学位論文要旨



No 125268
著者(漢字) 李,勇鶴
著者(英字)
著者(カナ) リ,ヨンフ
標題(和) 空間統計手法を応用した地価の時空間内挿に関する研究
標題(洋) Studies on Spatio-temporal Interpolation of Land Prices : Application of Spatial Statistical Techniques
報告番号 125268
報告番号 甲25268
学位授与日 2009.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7112号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 教授 上田,孝行
 東京大学 講師 井上,亮
 筑波大学 准教授 堤,盛人
内容要旨 要旨を表示する

近年、市場原理によって土地の高度・有効利用を促進する施策の一環として、不動産市場の透明性の向上、特に地価情報の更なる整備と公開の必要性が叫ばれている。市場参加者が関心を持つ土地の価格や動向を知り、他の土地との比較ができなければ、合理的な意思決定を行うことは不可能であるからである。

日本では「地価情報の整備と公開」の役割を、国土交通省による公示地価や都道府県による基準地価など不動産鑑定評価に基づく価格情報(以後、鑑定価格情報)が担ってきた。これらの鑑定価格情報は取引指標となるべく不動産鑑定士の鑑定に基づき公開されてきたが、不動産市場での取引価格との乖離が常に指摘されている。そこで、国土交通省は一定の制限の下に土地の取引価格に関する情報(以後、取引価格情報)の公開方針を決定し、2005年第3四半期から取引価格等に関する調査を実施、その結果を2006年4月から「土地総合情報システム」上で公開している。

しかし、これら既存の地価情報には、不動産市場の参加者に価格動向情報を提供する上で、必然的な限界が存在する。

まず、鑑定価格情報は費用や各種事情により全ての土地の鑑定価格を提示することは不可能で限られた時点・地点の価格情報しか提供できないため、市場参加者が関心を持つ任意の土地の価格やその動向について十分に情報提供することはできない。すなわち、全ての不動産市場参加者にとって役立つ価格動向を情報提供するためには、既存のアプローチだけでは不十分であり、時空間で蓄積されてきた鑑定価格情報を活用した内挿というプロセスが不可欠である。

一方、取引価格は取引当事者の売り急ぎや買い急ぎなど個別事情を反映しているため必ずしも取引物件の標準的な価格を表さない。したがって、不動産市場の動向を把握するためには取引価格情報・鑑定価格情報の両面からの分析が不可欠である。全ての市場参加者が、これら2種類の価格情報の相互比較を通して市場分析を行える環境を整備することは、市場の透明性向上に大きく寄与するものと考える。

しかし、取引価格情報と鑑定価格情報の比較は容易ではない。鑑定価格情報は、時間変動を捉えるよう一定の時間間隔で、また、地域を網羅するよう適切な空間間隔で、かつ、近隣を代表する不動産の価格情報を提供するよう標準的な土地を選定し、その価格を継続的に公表している。一方、取引価格情報は、不動産市場における生の取引価格情報の提供を目的としているため、当然、時空間上で偏在している取引地点の情報が提供されている。その結果、取引価格情報の時空間上の近隣には、単純比較が可能な公的地価指標は存在しない可能性が高い。

しかし、ここで前述の、時空間で蓄積された鑑定価格情報の内挿というプロセスを踏むと、取引地点の鑑定価格情報を内挿し、取引価格と比較することが可能になる。すなわち、取引価格情報と鑑定価格情報の相互比較を通して市場分析を簡単に行うことができる環境を提供することが可能になると推察される。

以上のように、鑑定価格情報の時空間内挿を行うことにより、不動産市場の全参加者に対して、任意の土地の価格およびその動向に関する情報を、また、鑑定価格情報・取引価格情報の両面から分析・把握可能な情報を提供することができると予想される。そこで本研究では、任意時点・任意地点の地価情報を提供する方法として空間統計学で提案されてきたクリギング(Kriging)と呼ばれる内挿手法に着目し、鑑定価格情報の時空間内挿への適用可能性の検討、更に内挿結果を利用した不動産価格情報提供法の検討を目的とする。

さて、クリギングとは、距離が近い点のデータは大きな類似性を持つという空間相関の性質を利用して、変数間の空間相関を距離の関数で定義した共分散関数を用いて構造化し、任意の地点に対して最良線形不偏予測を行う手法である。近年、クリギングは時空間への拡張手法が議論されており、時空間で蓄積されてきた地価情報への適用が考えられる。

ところで、地価は、空間位置関係だけで定まる空間相関だけを用いてモデル化できるわけではなく、当然ながら、交通利便性や地積、容積率など土地固有の地価形成要因によって値が決まっている。そこで、本論文では地価形成要因を反映した地価モデルを利用し、その誤差項に残存する空間相関を構造化して内挿を行う普遍型クリギング(Universal Kriging)を用いることを前提とする。

