学位論文要旨



No 125280
著者(漢字) 邉,敬花
著者(英字)
著者(カナ) ビョン,キョンファ
標題(和) 都市空間における圧迫感及び開放感の定量的評価に関する研究 : 評価指標及びその基準値の提案
標題(洋)
報告番号 125280
報告番号 甲25280
学位授与日 2009.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7124号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平手,小太郎
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 西出,和彦
 東京大学 准教授 大月,敏雄
 東京大学 准教授 前,真之
内容要旨 要旨を表示する

都市建築物の高層化・巨大化によって,建物から受ける視覚的な環境が人々の心理に与える影響に対する関心が高くなってきている。 社会問題化した1970年代の日照権紛争は,建物から受ける圧迫感や都市空間の開放感のような視覚的・心理的な問題の解決のための研究を促進させた。

圧迫感または開放感の定量化に関する研究については,小木曽による地域の開放性の研究を始めとして,武井らによる圧迫感研究では,建物の形態から受ける圧迫感を計測し,その形態率による許容値を提案している。武井らの研究を踏まえた黄の都市空間における圧迫感及び開放性に関する研究では,従来の形態率すなわち立体角投射率よりも,立体角の方が相関は高く,また距離要因を組み込んだ評価指標でもその傾向は見られた。そして総合的な考察に基づき,都市空間の圧迫感を評価するための物理指標としては,「Σ{立体角?距離3}(以下,空間量)かつ天空までの主観的距離500m」を暫定案として提案した。

本研究は,黄の研究を発展させ,都市空間における圧迫感及び開放感の定量的評価に関する研究として,都市空間における物理的状況とその空間から発生する圧迫感及び開放感という心理的要素の両者間の対応に関する評価指標を検討し,その指標を用い,都市建築物の形態による圧迫感及び開放感に対応する基準値を提案することを目的とする。

なお,圧迫感と開放感との関係は,小木曽による研究と宗方らの研究などでは,相対的な概念であることが示されている。一方,宗方らの研究では,街路空間の条件によっては圧迫感を感じながら開放感も感じる空間が存在する,すなわち両者が独立的な概念であるとする異なる知見を得ている。よって,本研究では両者を同時に評価し両者の関係を検討することとした。

本研究で,研究対象とした圧迫感と開放感という指標は,武井らの研究と同じく,建築物の内部空間を対象としたものではなく,外部空間におけるものとして,視覚的に捉えたものに限定する。

研究の目的の具体的な内容は,以下の2点である。

(1)都市空間における圧迫感と開放感の評価指標として,想定可能な評価指標の中から,実用面での使用を考慮し,最も合理的な評価指標を探索し提案することである。その想定可能な評価指標とは,

A.武井らの研究で提案された立体角投射率

B.黄の研究で提案されたΣ{立体角?距離3}

C.Bの代替指標として使用される可能性のある立体角

である。

また,評価指標の具体的な検討内容は,

(1) 心理量(圧迫感と開放感)と3種類の評価指標(以上A,B,C)との相関比較(2) 天空までの主観的距離の検討[「Σ{立体角?距離3}(以下,空間量)」の場合]

(3) 圧迫感と開放感の関係を把握すること

である。

(2)上記の3つの評価指標から最も合理的な評価指標として提案される指標を用い,都市空間における圧迫感許容限界値と開放感確保限界値を提案することである。

本論文は5章で構成されている。

第1章では,序章として,研究の背景及び目的の説明を述べた。また本研究で検討する3種類の評価指標に関する理論的検討を行った。

第2章では,以上の3種類の評価指標の検討のため行った現場評価について記述した。評価対象地域は,東京都世田谷区三軒茶屋地域で,9つの指定街路と評価者の自宅前街路を評価街路の対象とし,地域住民と建築系学生による評価実験を行った。

第3章では,以上の3種類の評価指標の検討のために行った画像評価について記述する。画像は実際の街並みの街路を変化させ,固定視線方向と街路空間全体の評価実験を行った。街並みの変化により発生した心理量の差と評価指標の変化量を絶対的変化と相対的変化に注目し,評価指標を検討した。

第4章では,第2章と第3章から得られた結果を基にし,都市空間における圧迫感と開放感に対応する評価指標の基準値を提案した。基準値の評価点を検討し,提案した圧迫感許容値と既往研究による値を比較した。

