサ染色法によって黒褐色に染色されたため、カルシウムの沈着であることがわかった。また、電子回折とエネルギー分散型X 線分析から主成分がリン酸カルシウム結晶の一種であるハイドロキシアパタイト(HA)と判明した。この異所的石灰化はmdx マウスの骨格筋にのみ観察され正常対照のB10 マウスでは全く見らなかったことから、異所的石灰化と筋ジストロフィーとの関係が示唆された。 mdx マウスにおける血清Pi 濃度の上昇 異所的石灰化の成分がHA であることからmdx マウスではPi やカルシウムの代謝に異常がある可能性が考えられた。血清中のリン酸およびカルシウムの濃度を測定したところ、mdx マウスと正常対照のB10 マウスとの間でカルシウムについて有意差は見られなかったが、Pi はmdx マウスがB10 マウスの1.4 倍の濃度であることがわかった。mdxマウスでは骨格筋細胞内のPi 濃度が運動によって上昇することが先行研究から示されている。また、DMD の患者やmdx マウスでは筋細胞膜の損傷部位からクレアチンキナーゼやミオグロビンなどの筋細胞内の分子が血液中に漏出する現象が知られており、Pi も同様に筋細胞内からの漏出によって血清中の濃度が上昇する可能性が考えられる。 先行研究から高濃度のPi が血管平滑筋の骨分化を誘導することが報告されている。そこで私はmdx マウス骨格筋の異所的石灰化の原因が骨格筋細胞の高濃度のPi による骨分化誘導にあると考え、培養細胞を用いてこの仮説の検証を行った。 高濃度Pi による骨分化誘導と筋分化抑制 骨格筋細胞は分化多能性をもち、筋衛星細胞やマウス筋芽細胞株C2C12 は培養条件下で脂肪酸の添加によって脂肪細胞に、BMP-2 の添加によって骨芽細胞へと分化することが知られている。そこでC2C12 細胞を高濃度のPi 存在下で培養したところ、ウェスタンブロッティングによってRunx2 の発現が、RT-PCR によってオステオカルシンの発現が認められた。Runx2 は骨分化に最も重要な役割をもつ転写因子で、I 型コラーゲンやオステオポンチン、オステオカルシンなど骨分化に必要なタンパク質の発現を直接活性化する機能をもつことが知られている。中でもオステオカルシンは細胞外マトリクスタンパク質のひとつであり、骨分化のマーカーとして利用されている。 高濃度のPi 存在下でC2C12 細胞を培養すると、骨分化が誘導されるだけでなく、筋分化の抑制も認められた。ただし、骨分化の誘導は3 から5mM のPi においても生じるが、5mM のPi 存在下では筋分化と骨分化の両方が進行し、筋分化の抑制は7mM 以上で初めて見られた。免疫染色法による観察から筋分化と骨分化はひとつの細胞で同時に起こるのではなく、それぞれが独立した細胞で起こることがわかった。mdx マウスの血清中のPi 濃度は約5mM でありmdx マウスの生体内では筋分化と骨分化の両方が起きていると考えられるため、C2C12 細胞のPi に対する骨分化と筋分化の感受性の違いはmdx マウス生体内での状態と矛盾しないと考えられる。さらに、高濃度のPi 存在下でC2C12 細胞におけるカルシウムの沈着が確認された。細胞外のPi が骨格筋細胞の骨分化を誘導することを示したのは本研究が最初である。血管平滑筋では細胞膜上に存在するナトリウム依存性Pi トランスポーターの一種Pit-1 と異所的石灰化との関連が指摘されていることから、骨格筋でもPit-1 の寄与が考えられる。 リン酸カルシウムによる骨分化誘導 リン酸ナトリウムと塩化カルシウムを培養液に添加して生じたリン酸カルシウムの沈殿とともにC2C12 細胞を培養したところ、Runx2 の発現の上昇がウェスタンブロッティングによって確認された。固体のリン酸カルシウムによって細胞の骨分化が誘導されたことから、mdx マウスの骨格筋内では異所的石灰化部位の周囲の細胞がさらに骨分化し石灰化を進行させるという局所的ポジティブ・フィードバックループが生じていることが示唆された。 細胞の骨分化によらない石灰化 mdx マウス骨格筋の凍結切片を作成しカルシウム塩やカルシウムイオンを検出するアリザリンS 染色を行うと、石灰化部位だけではなく石灰化が起きていない筋繊維も染色された。ジストロフィンを欠損した筋繊維ではカルシウムの調節に異常があり、変性した筋繊維の細胞内にはカルシウムイオンが蓄積していることが知られている。