学位論文要旨



No 125261
著者(漢字) 牛久(佐藤),由夏
著者(英字)
著者(カナ) ウシク(サトウ),ユカ
標題(和) 基部真正双子葉類に属するキンポウゲ科タガラシにおけるMADS-box遺伝子群の単離及び発現解析
標題(洋) Cloning and characterization of MADS-box genes from the basal eudicot Ranunculus sceleratus (Ranunculaceae)
報告番号 125261
報告番号 甲25261
学位授与日 2009.09.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第933号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,元己
 東京大学 教授 嶋田,正和
 東京大学 准教授 増田,建
 東京大学 准教授 吉田,丈人
 金沢大学 講師 山田,敏弘
内容要旨 要旨を表示する

第1章 General Introduction

被子植物の生殖器官である花は、一般的にがく片・花弁・雄ずい・心皮という器官で構成されているが、これら花器官の数や配置は多様である。祖先的な分類群であるモクレン科やキンポウゲ科は離生心皮であり、単一雌ずいが数個~多数存在する(図1、2)。一方、中核真正双子葉類は合生心皮であり、2つ以上の心皮が融合して1つの複合雌ずいを形成している。このように、祖先的な分類群と中核真正双子葉類とでは、花器官の形態形成メカニズムが異なることが予想される。本研究では、祖先的な形質である離生心皮を持つ植物において、花形態形成のメカニズムを調べることで、花器官の数が変動できる原因を明らかにすることを目的とする。

中核真正双子葉類に属するシロイヌナズナを用いた研究によって、花の形態形成の制御機構を説明するABCモデルが提唱されている(図3)。ABCモデルとは、将来花になる花芽分裂組織上において、A機能、B機能、C機能という3種類の遺伝子が、それぞれ隣り合う2つの領域にまたがって機能するという仮説である。領域1ではA機能遺伝子が単独でがく片を規定し、領域2ではAとB機能遺伝子が花弁を、領域3ではBとC機能遺伝子が雄ずいを、領域4ではC機能遺伝子が単独で心皮(雌ずい)を規定する。また、AとC機能遺伝子の発現は拮抗している。シロイヌナズナでは、A機能遺伝子としてAP1、AP2が、B機能遺伝子としてAP3、PIが、C機能遺伝子としてAGがそれぞれ同定されており、AP2以外は全てMADS-box遺伝子ファミリーに属する。

花の形態形成に関与するMADS-box遺伝子ファミリーの系統解析の結果から、中核真正双子葉類の基部で重要な遺伝子重複が起きたことが示唆されている(図4)。この時に、AP1/FUL-like遺伝子群はFUL-likeグループからABCモデルのA機能遺伝子を含むeuAP1とeuFULという新しいグループを生み出し、B及びC機能を持つ遺伝子群でもそれぞれ新しいグループが生み出された事が示唆されている。このことから、中核真正双子葉類とその外側の分類群では花形態形成のメカニズムが異なることが予想される。よって、ABCモデルでは全ての被子植物の花形態形成を説明することが難しいと考えられる。この可能性を立証するためには、祖先的な分類群の植物を用いて花形態形成に関わる遺伝子の機能解析を行う必要がある。

そこで私は、祖先的な分類群の基部真正双子葉類に属し、離生心皮を不特定多数持つキンポウゲ科のタガラシに着目した。タガラシの花は多数の雄ずい・雌ずいが突出した花床にらせん状に配置する祖先的な花形態を持つ。このように多数の花器官を生み出すためには、花器官が全て形成されるまで花床の先端に花芽分裂組織が維持され続けている可能性が考えられる。

第2章 タガラシにおけるFUL-like相同遺伝子の単離および発現解析

本研究では、花芽分裂組織を特定化する機能を祖先的な役割として持つとされるAP1/FUL-like遺伝子群に着目した。この遺伝子群のeuAP1グループにはシロイヌナズナのAP1が、euFULグループにはFULが属している。この2つの遺伝子はさらに花器官形成にも関与し、AP1はABCモデルのA機能を持ち、がく片と花弁を規定し、C機能遺伝子と発現が拮抗していると報告されている。また、FULは果実のさやと苞葉の正常な発達に関与していると報告されている。

第2章では、祖先的な花形態を持つタガラシからAP1/FUL-like相同遺伝子を単離し発現パターンを調べることで、AP1/FUL遺伝子群が離生心皮を不特定多数作ることにおいてどのような役割を果たしているのか考察することを目的とした。

