学位論文要旨



No 125279
著者(漢字) 卜,震
著者(英字)
著者(カナ) ブ,ジン
標題(和) ドライエリアを有する地下居室における通風換気性能に関する研究
標題(洋)
報告番号 125279
報告番号 甲25279
学位授与日 2009.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7123号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 高田,毅士
 東京大学 教授 石原,孟
 東京大学 教授 大岡,龍三
内容要旨 要旨を表示する

近年、都市における土地有効利用の活発化に伴い、住宅地下室を居住空間として利用する例が増えている。地下室は周囲が土に囲まれ、環境に影響されにくい性質があり、冬暖かく夏涼しく、騒音を良く遮断することが知られている。地下室を居室にするには、衛生上の要請から、通風や換気に対する配慮が必要になる。建築基準法によると、地下室において開口部の前面にはドライエリア(空堀)を設け、地下室内部の空気環境を改善することが求められている。ドライエリアを通じて屋外の新鮮な空気が地下室に流入し、地下室内部に発生した熱や汚染質をドライエリアを介して室外へ排出することにより、地下室内部の空気を清浄化したり、夏季において在室者の体感温度を下げて清涼感を与えたりするなど、通風・換気の観点に基づく居住環境の改善や環境負荷の低減が可能となる。この換気の有効性は定性的には認められているが、定量的な換気効果は現状ではまだ解明されるに至ってはいない。

なお、風は確率統計的な現象であるため、通風の駆動力となる上空風の風向・風速が変化すると、それに伴いドライエリアと地下室内の流れ場が変化し、換気性状が予想とは大きく異なってしまう場合がある。従って、地下室における定量的な換気効果、あるいは換気ポテンシャルを把握する際には、特定の風向と風速だけを適用した予測結果をもって風環境を評価するのではなく、統計データに基づく年間の風向・風速の発生確率を使用して、総合的に予測・評価することが必要である。

本研究では、ドライエリアを有する地下室を検討対象とし、風洞実験とCFD解析の両方を用い、ドライエリア内部および上部の開口面における空気流動と汚染質拡散性状を把握し、室平均空気齢と関係づけた実質換気量を算出することにより、種々の換気要因の変化が換気量に及ぼす影響を明らかにした。また、通風換気性能を表す局所排出換気回数と平均運動エネルギーを評価基準とし、確率統計的評価手法により居室内における良好な換気環境あるいは最低限の換気環境を確保するのに必要な屋外の通風換気能力の評価・保持を目的とした性能項目、性能基準などの開発を行った。

本研究により得られた性能基準値は科学的根拠として将来の地下室の利用に関する建築性能規制のアカウンタビリティの向上や合理化の推進などに役立つと期待される。また、開発した換気ポテンシャルの分析手法および換気量の予測手法は、換気の計画や簡便な設計などの実用レベルの検討においても適用可能であると考える。

本論文は以下に示す9章により構成されている。

第1章では、本研究の背景、目的および研究内容の概要を述べ、本論文の構成を示している。

第2章では、ドライエリアと地下室の通風換気に類似したキャビティフローと片側開口通風換気に関する基礎理論と既往の研究を調査・論述し、開口部通風量の予測、トレーサガス法による換気量の測定法と換気効率指標について説明している。

第3章では、本研究に関連する各種実験装置(境界層型風洞装置、全炭化水素計、マスフローコントローラ等)の特徴と原理を示し、風速の測定、濃度の測定方法を説明した。さらに、通風換気解析で使用した数値解析手法の基礎理論について述べた。また、本研究で使用した通風換気量の測定法、局所排出換気回数PFRおよび平均運動エネルギーKEの通風換気評価指標に関して解説を行っている。

第4章では、地表面の建物の影響を無視した単純な空堀モデルを用い、RANSモデルにより換気性能を表す換気効率指標であるVisitation Frequency(VF)とPurging Flow Rate(PFR)に関する解析を行っており、ドライエリアの形状、流入風の乱れ、粗度が空堀の換気性状に与える影響に関して検討した。その結果、単純な空堀内において、空堀のアスペクト比が0.5≦W/H<2.0である場合は、空堀の換気回数はアスペクト比の増大につれてほぼ直線的に上昇し、換気性能が大きく改善されることが分かった。しかし、これ(W/H=2.0)以上大きくしてもその改善効果は頭打ちとなり、アスペクト比を増大させて換気量を増大させる効果はそれほど向上しなくなる。また、空堀の換気性能は流入風の乱れの影響を強く受け、乱れの強さが増すにつれて、空堀の換気性能が向上することが分かった。それに比べ、地表面粗度が空堀の換気性状に与える影響は僅かなものであった。