従って、mdx マウス骨格筋の異所的石灰化の原因として、骨分化した細胞によるカルシウムの沈着だけでなく高濃度のPi とカルシウムイオンの共存によって生じるリン酸カルシウムの沈殿形成の可能性も考えられた。 低Pi 餌による異所的石灰化の減少 mdx マウス骨格筋の異所的石灰化と血清中のPi 濃度との関連を調べるため、Pi 含有量が通常の1/9 である低Pi 餌をmdx およびB10 マウスに与えた。通常の餌を与えたmdx マウスの血清Pi 濃度はB10 マウスよりも有意に高いが、低Pi 餌を与えることで血清Pi 濃度が通常のB10 マウスと同程度まで低下した。また、X 線マイクロCT を用いた観察により、低Pi 餌を与えるとmdxマウス骨格筋内の異所的石灰化が劇的に減少することがわかった。これらの結果から異所的石灰化が血清Pi 濃度の上昇によって生じることが示唆された。 結論 以上の実験の結果から、mdx マウス骨格筋に見られる異所的石灰化の原因は高濃度のPi やリン酸カルシウムの沈着による筋芽細胞の骨分化誘導と、高濃度のPi とカルシウムイオンの共存によるリン酸カルシウムの沈殿形成の結果生じたと考えられる。リン酸による筋芽細胞の筋分化抑制と骨分化誘導に関する知見、及びmdx マウス骨格筋の異所的石灰化についての詳細な解析は本研究が初めてのものである。また、老化関連遺伝子クロートの破壊により、マウス体内でリン酸濃度が上昇し異所的石灰化がおきることから、クロート遺伝子産物とジストロフィンとの間の機能的相関にも興味が持たれる。 mdx マウス骨格筋の異所的石灰化は、未だ解明が進んでいないリンのホメオスターシスに関する好適な実験系を提供すると共に、石灰化を筋変性指標とした筋ジストロフィーの発症機序の解明と治療法開発に役立つと思われる。 | |
審査要旨 | 本論文はDuchenne 型筋ジストロフィー(DMD) のモデル動物であるmdx マウスの骨格筋に見られる異所的石灰化の形成機構を研究したものである。 mdx マウスの骨格筋はヒトのDMD と同様、筋の細胞死や変性を呈する。その原因は筋細胞膜の裏打ちタンパク質dystrophin の欠損により細胞膜が脆弱となり、収縮運動により細胞膜が破断したためと考えられている。 さらに筋ジストロフィー筋では筋変性が引き金となり筋衛星細胞の活性化と新しい筋ファイバー形成が盛んに起きている。 一方、mdx マウスや他のDMD モデル動物では、骨格筋内においてカルシウム塩の沈着(異所的石灰化)が認められるが、その機構は不明である。 また、骨格筋の幹細胞である筋衛星細胞は培養条件下で骨形成タンパク質(BMP)-2 あるいは-4 存在下に骨分化を起こし、インスリンやリノレン酸の存在下で脂肪分化を起こすなど分化多能性を持つことが知られている。 しかし、この筋衛星細胞の分化多能性は培養条件下のみ認められる性質か、生体内でも認められるかどうかは分かっていない。 本論文提出者は、mdx マウスの骨格筋に認められる異所的石灰化が筋衛星細胞の骨分化によるものであるとの仮説をたて、異所的石灰化の形成機構を検討した。 その結果、1) mdx マウスの骨格筋における異所的石灰化はハイドロキシアパタイト(リン酸カルシウム結晶の一種)の沈着によるものであること、2) mdx マウスの血清中の無機リン酸濃度が対照マウスに比べ1.4 倍高く、mdx マウスでは高リン酸血症が起きていること、3) mdx マウス血清と同程度の無機リン酸を加えた培養液中で筋芽細胞を培養すると骨分化特異的転写因子や特異的マトリクスタンパク質を発現し、リン酸カルシウムを沈着することを見出した。 これは異所的石灰化に筋芽細胞の無機リン酸による骨分化誘導が関与していることを示唆している。 さらに、4) 低リン酸含有飼料をmdx マウスに与えることで異所的石灰化が抑制されたことから、骨格筋における異所的石灰化は制御可能であることを示した。 第一部ではmdx マウスの骨格筋に生じる異所的石灰化の特性について述べている。まず、X線マイクロCT 装置により、mdx マウスの下肢大腿部の骨格筋組織内に異所的石灰化が非侵襲的に観察することを見出した。この異所的石灰化は対照のB10 マウス骨格筋では全くみられなかった。また、エネルギー分散型X 線分析法およびX 線結晶回折法により、この異所的石灰化の主成分はリン酸カルシウム結晶の一種、ハイドロキシアパタイトと特定した。