本研究では、まずタガラシからRascFUL1、2、3を単離した。次にこれらの遺伝子とAP1/FUL-like相同遺伝子群を用いて、ML法により系統樹を作製した。その結果、RascFUL1、2、3は他の基部真正双子葉類と同じFUL-likeグループに属していた。

生殖成長期の植物体において、どの組織でRascFUL1、2、3の発現が見られるのか調べるために半定量的RT-PCRを行った。その結果、RascFUL1と2は同じ発現パターンを示し、花序、開花前のつぼみ、ロゼット葉、苞葉、がく片、心皮、果実において強い発現が見られた。このことから、RascFUL1と2は同じ機能を持つ可能性が考えられる。一方、RascFUL3は花序や花芽分裂組織があると思われる部位や全ての花器官において発現が検出されず、花の形態形成には関与していないと考えられたため、以降の解析には用いなかった。次に開花前の花芽におけるRascFUL1の発現パターンを調べるために、in situハイブリダイゼーションを行った。その結果、発生初期の花芽においてRascFUL1は苞葉、花序および花芽分裂組織、がく片・雄ずい原基で発現が見られた。発生後期には花弁と雄ずいの発現は見られなくなったが、心皮では引き続き発現が維持されていた。以上の結果より、RascFUL1は他のAP1/FUL-like遺伝子と同様に花序及び花芽分裂組織で発現が見られることから、分裂組織のアイデンティティの決定という役割を持っていることが示唆された。また、全ての花器官原基で発現している可能性があることから、RascFUL1は花器官原基が発生する時に必要な遺伝子であると考えられる。

第3章 祖先的な分類群における花形態形成のメカニズムの仮説

近年、ABCモデルのA機能への疑問を投げかけた論文がいくつか報告されている。シロイヌナズナのAP1は、C機能遺伝子の発現を抑制する機能はなく、A機能の概念には完全に一致していないとの意見が挙げられている。実はABCモデルが発表されたのと同時期に、A機能が無いBCモデルが提唱されている。このモデルは、「分裂組織の一般的な特徴は、側生の器官を生み出すことである」という考えを基本としている。他に遺伝子がなくても花芽分裂組織の側生器官としてがく片が生み出され、そこにB、C機能遺伝子が加えられて側生器官として花弁、雄ずい、心皮が完成する。このように、A機能という概念がなくてもがく片や花弁といった花被が生じることを説明することが出来る(図5)。

第3章では、タガラシからB機能(PI)相同遺伝子としてRascPIを、C機能(AG-like)相同遺伝子としてRascAGを単離し、in situハイブリダイゼーションを行った。その結果、発生初期の花芽においてRascPIは花弁と雄ずい原基で発現が見られ、RascAGは雄ずい原基と将来心皮が生じる領域で発現が見られた。このことから、タガラシのRascPIとRascAGは従来のABCモデルのB、C機能を保持していることが示された。RascAGが発現している心皮でRascFUL1も発現していることから、RascFUL1にはABCモデルのA機能はないことが示唆された。

本研究で得られたタガラシのFUL-like相同遺伝子及びB、C機能相同遺伝子の発現パターンの結果と、BCモデルの考えを基にして、離生心皮に見られるような不特定多数の花器官を生み出すしくみについて仮説を立てた(図6)。花序及び花芽分裂組織アイデンティティ遺伝子であるAP1/FUL-like遺伝子は、C機能遺伝子に発現が抑制されることがないため、花床の先端の分裂組織は無限性を維持され、側生器官として花器官原基を作り続けるのだろう。また、B及びC機能相同遺伝子が発現する領域が増減することによって、雄ずいや心皮原基の数が増減することも考えられる。このように本研究で提案した仮説によって、多数の離生心皮を作り出すタガラシの花形態形成のメカニズムを説明することができた。

第4章 総合考察

現在までに、中核真正双子葉類における花の形態形成のしくみについてはよく研究されてきたが、AP1/FUL-like遺伝子群の遺伝子重複前の祖先的な分類群における花の形態形成についての報告は非常に少ない。本研究において、遺伝子重複の直前に分岐した分類群であるキンポウゲ科のタガラシではAP1/FUL-like相同遺伝子にはA機能がないことが示唆された。また、祖先的とされる離生心皮という花形態をもつタガラシを用いたことによって、ABCモデルでは説明しきれない祖先的な分類群における花形態形成のしくみを説明する仮説を立てることができた。