また、クリギングでは、通常、対象変数(内挿の対象となる変数)と対象変数に関するモデルのみを用いて内挿を行う。しかし、もし対象変数と強い相関のある他の情報(補助変数)とこの補助変数に関するモデルが利用可能であれば、共クリギング(Cokriging)を利用することによって内挿精度をさらに高めることができる。本研究では、これら2種類のクリギングの地価時空間内挿への適用可能性を検討する。なお、以後、本研究では、前者のクリギングを単クリギング、後者を共クリギングと標記し区別する。

本論文を構成する各章についてその内容を要約すると以下のとおりである。

第1章では、研究の背景と目的、および論文の構成を示す。

第2章では、現在公開されている鑑定価格情報と取引価格情報について整理し、これらの情報に基づいた既存の分析手法について纏める。

まず、鑑定価格情報について、国土交通省による公示地価と都道府県による基準地価に加え、国税庁による相続税路線価と市町村による固定資産税路線価に関して、公開の目的、情報の内容と特性について詳しく説明する。次に、国土交通省によって2005年度第3四半期の取引から公開されている取引価格情報について、公開に至るまでの経緯、公開の目的、情報の収集と公開までの流れ、公開内容などを示す。最後に、これらの地価情報に基づいた既存の分析手法について簡単に纏めて示す。

第3章では、空間統計学で提案されてきた内挿手法であるクリギングについて、その理論を解説する。

まず、クリギングの基礎となる最良線形不偏予測量(BLUP)について説明する。次に、クリギングの基本概念となる確率場、確率場に設定する二次定常性の仮定、この仮定を基に導かれる共分散関数、バリオグラムの理論などについて説明する。なお、クリギングの説明では、対象変数および対象変数のモデルのみを用いて内挿を行う単クリギングについて説明した後、対象変数と相関のある補助変数とそのモデルも同時に利用して内挿を行う共クリギングについて、単クリギングとの比較を通してその相違点を中心に説明する。続いて、空間クリギングの時空間への拡張手法について説明し、最後にクリギングによる地価情報内挿に関する既往研究について簡単に纏めて示す。

第4章では、東京23区の地価情報を利用した実証実験を通じて、各種クリギング手法の鑑定価格情報の内挿への適用可能性を検証する。

まず第1節では、時空間単クリギングを用いた実証実験について記す。1975年から2008年までの公示地価データに対して、住居系・商業・近隣商業・工業系の用途別地価モデルを設定し、時空間単クリギングを用いた地価内挿の精度検証を通して、時空間単クリギングの地価内挿への適用可能性を検討する。

次に第2節では、空間共クリギングを用いた実証実験について記す。2006年の住居系用途の公示地価データを対象変数、同年の相続税路線価(住居系)データを補助変数として、空間共クリギングを用いて地価を内挿し、内挿精度を空間単クリギングとの比較を通して評価する。また、追加補助変数(対象変数と同じ地点の補助変数を除いた残りの補助変数)の空間分布パターンによる内挿精度への影響を、追加補助変数が一定間隔に分布するグリッド型・内挿地点のみに分布するコロケーション型による内挿精度の比較分析を通して評価する。

また第3節では、時空間共クリギングを用いた実証実験について記す。1999年から2006年までの住居系公示地価データを対象変数、同期間の相続税路線価(住居系)データを補助変数として時空間共クリギングによる地価内挿を行い、内挿精度を時空間単クリギング、空間共クリギングと比較して検証する。なお、時空間共クリギングは、前節の実験結果を基に、内挿精度や計算量などを考慮した上、コロケーション型を採用している。

第5章と第6章では、時空間クリギングによる地価内挿の応用として、鑑定価格情報の視覚化と取引価格情報・鑑定価格情報の比較について記す。

まず、第5章では、東京23区の公示地価を用いた時空間内挿を通して、鑑定価格情報の視覚化を試みる。具体的には、1975年から2008年までの公示地価を用途別に街区単位に時空間単クリギングで内挿し、地価の時空間分布の視覚化を行う。

また、第6章では、2006年第3四半期から2008年第2四半期までの東京23区の更地の取引価格情報と鑑定価格情報を用いて、時空間内挿を通じた比較法について検討し、近年の不動産市場の価格動向について分析する。

第7章では、各章の成果を総括して本論文の結論とするとともに、地価情報提供に関して今後の展望を記す。

以上のように、本論文では、不動産市場の透明性向上を目指した地価情報提供を大目的として、不動産鑑定評価に基づく鑑定価格情報、および、不動産市場取引に基づく取引価格情報に関して、情報提供手法について検討を行った。任意の時点・地点の価格情報を提供する手法として、空間統計学で議論されてきた単クリギングや共クリギングによる内挿に着目し、地価への適用可能性を確認した。またこの応用を通して、地価の時空間分布の表現や、取引価格情報と鑑定価格情報の比較手法を提案し、不動産市場分析への実用可能性を示した。