最後に第5章は終章として,本研究から得られた研究の結果についてまとめると共に,都市空間の圧迫感及び開放感に関する研究について今後の課題を示した。

本研究で得られた結果は以下のようにまとめられる。

(1)圧迫感と開放感の関係

本研究で行った現場評価と画像評価における,圧迫感と開放感の関係は互いに相反した概念であることが確認された。しかし,指定街路に関する評価からみると,街路空間の状況によっては,必ずしも反対的概念ではないことが散見され,より詳しい研究が必要であると考えられる。

(2)現場評価において評価指標の検討

評価指標の検討を現場で行うため,東京都世田谷区三軒茶屋地域で,9つの指定街路と評価者の自宅前街路を評価街路の対象とし,地域住民と建築系学生による評価実験を行った。

共通的印象の評価として行った9つの指定街路における心理量と3種類の評価指標の間に相関が見られた。しかし,個人的印象の影響を把握するために行った自宅前街路の評価では低い相関が見られたが,共通的街路として分析した指定街路の評価の結果,ある程度の相関関係を示した。従って,圧迫感と開放感の評価は,共通的印象として評価すべき必要があると判断し,この観点から,提案された3種類の指標は圧迫感と開放感との相関関係を示し,評価指標として十分に妥当だと考えた。

(3)画像評価による街並み及び心理量の絶対的変化に注目した評価指標の検討

(1) 心理量と3種類の評価指標との関係をみると,立体角投射率,立体角,空間量と心理量との関係がみられ,現場評価と同じく,圧迫感と開放感の評価指標としての妥当性が確認された。しかし,立体角投射率は,立体角と空間量より相対的に低い相関がみられ,評価指標としては立体角と空間量の方が,相対的に高い妥当性を持つと判断した。立体角と空間量の間には,大きな差は見られなかった。

(2) 固定視線方向での評価と街路全体空間を対象とした評価の結果,心理量の間には街路空間全体を対象とした場合の相関が高かったが,評価指標との関係の場合は,固定視線方向の評価において,より高い相関関係がみられた。

(4)画像評価による街並み及び心理量の相対的変化に注目した評価指標の検討

街並みの変化を設定し,心理量の差に評価指標の対応力を検討した結果,街並みの変化のすべての条件を満足する特定の評価指標はなかった。しかし,評価指標の間の相関係数の差,および多様な建築状況への対応力について,総合的な観点から考えると,より合理的な評価指標の順序として,立体角≧空間量>立体角投射率と考えた。したがって,立体角が他のものと比べ,指標としての適格性が高いと判断しても差し支えないと思われ,立体角を都市空間における圧迫感と開放感の評価指標として提案する。

しかし,指標の意味の分かりやすさ,都市空間のコントロールという観点からの使いやすさなど,容積という物理指標が建築学において有している実務的な重要性を考慮し総合的に判断した場合,空間容積に対応している空間量も,指標として十分にその有用性が高いため,立体角の代替指標として使用する可能性があると考えた。

(5)天空までの主観的距離に関する検討

天空までの主観的距離に関しては,場合によって,天空までの主観的距離が大きくなるほど心理量と評価指標との相関が高くなっているが,ある距離からは相関係数の変化幅は非常に少なくなる。

天空までの主観的距離については,200mと500m以上の間に相関の差が見られたが,大きな差はない。天空までの主観的距離は,500m以上から相関係数が一定化する傾向が見られたため,天空までの主観的距離については,500m程度が妥当と判断されたため,その距離を提案する。ただし,天空までの主観的距離における打ち切りの問題は,今後十分な検討が必要である。

(6)心理量に対応する評価指標の基準値の提案

都市空間における圧迫感と開放感に対応する評価指標の基準値は,本研究で検証された立体角によって提案した。圧迫感許容値の基準評価点は,「圧迫感がある」の評価点までなら,他の心理量まで包括されることが確認されたため,「圧迫感がある」の評価点を基準とする。すなわち,圧迫感許容値は,「圧迫感がある」の評価点をその基準として提案するとことにより,開放感確保値は改めて提案しなくても,開放感は確保される。

従って,都市空間における圧迫感と開放感に対応する評価指標の基準値の適用については,「圧迫感がある」の評価点をその基準として,評価者の割合によって, 立体角比による3つ の圧迫感許容値を提案した。

