学位論文要旨



No 125278
著者(漢字) 石山,央樹
著者(英字)
著者(カナ) イシヤマ,ヒロキ
標題(和) 木造住宅の劣化時構造性能に関する研究
標題(洋)
報告番号 125278
報告番号 甲25278
学位授与日 2009.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7122号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 腰原,幹雄
 東京大学 教授 松村,秀一
 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 准教授 伊山,潤
 東京大学 教授 目黒,公郎
内容要旨 要旨を表示する

近年、超長期住宅実現への取り組みが積極的になされており、材料の耐久性や維持管理、更新の工夫など、さまざまな視点からの取組がなされている。木造住宅においても、木材の腐朽や蟻害に関する研究などが数多くなされている。

近年の木造住宅では、面材耐力壁の釘やビス、柱頭柱脚金物など、構造耐力要素としての金属接合具の使用が多くなってきている。すなわち、金属接合具の構造特性が建物の構造特性に及ぼす影響が相対的に高くなっていると考えられる。このような構造においては、木材と金属接合具の複合作用によって性能を発揮するものであるが、これまでの研究においては、金属接合具の耐久性、特に面材耐力壁の釘が劣化した場合の構造耐力に関する詳細かつ体系的な研究は殆ど例がない。

木材の腐朽や蟻害などの生物劣化は、その生物の生育環境が整えば促進する。逆にいえば、生育環境を阻害すれば劣化は進行しない。一方、金属接合具の劣化は電気化学的反応であり、木材がある程度の腐食電流を許容する限りは進行を続けると考えられる。木材は含水率が上昇すると導電率が上昇し、腐食電流も流れやすくなる。さらに、木材中のヘミセルロースのアセチル基は温湿度によって加水分解を受け、酢酸となって遊離する。酸性環境中では鉄の腐食速度は上昇する。

本研究では、木造軸組構法における面材耐力壁を対象とし、耐震性能が超長期にわたって維持できるのか、すなわち、

・釘が劣化してゆくと、面材耐力壁の性能はどのように変化するのか

・面材耐力壁の釘はどの程度の期間で劣化するのか

を明らかにすることを目的とした。本論文は次の6章で構成した。

第1章はじめに

研究の背景、木質構造における耐久性に関する既往の研究をまとめるとともに、本研究の構成を概説した。本研究は「木造住宅の躯体内環境と釘の劣化予測」・「面材釘接合部の劣化時せん断性能」・「面材耐力壁における釘接合部劣化時の構造性能」・「釘接合部の劣化による面材耐力壁の許容耐力変化の予測」から構成されることを示し、それぞれの研究の目的を整理した。

第2章木造住宅の躯体内環境と釘の劣化予測

建物躯体内の温湿度計測を行い、面材耐力壁における釘の劣化予測を行うための基礎データを得た。湿度は7月にピークを示し、最も高い南面で約70%RHであった。

次に、各種表面処理を施した釘を木材に打ち込んだ試験体を、高温高湿暴露して釘を促進劣化させた。温湿度をパラメータとして実験を行い、結果をアイリングモデルに適用することにより、建物躯体内における木材に打たれた釘の劣化予測を行った(図1)。

本研究では木材内の釘の発錆を対象とする。湿度と木材の平衡含水率EMCは相関が高いが、木材内の釘への影響はEMCの方が高いと考え、温度以外のストレス因子としてEMCを用いることとした。本研究では木材内の釘の劣化を対象としているため、予測に際してのパラメータは温度と木材含水率とした。

その結果、例えば南面壁体内中央部付近において、表面処理を施さない鉄釘では、290年程度で重量残存率が約82%に達すると算出された。

第3章面材釘接合部の劣化時せん断性能

面材釘接合部を想定した試験体を高温高湿暴露することによって釘を促進劣化させ、静的単調せん断実験、静的正負繰返しせん断実験、動的正負繰返しせん断実験を行った。

その結果、発錆が進行すると最大荷重が一旦上昇し、さらに発錆が進行すると最大荷重が低下していくこと(図2)、発錆が進行すると靭性的である引き抜けから脆性的であるパンチングアウトへと破壊形態が変化していくことが明らかとなった。また、発錆が進行すると釘の繰返し疲労が無視できなくなり、繰返し加力実験においては、単調加力実験に比べ、破断する比率が高くなることが明らかとなった。

次に、得られた荷重変形曲線を完全弾塑性モデル化し、耐力壁の評価方法に準じて、Py、 Pu・0.2/Ds、2/3Pmaxを算出した(図3)。変形角1/120rad.時の荷重については、面材が剛体かつ間柱に完全固定されていると仮定した時の変位(455mm/120=約3.8mm)時の荷重(P3.8と呼ぶ)として対応させた(Py、Pu・0.2/Ds、2/3Pmax、P3.8を各性能値と呼ぶ)。

その結果、Pu・0.2/Dsは劣化初期から減少傾向を示すが、Py、2/3Pmax、P3.8は劣化の進行に伴い、一旦上昇傾向を示した後、減少していくことが明らかになった。また、静的繰返し加力実験結果から得られた各性能値は、静的単調加力実験結果から得られた各性能値に比べ、やや低い値で推移した。一方、動的繰返し加力実験結果から得られた各性能値は、静的単調加力実験結果から得られた各性能値に比べ、ほぼ同じか高い値を示した。これらは、繰返し加力の影響によって靭性が低くなる一方、動的効果で荷重が上昇したことによると思われる。