第5章では、ドライエリアにおける風速分布およびガス拡散性状を風洞実験により検討した結果を示す。可視化実験でドライエリア内の非定常渦運動および循環流の挙動を視覚的に確認した上で、スプリットファイバープローブを用い風速分布を測定し、地下居室からガスが放出された場合を想定したドライエリア内の汚染質拡散性状について濃度の測定を行った。建物条件を換気要因として検討した結果、空堀幅が減少するに従い空堀内の渦運動強度は減少し、空堀内部の平均濃度が高くなる傾向を示した。これにより空堀の換気性状には空堀幅が大きく影響することが分かった。また、地上建物の有無が空堀の風速分布、換気性状に及ぼす影響は非常に大きい。中央断面の風速分布には空堀の長さの影響は殆どない。濃度分布を検討した結果、空堀内の拡散性状は汚染質の発生源の位置に大きく依存することが分かった。空堀開口面における変動風速のパワースペクトルを検討することにより、空堀の開口面上の測定点の位置によってパワースペクトルが変化する特性を把握した。

第6章では、ドライエリア、地下室、地上階に対してそれぞれの空間を測定対象とし、室内一様発生法を用いてトレーサガス実験によって、実質換気量である局所排出換気量PFRの測定を行った。また、換気要因である流入風向、ドライエリアと開口部の形状、地上建物の有無と建蔽率などの変化が換気量に及ぼす影響の検討を行った。単体建物模型の実験では、基本ケースにおいて、地下室の換気量はドライエリアの1/5~1/10程度、最大換気量を示す風向は135°であり、換気量の最小値の2倍以上となった。ここで、地下室の換気量が開口面積に比例し、1開口に比べ2開口の換気効率が高いことを確認した。さらに、空堀幅と地上建物の有無が地下室および空堀の換気効果に及ぼす影響が大きいことを定量的に把握した。空堀幅の検討により、幅0.03~0.1mの範囲では、9風向の換気量の平均値が幅にほぼ比例することが判明した。また、各階における換気量の比較により、空堀を設けることで地下室の換気性能を改善できることを明らかにした。街区に建物を配置したケースでは、各階の室内換気量は、単体建物の室内換気量に比べさほど顕著な差異が出ることもなく、空堀は地下室の換気性能に大きな役割を果すことが明らかとなった。

第7章では、CFD解析によりドライエリアと地下室における通風換気性能の評価に評価指標PFRとKEを適用し、1.ドライエリアの空気流出入特性、2. 地下室の通風換気性能、の2つの項目について検討し、測定結果との比較により数値解析手法の妥当性を検証した。ドライエリアの検討において、風洞実験結果を比較することにより、流入変動風の有無によって大きな差が生じることが分かった。流入風に乱れを与えないLES計算の場合は、風速分布が実験と異なる分布となり、流入変動風を与えたLES計算は、測定した風速および乱流エネルギー分布を精度良く予測し、その有効性が確認された。ドライエリアの開口部における各変数の分布を見ると、流入乱れなしの場合は乱れによるドライエリアへの運動量輸送が顕著に減少することが分かった。また、通風換気評価指標の時系列変化を検討することにより、流入乱れがドライエリアの通風換気性状に大きな影響を与えることも確認された。地下室の通風換気性能の検討において、LESの解析結果は実験に見られる風向による換気量の変化を概ね良く再現し、各風向における時間平均流れの特徴を精度良く捉え、流入風向による通風換気指標値の差違を明らかにした。さらに、LESによる非定常解析により、通風換気性能指標の時間的な変動を分析し、その性状を明らかにした。

第8章では、年間の風向・風速の統計データに基づくワイブルパラメータを使用し、通風換気性能に関する超過確率に基づく評価手法を提案した。また、ドライエリアと地下室をそれぞれ検討対象とし、風力換気ポテンシャルの評価を行った。その結果、高い換気量を示す流入風向と大きい風配値の風向が一致すると、通風換気性能が向上して超過確率分布が大になり、低い換気量を示す流入風向角と大きい風配値の風向が一致すると、この風向の超過確率分布が概ね最小となることを示した。

第9章では,全体のまとめを行い,本研究の成果と今後の課題が総括されている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「ドライエリアを有する地下居室における通風換気性能に関する研究」と題して、(1)ドライエリア内部および上部開口面における空気流動と汚染質拡散性状の検討、(2)平均空気齢と関係づけた実質換気量に関する詳細な検討、(3)通風換気性能に関する超過確率に基づく評価手法の提案・開発を目的としている。