(1)75%の評価者の基準:立体角比76%以下

(2)50%の評価者の基準:立体角比65%以下

(3)25%の評価者の基準:立体角比53%以下

審査要旨 要旨を表示する

都市建築物の高層化・巨大化によって,日照阻害などの社会問題が再燃し,建物から受ける視覚的な環境が居住者の心理に与える影響について注目されるようになった。このような状況を受け,高層建築物の視覚的あるいは心理的な問題の把握・解決に向けて,都市空間における圧迫感及び開放感の定量的評価に関する研究が進められてきた。先行研究である「Σ{立体角×距離3}かつ天空までの主観的距離500m」を暫定案とした黄泰然の研究を発展させ,本研究では,都市空間で生じる圧迫感および開放感という心理的要素を説明するのにふさわしい物理的状況に関する指標を検討し,都市建築物の形態による圧迫感および開放感に対応する基準値を提案することを目的とする。

本論文は5章で構成されている。

第1章では,序章として,研究の背景及び目的の説明を述べている。また本研究で検討する3種類の評価指標に関する理論的検討を行っている。

第2章では,以上の3種類の評価指標の検討のため行った現場評価について記述している。評価対象地域は,東京都世田谷区三軒茶屋地域で,9つの指定街路と評価者の自宅前街路を評価街路とし,地域住民と建築系学生による評価実験を行っている。

第3章では,3種類の評価指標の検討のために行った画像評価について記述している。画像は実際の街並みの街路を変化させ,固定視線方向と街路空間全体の評価実験を行っている。街並みの変化により発生した心理量の差と評価指標の変化量を絶対的変化と相対的変化に注目し,評価指標を検討している。

第4章では,第2章と第3章から得られた結果を基にして,都市空間における圧迫感と開放感に対応する評価指標の基準値を提案している。基準値の評価点を検討し,提案した圧迫感許容値と既往研究による値を比較している。

最後に,第5章は終章として,本研究から得られた研究の結果についてまとめると共に,都市空間の圧迫感及び開放感に関する研究について今後の課題を示している。

以上,本研究で得られた結果は以下のようにまとめられる。

1)圧迫感と開放感の関係は互いに相反した概念であることが確認された。

2)現場評価における評価指標の検討の結果,圧迫感と開放感の評価は,共通的印象として評価すべき必要があると判断し,この観点から,提案された3種類の指標は圧迫感と開放感との相関関係を示し,評価指標として十分に妥当であると考えられる。

3)画像評価による街並み及び心理量の絶対的変化に注目した評価指標の検討の結果,立体角投射率,立体角,Σ{立体角×距離3}と心理量との関係がみられ,現場評価と同じく,圧迫感と開放感の評価指標としての妥当性が確認された。また,心理量の間には街路空間全体を対象とした場合の相関が高かったが,評価指標との関係の場合は,固定視線方向の評価において,より高い相関関係がみられた。

4)画像評価による街並み及び心理量の相対的変化に注目した評価指標の検討の結果,評価指標の間の相関係数の差,および多様な建築状況への対応力について,総合的な観点から考えると,より合理的な評価指標の順序として,立体角≧空間量>立体角投射率であり,立体角を都市空間における圧迫感と開放感の評価指標として提案する。ただ,指標の意味の分かりやすさ,都市空間のコントロールという観点からの使いやすさなど,容積という物理指標が建築学において有している実務的な重要性を考慮すると,空間容積に対応しているΣ{立体角×距離3}も,指標として十分にその有用性が高く,立体角の代替指標として使用できる可能性がある。

5)天空までの主観的距離については,500m以上から相関係数が一定化する傾向が見られ,500m程度が妥当と判断されたため,その距離を提案する。

6)都市空間における圧迫感と開放感に対応する評価指標の基準値の適用については,「圧迫感がある」の評価点をその基準として,評価者の割合によって, 立体角比による3つ の圧迫感許容値を提案し,(1)75%の評価者の基準:立体角比76%以下,(2)50%の評価者の基準:立体角比65%以下,(3)25%の評価者の基準:立体角比53%以下としている。

以上,本論文では,都市空間における圧迫感と開放感の評価指標として,立体角投射率,Σ{立体角×距離3},および立体角という想定可能な評価指標の中から,多様でかつ系統的な実験を通して,実用面での使用を考慮した最も合理的な評価指標を探索した結果,最終的に立体角を提案している。また,この指標による都市空間における圧迫感許容限界値と開放感確保限界値を示している。これは,圧迫感など心理的影響という観点から,都市建築物の形態の規制に関わる数値的提案を行うものであり,工学に対する寄与は大きいといえる。

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

以上

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