さらに、発錆の影響を考慮した、簡易な釘の荷重変形関係予測手法を提案した。

釘の発錆によって合板耐力壁の釘接合部のせん断荷重変形特性が変化するメカニズムは、以下のように考えられる。

1)発錆によって釘の胴径が減少し、合板面内方向および主材軸方向の反力、釘の曲げ耐力が小さくなる

2)発錆によって摩擦力=引抜抵抗力が増加する一方、パンチングアウトしやすくなる

3)発錆によって釘の頭径が減少し、パンチングアウトしやすくなる

これらを考慮して発錆の影響による荷重変形関係の変化を簡易的に予測するため、杭の水平抵抗算定式における一様地盤中の弾性支承梁の解の適用を試みた。釘接合部の変形状態に応じた杭頭条件を順次適用することとし、それぞれの条件変化時において、発錆による摩擦力の変化、胴径の減少、頭径の減少をパラメータとした判定を行うことにより、概ね予測可能であることを示した。

第4章面材耐力壁における釘接合部劣化時の構造性能

面材耐力壁試験体を高温高湿暴露することによって釘を劣化させ、常時微動測定、人力加振による微動測定、静的正負繰返し面内せん断試験を行った。微動測定は錘を載せて計測し、剛性を算出した。

その結果、釘が劣化しても微動剛性はあまり変化しないことが明らかとなった。また、荷重変形関係は釘接合部の性能と同様、発錆が進行すると最大荷重が上昇すること、破壊形態が靭性的である釘の引き抜けから脆性的であるパンチングアウトへと変化することが明らかとなった。

さらに、既往の研究による提案式を用い、釘接合部の荷重変形関係からから面材耐力壁の荷重変形関係を予測した。予測値と実験値は良好な一致を示し、釘劣化時にも適用可能であることを示した。

第5章釘接合部の劣化による許容耐力変化の予測

第2章の結果と第3、4章の結果から、許容耐力指標の経年変化を示し、耐力壁の許容耐力の劣化の低減率に関する考え方を提案した。

第6章まとめ

各章の結論をまとめ、今後の課題を示した。

このように、木造軸組構法における面材耐力壁を対象とし、釘の劣化予測を行い、釘接合部の静的単調せん断実験、静的正負繰返しせん断実験、動的正負繰返しせん断実験および壁の面内せん断実験を通して、釘が劣化したときの耐力壁の性能を明らかにした。しかしながら、実環境における釘の劣化状況やさらに釘の劣化が進行した時の耐力壁の性能確認など、基礎データは未だ十分とは言えない。今後さらにデータを蓄積することにより、より予測精度を向上させることができると思われる。

図1 アイリングモデルを用いた釘の劣化予測概要

図2 釘接合部の静的単調せん断実験結果

図3 各性能値の変化

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、木造住宅の長寿命化への取り組みのひとつとして、近年の木造住宅で多用されるようになった金物接合具に着目し、接合具の経年変化が建物の構造性能、特に耐震性能に及ぼす影響を検討したもので、6章からなる。

1章「はじめに」では、木質構造の耐久性に関する既往の研究をまとめるとともに、本研究の対象範囲として、「木造住宅の躯体内環境と釘の劣化予測」・「面材釘接合部の劣化時せん断性能」・「面材耐力壁における釘接合部劣化時の構造性能」・「釘接合部の劣化による面材耐力壁の許容耐力変化」を定義している。

2章「木造住宅の躯体内環境と釘の劣化予測」では、建物躯体内の温湿度計測から、接合具(釘)の劣化予測の指標として温度と木材含水率の重要性を指摘し、本論文での劣化指標として用いることとしている。

3章「面材釘接合部の劣化せん断性能」では、釘を促進劣化させた釘-木材接合部試験結果から、耐力壁の構造性能評価指標に及ぼす影響を整理するとともに、その影響のメカニズムを弾性支承梁の解法を応用し釘の引き抜け、パンチアウトといった破壊性状の予測を理論化していている。

4章「面材耐力壁における釘接合部劣化時の構造性能」では、促進劣化させた耐力壁試験かを3章の釘接合部モデルを既往の面材耐力壁モデルに適用することで、釘接合部劣化時の荷重変形関係が予測可能であることを確認している。

5章「釘接合部の劣化による許容耐力変化の予測」では、2、3、4章の結果から耐力壁の許容耐力の経年変化における劣化低減率に関する考え方を提案している。

6章「まとめ」では、本研究での釘接合部の劣化による構造性能予測の可能性を述べながら、温度、木材含水率以外の因子の影響、木造住宅全体の構造性能への影響などに関して今後の課題として指摘している。

以上、本論文は、木造住宅の長寿命化に非常に関係の深い耐震性能の経年変化のうち構造用面材、金物などの釘を用いた構造要素の経年変化を、促進劣化試験を用いた部材試験、接合部試験、壁試験によって多面的な検討を行い、理論化したものである。本論文は、木造住宅の長寿命化、耐震性を向上させるための貴重な知見を得たものであり、建築学上の発展に寄与するところがきわめて大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として、合格と認められる。

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