現在までに、祖先的な分類群の多様な花形態を説明するモデルがいくつか提唱されている。The 'sliding Boundary'モデルは、B機能遺伝子の発現する領域が移動することによって、ユリやチューリップの様にがく片と花弁が同じ形態になることを説明している。また、The fading bordersモデルは、A、B、C機能遺伝子の発現領域の境目が曖昧なため、基部被子植物でよく見られるような中間形の花器官ができることを説明している。しかしこれらのモデルはあくまでもA機能の存在を前提としており、ABCモデルの単純な変形に留まっている。

それに対して本研究のモデルは、従来のA機能はない。そして、FUL-like遺伝子の花芽分裂組織を維持することとC機能遺伝子と発現領域が拮抗しないという機能をF機能と新たに命名した(図7)。このモデルは、領域の幅が増減することによって、花器官の数が増減することを説明できる(図8)。このように、本研究で提案したモデルは、花器官の数が変わりやすい祖先的な花形態を説明できる初めてのモデルである。

さらに、タガラシは一年生草本でモデル植物化が期待されるため、これら遺伝子の機能解析を将来行えるであろう。

図1:)被子植物の簡易系統樹

図2)離生心皮と合生心皮の説明

図3)ABCモデル

図4)ABCモデルのMADS-box遺伝子群の遺伝子重複

図5)BCモデル

図6)タガラシにおける多数の離生心皮を作り出すしくみを説明した仮説

図7)従来のABCモデルと本研究で提案したモデルの比較

図8)本研究で提案したモデルによる花器官数が少ない又は多い場合の説明

審査要旨 要旨を表示する

被子植物の生殖器官である花は、一般的にがく片・花弁・雄ずい・心皮という器官で構成されているが、これら花器官の数や配置は多様である。より進化した位置にある真正双子葉類は合生心皮であり、2つ以上の心皮が融合して1本の複合雌ずいを形成している。これに対して被子植物において祖先的な分類群と考えられているモクレン科やキンポウゲ科は離生心皮であり、雌ずいが数個~多数存在する。本研究は、このような祖先的と考えられている花における形態形成のメカニズム解明を試みたものである。

本研究は4章よりなる。第1章は、総合イントロダクションで、ABCモデルをはじめとした花器官形成についてのこれまでの研究をとりまとめ、まだ十分に解明されていない問題を整理した。その上で、花の起源を考える上で重要な、多数の雄ずい・心皮がらせん状に配置する祖先的花形態を説明するモデルがまだ確立していないこと、またその原因が適切なモデル植物がなかったことなどを指摘した。そこで本研究では、原始的な真正双子葉類に属し祖先的な花形態を持つキンポウゲ科のタガラシに着目して研究を進めている。確立したモデル植物では研究することができないため、新たなモデル植物となりうる植物を開発する意欲的な研究として評価できる。

第2章では、タガラシにおいて、花のABCモデルにおけるA機能遺伝子の相同遺伝子であるFUL・like相同遺伝子の単離および発現解析を試みている。その結果、RascFUL1、2、3という3遺伝子の単離に成功した。その発現解析からRasc17UL1、2は分裂組織のアイデンティティの決定という役割を持っていることを示唆した。また、この2遺伝子は全ての花器官原基で発現していることから、RascFUL1、2は花器官原基が発生する時に必要な遺伝子であると結論づけた。

第3章では、第2章で得られた知見に基づきタガラシにおける花形態形成メカニズムの構築を試みている。そのため、新たにB、C機能相同遺伝子の単離を試み、その発現解析を行なった。これらの遺伝子の発現パターンを比較して、1)花序及び花芽分裂組織アイデンティティ遺伝子である」FUL・like遺伝子は、C機i能遺伝子に発現が抑制されない;2)この作用により花床先端の分裂組織は無限性を維持され、側生器官として花器官原基を作り続けるという花形態形成メカニズムが推定された。この結果は、従来、花形態形成モデルとして提唱されてきたABCモデルとは異なる新規な仮説である。

第4章は総合討論であり、タガラシの研究により提唱された花形態形成メカニズムが原始的花形態を持つ他の被子植物に適用可能かどうかを検討した。その結果、B及びC機能相同遺伝子が発現する領域が増減することによって、雄ずいや心皮原基の数が増減することも説明可能であることを示し、新たな花形態形成仮説を提唱した。これにより従来の花のABCモデルでは説明が困難であった、多数の離生心皮を作り出す花形態形成メカニズムを説明することが可能となった。

以上のように本研究は、これまで十分に研究されてこなかった被子植物の祖先的花形態の形成メカニズムについて発生進化学的アプローチにより解明したものであり、その成果に基づいて独自性の高い新たな花形態形成モデルの提唱まで発展させたことは大きな学術的貢献として認められる。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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