ドライエリア(空堀)を通じて屋外の新鮮な空気が地下室に流入し、地下室内部に発生した熱と汚染質を室外へ排出することにより、地下室内部の空気を清浄化したり、夏季において在室者の体感温度を下げて清涼感を与えたりするなど、通風・換気の観点に基づく居住環境の改善や環境負荷の低減が可能となる。しかしながら、この換気の有効性は定性的には認められているが、定量的な換気効果は現状ではまだ解明されるに至ってはいない。本論文では、風洞実験とCFD解析の両方を用い、ドライエリア内部および上部の開口面における空気流動と汚染質拡散性状を把握し、室平均空気齢と関係づけた実質換気量を算出することにより、種々の換気要因の変化が換気量に及ぼす影響を検討している。

尚、これまで通風換気性能の評価に関する研究のほとんどは、特定の風向あるいは特定の風速での検討であり、風向・風速の長い時間帯の変化の影響を考慮していない。しかし、通風の駆動力となる上空風の風向・風速が変化すると、それに伴いドライエリアと地下室内の流れ場が変化し、換気性状が予想とは大きく異なってしまう場合がある。本論文では、通風換気性能を表す換気回数と平均運動エネルギーを評価基準とし、確率統計的評価手法により居室内における良好な換気環境あるいは最低限の換気環境を確保するのに必要な屋外の通風換気能力の評価・保持を目的とした性能項目、性能基準などの開発を行っている。

本論文の構成は以下の通りである。

第1章では、本論文の研究背景、および目的を提示している。

第2章では、ドライエリアと地下室の通風換気に類似したキャビティフローと片側開口通風換気に関する基礎理論と既往の研究を調査・論述し、開口部通風量の予測、トレーサガス法による換気量の測定法と換気効率指標について概説している。

第3章では、本研究に関連する各種実験装置の特徴と原理、風速の測定、濃度の測定方法を説明している。さらに、通風換気解析で使用した数値解析手法の基礎理論について述べている。また、本研究で使用した通風換気量の測定法、換気回数PFRおよび平均運動エネルギーKEの通風換気評価指標に関して解説を行っている。

第4章では、地表面の建物の影響を無視した単純な空堀モデルを用い、RANSモデルにより換気性能を表す換気効率指標であるVisitation Frequency(VF)とPurging Flow Rate(PFR)に関する解析を行っており、ドライエリアの形状、流入風の乱れ、粗度が空堀の換気性状に与える影響に関して検討している。

第5章では、ドライエリア空間を検討対象とし、風洞模型実験で可視化実験を行い、ドライエリア内外の風速分布と地下居室からガスが放出された場合を想定したドライエリア内の汚染質拡散性状について検討している。

第6章では、ドライエリア、地下室、地上階に対してそれぞれの空間を測定対象とし、室内一様発生法を用いてトレーサガス実験によって、実質換気量である換気量PFRを測定し、その結果を示している。また、換気要因である流入風向、ドライエリアと開口部の形状、地上建物の有無と建蔽率などの変化が換気量に及ぼす影響を検討している。

第7章では、CFD解析によりドライエリアと地下室における通風換気性能の評価に評価指標PFRとKEを適用し、(1)ドライエリアの空気流出入特性、(2)地下室の通風換気性能、の2つの項目について検討し、測定結果との比較により数値解析手法の妥当性を検証している。

第8章では、年間の風向・風速の統計データに基づくワイブルパラメータを使用し、通風換気性能に関する超過確率に基づく評価手法を提案している。また、ドライエリアと地下室をそれぞれ検討対象とし、風力換気ポテンシャルの評価を行っている。

第9章では、全体のまとめを行い、本研究の成果と今後の課題が総括されている。

本論文を総括するに、ドライエリアを有する地下室における非定常かつ3次元的な空気流動と汚染質拡散性状を明らかにしており、通風換気を研究している研究者へ大きな示唆を与える研究であり、建築環境工学の発展へ少なからず寄与した点が評価出来る。また、本論文により得られた性能基準値は科学的根拠として将来の地下室の利用に関する建築性能規制のアカウンタビリティの向上や合理化の推進などに役立つと期待される。開発した換気ポテンシャルの分析手法および換気量の予測手法は、換気の計画や簡便な設計などの実用レベルの検討においても適用可能である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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