異所的石灰化部位はマクロファージの集積が認められたことから筋変性にともなう炎症との関連を認めた。さらにRT-PCR 法により骨分化マーカーの一つであるosteocalcin との発現がmdx マウス骨格筋においてのみ起きていることを認めた。一方、先行研究から無機リン酸が骨芽細胞の分化を促したり、血管平滑筋細胞を骨分化させることが知られている。そこで、mdx マウスの血清中の無機リン酸濃度を測定したところ、B10 マウスの1.4 倍あり、mdx マウスでは高リン酸血症が起きていることが示唆された。しかし、高リン酸血症をもたらす要因の一つと考えられる血中FGF-23 の低下は認められず、むしろ上昇していたことから、FGF-23 は血中リン酸濃度を下げる方向で働いているにも関わらず、別の要因で血中リン酸濃度が上昇しているものと考えられた。 第二部では、 高濃度無機リン酸を含む培養条件下における筋衛星細胞の骨分化について検討した。通常、の細胞培養液中の無機リン酸濃度は1mM である。そこで、1から7mM の異なる濃度のリン酸を含む分化培養液中で筋芽細胞株C2C12 を培養した。筋分化の指標として筋管細胞の形成と筋分化特異的転写因子myogenin のmRNA 量、骨分化は骨分化特異的転写因子であるRunx2 と骨特異的マトリクスタンパク質osteocalcin の発現をRT-PCR 法とWesternblot 法および蛍光抗体法、光学顕微鏡観察により調べた。その結果、1mM のリン酸を含む培養液中では筋分化のみが起きるが、3mM 以上では筋芽細胞の筋分化が抑制されはじめるとともに骨分化指標の発現が始まり、さらにリン酸濃度が高くなるにつれて骨分化が促進される7mMでは筋分化は阻止されることを見出した。また、この場合、筋分化と骨分化は同一の細胞では共発現せず、異なった細胞で起きることが示された。 この骨分化は高リン酸濃度培養液中で培養された初代筋芽細胞においても認められ、骨分化とカルシウムの結晶形成が認められた。Mdx マウスの血清無機リン酸濃度は3.7mM であることから、mdx マウスの骨格筋組織内では一部の筋衛星細胞が骨分化を始めたため異所的石灰化が起きたと考えられる。BMP-2,-4 などの成長因子による筋芽細胞の骨分化は既に知られているが、無機リン酸により筋芽細胞の分化運命の骨分化への転換を示したのは本論文が最初である。 次にマウスの生体内における無機リン酸の果たす役割を調べるため、通常のマウス飼料のリン酸濃度の1/9 しか含まない低リン酸含有飼料をmdx マウスに離乳前から2 か月間摂食させる実験を行った。その結果、低濃度リン酸飼料を与えられたmdx マウスでは高リン酸血症が改善され、異所的石灰化も劇的に減少することが見出された。このことから、高濃度の無機リン酸が筋衛星細胞の骨分化の引き金となり、異所的石灰化が起きることが明らかとなった。 本論文は、mdx マウス骨格筋における異所的石灰化が高濃度の無機リン酸により筋衛星細胞の分化運命の筋分化から骨分化への転換によって生じたものであることをin vitro とin vivo 両方から証明した興味深い研究といえる。mdx マウスに見られる高リン酸血症がなぜ起きるのか、あるいは、異所的石灰化と炎症との関連など今後明らかにしなければならない点はあるが、今までin vitro においてのみ認められた筋芽細胞の骨細胞への分化運命の変更がin vivo でも起きる可能性を示した最初の論文であり、しかも骨分化の引き金が高濃度のリン酸であることを示した点で本論文は高く評価できる。 異所的石灰化は組織内の炎症や痛みの原因と言われており、筋の異所的石灰化機構を解明すれば筋ジストロフィーの症状軽減につながる新たな治療法につながる知見を得ることができると思われる。 さらに、筋ジストロフィー筋における異所的石灰化は本研究において示されたようにマイクロX 線CT 装置により非侵襲的に画像化し、石灰化を定量することが可能である。したがって異所的石灰化は遺伝子導入や幹細胞移植、さらに薬物投与などによる筋ジストロフィー治療効果の判定指標としても有効である。今後、本研究が筋ジストロフィーの病態解明や治療法の開発研究にも貢献することが期待される。 以上をもって、本審査委員会は博士(学術)の学位にふさわしいものと認定する。 [文責 松田良一(主査)] | |
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