審査要旨 要旨を表示する

近年、市場原理によって土地の高度・有効利用を促進する施策の一環として、不動産市場の透明性の向上、特に地価情報の更なる整備と公開の必要性が叫ばれている。市場参加者が関心を持つ不動産物件の価格やその動向を知り、他の物件との比較ができなければ、合理的な意思決定を行うことは不可能であるからである。

これまでは、「地価情報の整備と公開」の役割を、国土交通省による公示地価など不動産鑑定評価に基づく価格情報(以後、鑑定価格情報)が担ってきた。しかし、鑑定価格情報は市場取引価格との乖離が常に指摘されてきたため、国土交通省は2006年4月から一定の制限の下に取引価格に関する情報(以後、取引価格情報)の公開が開始された。

しかし、これら既存の情報提供には必然的な限界が存在する。取引価格は、取引当事者の個別事情を反映するため必ずしも取引物件の標準価格を示さず、またその個別事情は情報提供されないことなどから、取引価格情報だけから市場動向を把握するのは難しい。また、全ての土地の鑑定価格を提示することは費用などにより不可能であるため、鑑定価格情報でも限られた時点・地点の情報しか提供できない。すなわち、全ての不動産市場参加者にとって役立つ価格動向を提供するには、既存のアプローチでは不十分であると言わざるを得ない。

本論文は、この課題の解決法として、時空間で蓄積された情報を基にした内挿というアプローチに着目し、不動産価格情報への適用可能性を評価するものである。空間統計学で議論されてきたクリギングを時空間内挿法として採用し、鑑定価格情報の時空間内挿への適用可能性の検討、更に内挿結果を利用した鑑定・取引価格の情報提供手法の有効性に関する検討を行っている。

本論文では、内挿対象の変数とそのモデルを用いて内挿を行うクリギング、および、内挿対象の変数に加えて相関のある補助変数とそのモデルも同時に考慮した内挿を行う共クリギングという2種類のクリギング手法について、両者の比較を通して理論を整理している。また、これまで主に空間相関のみを考慮した内挿を行う手法であったクリギングを、時空間相関を考慮するモデルへと拡張を図る近年の研究について纏め、不動産価格情報への適用を検討している。

次に、東京23区の鑑定価格情報を利用した3種類の実証実験を通じて、不動産価格情報の時空間内挿へのクリギングの適用可能性を検証している。

実験1では、1975~2008年の公示地価に対して、住居系・商業・近隣商業・工業系の用途別地価モデルを設定し、クリギングによる時空間内挿の精度検証を行っている。その結果、全期間平均の内挿誤差は用途によって異なるが4~8%と小さく、特に、地価変動傾向が安定的に推移した1995~2005年では平均内挿誤差が2~4%程度となり、不動産価格の内挿としては非常に高い精度を持つことを明らかにしている。

実験2では、2006年の公示地価・相続税路線価を用いて、共クリギングによる公示地価の内挿を行い、空間内挿精度の検証を行っている。補助変数の空間分布パターンによる内挿精度への影響を詳細に検討し、内挿地点に補助変数が存在する分布が精度向上に最も有効に働くことを示している。

実験3では、1999~2006年の公示地価・相続税路線価を用いて共クリギングによる公示地価の時空間内挿を行い、補助変数の追加による内挿精度の違いを評価し、内挿精度が平均的に向上することを確認している。

これらの実験を通して、不動産価格の時空間内挿へのクリギングの適用可能性を確認している。

また、不動産価格の時空間内挿の応用として、鑑定価格の時空間分布を視覚化した例の提示と、取引・鑑定価格情報の比較による不動産情報提供の検討を行っている。まず、1975~2008年の公示地価を街区単位に内挿し、東京23区の地価の時空間分布の視覚化を行った。バブル期を含む長期間の地価変動を鮮やかに視覚化できることを示すと同時に、地価変動率の表現などを通して市場動向分析にも有効であることを示している。また、2006年第3四半期から2008年第2四半期までの東京23区の更地の取引価格情報と鑑定価格情報を用いて、時空間内挿を通じた取引・鑑定価格情報の比較を可能にする情報提供法について検討を行い、その情報提供の有効性を確認すると同時に、不動産市場動向の分析についても応用可能であるとの例を示している。

以上のように、本論文では、不動産市場の透明性向上を目指した情報提供を想定し、クリギングを利用した任意時点・地点の不動産価格情報の提供に向けた様々な検討を行っている。クリギングを通して不動産価格内挿が高精度で可能であることを確認した上で、不動産価格の時空間分布の表現や、取引価格情報と鑑定価格情報の比較を通した情報提供法の提案、不動産市場分析への応用可能性の例示を行っており、今後の不動産価格情報提供の高度化に向けて貢献する有用性の高い研究であると評価できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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